-
「涼子さぁーん、これ、どうやって使うの?」
次の日出社すると、ダイニングテーブルの上にたくさんの調理器具がおいてあった。昨日100円均一で買った品で間違いない。
「まりに聞いても知らないって言うし……」
まぁ、そうでしょうね。ここまでいろいろ買いそろえて料理する人は少ないと思うんですよね。
「社長の手にしてるのは、ジャガイモとかつぶすものだったと思います。えっと、ちょっと待ってください」
インターネットにつながるPCを立ち上げ、ジャガイモ、つぶすで検索かければすぐに画像が見つかる。
「マッシャーって言う名前見たいですね。ほら、こうしてポテトサラダやマッシュポテトを作る時にゆでたジャガイモをつぶすときに使うんです」
「ふんふん、なるほど」
社長が昨日買った大きめの付箋にメモをして、マッシャーにぺたりと張り付けた。
「社長、たぶん、はがれます……平らじゃなくて外部と接触する場所にはやはりテープでとめておいた方がいいです」
「そうなんだ……」
社長ががっかりした顔をする。せっかく付箋使えると思ったのに……という顔かな。
テープをちぎって、付箋とマッシャーをしっかり張り付ける。
「あれ?この文字……」
日本語じゃない。あのよくわからない文字だ。
「うん、向こうに送るやつだから、向こうの文字で書いておかないと」
そうか。それじゃぁ、私が代わりに書区分けにもいかないんだ。
「100円均一には売ってませんでしたが、マッシャーにはてこを使って素早くジャガイモをつぶすものもあるようですよ」
検索で出てきた画像を社長に見せる。
「あー、本当だ。うーん、いろんな種類があるんだなぁ。きりがないな……。まぁいいか。今回は、いろいろ送ってみて、あとで何が役に立ったのか聞いてからほかの種類の話すれば」
「そうですね。使いもしない箸を、割りばしもあるよ、菜箸もあるよ、滑り止めつきの箸もあるよと、種類を送っても仕方がないですしね」
社長が微妙な顔をする。
あれ?もしかして……。箸の見本を送る時に、いろいろそろえて送ったってこと?
「に、人間はいろいろ経験して、失敗をもとに成長していく生き物ですっ。社長、もし、過去に失敗したことがあれば教えてくださいね。付箋がはがれちゃうというのは、私の過去の失敗です。せっかく付箋を貼ったのに、鞄に入れて運んで出した時には全部はがれてたんですっ!20個近くあったので、どれがどれだたたか、貼りなおすのに1時間もかかりました」
社長がびっくりした顔をしている。
「涼子さんでも、そんな失敗するんだ」
は?
「失敗多いですよ。でも同じ失敗は二度としないように気を付ければ、年々失敗は減りますけど」
あれ?
私、前の会社で失敗らしい失敗を最後にしたのいつだっけ?……もしかして、私は失敗しない人間だと思ってる後輩もいた?もしかして、何かを教えるときに「こうすればいい」じゃなくて「私もこうして失敗したからこうするといい」と、自分の経験を添えて教えていたら……ちょっとは後輩たちの反応も変わっていた?
「そっか。うん。わかった。僕は日本で社会人生活新人だから、これからもいっぱい失敗するけどよろしく。あ、代わりに僕は悪人から涼子さんを護りますね。それは得意なんです。そうですね、日本人なら、20人くらい一度に襲ってきても返り討ちにできると思います」
はい?格闘技とかそっちは得意そうだけど、20人に襲われる?そんな経験する?
「社長、そもそも、20人に襲われるって、暴走族の抗争ですか?どんな状況を想像して……」
「あ、そうか、えっと、ないですよね。あはは。まぁ、とにかく、えっと、これはなんでしょうね?警棒ですかね?」
社長が手に取ったのは、すりこぎ。
「武器じゃないですよ社長。調理器具コーナーで買いましたよね?」
まぁ、言ってしまえばただの木の棒だから、武器にならないこともない……?いやいやいや。
調理器具はあくまで調理に使うものであって、何一つ武器ではない。
包丁も。武器じゃない。泡だて器も武器じゃない。
「すりこぎ?何それ?」
「社長は、ゴマをすったことありますか?」
社長が、左手の平を出して、そのうえで右手をぐるぐると回すジェスチャーをする。
「ゴマすり、苦手なんだよねぇ……。するのも、すられるのも」
うん、はい。違うゴマすりです。
「社長がゴマをすったことがないのはよくわかりました。ときどき、とんかつ屋さんでも小さなすり鉢とすりこぎにゴマ入って出てくることあるんですけど、行ったことないですか?」
パソコンですりこぎを検索して画像を出す。
「ご、ゴマって、これでするの?」
社長が警棒と呼んだすりこ木をまじまじと見た。
「そうですよ。ゴマ以外にも長芋とか。ぐるぐるするんじゃなくて、こうしてすり合わせて……動画見たほうが早いですよね」
と、動画を検索して社長に見せる。
「はー、ゴマをするのって、こんな簡単な動作じゃないんだ」
社長が再び左手の上で右手をぐるぐると回した。
「まあ、そうですね。ゴマをするの語源は、むしろゴマをすったあとに、すり鉢にへばりついたゴマから、人にへばりつくようにすり寄るということだそうなんで……」
「へぇー。えーっと、でも待てよ、ゴマなんてあっちにあったかな?日本の食べ物じゃない?」
「違いますよ。ゴマはエジプト文明ではミイラにごま油を防腐剤として使ってたらしいですし」
社長がえーっと、大きな声を出した。
「ミイラって、あのミイラ?あのぐるぐる巻きって、作り立てはごま油の匂いがしたの?え?えええ?」
うっ。ごま油はミイラの匂いとか、変なこと言わないでくださいよっ。
「社長、とりあえず、先に進めていいですか?すりこ木はありますが、すり鉢を買ってないので、今回はゴマを食べる食べないは置いといて、送ってもだめじゃないかと思いますけれど」
「ああそうか。すり鉢がない。じゃぁ、えーっと、すり鉢と一緒にと、メモして貼っておこう。あ、送るやつの説明はピンクの付箋。保留が黄色の付箋。青の付箋は送らないやつね」
色分けが楽しそうです。とりあえず電話帳横のメモ帳に、ピンク……送る、黄色……保留、青……送らないとメモ。後で何かに書いておかなければ。間違えて混じるといけないし、ときどき仕事を手伝いに来てくれるまりちゃんやほかの人にも分かりやすいようにしておかないと。
と、気がつけばその日も仕事が終わっていた。
やることがあるようで何をしているのかわからないうちに過ぎていく。
電話は面接の会った日程度には何か所からかかかってくる。荷物もちょこちょこと届く。