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バラバラ欠陥じゃーにー  作者: tomatoma
三章 下半分と自称聖職者と里がえり
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14.猛獣も懐けば可愛くなります


 棒の魔術具の残り一本は、治癒術が発現するものだった。

 止める間もなくその魔術具を折った行商人は、笑顔で「すぐ治してあげるよ」なんてにじり寄ってくるものだから、逆に恐ろしさを感じさせる。一定の距離を保つリアに「問題ない」とのトリム許可があるまでの微妙な攻防の後、治癒術は無事機能した。


 高価なものだから使いたくない様子だった行商人に、大した怪我でもないのにと礼を言えば、気にするなと太っ腹な発言。先ほどから一変した態度に、リアはまた騙されてはいないかと疑心暗鬼になった。




 リアはバッグを背に斜めがけし、同じく筐体に放り込んでいた兜を取り出す。それからトリム(頭部のみ)を両手で持ち上げ胸に抱いた。

 片手で筐体の蓋をパタンと閉じ、行商人に向き直る。


「じゃあおじさん、これを……」


 行商人はトリムを指差し、口をぱくぱく開閉させていた。


 生首(トリム)に対する驚愕の表情に、そういえば何も説明していないなあと思う。思うが、する必要性も特に感じない。ただ行商人が驚くだけだからだ。


「お願いできますか?」


「そ、まじゅ、く、くび!?」


「はい。運んでもらえますか?」


「あ……うん」


 リアが真顔で頷けば、行商人は唐突に冷静になった。しかし目は泳ぎ、トリムを直視はしないまま筐体を両手で抱えあげる。


「ぐ、重」


 リアはトリムに兜を被せ小脇に抱えると、定位置に戻ってきた重さに安心する。気を引き締め、顔をあげた。 

 いざ行かん、華麗なる救出劇へ。

 が、しかし。


「……雨降って来ましたね」


 窓に雨粒が飛んでいた。幸先が悪い。

 しとしとと、どしゃ降りではないものの、しばらく外にいればびしょ濡れになるほどは降っている。リアは未だに薄着のままで、いくらなんでも風邪を引きそうだ。


「濡れないようにはするが……そういえば自慢していた上着はどうした?」


「どうしたんでしょう、アーサが回収してくれてることを祈るばかりです」


 しかしこんな現状、半分諦めている。考えると泣きたくなってくるし、今後この身のままというわけにもいかない。行商人に弁償でもしてもらおうか。


 通路に倒れている老人魔術師の体は視界に入れないように部屋から出て、転がっていた棍棒を掴んだ。


 屋敷内の商会関係者は、期を窺って潜んでいる者もいたが、トリムの攻撃にかかる前に、開け放たれた臭いの毒牙にやられていた。閉じ籠っていれば良いものを、仕事に忠実だからこそ自滅の道を歩む彼らの屍(死んでない)を通り過ぎ、悠々と玄関から出ていくリア達である。


「うぇぇ」


 だが庭には出待ちがいた。


 閉じられ逃げ場のない屋敷内ならともかく、雨も相まって外での異臭は既に霧散していたのだ。

 ちなみに番犬は深刻なダメージを負ったのでおらず、花を握って倒れていた棍棒の持ち主の姿もない。つまりはご新規さんであり、まだまだ増えそうな予感もする。


 ゆうに二十は越える男達が口元を布で覆い、目をギラつかせている。盾のような物を持っている男も何人かおり、対策を立てて待ち構えていたようだ。すぐに襲いかかってくることもなく、おかしな攻撃ばかりするリア達の様子を見定めている。

 ちょっとやそっとじゃあちらさんも諦めることはないだろう、が。


「あの、トリムさん、ほどほどでお願いしますね」


「……とりあえずは死ななければいいんだろ」


「まぁ……人道的な範囲で……」


 半殺しの気配を感じ、そっと付け加えたが返事はない。


「おい、てめえら。じじいはどうした?」


 最も近くにいたスキンヘッドの男がどすの利いた声で問う。

 じじいという該当者はあの老人魔術師一人しかいないが、律儀に答えてやることもないだろう。


 リアは右手で棍棒を構え、一歩足を踏み出す。(ひさし)から出たが、雫は球体状にリアを避け、トリムの言った通り濡れることはなかった。ぬかるんだ土の感触だけ足裏に伝わり、もう一歩に躊躇いが出る。


 リアは何も答えないが、怪我もなく五体満足の侵入者を観察すれば、自ずと答えは導き出される。

 スキンヘッドは背後の別の細身の男に耳打ちをした。

 魔術師を凌げるほどの力量だと理解したのだろう。おそらく仲間を呼ぶよう指示を受けた細身の男は静かに退く。


 まずいなと見送るしかできないリアの目の前に、突如白い(もや)が生まれた。その靄は意思を持つように纏まり、うねりながらリアが構える棍棒に集まってゆく。ひんやりと冷気を伴う魔力の流れは、トリムが具現化しているものだ。


