民は絶えず王に服従することによって国家を支配する。
「長老。やはり、エルフこそが地上の王となるべきでは? そもそも、我々エルフは、偉大なる神“エル・ゴース”が自らに似せ創造した上位種。引き換え、他の下等なイキモノ達は偽神“デミ・エル・ゴース”が我々エルフを真似て創ろうとした失敗作。そのような連中が地上を好き勝手に這っているのは間違っているとしか思えません」
若いエルフの選民思想に塗れた発言に、長老は大きく溜息を吐いた。
いや、エルフ至上主義ならばまだ良い。無限に等しい寿命を持ち、最も優れた魔力を操るエルフは、現実に史上最高で至高で究極の生命である。人間(エルフ以外の知性を持つ種族の総称。ホモサピエンス・ドワーフ・フェアリー・マーマン・ゴブリン等)とは生命としての格が違う。奴等は所詮、紛い物の神が創った劣化コピーでしかない。取るに足らない下等生物だ。
だが、支配欲は問題だ。
神がてずから用意してくれた聖域“エルフヘイム”以上に優れた土地等はなく、他の土地を支配する意味はない。技術や政治体系も悠久を生きるエルフが遥かに先を行っている。下等生物から学ぶ事は殆どない。基本的に人間と関わるだけ時間の無駄であり、おぞましい劣等種とは関わりたくないと言うのがエルフ全体としての意向だ。
若者もそれを十分に理解してはいるだろうが、納得が出来ないのだろう。
長老も若い時はそうだった。あまりにも愚図な人間共を導く事が上位種としての使命だと考えていた。
だが、エルフのその思想を、偉大なる神“エル・ゴース”は予め予想してたのだろう。
「そうか。ならば、お前には試練を与えねばならんな」
「試練、とは?」
「偉大なる神“エル・ゴース”が我々に与えた神器による試練だ」
創世の頃から存在する神器。
その難関を乗り越えることなく、人間を支配する事を偉大なる神“エル・ゴース”は禁じていた。
「この私とて、クリアすることの出来なかった試練だ。貴様に乗り越えられるかな?」
「長老ですら! して、その試練とは?」
「“ノブノブの野望 ~一〇〇〇年支配編・インターナショナルヴァージョン~”」
「『“ノブノブの野望 ~一〇〇〇年支配編・インターナショナルヴァージョン~”』!?」
「そうだ『“ノブノブの野望 ~一〇〇〇年支配編・インターナショナルヴァージョン~”』だ。受け取れ」
そう言って長老は空間魔法を発動させる。亜次元から呼び出されたのは、神々が創世に使用したと言う高性能タワー型パーソナルコンピューターと、高画質ゲーミングディスプレイであった。
「こ、これが神器!」
既存のエルフ性のパソコンとの違いは一目瞭然。あまりにも静かであり、既に起動していることに気が付かない程だ。
「既に『“ノブノブの野望 ~一〇〇〇年支配編・インターナショナルヴァージョン~”』はプレイできるように設定してある。家に帰って、食事と睡眠に気を配り、健康と業務に支障が出ないようにプレイするが良い」
「勿論です!」
神の試練『“ノブノブの野望 ~一〇〇〇年支配編・インターナショナルヴァージョン~”』の概要を簡単に説明すれば、プレイヤーは野心溢れるエルフ“ノブノブ”となり、下等生物達を支配し、管理し、世界を一層素晴らしい物へと進歩させることを目的としたシュミレーションゲームである。
いや、試練である!
流石は神の試練と言うべきか、攻略の難易度は非常に高い。決して力押しだけでは攻略できない戦闘、AIとは思えないスリルを味わえる外交、予期せぬ自然災害に、一人一人の息づかいすら感じられる“その他大勢”のキャラクター達によるイベントの数々。そのボリュームは正に圧巻。実プレイ一〇〇〇年のリアルタイムを費やすに相応しい大作であると言えるだろう。
いや、試練と言えるだろう!
若いエルフはその奥深さに嵌り、夢中でプレイを続けた。
そして三〇〇年と少し経った頃――
「ほう。では、試練を諦めると?」
「はい。私が未熟でした」
――若いエルフは試練の続行不可を長老に告げた。
「どこまでクリアした?」
「全大陸を制覇し、統一国家を創り上げ、国民幸福度を七四%まで上昇させました」
「ほう。素晴らしい。しかし、ならば、なぜ、そこで止めた?」
「ふと、思ったのです。あと、七〇〇年もこの愚図共の為に高貴な私の人生を費やすなんて馬鹿馬鹿しい、と」
長老は若いエルフの言葉に、ほっと溜息を吐く。
「支配すると言うのは、服従することに他ならない。勉強になっただろ?」
妻は絶えず夫に服従することによって彼を支配する。
――トーマス・フラー(イギリスの神学者)