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「大丈夫ですよ、社長。私は仕事をするために雇われてるんですし。現状、残業してまでこなさなければいけないほどの仕事も抱えていません。むしろ、何をしたらいいのか分からないよりも、何かするべきことが分かっている方が助かります」
ぼーっとしていれば時間が過ぎるのが遅く感じるけれど、あれをやろうこれをやろうと思っていれば、時間はあっという間に過ぎる。その方が「仕事してる!」感じがして私は好きなんだ。
「そうですか?でも、無理はしないでくださいね。あの、どんな仕事も急ぎではないので、えっと、残業とか絶対しなくていいんで、涼子さんのペースでしてください」
絶対残業しないでという会社も珍しいんじゃない?
「はい。分かりました」
「それから、できないことはできないってちゃんと言ってください。えーっと、それから僕が馬鹿な事しそうなときはちゃんと止めてください」
「はい。分かりました」
「えっと、社長は僕なんだけど、会社は僕の会社じゃなくて、えっと、僕たちの会社にしたいんです」
ん?共同経営者の誘いとかじゃないですよね?
「働いているみんなで作り上げる会社、いいえ、その、取引しているみんなが幸せになれるみんなの会社にしていきたいんです。だから、涼子さんも……涼子さん自身が幸せになれて、それから、僕が不幸にならないように、お願いしますっ」
ホワイトボードを前に、深々と頭を下げられた。
「しゃ、社長、人目がありますから、止めてくださいっ」
大荷物を持った社長に頭を下げさせる私の姿は周りにはどう見えているのか。スーツを着ている私に長袖Tシャツの社長。私がパワハラしてる上司に見える可能性っ!
「ごめんなさっ」
慌てて顔を上げた社長に、笑いかける。
「ちゃんと、社長が馬鹿なことをしたのを止めましたよ?」
社長がふっと笑う。
「流石涼子さん。頼りになる」
「私たちの会社のためですから」
社長が感動したようにまた目をキラキラとさせた。
「私たちの……会社……ふふ、ふふ。いいなぁ。その言葉」
そうですね。いいですね。
株式会社異世界商事。それが、私の会社ですって……胸を張って言えるようになるといいな。
「さぁ、社長、早くしないと残業決定です。時間がありませんので、急ぎましょう」
というか、すでに残業決定ですけどね。電車バス徒歩で、移動時間考えると……。
「ごめんなさいっ!涼子さん!あの、残業代はちゃんと出します。えっと、早く帰ってください。日が沈んでしまったし。あの、今度から絶対残業しないように気を付けます。涼子さんも残業にならないように気を付けてくださいっ!」
時計の針は18時……夕方の6時を40分ほど過ぎている。残業40分で、この社長の焦りよう。
「えっと、えっと、今日はランチミーティングで昼休みもなかったですし、残業3時間つけときます。タイムカードは僕が後で押し時ますんで」」
「いえ、さすがにいただきすぎです」
「とにかく、一刻も早く帰ってくださいっ!」
……どうして、そこまで必死に帰らせようとするのか。
ビリリリリリッと、突然電流が走るような音が階下から聞こえる。
「え?何の音でしょう?倉庫から聞こえたような……」
社長がちょっと飛び上がった。
「あ、まずい、いや、違う、大丈夫です、えっと、本当に、大丈夫ですから!涼子さん、今日はお疲れさまでした」
大丈夫?
電流が走るような音は倉庫から聞こえ続けている。
「倉庫を気にしながら社長と一緒に階段を下りる。
「いつものことなんです。えっと、目覚まし時計みたいなものです。僕も仕事しすぎないように、あの……」
目覚まし時計の音?ずいぶん、なんか怖い音ですけど……。
「社長も残業しないようにという音ですか?まりちゃんに言われました?」
面接中に寝ちゃうくらい仕事してましたもんね。目の下のクマもひどかったし。
うん、倒れる前に休ませようというまりちゃんの心遣い?怖い音なのも、わざと?
「では、失礼します」
「あ、はい。あの、今度からあの音が聞こえても気にしないでください。というか、音がなる前に残業せずに帰るようにお願いします」
社長がぺこりと頭を下げて慌てて倉庫に駆け込んでいった。
あ、音が止まった。
車のキーを出して岐路に着く。




