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「え?いや、だって、友達にどうやって免許取ったかって聞いたら……高校出てすぐ自動車学校に通ったとか、高校在学中に通い始めて卒業と同時に免許取ったとか……」
ああ、それで。
「社長、車の免許は高校を出ていなくても取れますし、何歳でも取ることができますよ。あ、もちろん18歳以上ならって条件はありますが」
ふと、社長が漢字を苦手にしていそうなことを思い出した。自動車学校の教科書とか試験問題って、ルビ振ってあったっけ?
「ほ、本当?そうか、今からでも免許取れるんだ。お金はある、お金は。いくらかかるの?ああ、でも時間が……とれるかな……会社どうしよう」
「仕事に慣れれば、私一人で留守番していますよ。それに、いまこうして時間が取れてるなら、大丈夫じゃないですか?夜の授業もありますし。仕事終わってから通うこともできますよ」
社長が大興奮している。
目はきらきらだし、ホホは紅潮してうっすらピンク。30超えた男が、まるでおもちゃを見つけた子供みたいな顔だ。
「お兄ちゃん、免許とっても、あの人たちに自慢したり、車に乗せたり、車を売ったりしちゃだめだからね!」
まりさんが浮かれ気味の社長の肩をぎりりとつかんだ。
「あー、もちろん、そんなことしないよ」
あの人たちって誰だろう?
車を売っちゃだめって……。
「車の販売って結構大変ですよ?税金が絡んでくるだけでなく保険のこともあるし、車検やいろいろ……ナンバープレートの取得とか登録とかなんか、私もあまり詳しくないんですが……相続も絡んでくるみたいですし」
もしうちの会社でも車を売るということになれば、勉強しなくちゃいけない。ああ、むしろ中古車販売の業者と提携を組んだほうが早いのかもしれない。うちの会社で1台売ればいくらのインセンティブくらいで、あとは全部任せられる感じ?
「あ、ああそうなんだ……そうか、仕入れて売るだけじゃダメなんだ……」
明らかにがっかりした様子の社長をまりさんが怒鳴りつけた。
「お兄ちゃん!やっぱり自慢する気だったのね!ダメだから、さすがに、車はダメでしょう!だいたい、ガソリンスタンドもないのに車だけ持って行ってどうするつもり!」
「あー、ガソリンも売れば」
という社長を、思わずまりさんと一緒に怒鳴りつけた。
「ガソリンはダメですっ!」
どれだけ危険なものだと思っているんだろう。ガソリンを販売するにはまず危険物取扱の資格がいる。普通の人間がほいほいと売り買いしていいものじゃないのだ。扱いを少し間違えれば大惨事を招く。
誰に何を売るつもりなのか、いったい会社をどうしたいのかわからないけれど……なんだかまりさんの様子を見ていると、不安しかない。
「まりさん、もしかして社長に免許が取れることを教えたのは間違っていたのかしら?」
「……いえ、いつかは知る時が来たと思うので。むしろ、涼子さん、兄が無謀なことしないように見張っていてもらえますか?」
「はい……。車の売り買いには手を出さないように見張ります」
がしっとまりさんと固く手を握る。
「あ、そうだ、私のことはまりって呼び捨てでいいですよ」
「それは、えっと、じゃぁ、まりちゃんで」
転職初日。
……教えたがりが受け入れられた喜びと、教えないといけないことが多い不安を同時に感じることとなりました……。




