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おっと、味わっている場合ではなくて。
「社長、付箋の話でしたね」
すっかり紅茶で話題がそれてしまって忘れそうになった。いや、なんだか、社長といると仕事をしている感覚がふわりと飛んじゃうことがある。
……。なんだろう、こう、仕事ってもうちょっと緊張感があるものじゃないのかな。なんだろう。心がポカポカするし、紅茶はおいしいし、なんか幸福感があるとでも言えばいいのかな?
ああ、もちろん前の仕事でも「やり切った!」みたいな時には達成感を味わったり、後輩からとても感謝されると嬉しかったりと、それなりに、幸せな時間もあったんだけれど。それとはちょっとなんか違う。……ああ、まぁ、確かに何も達成してないし、私が何かの成果にかかわったりもしていないから同じなはずはないんだけれど。
「まだ、パラパラと見ただけなんで、優先順位を付けました。ピンクはすぐに必要そうな資料です。黄色は後で必要になりそうなもので、青はあとで目を通して確認しようと思ったもの、緑は社長に確認が必要なものです」
社長が、へーと言いながらファイルをめくっていく。
「へぇ、これ、書類の仕分けするときに便利そうだね。まずは簡単なチェック……チェックされたものを仕分け……」
付箋、使ったことないのかな。15年前の日本でも存在してたよね?今ほど普及してなかったのかな?
「あと、こんな風にも使ったりもしますよ」
余計なお世話かも?と思いつつも、教えたがりの私はつい、知っていることを口にしてしまう。大丈夫。社長の顔色をうかがえば、迷惑そうな顔はしていない。
「例えば、こんな風です」
と、付箋に「印鑑をお願いします」だとか「数字の計算チェック」だとか「大至急」など文字を書いて張ってみせる。
「直接書類に書き込まずに、修正箇所など伝えるためにその場所に貼ったりします。目立つので、全部目を通さなくてもそこに視線が行きますので。もちろん直接手渡せる場合は口頭でも伝えますが、何か所も伝えると忘れてしまいますから付箋を貼ったもので説明したほうが二度手間三度手間になりません。修正した箇所から付箋をはがせば修正忘れも防げますし。それから、大至急や、FAX送信など書類の扱いについても貼っておくと便利ですね。あとは……」
先輩にしてもらって嬉しかったこと。
いつも正確なデータ入力ありがとうとか、仕事が早くて助かりますありがとうとか……お礼の言葉が一言添えてあったんだ。
……メッセージを書き込んで書類に貼って社長に見せる。
「紅茶おいしかったです。ありがとうございます……あ、いえ。あの……付箋、付箋1枚ください」
ん?
社長に付箋を差し出す。
社長が私に隠すように付箋に何かを書いて、ぺたりと書類に張り付けた。
「いつも、いろいろ教えてくれてありがとうございます」と、書かれていた。
「ふふっ、口で伝えられることは付箋に書かなくてもいいんですけど。どういたしまして。あとは、社内恋愛してる人がほかの人に気が付かれないようにメッセージのやり取りにつかったりとか……。スマホでやり取りすれば済むのに、わざわざスリルを楽しんで社内の人にバレバレな人もいましあけどね」
「しゃ、社内恋愛……」
社長がはっと動きを止める。
「あー、社員が増えたらそういうこともあるかもしれないですよね?」
セクハラに敏感な社長だ。社内恋愛とセクハラの線引きがと悩み出しかねないので、とっさに今は考える必要がないとくぎを刺しておく。
……うん、私と社長、それからまりちゃん……このメンバーで社内恋愛なんてないですよね。
「さ、では、緑の付箋の社長に確認しようと思っていたものなんですが、確認してもらってよろしいですか?」
チェックしてもらったところ、社長の友達の店のチラシが4枚、ときどき利用する宅配ピザのチラシが1枚、取引先の店のチラシが2枚……。それから……。
どうも、あやしいとは思っていた。
ファイルには日付が書いてあった。逆に言えば……日付で仕分けしてたんですよっ!
これはだめです。
友達の店は、いつか取引することもあるかもしれませんし、必要。宅配ビザは、取引とは関係ないけど利用するから必要、取引先のチラシは必要。だから、取ってあるのは正解なんです。ですけど、仕分けが……。
とりあえず、緑の付箋に社長からの聞き取りをメモしておく。友達の店、取引先など。
ほかのファイルもチェックして、あとで仕分けの方法を考えて社長に提案しよう。




