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RE:LIGHT  作者: 灰縞 凪
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『生き延びたら、また会おう』


もしも、この世界に果てがあるのだとしたら、そこにはどんな理想が生きているのだろう。

もしも、この世界に天国があるのだとしたら、そこにはどんな者達が暮らしているのだろう。


生きていれば、死ぬ。失えば戻らず、そして傷がつけば血は流れる。

紙一重で何かを躱してついた傷からは、それでも致命的な流血が止まらない。

男は言った。

「あんたが敵で良かったよ。……俺がどうあがいてもあんたを超えられないのなら、新しい俺の意思を継いだ誰かが、またお前を討ちにくる」

『……ならば、オレはここで貴様の意思を紡がれる前に砕いておこう。オレの最大の障害となりえた唯一を、ここで摘み取る』

黒い。

ただひたすらに黒い。

暗闇は、くぐもった低い声で言った。

それに対し、

「……墓場をここと決めた男はよお、……強えぞ?」

男はにやりと笑んだ。男は暗闇と対峙し、自らの得物を構えた。

『お前の道は、ここで潰える。……覚悟はいいな、――』

「――。もう言いっこなしでいいだろ? あんたが俺の嫁を殺そうが、仲間を殺そうが、それは置いておいてやる。俺も、お前の部下をいくつも殺した」


――バッ


「だから、……俺はここで、俺の出来ることをするのさ」

男の、黒いコートがはためいた。内側の血に濡れたシャツが風で震える。

『……かかって来い。自らを正義と呼ぶのならば、貴様の「力」を見せて見ろ』

暗闇は巨大な何かを振りかざす。その切っ先に捕らえた全てを塵に変え、全ての生を吸い尽くす漆黒だ。

「……行くぜ、――。俺達が正しさを求める理由を、教えてやるよ」


ちっぽけで、そして古ぼけた得物を携えた男は、祈った。



――。



『……正義とは、かくも脆いものだな? ……――』

「……がふッ、がッ……、っく、はァッ……言っただろ、お前を超えられねえ時は、俺と同じ意志をもった誰かがお前を殺しにくるんだってよぉ……」

その肩に腕はなく、あるのは鋭利なもので落とされた切断面と、むせ返る血の香りだけ。

幾度も聞こえていた扉を叩く音がひときわ大きく聞こえると、重厚な開閉音と一緒に酷い傷を負った若い男が現れた。

「……ッ!! ****!!」

****と呼ばれた男は、首を暗闇に掴まれた――を見て目を見開いた。

「わりい、****。……俺の、俺達の意思を、お前に託すぜ。……――、お前が一人でもよ、こっちは潰えなければ失うことはない。お前一人で全てを成そうとしても、俺達はみんなで乗り越えていく」

 誰に向かっての言葉なのか。

 それが、男の決意なのだろう。

『……ならばあの男をオレが殺そう』

「無駄無駄。ここで死ぬつもりの俺が、あんたのそれを――許すと思うか?」

 捕まれ、風前の灯よりも弱弱しい命の男は、それでも暗闇を威圧する。

 暗闇は目を細めた。

 これだけの意思を持った男が、正義を志す世界。

 それを破壊しようとする、暗闇そのものが纏う黒が、ただ大気ににじむ。


「****! そいつを持っていけ! ……今は、こいつに、抗おうとするな!」

「――! あなたと一緒に、」

 血を吐き、むせながらも、首を掴まれたまま男は言う。

「お前に任せるっつってんだ!」 

「っ!」

 若い男は目を見開いて、そして項垂れた。

 分かったのだ。これが、彼との最後になると。

「俺を、置いて、……さっさと、行けよ」


『話は終わりのようだな、――』

「ああ……時間を取らせたな。お前が、……意外と律儀な、奴で、……助かったぜ」

 若い男は、背後に打ち捨てられた古い得物を拾い上げると、振り切るように立ち去っていく。


 暗闇は、全てを失った男に言った。

『死にゆく者の言葉だ。貴様が礎になろうとも、オレはお前たちを終わらせる』

 掴んでいた首ごと、男の体を空中に放り投げた。黒いコートが舞う。


 暗闇は、振りかぶるのだ。


 男を喰らう、安寧なる「死」を。最期にそこに残ったのは、


――バグンンッ!!


 「死」を下ろした暗闇がひとつ。



***



「……ん……、……夢……?」


 目を覚まし、ゆっくりと上体を起こす。

「……光太郎こうたろう、お前やっと起きたのか」

 隣で幼馴染が小声で呼びかけている。


 小学校から中学、高校と一緒になった幼馴染の香坂こうさか 幸人ゆきとは何となくいつも俺にやさしい。

 両親が二人とも赴任中だからだろうか。それとも俺のぼっち力の高さを分かっていたのか。


 この世界には「異能力」という概念が世間一般に存在する。


 異能力とは、保持者の「人格」や「思想」、「理念」、「意志」、「魂魄」をそれらと異なるかたちとして表出させた現象であるとされる。

 故に異能力を持つ者は、異能力の特徴で人格や思想、その人の人となりを推し量られる。

 攻撃的な異能ならば、本人の攻撃性や残虐性、暴力性を図られてもおかしくはないということだ。

 行使のたびに精神をすり減らし、ときには言葉や意思表示の代わり、ときには手や足の代わり、ときには武器の代わりとして使われていた。

 その扱いは国政によってさまざまで、わが国、日本は建国から長らく共存という形をとっていた。日本は、他国とくらべてあきらかに国民の異能力保持率が桁違いなうえ、異能力者の個々人の異能力そのものの強度も非常に高いという独自の風土があった。6対4で保持者の比率が異能の強度の差はあれど、非保持者を超えているというのは驚異的な数字らしい。

