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バラバラ欠陥じゃーにー  作者: tomatoma
三章 下半分と自称聖職者と里がえり
99/122

15.お騒がせしております

 あったはずの場所に行商人の馬車がなかった。地面に引き摺られた四つの跡が残っていたので、普通には動かせず無理矢理運んだのだろう。それを示すように、跡は塀の向こう側へと延びており、ぬかるんだ溝に水溜まりができていた。

 全財産を持っていかれた行商人は、声もなく筐体にもたれ、項垂れている。


 周囲を見回し、見張りの位置を確認。少し前に出たばかりの正面門扉か、別の侵入経路を探そうかと悩んでいる時だった。

 見るからに豪奢な馬車が現れ、正面門扉の前で停車した。そして夜闇に紛れる黒いローブを着た怪しい人々を引き連れ、オークション会場へと入って行く。


「むぅ、怪しげな」


「怪しげというか、会長の馬車だけど」


「うへぁ」


 リアは陰に隠れながら行商人の言葉にうんざりな顔をする。お偉いさんが入ったのならセキュリティも増しただろう。引き連れたローブ集団が飾りではないことは、足音も立てない身のこなしで分かる。


「別の道探した方がいいかなあ。どう思いますか?」


「…………」


 行商人は意思決定をしたくないと首をぶんぶん振ったが、トリムに反応はない。


「もしもしトリムさん? どうかしましたか?」


「ああ……どちらがより厄介か考えていた」


 どちらって何と何? ていうか、


「な、何か問題が?」


「……そうだな……まあ、お前を野放しにすることよりはマシ……いや、まだ対処ができるというだけだ。関わりたくはないがやむを得まい。回りくどいことはいい、正面(そこ)から行け」


「一人で納得する前に何が問題かを教えてください」


 しかも厄介なものの片方が自分であるようなニュアンスだ。確かめねばなるまい。


 トリムは思案するように無言の時間を置いた後、しぶしぶ話し始めた。


「あれらは……教会に潜んでいた者と同一の気配だ」


「教会って、サライドの?」


「そうだ」


 嫌な記憶がちらつく。炎に包まれたリッカ教会と、漆黒のローブの女性、そして悲惨な死を遂げた教会の副助祭。恐怖に支配された虚ろな瞳が脳裏に蘇って息が詰まる。


「っ……それって、また、あの呪い、が……誰かに……?」


「さあな。やめるか?」


「………………やめない、です」


 再びアレと(まみ)える可能性がある。一瞬だけ心はぐらついたけれど、リアは首を左右に小さく振った。

 自分のちっぽけな恐怖心より、優先すべきは彼女等の救出だ。万が一、あの残酷な呪術を受けていないとも限らない。それならばより深刻で、こんなところで自分があるともない死の恐怖に怯えているわけにはいかない。


「ならばさっさと行け。場所は分かっているんだろうな?」


 リアの決心に、特に肯定も否定もしないトリムは、先を促す。

 予想外に協力的だ。サライドでは話題にすることすら嫌がっていたというのに。


「あ、はい。地下です。てか反対しないんですね、正直意外だったり」


「俺がここで止めたとして、お前はどうする?」


「それは……」


 思い出そうとすれば恐ろしい死に顔が浮かんでしまうし、二度と同様の場面に出会(でくわ)したくはない気持ちもある。だがここまで来ておいて、引き返す選択肢をとるつもりは毛頭ない。

 反対されれば、先程と似たような脅迫、ではなく説得を試みるだろう。無理矢理行動に移すかもしれない。


「そういうことだ。リアを暴走させるより、手綱を握ってある程度操縦できるようにしておきたい。お前が引き起こす予測不能な事態より、目に見える厄介事への対処の方が楽だからな」


「何も言ってないけど心読んだの……? というか、とてつもなく心外な物言いされてる気がするんですが」


「気のせいではない」


「うぐぅ」


 自分を叱咤しせっかく恐怖を押さえ込んでいるのに、まるで暴れ馬のような例えはいかがなものか。しかしリアは奥歯を噛み締め耐えた。こんなところで怒っている場合ではないのだ。


 見やると、会長の一団が入り切ったところで、正面の門扉が左右共に閉められた。塀の外の見張りの数も少なくなり、中の警備が固められた。いよいよオークションの開始時刻が近いのだろう。

