後篇
その日から、「ミューズ」による授業がはじまりました。
何の授業かというと、自分の芸術性や創造性を高め、その才能をつかっていかに自分の人生を開拓し、成功や幸福を得るかというものです。
その授業は、いつも夢の中で行われました。
例えばこんなふうに。
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「そもそも君たち人間という存在には、生まれながら創造性の才能がそなわっているし、誰しも発揮できるものだ。この才能は例えれば<泉>と言えよう。
<泉>は、人によって数が違うし深さも違う。多ければ多いほど様々な領域で才能を発揮できるし、深ければ深いほど専門性が高まる。
ただ、生まれながらの泉の数や深さはあまり問題ではない。後天的に泉の数は増やせるし、いくらでも深掘りすることができる。
私は芸術の神、ミューズと呼ばれるが、私に繋がっていればいるほど、泉の数を大きくしたり深くしたりすることができる。私は「増幅装置」でしかないので、私にただ繋がっているだけではダメだ。ただ、私といつも繋がっていえる感覚をもっていると、自信がつくり新しいことにチャレンジするハードルが低くなる。君たち人間は、ぜひ私と繋がってそれぞれの創造性を開発し、発揮してほしいものだ」
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またある日はこんなことを言っていました。
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「人間が天才と呼んでいる部類の存在がいる。そういった存在は、無意識に私と常時繋がっていて、いつも自分の泉を大きくしたり、数を多くすることに慣れていたり抵抗がない者たちだ。
絵画や音楽、文学、写真や映像といったものだけが『創造性』ではない。料理や洗濯や掃除、家事に子育てなど人間たちがつまらなくて地味だと称する日常の行いについても、創造性というものは発揮できるし、それを仕事にして十分な収入を得るものもの多い。
新しい技術・研究・発明。新しい法律や制度、経済や国や組織の仕組み。人とのコミュニケーションや交渉。全てにおいて『創造性』というものは存在し、いまだ人類が気付けていないチャンスや可能性にあふれているのだ」
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そして時には、ため息混じりにこんなことも言いました。
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「人間界というものはなかなか厄介だ。せっかく生まれながら多くの泉があり、芸術の領域で力を発揮したいと計画して生まれてきた無垢な魂も、生まれ落ちた環境のなかで自信をなくし、ネガティブな気持ちで自分自身を批判し、ついに創造性を発揮することを止めてしまう人間の、なんと多いことか。
また、途中で『自分には才能がない』と諦めて、せっかくの泉を手放す者も多い。
才能がない、才能が枯れたと思うのは、楽しい感情で泉を掘ったり大きくしたりする習慣が身に付いていないからだ。人間界では奇妙なことに、苦労や苦痛をともなって才能開発したほうが偉い、と考える存在もあるようだね。
だが、苦痛や苦労や不幸は、本来不要なのだよ。
もちろんネガティブな感情の中で味わう地獄を描きたい、狂おしい感覚を表現したいという者もいる。そのために、あえて肉体感覚を苦痛の奈落の底におとすことで、それを果たす人間もいる。もちろんそれはそれで素晴らしいことだ。
ただ、全ての人間の<泉>の開発に苦痛や苦労がつきもの、というのは単なる幻想だ。
そういった幻想から離れ、もっと楽しく、もっと軽やかに、もっと気楽な気持ちで泉を開発すればいい。
<泉>を開発することが楽しくて楽しくて仕方がない、やらないと気持ちが悪いとポジティブに習慣化できれば、多少不調のときでも諦めたりすることなく、自分の才能を信じて創造性を発揮できるものなんだがね。
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ミューズは、このような有益な情報を惜しげもなく私に与え続けてくれました。
また、時には個人的なアドバイスもしてくれました。
「君は、そろそろ広告関連の仕事に転職したほうがいい。なに、最初は雑用でもアルバイトでもなんでもいい。とりあえずそういう会社にはいって、その時そのとき自分に与えられた仕事を全うしてみたまえ。ゴチャゴチャ考えなくても、それを続けていくと君には大きなチャンスが舞い降りてくるようになる」
事実、ミューズのいった通り、雑用係だった私が三年で大きな仕事を任される様になりました。
いま、私は自分の創造性や才能……つまり<泉>を開発し大きくし、それで十分満足な富、評価、名声、環境を得ることができました。いま私はとても幸せです。
そして、自分がもっと幸せになるために……自分と同じような人間をもっと生み出したいと願う様になりました。
いまが、ミューズと約束した「自分なりにこの体験を世界中の人々に共有して、世の中の役に立つ」時なのです。
私は、自分のこの成功のノウハウ、創造性の開発方法を世界中にシェアし、多くの人間に役立てたい。
そして、世界中にもっと大きな喜びや、新しい芸術、技術、サービス、システム、価値観が生み出され、百花繚乱に咲き乱れる平和で美しい世界が見たい。
それが、私がいまもっとも開発したい「自分の創造性の泉」なのです。
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ディレクターCには、返す言葉がなかった。
思っていた以上に壮大で、自分の理解を超えた内容であったからだ。
ただ、なぜか知らないけど涙がでてきた。ほっとした安堵感なのだろうか?
自分でも気が付かなかった魂の奥底に横たわっていた不安感。それが払拭され、心の闇は晴れ渡り、天から光が差し込んできた。そんな心情であった。
「…………ぜひ、ぜひ!私も……お手伝いできればと思います……!」
身体とも魂ともいえない、体の奥底から湧き出てくる涙と鼻水。必死にこらえながら、Cはディレクターの手をガシッと握る。
とられた手をがっちりと握り返したヒイロ氏は、無邪気な笑顔で屈託なく答える。
「いや〜良かった!こんな話、初対面のCさんに話をしちゃってどうかな?大丈夫かな?なんて思っていたんですよ。でも、これもミューズの偉大な采配ですね!
さーて、これから忙しくなりますよ。やりたいことはいっぱいあるんです。あ、ミューズに言われたことは全部記録してメモして残していますからね。どういう番組にしようか、これから作戦会議といこうじゃないですか!」
明るい雰囲気のなか、彼らの番組作りが始まった。
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――1年半後。
1本のドキュメンタリー番組がテレビで放映された。
ヒイロ・ブレキオナール氏に密着したその番組は反響につぐ反響を呼び、さまざまな国の言葉に翻訳され、世界中で放映された。
書籍や映画にもなり、彼の語った創造性の開発手法は「ヒイロ・テクニック」と呼ばれ、世界中に広まっていった。
ディレクターCは、ヒイロ・テクニックの偉大なる最初の実験体として、自分自身の成長記録も映像作品として残し全世界に配信した。それは世界各国で様々な賞を受賞する。
のちにCは、映像界の伝説であり輝ける鬼才として、その本名「ツェルト・マッキンリー」の名を、世界中に轟かせることになる。
<終>