 俺の通うこの学校は異能力を持たない人間だけで構成されているわけではない。だが、保有の有無によってクラスの編成は変えられていた。異能力者の一部には身体能力の強化の恩恵があるらしく、それも体育の授業が不公平になったり、じゃれあいが暴力沙汰になったり、テストをカンニングまがいなことをしたり、といった異能力者にしかできない不正を和らげるための一般的な配慮であってもちろん蔑視や区別の対象などではない。

 国民の六割が異能力を保有しているのだから、それはもはや身体的な特徴のひとつでしかないのだ。家族が五人いればそのうち三人は異能力者。異能力は両親が異能力者であるばあい、統計的に子も異能力者になりやすい傾向にある。だから、両親が異能力者ではなかった俺は異能力を先天的にもっていないのもまた身体的な特徴のひとつでしかない。幸い、異能力に対して羨ましさだとか、欲しい、と思ったことがないのは救いだろう。

 もし、誰かを傷つけることしかできない力を持ってしまったら? 

 持つだけで不幸になる力を得てしまったら? 

 俺の人生を変えかねない力は、望まない方がいいに決まってる。持ったとしても、誰かを守る度胸も度量もないやつが、不相応な力を得ていいわけがない。

 我が国が、国民にお願いして広く浸透している考え方がある。

 「持つ者は持たざる者を守れ。持たざる者は持つ者を愛せ。」という、至極わかりやすい方針だ。それは異能力者と人間との関係を示す、日本人なら誰もが知る言葉だった。

 異能力は自衛と他者を保護するために行使することのみが許されており、その他あらゆる場合での使用を重罪としている。


 俺は、他人からはとっつきずらい奴だと思われているかもしれない。クラスの雰囲気に合わせたくてもなにかそれと自分が違うような気がして、輪に入っていくことができないのだ。

 高校一年の進学時に友人作りに失敗して、幼馴染の幸人と、高校一年の時から変わらず話す蘭堂らんどうだけが俺の、今もつるんでいる仲のいい友人だった。一年の頃から幸人とは同じクラスで、蘭堂と別のクラスだったが、二年から三人とも同じクラスになり、二人は友人関係を増やしていく中、俺だけは二年生になった今でも周囲になじめないままだった。

 だからなのか、放課後、幸人と遊びまわっているから授業中は睡眠の時間だ。

 成績だって授業を寝てばかりいれば言わずもがなだ。……最近、幸人に連れられて週に数回ある「夜の遊び」を覚えた。

 委員会の役員も一年の後期に経験済みでもうやらないつもりでいるし、部活も運動が嫌いで運動部はパス。なんか日陰族がコロニーでも形成していそうな文化部もパス。俺自身読書は好きだが、文芸部とか漫画研究会とか、むしろ運動部じゃね? っていう吹奏楽部も柄ではないからパス。何より俺のチキンハートが部員の大量の女子に気おされて、死にかけるに決まっている。

 だから部活は自然と帰宅部に入部することになった。

 中学時代に調子にのって生徒会役員になったこともあったが、俺の期待していたようなラブコメ要素もなく、俺以外の役員全員が美少女になる予定も別になかった。

 

 今日も今日とて、いつもどおり。

 寝ていたら、随分と首が痛い。寝違えたらしい。

 授業終了までそうないな。

「うわ……」

 ノートが自分の涎で汚れていた。湖かよ……。

 眠い目をこすって、今さらだが授業をちゃんと受けようとノートの新しいページを開いた。

 近くの幸人のを適当に写しなおす。こいつのノートも、担任教師の授業だけは酷いもんだ。

「幸人、さんきゅ」

 大した収穫もなく、ノートをさっさと閉じた。

「……んぐ」

「って、今度はお前の方が、寝てんのかよ」

 もう一度目を閉じる。

 頭がいい感じに痺れていて、二度寝には丁度いい。

 涎を垂らして爆睡している幸人のノートがあいつの涎で水没していくのをしり目に、寝不足を授業中に補うためにいつものお休み態勢に移行し、腕で顔を包み込んで安眠できる暗さを確保する。

 櫃間ひつま先生はテスト前以外の授業は寝ていても怒鳴らないので俺は安心して、午前中の穏やかな微睡みに心地よく浸かっていく。


 気が付いたら四限の授業は終わっていて、周囲は昼休みを迎えていた。

 アホみたいに爆睡していたせいで幸人と一緒に購買の争奪戦に惨敗し、よく分からん味のパンと、購買のクーラーの奥底にたまっている、味付きの天然水で空腹を満たす。

 五限目もお腹いっぱいで眠いしだるいし、結局半分眠ったような半覚醒状態で過ごすことに。六限まである日はそのときの気分で真面目に受けるが、基本的に窓のくすんだ夕日と教室ののろま時計を交互に見比べ、授業が終わるのをひたすら待っていた。

 あほみたいに青春の無駄使いな俺の一日。

 半分以上を寝て過ごしているせいで、授業のノートはほとんど空白だ。


 部活動も帰宅部としての職務を果たすため、きちんと帰宅を有意義に過ごすようにゲーセンかカラオケに週一行くか行かないかのペースで、幸人と「夜の遊び」にどっぷり浸かってから帰ることにしている。

幸人は外見こそ不良っぽく髪も軽く染めて、片耳だけピアスなんかしているが、そこらへんの高校生に比べてよっぽど家事ができるやつだった。それに人付き合いも、少なくとも俺よりは要領できるし、いろんな事も上手く立ち回れる。

