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「人がいるっていいですね……」
社長が次の日満面の笑みでドアの前に立っていました。
「おはようございます社長」
「おはようございます、涼子さん、昨日はありがとうございました。めがさめたら、畳の上で、毛布まで掛けてもらえていて……僕はその……幸せでした」
えーっと。それはいいんですが……。
「いつもは、あそこ……コンクリートの上でそのまま寝ていたのですか?」
へへと笑う社長。
「社長、早急にユニット畳、寝袋、毛布、布団、何でもいいんで、どこかで寝てしまった社長にそれなりの寝床を確保できるものを買ってください。私には社長をどこかに運ぶだけの力はないですし、もし冬場なら凍死する可能性だってあるんですっ!っていうか、その前に、あんな状態で寝てしまうほど無理しないでくださいっ!」
社長が申し訳なさそうに頭をちょっとかく。
「えっとこれ、返します。あの、クリーニングしてからのほうがいいなら、クリーニングしますし、新しいものがよければ新しいものを買って返しますので……」
社長が丁寧に折りたたんだハーフケットを差し出す。
ふわりと洗剤の匂いがした。
「洗濯してくれたんですか?」
「あ、うん……。ちゃんとネットに入れて、他のものとは別にして洗ったから」
社長の服と同じ匂いがする……。
「ありがとうございます。洗濯してあればクリーニングにまで出さなくても、新しいものも必要ないです。それよりも!社長、なんの連絡もなく会社に来ないと困ります!」
社長がぺこりと頭を下げた。
「心配をかけてすいませんでした」
「し、心配も、そりゃしましたけど、そうじゃなくて、電話とか、社長はいつ帰ってくるのか聞かれたりしても、全然わからないのと……。明日は出社の予定ですとすらいえないんですから」
社長が顔を上げてニコニコしている。
あの、注意してるんですけど。
「心配かけて、すいませんでした」
だから、心配もしましたけど……。
「心配かけて悪いと思っているなら、コーヒー入れてください」
社長がぴしっと額に手を当てて「了解」と嬉しそうにコーヒーをいれに行きました。
そうそう。ホワイトボードに予定を書く癖をつけたほうがいいですね。
「社長、新月の次の日は毎回事務所には出社しない……けれど倉庫にはいる……でも寝ているかも……ということは、えーっと、出社でもなく遅刻でもなく欠勤……というか深夜働いてる分の代休?……どういう予定として書いておけばいいと思いますか?」
社長がコーヒーカップを二つ持ってダイニングから来た。
ああ、いい香り。
「出張?」
「出張ですか、倉庫に?」
「まぁ、うん、ある意味新月の夜は出張」
倉庫に出張って、1階の倉庫に、2階の事務所から出張って……。聞いたことがないけれど、事務所にいないという意味では出張なのかな。1階にいても、呼んでもうんともすんとも言わないくらい熟睡してしまうんだから、夢の世界に出張?
コーヒーを飲み終わると、社長が立ち上がった。
「じゃぁ、今日からちょっと荷物整理をお願いしますっ!」
荷物整理?
入社して初めて倉庫に入ります。
「じゃあ、涼子さんはこちらの倉庫に置いてある段ボールから荷物を取り出して、この棚に並べてもらえますか?段ボールや梱包資材、それから、商品を包んでいる袋やタグも全部外して、品物だけにしてください。並べ方は適当で……あー、涼子さん流に分かりやすくおいてくれればいいです」
初めて入る倉庫。思った通り20畳ほどだ。奥には、スチールの丈夫な棚が、4列並んでいる。手前には、たくさんの届いた荷物が段ボールに入ったままそのままになっている。
うん。必要なものは、ハサミとカッター、それから段ボールをくくるためのビニール紐。ゴミを入れるためのごみ袋ですね。この部屋にはないようなので事務所から取ってくる。さぁ、やりますよ。
ドアストッパーはないので、初めに段ボールの端をドアの下に挟んでドアストッパー代わりにする。
まずは棚に近い段ボールを開封。出てきた品は、眼鏡だ。大量の眼鏡。どれもフレームは金属だ。タグはついていない。レンズをのぞき込むと、老眼鏡になっていた。ということは、このレンズに貼ってあるプラス1とかは老眼鏡の度数を示していることになるから、はがすとわからなくなる。
しかし、クッション材を外してしまうと傷つきそうですけど……と、思ったら、次の箱から合皮かな。布制の眼鏡ケースが大量に出てきた。これは、一つずつ入れたほうがいいんですよね?
それから次の段ボールからはそば殻の枕。枕。枕。枕。たくさんの枕。しばらく段ボールは枕ばかりだ。
棚の一つが枕で埋まった。その隣の棚は1段の4分の1が眼鏡。
品物を出し終えた段ボールを、つぶして倉庫の外に出す。それからビニール紐で縛ってまとめる。
次の箱には、いつぞやに大量注文した作業着だ。ああ、そうか。届いた荷物はそのまま受け取って開封もせずに倉庫に社長が入れていたから、届いてそのままだったんだ。
私たちの分は……あとでいいか。とりあえず全部袋から取り出して、タグ取り棚に。
毛糸、陶器、バスケットボール、下駄……全く統一感のない商品たち。
ある程度出すと、ゴミと段ボールをドアの外に運ぶ。