 そんなわけで、


「行きましょうか」


「ボクは行かなくても、いいよね……?」


 おずおずと行商人は挙手をする。


「あー、うーん……おじさん自分の馬車諦めるなら、それでいいですけど……」


「くっそ!」


 同行が決まった。

 せめて顔は隠したいという行商人の主張で、布を巻き、目だけ出した盗人の様相に。行商人のターバンが犠牲になった。


 小雨は止み、厚い雲の向こうで低い雷鳴が轟いた。小さく八の字を地面に描いていた白蛇くんが、音に驚いたようにぴょんと跳ねる。

 それを合図にして、リア達は門扉に向かって歩いていく。

 一見して、荷物を抱えた貧相な二人組。腕がリアのウエスト程ありそうな、隆々しい筋肉を持つ見張りの男は、近付く二つの影に動じている様子はない。


「お客様……? 今夜は招待制となりますが」


 外見とは裏腹に丁寧な言葉遣いだ。


「お客様ではないから大丈夫です」


「……おい小娘、ふざけてっと(たま)ぁねぇからな?」


 急にガラが悪くなった。

 睨み降ろされたリアは負けじと眼付けた。


「小娘ではなくさっきここでお騒がせした者です。痛い思いしたくなければ入れてもらいましょーか」


「ンあぁ? おま」


 男が言い終わる前に白蛇くんが動いた。

 目にも止まらぬ速さで男の爪先にくっつくと、その身は溶けるように男の両足に広がる。同時に苦痛に耐える声が聞こえた。

 よく見ると、男の太股辺りまで、内側から針のような何かが剣山のように飛び出していた。赤黒い針は、激痛に足を触った男の手の甲さえも突き抜け固定される。手の痛みに男は叫んだが、動くことはできないでいた。自身から生み出された針の罠から逃れる方法は、更なる痛みを伴うものだろう。


「う、ゎ、えぐい」


 距離があった今までとは違い、今度は白蛇くんがしていたことをはっきり目視でき、ぞわりと背筋に悪寒が走る。

 可愛い見た目のわりに、痛すぎる攻撃方法だ。死ななければ問題はないとその魔術を使ったトリムの容赦のなさが恐ろしい。間違いなく戦闘不能にはできるけども。


「……お邪魔しますね」


 門扉の前で跳ねていた白蛇くんの後ろに立ち、押してみたが、重厚な扉は壁のようにびくともしない。


「鍵がかかっているみたいです。開けられますか?」


「ふむ、相殺陣か。道理で」


「え、何です?」


「厚い鉄壁で物理に備え、相殺陣で魔術を消す、まるで砦のようだ。何に備えているのやら」


「うん……? もしや入れないっちゅー話ですか? あ、人が集まってきましたけど!」


 鍵ではなかったようだ。しかし、魔術を消してしまうのならば唯一の戦力(トリムの魔術)しかないリア達では手が出せない。騒ぎに他の見張りが寄ってきていた。


「まあいいか」


 「何が!?」という叫び声はより大きな音に掻き消された。

 空が一瞬明るく照らされる。上空で雷が走ったようだ。近くで発生した雷にリアの身は強張り、思わず見上げた空に違和感を持った。

 再び光った空に、反射した大きな二つの何か。目を凝らせば半透明で流線型の薄いものが、高いところに浮いていた。

 それは前触れもなく、静かに重力に従って落ちてきた。リアを挟んで平行に、風や空気抵抗に逸れることもなく、ただ真っ直ぐに道筋を辿る。


「えっ、なっ、な」


「動くなよ」


 その鋭利な刃物は音もなく塀に刺さり、容易く切り抜けてしまう。研いだばかりのナイフを刺すより滑らかに、上から下まで突き抜けた。

 そして粒子になり、宙に消えていく。手の平ほどの切れ込みが、門扉を挟んで存在していた。

 次にリアの前に白い球体が生まれ、それがボールのように塀にぶつかった。門扉に当たり、跳ね返って道に転がる。

 ぐらりと重心がずれ、向こう側にゆっくり倒れていく門扉。

 ドォンと衝撃が抜けた。爆風はリアを襲うことはなかったが、視界を舞い上がった粉塵で占領されたため、何も見えないでいる。


「進んでいいぞ」


 湿った粉塵はすぐに落ち着き、開けた景色は、閃光玉を使って逃げた見覚えのある場所だ。二度と閉まらない入口が開いたのだ。


「……魔術効かないんじゃ?」


「やりようはいくらでもある」


 促され、リアが足を踏み入れれば、沢山の武装した者達の視線を集めてしまう。呆気にとられていた表情はすぐに険しいものとなり、襲いかかってきた。


 縦横無尽に走り出す白蛇くん。縫い付けられて動けなくなる者の流れでその軌跡だけは分かる。攻撃が攻撃だけにリアは考えないようにしながら行く末を見守った。


 抜け出した通風孔から進んだ道順を脳内で逆戻りし、地下のある建物を探す。あれかと一際大きい建物に目星をつけると、視界の隅でチラチラと何かが光った。と、思えば、少し離れた地面に光が刺さり、すぐに消える。矢のように空中を飛ぶ光は、地面に次々と刺さっていく。その先には、光の攻撃から逃れるためにジグザグに戻ってくる白蛇くんがいた。

 ついに魔術師のお出ましかと、リアは身構える。白蛇くんはリアの足元に帰ってくると、その身の何倍も高く飛び上がった。


「あっ!?」


 リアの目の前で白蛇くんが千々に弾けた。


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