 俺の学校は規制が緩い、よく言えば自由な校風だ。そのため、こんなやつでも平然と校内を闊歩できる。

 幸人はガキのころからよく女子からモテた。それは事実だけど、なんでずっとそばにいた俺はモテないんだろう。

 いっけね、嫉妬よりも情けなさで泣けてきた……。家庭環境も俺と大差ないのに、なんでこいつばっかりって何度も思ったことがあった。それでも、俺がなんて言おうが何しようが幸人は俺のそばにいた。学年が上がって幸人とクラスが変わっても、放課後には必ず俺のところに顔を出しに来た。

 

 変わり映えのないルーチンワークともいえないような自堕落で、退廃的な日々。

 持ち前の平凡さで世間に突っ張って生きるようなこともせず、刺激を求めて痛そうなピアスとか何かと危ないもんに手を出したりもせず、クラスメイトとは友達以上に付き合うようなこともしてこなかったし、むしろなんとなく避けられているような気さえするクラスの誰かと関わる勇気が俺にはなかった。だから女子にもたいして意識されることもなければ、男子にも必要以上に絡まれることもない。いじられ役ってほどでもなく、こっちからもいじらない微妙な立ち位置が自分でもなんとも言えない。


 今日も一日の授業が終わり、俺なりにつまらない放課後を楽しもうとするための、健気な行事がはじまるのだ。

「なあ、コウ。放課後、今日も暇してんだろ? 今日は、カラオケいかねーか」

「今日も、ってなんだよ……。内申捨ててる幸人はいいよな。まあどうせ暇だし付き合うけどさ、ゲーセンじゃないくていいのかよ」

「いい。今日はなんか無性に歌いたい気分なんだよな!」

 どうでもいいが、『コウ』は小学生からの俺のあだ名で、幸人が俺の名前を勝手に省略して、それがいつからか定着していた。高二になってまであだ名か……。別にいいけど。

 真面目に家に帰っても一人暮らしだから誰もいない。「夜の遊び」も適度に楽しまないと、何かとよくないことになる。

 こんな遊びほうけていても、家事の得意な幸人がいたから、食事は毎日問題なかった。遊びすぎて仕送りが尽きかけそうになる時もしょっちゅうあるが、そういうときは幸人のアパートに転がり込んでガッツリと残飯定食をほおばる。

 ……今さらだが、なんという残念な生活だろう。

 

 今思うと最低限の家事しかしていない。学校に行ってなかったら間違いなくこのままニート行きだ。

 別にニートでもいいにはいいけど、将来的にはなんとか定職にありつきたいものだ……。

 筆箱と宿題の出された科目のノートくらいしか入っていない、薄っぺらい鞄を掴む。幸人と教室から廊下へ出ると、そこで見慣れない女子生徒を見かけた。つい、その姿が目に留まる。立ち止まっていると、後ろから声をかけられた。

「コウ、どした? なんだお前、ショートがお好みか」

「確かにショートボブは好きだけど、……なあ、あのこ知ってるか?」

「はあ? 何言ってんだお前。知ってるも何もないだろ。……おら、そんなことより行くぞ。オケさんの割引券の期限、今日までなんだよ」

「ああ……」

 いつもと何ら変わらない、あほな幼馴染との愛すべき日常。そう言えば、幸人はカラオケによく行く癖に、本人は下手な部類に入る。俺が言えたことでもないけれど、今日、耳栓を忘れた自分を悔いた。



***



「こなぁああああ、ゆきぃいいいいいねぇええこぉおこぉおおろぉまぁああああ」

「……もう無理んなってきたんだけど、幸人……」

「でぇええええしいぃいいろおぉおおおおくぅうううう」

「……たすけ、……て」

 意識が、遠のいていく……。カラオケでマイク握って怒鳴るやついるの? いないよね?

 いい加減なれないもんかな、こいつの歌声。

「ちょっとドリンクバーいってくる……」

 あいつは一曲分歌い終えるまで、一切人の話が耳に入らなくなるタチだった。あいつに誘われていったやつはことごとく二度目がなくなる。単純に下手なんだろうな、あいつの歌い方って。音程のバーも好意で出してやったのに見向きもしない。それどころか、目をつぶって熱唱するから音程も間違った歌詞も全く修正しようとしない。お世辞採点でも十中八九、赤点だ。

 

 そうだ、あの音痴の歌にドリンクバーミックススペシャルを捧げよう。ポップコーンの油分を添えて、それを炭酸の泡で隠してやる。せっかく味噌汁の機械もあるから、わかめもアクセントにしよう。あ、アイスクリームとか合うんじゃね?

 調子にのって色合いがものすごく汚いはずなのに、炭酸の泡のせいで照明を落とせばどことなくコーラっぽいものができた。たぶん味噌ベース。

 俺は無難に乳性飲料の炭酸を選んでおくとしよう。

「幸人、開けてくれ」

「あいよ」

 部屋に入るなり、目ざとく俺の特製ドリンクを発見したようだ。カラオケボックスの個室の薄闇が、絶妙な加減でこいつをコーラに誤認させる。

「っとおっ! コーラか。熱唱の後のコーラは格別なり! もーらい」

 馬鹿め、そいつは俺特製のやんごとないスペシャル様だ。吐いたら自己責任でよろしくな。

「……んく、んく、ん……ん、……ぐ」

「え?」

 普通に一気飲みしていた。アレ、美味いのか……それとも飲んでる最中に味覚がやられた? 使えるやつは全部使って作ったからな。食えるもんすべて。

ガッツリと特製ドリンク飲み切って、幸人はおっさんみたいにプハーッっと口元を拭う。

「……コウ、これただのコーラじゃねーな?」

「お、おう……」

「なんか、味がないのにわかめの青臭さがして食感と喉越しだけやけにはっきりしてたからな、絶対違うと思ったぜ」

「……味ないってどういうことだよ、俺がせっかく作ってやったのによ!」

 にやりと、幸人の口がいやらしく歪む。

「今、『作った』って言ったよな? 味がねえわけあるか! 詳しく説明してもらうぞこのヤロオッ!」

「やべ、しくった!」

「……次の曲お前歌っとけ。俺が真の『香坂家直伝特製ドリンク』を食わせてやる」

「え、ちょっ、『食わせる』って固形じゃないよな!?」

 幸人が不敵な笑いと、若干青ざめた顔で去っていく。やっぱり効いてたんだな、俺のドリンク。ざまあみろ。

 歌っとけっつっても、俺も歌うまいわけじゃないんだよな……。でも好きだし、歌うけども。でも、この一曲が最後の晩餐にならないように祈ろう。幸人に特製ドリンクで喉、潰されないように頼んどこうかな……。


