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やばぁと思って、社長の顔を見ると、きらきらと瞳を輝かせて私を見ています。
え?
あの……。
「すごいっ。たった数時間でこれだけいろいろ改善点を教えてくれるなんて」
いや、全然すごくないよ。
「あの、前の会社と比較して気が付いたこと言っただけなんで、すごくはないです」
社長が首を横に振りました。
「すごいですよ。だって、入社するかどうかわからない会社なのに、どうしたらよくなるかって考えてくれたんですよね?それに、面接の途中で寝ちゃうっていう失礼なことしたのに、待っていてくれたんです」
ニコニコと無邪気な笑顔を向けられ……。
うっ。心が痛い。
どうしたらよくなるか考えたというよりは、ダメな点を挙げていっただけなんだけど。
「あ、あの、いつもは違うんですよ、その、人と話をしてる時に突然寝ちゃうようなことなくて……なんでだろう。あの、その……布山さんの声が気持ちよかったというか……」
は?
私の声が気持ちいい?
「あ、違う、嘘です、今の忘れて、あの、ごめんなさい、セクハラとかじゃなくて、えっと、あの……ど、どうしよう」
セクハラ?
ああ、容姿に関して女性のこと何か口にするとすぐにセクハラセクハラっていうの、ありますよね。会社経営者として、従業員を雇うためにその辺は勉強しているんですね。
「花田さんに言われていたんです。宗太は思ったことすぐに口にするから、セクハラだって訴えられないように気を付けろって。妹にもセクハラとパワハラは絶対ダメだって……ああ、あの、ごめんなさい、えっと、やっぱり会社辞めるとか……」
ぷっ。
「やめるかどうかは試用期間終わったときに考えます。それから、明らかに馬鹿にしたような発言と、性的な発言でなければ私は気にしませんから。むしろ、私こそ言いすぎてしまうことがあるかもしれませんので先に謝っておきます」
ぺこりと頭を下げる。
「あ、ありがとうございます。あの、でも言い過ぎとかそれこそ僕は気にしないので。その、いろいろはっきりってくれたほうが助かります。いろいろと常識知らずなところもあるので」
ぎゅうーっと、頭を下げる社長のおなかが大きな音を出した。
「あの、布山さんこれからお時間ありますか?」
え?
「今日のお礼と、それから歓迎会と、えーっと、ご飯を、いや、あれ?こういうの誘うのもアウトでしたっけ?えーっと、あ、ちょっと待ってください」
歓迎会のお誘い?
バタバタと落ち着きなくドアを出て行った社長。3階へと上がっていく音が聞こえる。
ものの1~2分で戻ってきた社長は、白封筒を持っていた。
「あの、はい、どうぞ」
封筒の表には「福利厚生 歓迎会費用」という文字が、「ふくりこうせい、観げい会費用」と書かれていた。
大丈夫だろうか……。いや、大丈夫じゃないから、こういう事務的なことは私がしっかりしよう。
封筒を受け取ると、ボールペンを取り出し、封筒の文字に二重線を引く。
「ふくりは、福利……は、幸福と利益、こうせいは、厚生、健康で豊かな厚みのある生活をすること」
漢字を書きながら、意味を添える。
「かんげいは、観光とかの見る意味の観じゃなくて、よろこぶという意味のある方の歓。こっちの欠の部首はあくび。口を開ける様。歓んで口をあけてるイメージで、歓迎の迎は迎える……」
あ、また、やっちゃった。
頭でっかち女。
知識をひけらかして優越感を持ってる痛い人間。
ちょっといい大学出てるからって周りの人間を馬鹿だと思ってるいやな奴。
人を見下していい気持かな?最低女。何度も言われたことがあったはずなのに……。
違う。違う。違う。そうじゃない。
見下してなんかないし、自分が頭がいいとも思ってない。
いろいろ知ることが楽しくて「あーそうだったんだ」って思ったことが気持ちよくて……。
今の福利厚生の話も入社して先輩に教えてもらって「福利厚生って、社員の幸福と利益と健康で豊かな厚みのある生活のためのお金って考えるとすごいでしょう?会社が、お金だけじゃなくて、幸せまで考えてくれるのよ?」っていう話がとてもよかったから。
だから、その……。ついほかの人にも教えたくなっちゃうんだ。
思ったことはすぐに口にしちゃう社長と同じ。
いいえ、違う。もしかすると、後輩たちが言っていた「教えたがり」は図星なのかもしれない。
「すいませんあの、偉そうに……その、知識をひけらかすとかそんなことじゃなくて、えっと、私は、教えてもらった時にうれしかったので……」
と、慌てて言い訳してみたものの、よく考えると教えてもらってうれしかったからって何?だよね。
誰もが同じように知らない話を聞いて「へー」って思うわけじゃない。
馬鹿にしてるのかっていらだつ人のほうがきっと多いだろう。……こちらにそんなつもりはなくても。だから、あまり言わないようにしてたのになぁ。
なんか、社長の顔を見てると、つい、いろいろ教えたくなっちゃうっていうか……。
でもさすがに誤字の訂正はやりすぎた気しかしない……。
視線を挙げて社長の顔を見る。
むっとしていない……。
「すごい!福利厚生って社員のために使うお金って……社員を幸せにしてあげるお金なんだ。すごい……」
目を輝かせて封筒の文字を見ている。
ほっ。よかった。
「なんか、福利厚生って何なのかわからなかったけど、そうか、いいですね、福利厚生って。今まで社員がいなかったから使う機会もなかったけど、これからいっぱい幸せにしてあげますっ」
まっすぐ目を見て微笑まれた。
うっ。
ぐっ。
言葉に詰まるしかないでしょう。
社長が社員の幸せを考えることはとてもいいことなのは間違いない。
けど、なんかプロポーズみたいで、言葉に詰まるっての!もちろん社長にそんなつもりがないことはわかってるけどっ!