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4話

 首飾りの異変に気づいた日から、数日経ったある日のこと。


 宝玉のことは気にしないようにしていたのだが、着替えのときに服からこぼれると自然に目に入ってしまう。


 朝、朝食を食べに行く前に制服に着替えようとして、さらに線が走った丸い宝玉を見てしまった。


 いい加減、現実から目を逸らしてはいられない。


 手にとってしっかり見ると、硝子玉を落としたときにできるようなひびが、宝玉の中心から何本も走っていた。もう少し負荷がかかれば、いまにも割れてしまうかのように。


「うーん……」


 最初にひびを発見したときほどの衝撃はないが、困った事態なのは変わらない。理由を考え、ふと思い当たる節があった。


 フレッドと親しくしたからだろうか。いや、それだけではない。男女で仲がいい生徒なんていくらでもいるのだから。


 スティーリアが、フレッドに惹かれたから。


 それを恋をしたとみなされ、学園の決まりに反しているからと、学生証でもある魔道具が壊れつつある。


 まったくないとは言い切れない予想だ。スティーリアは不安を堪えるため自らの身体を抱き締めた。


 誰かに相談してみようか。教師――は無理だ。こんなことが知られたら、決まりを破ったと説教される。それだけですめばいいが、それ以上のことになったら。


 もしかしたら、教師は生徒の首飾りを見て決まりを破っていないか調べ、首飾りが濁りひびが入ったら退学を宣告しているのかもしれない。


 だったら誰に? こんなとき、年上の先輩がいないのが心細い。上の学年の生徒はもう誰もいない。同じ学年の生徒も、フレッドを残していなくなってしまった。


 相談できる人はほかにいないのだろうか。身近でスティーリアと同じように、恋をしてしまった人は。


 そこまで考えて、ひとりの少女が頭に浮かんだ。


 ネブリナ。彼女は年がら年中恋をしたいと言ってはばからないような娘ではなかっただろうか。


 気づいたが早いか、スティーリアは急いで残りの制服を着込んで身支度を整えると、寮の自室から飛び出した。


 すぐ近くのネブリナの部屋の扉を、逸る気持ちを押さえ込んで何度か軽く叩く。


「ネブリナ、起きてる? 話があるんだけど」


 声をかけてみても扉を叩き続けても、中から応えはなかった。


 低血圧なネブリナは普段起きるのはもっと遅いようだから、まだ寝ているのだろうか。それにしたって、これだけ音がしたら目が覚めて返事くらいしそうなものだが。


「あ、先輩。おはようございます」


 ネブリナの隣の部屋の扉が開き、下級生の女子が眠そうな顔を出した。


「おはよう。ごめん、起こしちゃった?」

「いえ、ネブリナに用事ですか?」

「ええ、ちょっとね」

「なら彼女、もう学園のほうに行ったみたいですよ。もっと早くにそんな音が聞こえてきました」

「え? 早朝に……術の練習かなにか?」

「そんな勉強熱心な娘じゃないのは知ってるでしょう。逢引かなんかじゃないですか」


 こともなげに、女生徒は言った。


 しかし朝に弱いネブリナがわざわざ早くに学園に行く理由としては、これ以上ないくらいに説得力があった。


「そ、そう。ありがとう、教えてくれて」


 混乱を増した頭でなんとかそれだけ言い、スティーリアは寮の一階にある食堂に向かった。


 まだ早い時間なので、食堂に生徒の数は少ない。朝食を食べて落ち着こうと思ったが、普段特に不満を感じていない食事はあまり喉を通らなかった。


 ひとつ年下の少女は、誰かとつき合っているのだろうか。それは学園の決まりに抵触しないのか。スティーリアのように、魔道具に異変が生じてはいないのか。


 息を吐いたつもりが、溜息になっていた。



 食事を終えて自室に戻っても気分は晴れそうもなかったので、教室で勉強でもしようとスティーリアは鞄を持ち学園の建物に足を向けた。


 屋外に出て空を見上げると、いつもと変わらない灰色の曇り空だった。この辺りでは、日中でも陽光が射すほうが珍しい。今日は特に雲は厚く、いまにも雨か雪でも降ってきそうで気が滅入った。


 白い息を吐き出しながら霜に覆われた地面を踏みしめ、スティーリアは校舎へと足を速めた。


 荘厳な佇まいの校舎に入り、早朝の静けさに満ちた廊下を進んでいく。身近に感じる人の気配は自身のものしかない。


 そのはずだったのに、しばらくして小さな物音が耳に届いた。


「誰……?」


 教師か早く来た生徒が近くにいるのだろうか、と立ち止まって周囲を見回す。だが動物の姿の教師も制服を着た生徒も、目に入る範囲に見当たらなかった。


 気のせいか、と歩き出そうとしたところで、首の辺りでなにかが切れる音がした。制服の上着の下をなにかが滑り落ち、廊下に落ちて転がっていく。


 それがなにか確認し、スティーリアの肩が跳ねた。ひびが入った宝玉の首飾りだ。鎖が切れてしまったらしい。


「嘘っ……やだ」


 誰かに見られたら困る。通常とは違う状態になってしまった、スティーリアが禁を犯した証でもある宝玉だ。もう純粋な透明のままではなく、白く曇りひびが入ってしまっている。