 そのあと、幸人にやたらと粘性の高い『ドリンク』を飲まされた。なかなか胃に落ちずに形容しがたい味が口いっぱいに広がる。

 舌がしびれるような炭酸と謎のしょっぱさと、突き抜けるような紅茶風の香りが恐ろしいまでのミスマッチを引き起こしていた。この茶葉の匂いが曲者で、はっきりいって臭すぎる。あとわかめと豆腐のようなものも入ってた。間違って混入したようなポップコーンの触感が、無理やりゲル状の何かを咀嚼させられて、もうすでに吐きそう……。てか、どうやってもドリンクバーのものじゃゲル状にするのは無理だろ……。

 鼻をつまんでも奥まで入り込んで、体内を内側から破壊するような味だった。味に形があるなら、棘の付いた触手かなにかが生えてるだろう。一体何を混ぜれば、あれだけのまずさになるんだろう……。

たぶん、今の俺ならゲテモノでもいける気がする……。

 

 結局、誰がどう作っても『特製ドリンク』は同じようなものになるのだった。



***



 カラオケから帰り、ひらひらと手を振る上機嫌な幸人といつもの道で別れた。

 静かな夜と夕方の中間地点を歩いていると、徐々に夜へと変わりつつある大気がカラオケ後の火照った肌に心地よく感じる。あと軽い胸焼けにもちょうどいい。

ワイシャツの胸元も大き目に開けたりして、不良にでもなったような気分を味わう。中のTシャツが見えても別に気にしない。

 俺の自宅のアパートはこの近くにあった。今日も相変わらずだ。

 街灯で照らされた道を歩いていくと、数百メートル歩かないうちに見慣れた建物が見えてきた。

 新聞を確認すると、郵便受けに入っていたものを掴んで階段を上がる。夜で誰もいない周囲に、錆びついた階段を踏む音がやけに響く。

 月の出ない夜は、少しだけ空が物足りない。新月は、俺はあまり好きではなかった。

「……行ってきました」

 誰もいない家で、ひとりで帰宅してひとりで挨拶をする。玄関先で室内の電気をパチリとつえると、見知った部屋が浮かび上がった。ろくに掃除もしていないので埃が滞留して光っている。靴箱の上に飾られた笑顔が埃をかぶっていた。

 靴をそろえて、あがる。自室に入ると鞄をベッドの上に投げた。

「……くぁあ……」

 ヘンなあくびが出た。

 キッチンに行って冷蔵庫を開くと、麦茶のピッチャーを掴んで、手ごろなコップを戸棚から掴んで持ってくる。なみなみと注ぐと、一気に煽った。

 喉越し良く、飲み乾してしまうと、一つ重要なことに気が付いた。

「あ、ヤバい。……明日、櫃間ひつま先生の小テストあるじゃん……」

 担任教師の櫃間先生は居眠りはテスト前以外全く注意しないが、小テストとテストの評価をそれなりに重視する。これをやらかすとマズい。

 今までテストの直前に予習して何とかやり過ごしてきたが、最近は居眠りばっかりしていたせいで全く最近の授業内容が頭に入っていない。

 もちろん、

「……幸人も、俺と同じだよなあ」

 あいつも俺と居眠りしていたせいで、真面目に生物の授業なんて受けているはずがなかった。小テストの範囲は俺の数少ない友人の一人、蘭堂に聞くとしよう。

「えーと、あいつの連絡先は……」

 ガラケーを未だに愛用する俺は、SNSの類が疎い。面倒なときは直接電話することがよくあった。

「あった。……あ、もしもし蘭堂か?」

『……お、間宮か。声が枯れているぞ? 風邪でも引いたか、ふんッ!』

 電話口から聞き覚えのある声がする。筋トレでもしているのか、時折荒い息づかいが聞こえた。わりと話しずらい。

「あ、いや、さっきまでカラオケ行ってたからだ。……筋トレか?」

『ああ。続けなければ鈍るかな。……お前の方こそどうした? 俺に、用があるんだろう? ……ふんッ!』

「わるい。いやな、明日って櫃間先生の生物、確か小テストあっただろ?」

『……ああ。なるほど、その範囲を教えろってわけだな? ……ふんッ、ふんッ』

「お。さすが、蘭堂。お察しの通りでして……」

 蘭堂は勉強できるやつだからな。真面目な奴と仲がいいとホントに助かる。

『……確か、教科書の三十二のBから、三十三の終わりまで……だったはずだ、……ふんッ!』

「さんきゅ、助かったよ」

『ああ。また、明日ッ! ……ふんッ』

「お、おう」

 蘭堂とは一年の時に同じクラスになって、よく話していた間柄、二年で同じクラスになってからもずっと友人として仲良くしていた。幸人を除けば、男友達なんて蘭堂くらいものだろう。毎回、助けられてばかりだ。

 あいつも、長い間続けていた剣道を辞めてから頭の螺子が外れてしまったと思っていたが真面目なところは変わっていないらしい。電話口から聞こえた風を切るような音から考えると、まだ素振りを続けているのかもしれない。

