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 それから、たまっていた有給を取り、最後の日に、会社へと足を向けた。

 部屋の入り口に立つ。部屋からはいろいろな声が聞こえ漏れてきた。

 ずいぶんと騒々しい。私がいないだけで、活気があるのだろうか。

「また、お客様を怒らせたのか?いったいどういう対応をしたんだね?は?マニュアルに沿って対応したが、客が怒り出した?マニュアルに頼りすぎるからそうなるんだ」

 私の作ったマニュアルにミスがあったのでしょうか。そういうときは経営理念を思い出して対応していただかないと。

「おい、この見積書、数字がおかしいって怒られたぞ」

「え?私は渡されたものをそのまま入力しましたけど?」

「そのままって、そりゃ確かに渡したものにミスしたのは俺かもしれないが、明らかにおかしいのくらい入力してて気が付くだろう。なんで教えてくれなかったんだ!」

 あら?明らかにおかしいというのはどれくらいの数字なのでしょう。さすがに入社3年目の子なら毎日見積書を入力していれば、いつもと違うっていうのは気が付くようになりますよね?

「怒って電話が入っています。後で提案されなかったサービスのことで、なぜ初めに教えてくれなかったんだと、どう対応したらいいですか?」

 もしかして、めんどくさいからとしなかった提案なんでしょうか。別のお客様からうちはこうしてもらったとか話を聞けばそういうサービスもあるってわかりますからね。

「おい、だれかPCの使い方を教えてくれ。エクセルのマクロってやつ、新しくこういうのやりたいんだが」

 ああ、前に課長に教えたもの、役立ったんですね。だから、ほかのもマクロ組んで作業することにしたんですね。

「もういや!毎日毎日残業ばっかり!」

「わからないことがあるたびにボーっとしてるからでしょ!誰かに聞きなさいよ」

「誰に聞けばいいのよっ!みんな忙しいからって後回しにするじゃないですかっ!」

 ああ、なんだか飲み会のときにあれほど仲がよかった社員たちが口喧嘩をしている。

 いつまでもドアの外で聞き耳を立てているわけにもいかない。退社のあいさつをして、荷物をまとめないと。

 ノックをして部屋に入る。

「あ、先輩!先輩、教えてください」

 後輩に一人がにっこり笑った。

 教えたがり病の私に気を使ったのだろうか。教えてほしいだなんて。

「先輩が急に長期の休みを取るから大変だったんですよ」

 私がいると雰囲気が悪くなるんでしょう?気を使わなくてもいいんです。

「課長、今までありがとうございました」

 荷物をまとめて課長と皆に退職のあいさつをして部屋を出ていく。

 さぁ、新しい仕事を探さなければ。



「お兄ちゃんっ!いつまでも私は仕事を手伝えるわけじゃないんだからね!会社作ったんだから、求人出して人を雇うべきよっ!」

「求人を出すって、どうすればいいんだ?だって、日本にはギルドもないだろ?」

「お兄ちゃん!日本に帰ってきてもう1年もたつんだよ!いい加減、もうちょっと現代社会になじんでよっ!ほら、これ!」

 求人サイトを開いたスマホの画面を見て戸惑う兄。

「あー、ったく、今どきスマホも使えないなんて、ほら、これ!こういうのに求人出せばいいんだよっ!」

 コンビニなどで無料配布されている求人誌を渡すと、目を輝かせる兄。

「ああ、なるほど。ギルドの依頼書みたいなやつ。いい人が見つかるといいなぁー。あ、でも人を雇うなんてどうしたらいいんだろう。いつも雇われ側だったからなぁ」

「お兄ちゃんは社長になるんだから、まずは労働条件がブラックにならないように、セクハラパワハラは厳禁。男女問わずかわいいとかかっこいいとか言っちゃダメ」

「え?ええ?どうしよう、だって、かっこいいとか絶対言っちゃう。かわいいは、恥ずかしくて言えないけど……」

「それから、お兄ちゃん、うっかりギルドだとかそっち系の話は絶対に、ぜーったいにしちゃだめだからね!写真とか証拠取られて拡散とかの危険もあるから、社内スマホ禁止は当たり前として、SNSしてない人を雇ったほうがいいかも。それから、会社を始めたといっても、兄ちゃん自身知らないことが多いんだから、しっかり仕事ができる経験者がいいと思う」

「Cランクくらいの?」

「お、に、い、ちゃ、んっ!ランクなんてありません。募集するのは事務員です!事務員!パソコンの資格とか簿記もあるといいかも。あとは、私もちょっと調べるけど」



 布山涼子。30歳。

 残業ゼロ、給料そこそこ、パワハラもセクハラもなく、そして……。

 口うるさいお局と陰口をたたく人もいない、驚くほどホワイトな職場に転職しました。

 今日で3か月。

 まぁ、小さな出来立ての会社で、社長と私の二人だけの会社なので、陰口を言う人間どころか、人間がいないんだけど。

「あー、6時、6時になったよ。早く帰って!もう就業時間終わりだから、早く帰って!」

 時計を見て、大慌てで社長が立ち上がる。

「あの、あと4行打ち込めばきりが」

 目の前のパソコンで開いた画面。それから手元にある書類。

 4行数字を打ち込んで、保存をかけて閉じれば出来上がる。

「な、何いってるんですか、もう6時も2分すぎてます。そんなの、明日来てから続きをやればいいんですから、あ、パソコンの電源は僕が落としておきますから、早く、帰ってくださいっ」

 両手を大きく振り回し、壁掛け時計に視線を送り、それから私に青い顔を見せる社長。

 たった、2分……あと残りの作業をしたって、1分か2分なのに。いつも社長は少しの残業も許さない。

「やだなぁ、社長、サービス残業させられたなんてSNSにあげたりしないから大丈夫ですよ」

 ひゅっと小さく息を飲む音が聞こえる。

「え、え、SNS?涼子さん、SNSする人でした?」

 あ、そうだった。この会社ってSNS禁止だった。

 求人にもSNSはしていないこと、これからもする予定がないこと、社内へのスマホおよび撮影録音機器の持ち込みは禁止とあったんだっけ。

 よほど社員に録音されちゃ困るようなパワハラでもあるのかとドキドキしながら入社試験を受けたっけ。

「いいえ、しませんよ?」

 と答えると、社長はほっと息を吐きだした。

「そうですよね、涼子さんはSNSしない人ですもんね。その条件でうちの会社に来てくれた貴重な人ですもんね」


 入社試験を受けたのは、今からは3か月前。

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