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「なんだぁ、お兄ちゃんの彼女ならマウント取らなくちゃとおしゃれしてきたけど、彼女じゃないのかぁ。あ、妹のまりです。布山さんお兄ちゃんをよろしく……じゃない、会社をよろしく」
はい?
マウント?
「って、寒い、ちょっと待ってね」
と、まりさんがイスに置いたカーディガンに袖を通した。
「あ、私のことはまりって呼んでね。えーっと、布山さんの名前はなんていうの?」
「布山涼子です」
「じゃぁ、涼子さんって呼んでいい?」
えーっと、えーっと。
距離感のつかみ方がわからない。
とりあえず、カーディガンを肩にかけるファッションは、マウント取るためのおしゃれだったようで、根っからの働かないアピールではないようです。
しかし、いきなり下の名前呼びとは、社長の妹さんということは苗字が同じだから仕方がないというか、皆にそう言っているのかもしれない。
「はい、呼びやすいように読んでください」
「じゃぁ、涼子さんね!お兄ちゃんのことは社長なんて呼ばなくていいから。ポチでもタマでもミミでもピーちゃんでも好きなように呼べばいいよ」
「おい、まり、俺は犬や猫じゃないぞ!」
社長の言葉に続けて、
「ウサギでも鳥でもないですね」
ミミは耳が長いウサギのことかな。ピーちゃんはピーピーなく鳥のことかなと、思わず口に出してしまう。
「ぷっ。そうそう、ふふふ」
まりさんが楽しそうに笑う。
「お兄ちゃんより絶対涼子さんのほうが頭の回転早い!よかったね!涼子さんみたいないい人が見つかって!と、もう何か注文した?」
まりさんは頭の回転も切り替えも早そうだ。
「まだ」
「涼子さんは何食べるか決めた?」
「いえ、すいません、どれもおいしそうで……」
まりさんが笑う。
「ふふふ、どれもおいしいよ。って、食べたころあるの少ないけど。今日はお兄ちゃんのおごりだから……おごり、だよね?」
まりさんが社長に念を押す。
「ああ、もちろん。今日は福利厚生、会社のお金で歓迎会だから、まりも好きなだけ食べていいぞ。まりもアルバイト従業員だから問題ない」
「ぷっ。福利厚生とか、むつかしい言葉使ってる」
まりちゃんはどうやら笑い上戸のようで、ちょっとしたことですぐにケラケラと楽しそうに声を上げている。
社長もニコニコすることが多いし、笑顔の絶えないよい家族なんだろうな。
「知ってるか、まり。福利厚生とは、こういう字を書く。社員の幸福と利益のためのお金だ」
社長がペーパーナプキンにボールペンで福利厚生と書いた。ちゃんと覚えたたようで漢字で書いてます。
「へー、なるほど、福利厚生なんて意味考えたことなかったけど、幸福と利益かぁ。っていうか、お兄ちゃんよく知ってるね?」
社長が自慢げに鼻を鳴らした。
「ふふふ、すごいだろう。涼子さんに教えてもらったんだ。涼子さんは賢いんだぞ。ほかにも歓迎会の歓の字も教えてもらったし、会社の改善点もいっぱい提案してもらった」
そして、まるでわが子自慢をする親のように私をほめたたえた。っていうか、社長までまりさんにつられたのか私のこと涼子さんと呼んでいる。
「すごい、涼子さんすごい!」
まりさんが社長と全く同じきらきらした目でこちらを見ている。
そんなにすごくないよ、っていうか……。つい、いろいろ話をしちゃうこと、受け入れてくれるんだ。二人とも……。
なんか……。私こそ……。
二人が、すごいんです。私みたいな……口うるさいお局をそんな風に喜んで受け入れてくれて……。