 二年の頭で突然剣道部を辞め、部内最強の座も他者に譲った。今は俺のクラスの副学級委員長をやっている。周囲は、蘭堂が剣道を辞めた理由を色恋沙汰だとか色々と噂しているけれど、俺はたぶんもっと別の理由があるんじゃないかと思っている。

 懸念材料だった生物がどうにかなりそうで安心した俺は、部屋でくつろぐことにした。

 何かパクつけるものがないか再度冷蔵庫を開く。

「……な、なんもねえ……」

 チーかま、かにかま、ましてやちくわの一本もなかった。

 なんて寂しい冷蔵庫なんだ。魚肉ソーセージくらいあってもいいだろうに。

 買い出しをサボって幸人にしてもらっているせいで、冷蔵庫の中身は俺より幸人の方が詳しいくらいだった。情けねえ。

「……なんか買ってくるか……」

 暇人の夜は長い。これから生物の教科書でも眺めながら、コーラでティーブレイクでもして過ごそう。カラオケで喉を酷使したから、何か甘くて冷たい炭酸飲料が無性に飲みたい気分だ。



***



 制服を着替えてくればよかったとすぐに思ったが、一度家を出てしまった手前また戻るのは面倒だ。

 少し近道して行こう。

 ちょっとした気分転換のつもりで、裏路地に入った。この道は遅刻しそうで焦っている日中くらいしか使わない。だが、最寄りのコンビニまでかなりショートカットできるのだった。

 カラオケの時に飲まされた特製ドリンクの影響か、俺は普段の自分とは比べ物にならないような行動力をもっていた。

 感覚的な道しるべを辿っているというか、実際精神的に、何かのフェロモンにでも吸い寄せられているかのようだった。

 

 俺はゴミ箱を蹴り飛ばさないように慎重に進んでいく。すると、街灯の点る道に出た。ここを少し行くとすぐに俺の家がある。

 突然、頭がゆすぶられるような船酔いに似た感覚に襲われる。

 

――『間宮 光太郎。お前は近いうちに死ぬほどひどい目に遭うだろう。生き延びたら、また会おう』


 どこかで、聞いたことのある声がした。

 

 突如、一つ先に立っていた街灯の照明が落ちた。

 周囲から生き物の気配が消える。空気に重量が加わったかのように重たくのしかかってきた。

 何かが、起ころうとしている? 

 ここから逃げないと、何かとてつもなくマズいことになる。

 本能の一部がそう叫ぶ。俺は、コンビニのある方向へ向かって足を出す。

 言い表せない、本能的な、確信的な恐怖を味わったのははじめてのことだった。

 ただ、何かが起こる、という強迫に近い危機感だけが胸の内に滞留し、冷や汗が滲んでくる。

 追ってくるんじゃない。この周囲一帯が、もうすでに危険なのだ。

 俺は、生まれて初めての得体のしれないの恐怖に次ぐような、異形なものを見るはめになった。

 俺は進む脚を、止めてしまった。


――スゥ……


 真上から照る街灯が作った外壁の影が、無理やり湾曲する。仁王立ちする人物の形に変化していく。やがて腕と頭のかたちが分かるまでになると、厚みのないはず影が、盛り上がった。

 それが、「起き上がる」。

 街灯で浮かび上がった住宅の影が、飛び出す絵本の仕掛けのように型に切り取られて持ち上がった。平面的でありながらも、異様さと存在感だけは桁外れだった。

「……は?」 

 うごめく影の形がゲルのように変化していき、脚がとろとろのスカートのように地面とくっついた不格好な人型になる。顔に当たる部分は陶器の表面のようだったが、盛り上がった凹凸で表情が表現される。影の腕がスライムのように伸び、鋭利な刃物の形に変わる。刃が遅れて、シャリンと硬質化して光を反射する。

 石膏のように硬質なイメージが先行しながらも、腕が刃に変わる瞬間は驚くほど滑らかだった。

 コールタールの化物が動き出す。動作によどみなく、影は右腕を振りかざした。

「う、うわッ!」

 恐怖で腰が抜けたのか、体がよろめく。攻撃は大振りだったため、影はゆらりと体制を立て直した。俺のワイシャツの袖口がボタンごと斜めに斬り飛ばされていた。斬撃の速度が一瞬過ぎて、速すぎて対応することもできなかった。

 

――何か、俺を守るような武器があればッ!!


 とっさに自分を庇うために。左腕を突き出した。

 しりもちをついて、地面に手をついた拍子、掲げた左手に大きな衝撃が加わった。


――ギィンッ!!


 一瞬、火花が瞬く。

 金属がぶつかり合う接触音が、響き渡った。

 余りの衝撃で腕を引きかけた。あわてて右手で左手首を掴む。

 影は鎌を振りかぶったまま小刻みに震えていた。俺の左手にあるものが黒い刃を受け止めている。おかげで腕が切り裂かれずに済んだようだ。

 すさまじい疲労感が唐突に全身を覆い、膝をつきそうになる。

 俺の疲労が伝わったのか、鎌に加えた力が増した。

 汗がたらりと頬を伝う。


――ギ、キィリリ、


 拮抗した力で、鎌と左手のものが擦れる。

 硬質な質感が押し付けられ、上から伏せられそうな重みに耐える。

 そうしている間に、影は鎌状となった右腕はそのまま拮抗させて、左腕をさらに鎌状へと変化させた。

 マジかよッ。

 とっさに腕を引いて、地面を転がる。

 影は体勢を崩し、俺が座っていた地面に刃が突き刺さった。

 急いで立ち上がって、何か金属っぽいのもの握っている手触りに思い出した。

 右手に持ち変え、ようやくその姿を確認する。

 

 俺の手のひらには、一丁の奇妙な拳銃。

 

 銀色のメタリックパーツが街灯の光を反射している。銃の側面には、水色と黄緑を混ぜたような蛍光の光の帯がブローバック式である銀色のスライドの上を這い、バレルの先から撃鉄まで伸びている。その光自体が流れを持っているように、流動して見えた。

 これが手のひらの上に出てきた。出てきたというと少し語弊がある。

 まるでそういうもののようにでてきたのだ。それはもう、「パッと」という表現が似合うほどに。

「いつでてきたんだコレ」

 見たことのないハンドガンだった。エアガンなんて子供の頃に触ったきりだ。なんで、法外な武器が俺の手の中にあるんだ? 

