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昼食を終えると、早速街に下りることになった。目立たないように、街娘のような服装に着替える。色は薄めの服だ。ミシャさんと何気にお揃い。
薄いグリーンのワンピースに生成りのエプロン。やっぱり袖はパフスリーブ。
「こういう膨らんだ袖がはやりなんですか?」
ミシャさんと並んで歩きながらつい聞いてしまった。
「ああ、リョーコ殿が送ってくれた制服の袖はすごいな。あんなにかっちりと縫い合わせてあるのに、動きやすい」
おや?もしかして、流行とかでなく、動きやすさとか、作りやすさとか、そういう別の事情でパフスリーブなのかな?
「本当に驚いたよ。実に細かく縫ってあって、あれも、その、機械でできるのか?」
「あ、もしかして」
エプロンの裾を持ち上げてめくって見る。縫い目はとても丁寧なのだけれど、どう見ても手縫い。反返し縫いだろうか。
ミシンもないんだ。
「まぁ、機械も使うんですけど、服はある程度人の手をかけて作ってますよ」
ミシャさんが首をかしげる。
「うーん、機械というのがよくわからないんだよなぁ。電気というので動いて、便利な道具で、空まで飛べるというのは本当ですか?」
「飛行機ね。馬が引かなくても動く車に、人や風の力に頼らなくても進む船もありますよ。あと、身近なところで言えば、勝手に洗濯してくれる洗濯機とか。食器も最近は自動で洗ってくれる食洗器、ああ、床掃除もしてくれるものも増えましたね」
ミシャさんがびっくりした顔をしている。
「女の仕事がなくなるじゃないか……?」
「なくなりませんよ?私もこうして仕事してますし、ミシャさんも護衛の仕事しているじゃないですか?」
ミシャさんが確かにと少し笑ったけれど、納得することもなく質問を続ける。
「私は騎士の家に生まれたからたまたま小さなころから鍛えられ、今の職を得ただけで、ほとんどの女性は働こうと思えば城や屋敷の下働きだ。掃除、洗濯、食事……それから乳母。ただでさえ働き口が少ないというのに、機械が洗濯や掃除をしてしまったら、女性の働き口がなくなってしまうだろう?」
ミシャさんの顔は深刻だ。
「いえ、日本では女性の仕事はたくさんあります。いえ、一応法律では男女機会均等法という法律があって、男も女も同じように働けるということになっていて、女性の仕事男性の仕事という区別はないのですが……まぁ、それでも、女性が多い仕事というのもたくさんありますよ。看護師、保育士とか。それから、正社員じゃなくてパートとなれば女性が圧倒的に増えます。レジ打ち……えーっと、物を売る人や、や飲食店の接客などが多いですかね」
ミシャさんが首を横に振った。
「よくわからないが、飲食店なら、もともと店をしているところの娘に生まれるか、嫁に入るしかないだろう?人を雇えば金がかかるじゃないか。それに、物を売るのは商人だろう?自分で商売をすれば確かに仕事をしていることになるが、それも一部の特殊な環境の人間だけだろう?」
ああそうか。チェーン店のように、人を雇うことが前提の店は少ないのかな。個人商店ばかりだとすると、確かに人を雇うという発想があまりないのかもしれない。
江戸時代とか、店で丁稚奉公するのは男の子で、女の子は女中さんとして働いていたんだよね。侍女と変わらないのかな……。
「んー、違うんですよ。本当にいろいろな仕事があって、例えばさっき言った飛行機、空を飛ぶ乗り物には、乗り方を説明する人が乗っているんですが、スチュワーデスという名前の仕事で女性に人気がある仕事ですし、馬が引っ張らない乗り物の大きなえーっと、乗り合い馬車みたいなバスというのにはバスガイドという仕事がありますし……。女性の仕事はたくさんあるんで、逆に掃除や洗濯を機会に任せることができるようになったおかげもあるのかもしれません」
ミシャさんがうらやましそうな顔をする。
「女性ができる仕事が増えれば……そうか……いいな……」
いつの間にか、街の中に入っていた。
お城があるということは、城下町ということになる。建物は、思った以上に立派だ。石畳が敷かれ、ドイツやフランスの昔の街並みの並ぶ観光地のような雰囲気だ。まぁ、イメージなんだけど。本当はドイツやフランスの街並みがどうなっているのかは知らないんだけどね。洋風。
たくさんの人がいて、活気がある。
「さぁ、何から見て回ろうか?」
「何があるのかわからないので、端から見て回ってもいいですか?」
どこに掘り出し物があるのかわからない。
「もちろん。ただ、順に回れば1日では回り切れないと思う」
「まだ、この国に滞在するので続きは今度で……あ、ミシャさんの予定もありますね」
「私は大丈夫だよ」
それからこそっと声を潜めて私の耳元で囁く。
「屋敷にこもって護衛してるより、街中でいろいろな物を見て回る方が楽しいし」
ふふふ、それはよかった。
街の端の店は、食器類を扱っている店だ。
「木の器と、素焼きの器ですね」
「ああそうだな。城では陶器や銀食器を使っているが、一般的には木か粘土を焼いただけの器だ。全く価値がないだろう?」
おおぶりのカップを手に取る。
「ビールジョッキですかね。木のビールジョッキは味わいがあるし、素焼きのビールジョッキはきめ細かい泡が立つとちょっとした人気なんですよね」
手作りだからこそ出る味わい深さもあっていいかも。飲食店向けにある程度の個数をまとめて売れるといいな。もしくは、雑貨やが取り扱ってくれるかどうかかな……。
「分からないもんだなぁ……」
ミシャさんが何が良いのかわからないという顔で首をかしげる。
「きゃっ」
突然女性の悲鳴が聞こえる。店の外だ。




