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コンコンコンと、ノックの音とミシャさんの声。
「夕食はいかがいたしますか?」
ああ、もうそんな時間なんだ……。
苦しい、苦しいと、胸を抱えながら泣き続けた。
馬鹿だよね。社長はきっと救おうとするでしょ。
私は、そんな社長が好きなんだもの……。私も協力する、それ以外の答えなんてあるわけがない。
異世界商事であと30年、定年まで勤めあげるんだもの。
あの公園で、社長とまりちゃんと花見がしたいんだもの。
見て見ぬふりなんてできないんだから。見たことは知ったことは、教えたがりだと言われる私が黙っているなんてできるわけがないんだからっ。
心が決まると不思議と落ち着く。
「ミシャさん……部屋に運んでいただいてもいいですか。それから……ミシャさんの分も……食事をしながら話がしたいんです」
了解の返事を聞いてほっとする。
ベッドから起き上がって鏡を見ると、ひどい顔だ。
泣きすぎて目元がはれている。髪の毛をといて、結びなおす。
美容師はどうだろう。髪結い。女性の仕事にならないだろうか。……無理かな……。商売として成り立つほどお客さんがいるとは思えない。
鏡に映る自分と自問自答する。
「ああ、この鏡、花田硝子さんの……」
ガラスを加工する技術がないと言っていたから、姿見もなかったから日本から買ったんだね。
……鏡は、作れないだろうか。花田硝子さんに加工技術を教えてもらって……。無理かな?大がかりな機械で今はガラスを作っているんだっけ?
平らで大きな鏡を作るには何かが必要でと……。じゃぁ、吹きガラスとかで食器を作るのは?付加価値がなければ日本に持って行っても売れないだろう。ただの器なら100円で売っている。切子細工の器とか……高い技術が必要だ。それに、そもそもガラスを溶かすための燃料、炉などどうしたらいいのか想像できない。
コンコンコンと再びノックの音がして、食事を乗せたカートをミシャさんが押して部屋に入ってきた。
侍女に頼むのではなく、ミシャさんが手ずから運んでくれたのは、私に気遣ってのことに違いない。
「ありがとう、ミシャさん」
「リョーコ殿、大丈夫ですか?」
ミシャさんが心配そうな顔をしている。
「ありがとう。もう大丈夫。さぁ、食べましょう。今日は……これは何?」
「うどんですよ。日本ではよく食べると聞いていますが」
うどん?トマトのシチューのようなものに、パスタとはいいがたい麺のようなものが入っているけれど、これがうどん……。
なんだかずいぶんと日本のうどんとはかけ離れた……。ぷっ。ふふふ。
私が笑ったのでミシャさんは安心したのか小さく息を吐きだした。
「こんなとき、インターネットがあれば本当に便利なのにね。うどんの写真を見せて説明すれば、すぐにこれがうどんと認識するのがむつかしいのが伝わるのに……」
「うどんには見えませんか?」
どうひいき目に見ても見えないけれど、世の中そんなものなのかもしれない。
世界のはしっこの「寿司」はすでに別料理だ。
「見た目はね。いただきます」
味は案外うどんかも……と、食べ……ああ、こう、もちもちのトマトスープパスタと言われれば、なるほどと思う味かな。
「ところで、インターネットとは何ですか?写真というのは聞いたことがありますが。本物そっくりの絵を一瞬で描ける機械だとか。とても信じがたいですが……」
そうか。あれもこれもそれも、この国にはないんだ。
スマホなどのデジタルカメラは機械だけど、カメラも機械?ピンホールカメラなんて、ただの光の入らない箱に穴をあけただけでできるんじゃなかったっけ?機械っていうほどのものじゃないよね。……フィルムとか印画紙とか、なんかそっちが作れるならカメラもすぐにできちゃうんじゃない?……日本に帰ったら調べてみよう。カメラマンが女性の仕事……もダメそうだなぁ。写真にお金をかける人が少なそうだ。こう考えると、お客を得て商売する系の仕事を作り出すのはなかなか大変そうだ。
というか、私が知らなさすぎる。この国のこと。




