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新月の後は忙しくなると社長は言っていた。そうか。忙しいから来られなかったのかな。でも、連絡くらいは……。
「あれ?」
階下から物音が聞こえた。
何?泥棒?
階段を下り、倉庫をそっと覗く。人影はない。今日届いた荷物も、それぞれの扉の前に積み上げてある数に変化はない。
と、一番右側の扉が開いた。
人?
息をのんでドアから出てきた人を見る。不審者ならばすぐに逃げなければ。それから警察に通報して……。
気がつけばプルプルと手が小刻みに震えている。社長、守ってくれるって言ったって、いなきゃ守られませんよっ。そうだ、防犯グッズを買ってもらおう。そうしよう。スタンガンとか催涙スプレーとか?
……どっかの部屋には、高価な宝石があるんだから……もうちょっと、監視カメラとか防犯ブザーとかなんかいろいろ増やしてもらった方がいいかも。
「あ」
部屋から出てきた男がフラフラとそのままドアの前で倒れこんだ。
「しゃ、社長っ!」
部屋から出てきたのは社長だ。
「大丈夫ですかっ、社長っ!」
慌てて物陰から飛び出し、ドアの前に倒れた社長に走り寄る。
「あれ?涼子さんだ。もしかして、もう朝ですか?」
「は?何を言っているんですか、社長、もう夕方です!あと1時間もすれば私は仕事が終わりですっ」
社長がうわーって顔をする。
「もうそんな時間。いやー、今回はちょっと厄介なものを送り付けられて……」
厄介な物?
送り付けられた?
よく見れば社長の顔もからだもなんだか薄汚れている。ゴミやほこりまみれだ。
送られた荷物を開封したら何かが飛び散ったとか?荷崩れでもしたとか?
「で、ちょっと一晩中片付けに……いや、一晩よりももっと時間かかっちゃいましたか……えっと、とりあえず無事に片付いたので、安心してください」
「社長、え?ちょっと、社長っ!」
社長がふにゃっと表情を緩めた。
「涼子さん、おやすみなさ……い」
ね……寝た……。ど、どうしよう。私はあと1時間で帰る時間だし、倉庫の、ドアの前。コンクリ張りの床に、社長を寝かせてそのまま放置して帰るとか、人として……人として……。
でも、残業はするなと言われているし。……残業じゃなくて、タイムカードを押して自主的に仕事じゃなくいるなら問題ない?うーん、とりあえず2階に運べれば事務所の畳のところに寝かせて帰るんですけど……。
あ、そうだ。
ロッカールームからユニット畳を運んでくる。
その上に社長を寝かせて、それから、車から、ハーフケットを持ってくる。冬場足元が寒いときように車に常備してあるものだ。
ちょっと小さいけれど、時期的にそれほど寒くはないのでないよりはいいよね。
社長の上に、ハーフケットをかぶせる。
こういうことは時折あるのかなぁ?だったら、毛布かなにかも買ってもらおうかな。わずか2週間の間に2回寝ちゃったん見てるし。
さぁ、あとは、帰る時に声をかけて、まだ寝ているようならまりちゃんに連絡を入れて。
……起きないので、まりちゃんに電話です。
「何の用?お兄ちゃん」
「あ、布山です」
「うわ、ごめんなさい、会社の番号が出たからお兄ちゃんかと!あの、どうしたんですか?」
「社長がその、倉庫の前で寝てしまって、何度か起こしたのですが起きなくて……」
少し間があってから、まりちゃんがあーと納得したように声を上げる。
「昨日は新月か。大丈夫、よくあることだから。というか、涼子さん何か困ったことない?」
困ったことは……特にないですが。
「大丈夫ですよ。あ、いくつか相談したいことはあるんです。社用車のこととか……」
「丁度3日後に行くので、そのときでいい?だいたい新月のあと3日後くらいにはいつも手伝いに行ってるんだ」
「あ、はい。じゃぁその時に」
「涼子さんは兄のことはそのままでいいから、帰ってね。むしろ、涼子さんが夜遅くまで会社に残ったって後で知ったら、兄はどう責任を取ればいいんだって、錯乱するだろうから」
……確かに、あれほど残業はダメだと言っている社長が、目を覚まして私がいたら困るだろう。
なんか、放置して帰るみたいだけれどごめんなさい。机の上にメモだけ残して帰ることにします。




