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「こちらがメモになります。まずは花田硝子様から、姿見の半分は発送準備が整い次第送るそうです。残りの半分はもう少し時間がほしいと。それから佐藤繊維様より、赤と青と黄色の在庫はあるけれど、茶色は在庫がなく染料から取り寄せる必要があり時間がかかる。代わりにえんじ色はどうかと。次に、
……」
と、メモを見せながら一つずつ説明していく。
きらきらと、社長の瞳が輝きだしている気がするのは気のせいかな。
顔色は少し寝たからか、ちょっとよくなってる。
「以上、電話がありました。また、荷物が届いています。こちらも勝手に受け取りをしてしまって申し訳ありません。配送票の控えになります。各倉庫のドア前に置いてあります」
結局、黒い猫さんと、胴長犬さんと、くちばしでか鳥さんの3つの配達業者がやってきました。それぞれ10個前後の荷物を持ってきた。
「荷物も受けとってくれたんだ……」
社長のほほに少し赤みが出てきた。
「あ、そうだ、お茶、お茶飲みますか?ちょっと待ってください、すぐに」
社長がキッチンに向かう。
あの湯飲みと緑茶のティーパックはやっぱり面接用だったのか。
……まぁ、私は来客とはちょっと違うからティーパックでもいいけれど、来客用にはもうちょっとちゃんとしたお茶っ葉をね、用意したほうがいいですよ……社長。そこまで気が回らないのかなぁ……。
「うわぁ、カップが洗ってあるっ」
「ああ、すいません。それも勝手に」
社長が眼鏡をずらして頭の上に置いた。
そして、ぐいっと服で涙をぬぐう。
え?泣いてるの?
「すごい。寝てる間に電話も荷物も片付けも済んじゃってる……布山さん、ありがとう」
泣くほどのことじゃないよね?
ああでも、なに勝手にやったんだ!って怒られなくてよかった。……。
「あの、僕の会社で働いてくれませんか?給料なら、えっと、頑張ってもっといっぱい出せるようにしますし、その、お願いしますっ」
勢いよく社長が頭を下げた瞬間、頭の上に乗せた眼鏡がスポーンと飛んで私の足元にかつんと落ちた。
その瞬間……。
不覚にも、社長には私がいないとだめだと、上から目線なことを考えてしまったのだ。
相手は社長だよ。雇われるのは私だよ。
「わかりました。あの、まずは試用期間ということで、1か月限定でお願いします」
足元に転がってきた眼鏡を拾い上げる。
幸い、割れたりしていないようだ。
「ありがとうございます!」
社長が満面の笑みを浮かべた。
ん?
あらら。
眼鏡はずすとずいぶん若く見えるんだ。20代にしか見えない。
「あの、社長、一つよろしいでしょうか」
「はいっ、なんでしょう?」
ニコニコ笑顔で社長が顔を上げる。眼鏡を手渡すと、すぐに眼鏡をかけた。
眼鏡ないほうがかわいいのに。おっと、年上の男性でしかも雇用主の社長にかわいいはないか。
「入社することになれば、いくつかお願いしたいことがでてきますが、いろいろ意見を言わせてもらっても構わないですか?」
もし、いろいろ意見を言うことが、口うるさいと思われるのであれば、私には向かない。お局様と煙たがられながら働くのは辛いから……。
だけれど、どうしても、いろいろと気になるとつい、口を出したくなってしまう。仕方がない、我慢してもしても、そういう性分なのだ。我慢が続けばストレスになってしまう。
「それはもちろんです。あの、無理のない範囲でしたら、改善していくので、むしろ、その、いろいろわからないこともあるので教えてもらえると助かります」
「では、電話のそばにはすぐにメモできるように紙とペンを置くようにしてください。1階の電話のそばにもです。それからカメラ付きインターホンを1階入り口に設置。配達業者さんが、一度2階の事務所までわざわざ足を運んでもらうのは申し訳ないですよね?どれくらいの頻度で荷物が届くか知りませんが毎日のことならなおさら。あと、カップは洗う時間がなくても水は入れておくようにしないと、洗う時にかぴかぴして洗いにくくなります。もし洗う時間が取れないことが続くようであれば、食洗器の導入をお勧めします。もちろん、私がいる間はやりますが。それから、電話連絡ではなくてもよい案件は、メールやFAXで対応するようにすれば電話を取る手間が……」
と、そこまで話をしてあっと口を閉じる。
しまった。
さすがに、新入社員(仮)の身分でいろいろ言い過ぎた。いくら、意見を言ってもいいといわれたからといって……。
これは、徐々に仕事に慣れていってから一つずつ改善案を提案すべきだったかも……。
っていうか、こういう細かいこと気が付いていろいろ指導しすぎて、お局呼ばわりされ始め……居づらくなったんだよね。前の会社。
ちっとも反省できてない。ダメだ、私。こんなんだからかわいくないと3年付き合った彼にも振られ……。
もしかして、やっぱり不採用とか言われるかも……。