 こいつは、ずっしりと重みがあり、エアガンとは違う迫力がある。この、現実感があるようなないような現状は、むしろ俺を冷静にしてくれた。

 現実逃避気味の思考を蹴り飛ばして、リアルは一瞬ごとに変化していく。空気の、胸を握りつぶすような空想的な痛み。

 

 その奇妙な代物は、恐ろしく俺の手になじんだ。

 

――ヒュゴッ

 

 黒色の軌跡が目の前をよぎる。影の一閃が放たれていた。

 

 股の間を黒い鎌が突き刺さる。

 こちらを向いた影が両腕を挑発的に構えた。

 その一撃が俺を正気にした。

 やることは一つだけだろう! その場から必死に起き上がる。

 俺は脱兎のごとく逃げ出した。戦うなんて選択肢など、はなっから存在しない。

 なんで、なんでなんだよッ!? さっきまで幸人とバカやってただろ? わけもわかんねえうちに、黒いやつに殺されかけてるなんて信じられるか!

 しかし目の前にあの黒い影が、液体のようにドロリと動いて俺の目の前に回り込んできた。ああ、これが現実なのか?

 またも両腕をどす黒い刃物の形状にして立ちはだかる。なんでこんな目に!


 あの腕の刃は、どうやら俺を狙っているらしい。


「やるしかねえのか、なんで俺がこんな目に……」

 銃を構え、照準を合わせ引き金を引いた。

「ぐッ!」

 反動で腕が上に上がってしまった。銃声が鼓膜を揺さぶり、耳鳴りが酷く頭蓋に反響する。からの薬莢が排出されると、虚空に消えてしまった。実銃を撃つのは初めてのはずだ。しかし、なぜか使い方がなんとなくわかる。幸人がやってた潜入アクションゲームの傭兵も、確かこんな動きをしていたはずだ。

 影は刃物で弾を弾いたらしい。


 直後、一瞬で影は振りかぶった直後の体勢となり、刃が深く地面に食い込んだ。


「なんだこれ!? いきなり攻撃してきやがった!?」

 弾は一発ずつしか装填できないらしく、スライド部分が戻らない。

 影が刃を変化させて片腕が自由になるころ、俺はすでにそこから走り出していた。

 少しも進まないうちに、地面から影が現れ立ち塞がり、俺の行く手を阻む。

 弾切れの銃を地面に捨てる。

「頼むぜ……もう一度」

 影に向かって、俺は距離を詰めた。そして鎌となった両腕が左右から襲い掛かる。

 敵が動いた直後に後方に跳んで鎌をやり過ごすと、アスファルトを転がって影の背後に回り込む。

 影が振り向きざまに、左手を鎌にして切り付けてきた。


――ガッキィイイィ!!


 硬質のものが激しくぶつかる音。

 衝撃を踏み留まった。思わず切り付けられた手を見やる。握りしめた手のひらに、硬質の金属が持つ冷たさを感じる。先ほどと似た異様な疲労感が乗しかかり、膝が折れそうになった。

 自分をかばった手には、俺の願った通り、さっき投げ捨てたはずの銃が握られていた。

 それが、影の刃を受け止めて弾いたのだ。

「くっ」

 とっさに後ろに飛びのく。影はぬるぬると距離を詰めてくる。

 こいつ(この銃)、滅茶苦茶硬えんだ……。

 銃は影の攻撃をまともに受けたはずだが、切り傷ひとつ残っていない。単純にこの銃自体が硬質なだけとは思えなかった。

「ちっ……分かったよ、やんなきゃダメなんだろ!」

 腹をくくろう。もう一度銃が現れた時には、すでに弾丸は込められていた。

 俺は、影に銃口を向ける。


――パァアンッ


 放たれた弾丸が緑光をたなびかせ、真っ直ぐに影に推進する。

 弾丸を防ごうと再度振られた鎌にあたり、弾丸が砕け散った。その直後、影の動作がぶれるように態勢が切り替わったと思ったら左腕の鎌を大きく空ぶった。

 影は動きを止めて、こちらに向き直る。


 やはり相手には傷一つない。 

 こんなんでどうしろってんだ。

 

 弾丸を撃ち尽くした銃を投げ捨て、もう一度手のひらにあの形をイメージする。

金属特有の冷たさと重み。

 それを繰り返すたびに、どすんと背中に錘が増えるような虚脱に襲われる。

 足元がふらつき、視界がかすみ始める。こいつは何をつかって俺の手元に現れるのか。

 俺の命か。それとも魂?

「関係あるか!」

 俺は、銃のグリップをとっさに逆さに握り直して即席の鈍器にする。影の鎌を弾く硬度なら、なんとかなるはずだ。

 眼前に立つ影に肉薄する。


――「そこまでだ!」


「っ!?」

 接近した身体は自由に止められず、影に衝突する、と危惧したとき影がふわりと俺の体を抱き止めた。

 知らない女の声。影が俺を丁寧に地面に立たせると、光を背に道を開けるように下がる。 

 街灯の光のなかから、黒衣を纏った女性が現れた。


「君は、合格だ。間宮まみや 光太郎こうたろう君」

 ごうかく? なんの? 

