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ぽろぽろと涙が零れ落ちる。
「幸せにしたいって……みんなが幸せになるのが嬉しいって……」
社長はこの現実を知ったらどう思うのか。
「リョーコ殿?」
「ねぇ、社長は……宗太さんは、この国に何をしたの?この国は宗太さんがいて良かったの?」
ぽろぽろと落ちる涙を、ミシャさんがハンカチでぬぐってくれた。
「もちろんです。ソータ様がいなければこの国は……いいえ、世界の半数は消滅していたでしょう。この国を救ってくださったのは間違いなくソータ様です。彼は英雄ですよ」
英雄?
社長が?……何をしたんだろう。ちょっと大げさに言っているだけなのかな。
それでも、わかった。社長は感謝されている。この国のために本当に尽力したに違いない。
そう。きっと、視点が違うんだ。
社長が見ているものと、私が見たもの。
私が見たのは、女性が理不尽な暴力を受けているところ……。
社長が見ていたのは国の存亡。
だから、社長が悪いわけじゃない。親衛隊の制服が動きやすいものなら、国を守る人たちの能力がアップすると……。国のためになると社長は思ったのかもしれない。いいものを、役に立つものを売れば、国に住む人たちが豊かになると。幸せになるとそう思っていただけで。
いつの間にか、部屋にもどっいた。
「ありがとう……」
ミシャにハンカチを返してドアを閉める。
一人になりたかった。
「御用があればいつでもおよびください」
ドアの外からミシャさんの気遣うような声が聞こえた。
あああああ。
ああああああああああっ。
枕に顔を押し付けて泣いた。
異世界商事が王子に物を売っても、彼女たちは救われない。
むしろ税金が使われて人々の生活はより困窮してしまうかもしれない。
ああ、でも、社長が信じる人だ。そんなことはしないだろうと信じたい。日本から買い取った商品を裕福な人や近隣の国に売って国を潤し、国民の生活を豊かにしてくれるかもしれない。
かも……しれない?
誰が、誰が豊かになるの?
それは、働いている人の給金が上がるの?
商売をしている人の売り上げが上がるの?
……彼女たちは……仕事がない女性たちは……?
私には何もできない。知らなかった今までと同じ生活を、見なかったことにして生活を続けるしかない。
本当に?
見てしまったのに、見なかったことにできるの?
……この国に送る商品を選ぶときに、彼女たちの顔がちらつくのは間違いない。
……私、この3か月、商品を選ぶのが楽しかった。見本として送った品物がほしいと注文が入ると嬉しかった。
こちらの国に来て、商品についてきちんと説明できることが……砂時計を作って見せて、それから日本で売れる商品を探そうなんて偉そうに提案して……。
できる女だと……必要とされている人間だと……勘違いを……。
社長……。
社長……。
社長の顔が浮かぶ。僕はみんなを幸せにしたいと言っていた社長。
ああ、私、私……。きっと異世界商事の企業理念は皆を幸せにすること。皆を笑顔にすること。
なのに、私は、自分が楽しくて嬉しくて……もちろんそれも大切なことなのだとはわかってる。でも、それだけしか……考えていなかった。
だから、今、こんなにも苦しい。
違う、そうじゃない。皆の幸せを願っている社長も、この現実を知ればきっと苦しくなる。
花田硝子さんの言葉を思い出す。まりちゃんの言葉を……社長を心配する人たちの言葉を思い出す。
身を削って人のために何かしようとする人だと……。
どうしたらいいの、社長。社長には知らせないでいればいい?
知ったら社長はどうする?ああ、そうだ。わかっている。救おうとする。そうでしょう?助けようとする。そうでしょう?
それで、私は?
私は……。




