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「何言ってんの。先輩がそんなことするわけないでしょ。理不尽なことはしないんだよ。いつもみんなのこと思って、気を配って見ていてくれて……困ったことがあると声をかけてくれて……」
後輩の言葉が小さくなる。
副音声が聞こえない。
本当に、そう思ってくれているの?
「ああ、わかってるって。だから、一瞬そう思ったんだけど、そのあと、すごく楽しそうに……いや、あれは幸せそうっていうの?会話の内容は聞こえなかったんだけど、二人でニコニコ笑って話をしてたから、ああ、カップルかと思い直したんだよ」
カップル?
な、なに、それ。違う、違う。
「ああ、そうなんだ。先輩、今幸せなんですね……。よかった。あの、もしかして会社を急に辞めたのは、結婚とか……?だったら、戻ってきてくださいなんて無理な話ですよね……」
ちょっと、待って、社長と私はカップルじゃないし、結婚の予定がないことは課長には伝えてあったし……。
「私……先輩が話をしてくれたことを、最近よく思い出すんです。あの、それで……。そのときは意味が分からなかったこととか、ああそういうことだったんだと思うことがあって、なんでもっと先輩の話をきちんと聞いておかなかったのかなってこともあって……あの……先輩が急に辞めちゃったから、えっと、言うことも出来なかったんですけど……」
後輩が、ちょっと悲しそうな顔をする。
「お世話になりました。ありがとうございました!」
ぺこんと頭を下げた。
びっくりして何も言えない私に、後輩が続ける。
「幸せになってくださいね!じゃぁ!」
後輩が彼氏と一緒に店を出て行った。
あれ?
あれれ?
「おひとり様ですか?」
店員の問いに小さくはいと答えれば、すぐに席に案内される。
メニューを開くと、ぼんやりとしてよく文字が見えない。
テーブルの上の紙ナプキンを1枚手に取り目に当てる。
きっと、彼女の言葉に裏なんてない。……ありがとうございましたに、裏なんてない。
いなくなってから初めてありがたみがわかるっていうのは、世の中にいくらだってあること。私……。
前の会社でも必要な存在だった。必要とされてたんだ。お局様だって言われてたって、それでも……。私は役に立ててた。私……いなければいい存在じゃなかった。
「幸せになってくださいだって……。ふふふ」
幸せにしますって言ってくれる社長がいる会社にいるから、きっと幸せになるよなんて言ったら……さらに誤解されちゃったかな。
明日には前の会社で、何て噂されてるか。
年下の彼氏と幸せそうに買い物してたって、絶対言われそう。噂が好きだもんなあ。後輩の恵ちゃん。
……社長には、やっぱり外に出るときには、スーツ着てもらう必要が……。
くぅーっと小さくお腹が悲鳴を上げる。
何を食べようか。昼間はうどんだったっけ。んー、ハンバーグ……」
あれ?そういえば、社長、100円均一でいろいろ調理道具買ってたけど、使い方知ってるのかな?相手に説明とか必要になるんじゃ……。