 影の鎌はやってこない。それどころか、あれだけ俺を切り刻もうとしていた影は、突っ込みそうだった俺を受け止めた。今は腕の刃も元の腕の形に変わり、大人しくしている。

「……君はおもしろい力を持っているようだな。似たような奴は他にもいるが、……ふむ希少だな」

 見ず知らずの女性が、珍しいものでも見るようにして俺を見ていた。

「え? あ、影は……? それになんで俺の名前を知って……」

 影は、いつの間にか煙のように掻き消えていた。安心感で気が抜けてしまい、またもへたり込んでしまう。

「試験は終いだ。いいか、これは君の入団試験だったんだ。……幸人君、でてきてやれ」

「よ! ドッキリ大成功ってな! はは、元気してんじゃん、コウ」

 聞き覚えのある声が、背後からかかった。 

 ドッキリ? 入団試験……? 振り向くと、幸人がいる。え、なんで幸人がここに? 

 幸人が俺の手を掴んで引っ張り上げる。

「ちょ、どういう……」

「コウ、いいか。よく聞けよ」

 話しを遮ると、いきなり頭が揺れる。視界が揺れているような船酔いにも似たこの感覚。ついさっき受けたばかりなのに懐かしく思える。

『えー、ごほん。間宮 光太郎。お前は近いうちに死ぬほどひどい目に遭うだろう。生き延びたら、また会おう』

「……」

 俺は何も言えなかった。

 幸人はバツが悪そうに頭を掻いている。

「わりい、色々お前に隠してたわけなんだけどな。あの声、俺だったんだ。……これまで、異能力を持ってたことをお前に隠してたんだ。ほれ、お前の財布。落としてたぞ」

 投げ寄越された財布を掴んで、無言でポケットに突っ込んだ。幸人の手が宙を彷徨ってしまわれた。

「幸人、今から一発殴らせろ。避けたら許さねえ」

 自然と出てきた言葉だった。幸人は俺の言葉にどれほど怒気を孕んでいるのかに気づいていた。それから、いつもの軽薄な笑みを消し、頷いた。

「……ああ。わかった」

「歯を、食いしばれ」

「……、」


――ぐにっ

 

 俺は、拳を幸人の頬に当てる。そんな俺を見て、幸人はにやりと歯を見せた。

「……お前は甘ちゃんだな、コウ」

「……別に本気で殴ったってよかったよ。でも、疲れて腕が動かねえんだよ……。ラッキーだったなこの野郎」

 それから俺は座り込んでしまった。立っていることすら億劫になる。

 得体の知れない存在に追い詰められた恐怖と、見知った顔が同時に出てきた安心感で頭の中が訳分からなくなっている。

「……悪かったな、幸人君。嫌われ役を買ってくれて。ここは本来なら私が殴られるべきなのだが」

よこの女性が申し訳なさそうに言うが、幸人のことなんて知るか。

「あの、あなたは……?」

「そうだ、自己紹介を忘れていた。私は『レイガスト』の団員、吹寄ふきよせ くれないだ」

「……『レイガスト』? 今、レイガストって言いました?」

「ああ、そうだ。確かに言ったが……?」

『レイガスト』。それは公式の通称ではなく、俗称のようなものだ。公式名称は、『異能連自警防衛機構レイガスト』。

 日本政府が公式に支援する、国内の異能力者によって組織された非政府組織だ。俺も名前は知っているが、国内の異能力者がらみの治安維持と指定禁止居住区の管理以外は、具体的な活動内容を知らない。

 国民の約六割近くもの人間が生まれもっての異能力者という世界屈指の異能大国・日本で、異能力を持たない一般人であるということは異能力者からの庇護対象となることを意味する。レイガストがひと組織で国内の問題を引き受けていることもあって、国内では名の知れた存在だった。

 俺が毎日をバカにように遊んでいられるのは、俺が一般人で、一重に国に就く異能力者のおかげということになっているのだが……。俺を含めて、それを完全に理解している人はそう多くはない。

 一般人の国民は、異能力者を本心から恐れる人も少なくない。守られていることの手のひらを返せば、自分たちを庇護する存在には自分では抗えないからだ。

 過去、国政によって行われた開発事業の失敗と自然災害によって生まれた、国土の半分近くを占める進入禁止の汚染区域。俺の家の近所にも、うずたかくそびえた鉄条網が『指定禁止居住区』と呼ばれる危険エリアとここ一般居住区とを、完全に遮っている。

 それを管理し、警備を行うのも、『レイガスト』と呼ばれる人々だったはずだ。

 それだけ特異で、なにより国でも存在を公的に認めて支援している、異能力者が構成員の多くを担う組織。

 その名前がいきなり、勤めている企業の名前かなんかみたいにポロッと出てくるもので、俺は焦った。

 聞き間違えではないようだし、見間違えようもないのが辛い。逃げ道が何もない。

 否応なしに、現実感を突きつけられるから、目だって反らせない。

 ついさっきまで、自分が異能力者ではないことを信じていたのだ。それが急に、異能力とよべるような力を使えるようになった。

「俺は、一体いつから異能力者になってたんだ……いつのまに、こんなことに……?」

「……ああ。お前が驚くのも無理ねえよ」

「彼の異能力で分かったんだ。君が、異能力者になっていたことがね」

 吹寄さんは、腕を組んだ。それから捕捉するように、幸人が言った。

「俺の異能力は、三秒間以上触れたことのある相手を、念波の送信先として登録する。ただし、登録した人物が異能を扱うことができないと登録ができないんだ。登録者の一覧に、いつの間にか、お前の名前が増えていたんだよ」