 手を伸ばして追いかけるが、丸い宝玉が転がる速度のほうが速かった。しばらく早足で追いかけ、扉に当たった首飾りをやっとつかまえた。


 安堵し、魔道具をつかんだ手をもう片方の手で固く握り締めた。


 息を吐き出して気分を落ち着けようとしていると、ふと首飾りが当たった扉が半開きになっているのに気づいた。杖や魔道具の類を保管している部屋の中から、かすかな話し声が聞こえてくる。


 反射的に中を覗き込むスティーリアの目に、よく知る少女が男子生徒に寄り添い、ふたりの唇が重ねられる光景が映った。


「え――」


 ひとりはネブリナだ。もうひとりは、確か保健室で見かけた少年。ネブリナは彼のことを嫌っていたようだったのに、どうして。


 そこまで考えたところで、突然硝子が割れるような高い音が響き、薄暗かった室内に光があふれた。


「な、なに!?」


 突然のことに腕で目元をかばい、目を閉じる。しばらくして恐る恐る目を開くと、部屋の中は魔道具が並んでいるのみで、人影はひとつもなくなっていた。


 先ほどの光は、術が発動したからだろう。覗き見に気づき、目くらましをしてどこかに隠れようとしたのだろうか。けれど室内は狭く、棚や魔道具で埋まっていて、あの短時間で隠れられるような場所はない。


 スティーリアは意を決して中に入っていった。周囲を注意深く確認しても、やはり人の姿はない。


 この学園で学ぶ範囲で、瞬間移動の術は存在しない。あのふたりが使えるとは思えなかった。


 ならばどうして? そこまで考えて、例の決まりを思い出した。


 学園の生徒は、恋をすれば消えてしまう。それを目の当たりにしてしまったらしい。


「消えるって……でも、そんな。あの子はずっと一緒にいて――」


 つぶやきながら、スティーリアはぞっとした。ついさっきまでここにいて、消える瞬間を目にした後輩の少女の名前が、思い出せなくなっていた。


 先程の光景を頭に思い浮かべようとしても、頭にかすみがかかっていくように朧気になっていく。


 少女と少年の顔かたち、髪型、瞳の色。それらの個人を構成する特徴が、手のひらから砂がこぼれ落ちるように明確な形を失っていった。


 毎日のように顔を合わせていた娘の姿が、記憶から薄れていく。確実に思い返せるのは、ふたりとも黒い制服を着ていたということだけ。これではほかの生徒と同じ、この学園の生徒ということしか証明しない。


「――っ」


 声にならない叫びを上げ、スティーリアは魔道具置き場の部屋から飛び出した。禁止されていることなんて忘れて、行き先もわからずに廊下を駆け出す。


 ――なんなの、これ。どうしてこんなことに!


 怖かった。後輩が消えてしまったことも、彼女のことが記憶から消えていってしまうのも。


 このままでは、ほかの生徒もみんないなくなってしまうのではないか。そしていつか、スティーリア自身も消えてしまうのではないか。


 なんのためにこんな決まりがあるのか、理解できなかった。何年も通ってきた学園が、突如として得体の知れないものになったかに思えた。


 これからどうしたらいいのか、誰でもいいから教えて欲しい。


 そんな思考の渦の中俯いて走っていると、衝撃が来た。誰かにぶつかったらしく、反動でスティーリアは後方に弾き飛ばされた。


 その腕を、転ぶ直前でしっかりとつかまれた。


「すまない、大丈夫か? ――スティーリア?」

「あ……」


 眼鏡の奥の薄い青の瞳と目が合う。彼のことは、忘れてなんていない。


「フレッド……」


 スティーリアを心配そうに見つめるフレッドの顔を見て、張り詰めていた糸が切れた。崩れた体勢を立て直すことができず、スティーリアは廊下にへたり込んだ。


「どこか痛いのか?」

「違っ――わたし、もうどうしたらいいのか……」


 目元が熱くなる。入学してから人前で泣いたことなんてないのに、いまは堪えられそうもなかった。


 俯いてなんとか涙を堪えようとしていると、ふむ、と声が聞こえた。そしていきなり身体が持ち上げられる。


「きゃあっ!? な、な……」

「ひとまず移動しよう。もう少ししたら、ほかの生徒も登校してくるだろう」

「だ、だからって、なんでフレッドが!?」


 スティーリアはフレッドに、両手で軽々と抱きかかえられていた。体力仕事は向かないなどと自称していたから、術で筋力強化でもしているのだろうか。


 その驚きで、涙は引っ込んでしまった。


 フレッドの端正な顔がすぐ近くにあり、スティーリアを見下ろしていた。


「歩く気力もないほど、なにやら沈んでいたようだったから」

「あ、歩けます、歩けるったら! だから下ろして!」

「それは残念だ。またとない機会なのに」

「そういう問題じゃないでしょっ」


 足が着地したときには、スティーリアの息は上がっていた。つっこみ疲れだけでなく、心臓が鳴る音がうるさいと感じるほどだ。


 あんな風に密着していたら、聞かれてしまう。フレッドのせいで平静を失っているのを、気づかれてしまう。


「少しは元気、出たようだね」


 そう平然と言う少年が、憎らしかった。


「あ、あなたねえ……」

「さて、行こうか」


 歩き出したフレッドから顔を背け、なんとか心を静めようとするしかスティーリアにはできなかった。


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