「!」


 それにいち早く反応したスキンヘッドは、片手で背後の仲間に指示を出す。

 盾のような物を持った男が近付く。それはよく見ると移動に靡いて、それほど硬そうなものでなかった。盾の役割は物理でなく魔術に対してのようである。長方形の盾を片手に、それに隠しもう一方の手には剣を握っていた。


 その間にも靄は集結し棍棒の表面を、棘を縫うように流れる。あっという間に色は濃くなり、固形化し、一本の紐状の白いものになった。棘を障害物のように避けて這うその様子は、極小の蛇のようである。


「……きも」


「振れ」


 よく分からないまま軽く上下に振ると、下げた拍子にその白い蛇は棍棒から離れするりと地面に落ちる。着地と同時に本当の蛇のような動きで、しかし目で追えないほど素早く疾走した。


「わ」


 白い蛇の魔術は、近寄ってきていた盾を構えた男に接近する。

 蛇が駆け抜けると、男は突然呻いて足を止めた。正しくは、足を地面に縫い付けられたように足の裏を上げることができなくなっていた。バランスを崩し転びかけるも、倒れなかったからだ。

 痛みを伴うのか、男は剣を取り落とし、しゃがんで両足を抑える。だが自分の足に触れた手も接着したように離れず、男のくぐもった悲鳴があがった。

 その様子に、庭にいた男達に一気に緊張が走る。


「てめえ、何しやがった!?」


 スキンヘッドがリアを睨み付け、後ろに下がる。下手に突っ込むこともせず、状況を見極めようとする冷静な男のようだ。

 だが蛇の方が突っ込んで行くので、その冷静さは仇となった。

 下がるより速く、白い影が草の合間から姿を覗かせれば、男達から次々と苦悶の声が上がる。庭にいる男達が手前から全て俯くかしゃがみ込み、足を押さえていた。蛇は縦横無尽に走り回り、ついには細身の男の所まで辿り着いたのか、小さくなった後ろ姿がピタリと止まった。


「行っていい」


「おぁ……はい、行きましょうか、おじさん」


 リアは出口の門を目指し、おっかなびっくりで男達の間をすり抜ける。

 スキンヘッドは歯を食い縛り、痛みに耐えながらも充血した目でリアを睨みあげた。一瞬口を開き、しかし呪詛を唱える前に苦痛の声を漏らす。

 その、脂汗が浮いたつるつるの頭皮を見下ろしながら、痛そうだなとリアは顔をしかめた。

 ある程度の痛みには耐えれそうな、鍛えられた男達が動けなくなるほどの激痛だ。もし自分ならみっともなく叫び回ることは想像に易い。だがどんな痛みであれ、足が繋がっているだけマシではある。戦闘も避けられて悪くない魔術だ。


 細身の男の元から帰ってきた白い蛇がリアに近付いてきたので、思わずたたらを踏んだ。だが蛇はリアの回りをぐるりと一周しただけで、今度は柵の外にいた者達へと這っていった。

 それに続くようにリア達は門を抜け、道に開いた大穴を視界に捉える。

 外の見張りにも痛みを与えてきた蛇は、戻ってくると同じようにリアの足元をくるくる回る。歩み始めるとリアを妨げることなく共に移動を始めた。

 敵が出現すると、自ら離れ倒しては再び戻ってくる。何も言わずとも役割を果たす、優秀な小さき護衛だ。


「なんかとっても守られてる感じ……気持ち悪いとか言ってごめんね?」


「何の話だ?」


「あ、トリムさんにじゃないです、この白蛇くんにです」


「……は?」


 トリムは「これはな……」と言い、そして無言になった。

 おそらく何らかの説明をしようとしてやめたのだろうと推測できる。トリムがやめた理由は自分の理解力不足のような気を察し、リアもあえて聞くことはしない。馬鹿にされて終わるオチだからだ。


 それにしても、だんだん可愛く見えてきた。


 リアは自分でも現金だなあと思いつつ白蛇を眺めながら移動する。リアが歩けばくるくると付いてきて、走れば追いかけるように慌てて寄ってくる。止まれば追い抜いたことを戸惑うように一度うろつき、リアの元に戻ってくる。


「ふふっ」


「じょ……ちゃん……ま……」


 呟きが聞こえ振り向くと、行商人が息切れで死にそうになっていた。ただでさえ重いものを持っている行商人の身を考えない進み方だったかもしれない。


「大丈夫ですか? あ、トリムさんと筐体(それ)交互にします?」


「駄目だ」

「いや!?」


 行商人の小休憩がてら提案してみれば、二人から拒否された。行商人は目を剥いて首を左右に振っている。

 リアとしても重い筐体を持って移動する自信はあまりなかったのでいいのだが、行商人は目的地までもつのだろうか。


 大通りを過ぎ、細道に入れば、追いかけてくる者はいなくなった。片っ端から白蛇くんが地面に縫い付けてくれるので、人数は減る一方なのだろう。

 一応は身を潜めつつ、屋敷へ向かった屋根(みち)を今度は地上から逆へと辿る。


「見えてきました、あの向こうです」


 高い壁に有刺鉄線が張り巡らされている、牢獄のような敷地を指差し、リアは言った。

 怯えていた彼女達の元へ、早く行かなければと。

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