 三秒以上の接触なんて、俺と幸人の間柄、そんなのいつでも出来た。それこそ、ガキの頃からでも。

「だから、俺の上司に頼んで入団試験をやらせてみたってわけだ」

 やはりこれは天下のレイガストに入団するためのテストだったらしい。

「素晴らしい成績だった。君にはなかなか期待が出来る。……それと、さっきの影。あれは私の異能力だ。脅かしてすまなかった。怪我をしないよう注意していたが、無事でなによりだな」

「はい。……なんとか。……って、まさか幸人、お前もレイガストの仲間なのか!?」

 手加減していた割に、ずいぶんと殺す気だったみたいだけど、それより平然と吹寄、と名乗る女性の横に立っている幼馴染の方に目が行った。

 後から、じわじわとレイガストの『入団試験』という言葉が意味を帯びてくる。

「そういうこと。まあ俺らは、お前を勧誘してる。お前に異能力が宿っていることが分かったときには、さすがの俺もビビったけどな。なあ、コウ。……その『力』、正しく使おうと思わねえ? おもに世界を守ったりとかに」

「世界を、守るって、そりゃおい……、現実味がなさすぎるだろ……」

 それよりもそれよりもまず、異能力? それの情報が先だ。……これが、幸人の言う俺の『力』なのだろうか。銃としては歪んで、役に立たないようなのが? 脳内で色んな言葉と情報が錯綜して、混乱してきた……。なんの代償も、なんの契約もなく、しりもち付いただけでいきなり力を手に入れてしまったこと自体、実感がないのだ。

 俺が、この国の国民性の一部として、異能力者になることは確率的にありえたとしても、異能力者になるにはなんらかの条件が必要だったはず。元から俺に素質があったとして、符号的にあのときに願ったことが、力の覚醒に繋がったのか? そんな都合のいいことあるだろうか?

 俺がなってしまうのだなんて、……冗談でも信じられない。

 自分が自分じゃないみたいに、遠く感じる。

 それに、世界を守るだの正しく使うだのといったことに巻き込まれと思うと俺の平凡な生活が困るほど実現不可能になっていく。

 俺に、こんな得体のしれないものを扱うことが出来るのだろうか? 

 こんなことになるぐらいだったら、あのまま逃げ出す選択肢もありだったんじゃないのだろうか……? 俺はどんなことになったとしても、俺はこんな俺のままたぶん変わることはない。 素直に聞いてみることにした。違う俺の末路、というか選択の結末を。

「……。……今だから聞きますけど、さっき俺がそのまま逃げていたらどうなっていたんですか?」

「もちろん、敵前逃亡と見なして二体目で切り捨てた」

 あまりの即答で耳を疑う。未来も何もない。普通に死んでたじゃん、俺。

 ああ、一世一代の勇気、本当にありがとう。二体目と聞くと、やはり相当手加減をしていたらしい。おかげで、あの影と戦う決心がついたくらいだったのだから、それも妥当なものだったのだろう。そして、やはり気になる『力』の事を聞く。今の俺には情報が足りなさすぎる。

 唐突に幕をあけた、この新しい世界に慣れるのには、時間と情報は不可欠だった。

「……そういえば、あの、この銃なんなんですか? もしかしてその、異能力ですか? 手から勝手に出てきたんですけど」

「『勝手に』、じゃない。君が望んだから現れたんだ」

「のぞ……んだ? 俺が?」

「そうだ。それは強い意志や精神を持つものにしか宿らない。生まれもって持っている場合と、唐突に覚醒する場合と、なにか重大な決意を生んだ時に生まれる場合と、発現の条件はこの国、日本の国民なら無数にある。つまり、条件さえそろえば先天的でも後天的でも異能力は誰でも発現しうるものだ」

女性は言う。

「己の魂や心を保つ精神が強ければ強いほど、その力は持ち主に莫大な力を与える。それが我々の武器、異能力だ」

「俺は、……異能力を手にしたんですか?」

「そうだ。異能力は持ち主の精神……、精神力とでもいうのか。それを使って扱うことが出来る力だ。消費するガソリンの量が多ければエンジンは長く動く。ガソリンの質が高ければ、エンジンの性能は向上する。それを手にした君は、異能力に選ばれた、ということになるな」

「こんな俺が、なるだなんて……。いまでも信じられないんですけど……」

「最初はおっかないけど、慣れれば今までとそう変わらないよ」

「……本気で言ってんのか、おい幸人」

「選ばれてしまったものは仕方がないだろう。今日から異能力者。これが君の新しい現実だ。受け入れろ。いいな?」

「……はい」

 見かねた吹寄さんは、無理やり俺に現実を飲み込ませると、告げた。

「よし、それを受け入れた真新しい異能力者になった君は、我々の組織に入ってもらわなければならない」

 その力は、制御なくして振るわれるべきものではないのだから。

 そう続ける声は、低く有無を言わさない威圧があった。というか、間違いなく誘導尋問だろ今の。

「団員にならないことを選ぶのも君の自由意志に任せよう。異能力者になったからは、これからさき、全ての選択の責任は君が負うことになる。だが、もし入らない選択をしたのなら、ないなりの生活を強いなければならなくなるな……」

 彼女は艶めかしい視線を俺に投げかけ、俺に問いかける。

 背後の影が浮かび上がり、それが両手で数えきれるギリギリぐらいの数になって俺を一斉に取り囲んだ。全員とも、両腕が刃の形状をしていた。この選択からは、物理的にも逃げることは許されてい無いようだった。

「こんな影、どうせ不要ですよ、吹寄さん」

 幸人の余裕の茶々が俺の決意を助長する。もう、俺は影を含めた彼らに威圧感を感じていなかった。

 形の良い彼女のくちびるが言葉を紡ぐ。

「どうする、間宮君?」




――いつも散々迷う俺は、今だけは迷わなかった。





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