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バラバラ欠陥じゃーにー  作者: tomatoma
三章 下半分と自称聖職者と里がえり
96/122

12.一所懸命なだけです

引き続き汚くてごめんなさい。

 いくらなんでも人の体がそこまで軽いとは思っておらず、思い切りフルスイングしたリアは、その手ごたえのなさに驚いた。


 軽ぅ!?


 半身を折り、背中から通路に飛び出した老人の体は、それでも勢い弱まらず、通路の窓ガラスを割り外へと姿を消した。


「……やば……殺しちゃった、かも? ……っ!」


 呟いたと同時に刺激臭が入ってきたので、リアは急いで解毒液が染み込んだ服で口元を覆う。

 吹っ飛ばされた老人の生死を確認している時間的余裕も精神的余裕もない。とにかく優先すべきはトリムを探し出すことである。意識的に気にしないようにして、行商人を振り返ると彼は両手で口を押さえたスタイルから全く動いていない。


「おじさん聞いてましたよね? 探しに行きますよ!」


「ど、どこに?」


屋敷(ここ)のどっかです! 私たちが侵入してからおじーさんすぐには来なかったから、この部屋から離れたとこにあると思うんです! 二階からしらみ潰しに行きましょ!」


「わ、分かった…………あ、と」


 頷いた後、行商人は視線をさ迷わせて何かを言おうとしている。挙動不審だ。


「何ですかっ、気付いたことでも!?」


「いや、そうじゃ……あっ、なら客間ではないだろうから、この真上側の部屋のどれかだと思う」


「なるほど! 上がって左ですね!」


 リア先行のもと二人が玄関広間まで戻って来ると、二階へと繋がる階段から降りてくる者がいた。

 適当な麻布で口元を覆っており、一見屋敷の掃除夫のようだが手に持っている剣がそれを否定している。覚束ない足取りで階段を降りるその男の目は血走っていた。


「お、前らどうぃ……っうぐぅ」


 即席マスクのおかげか少しは抵抗できているようだが、やはり解毒液がなければ長くは保つまい。

 リアは棍棒を構える。上の階にも敵がおり、微々たるものといえど対策を講じて来るのならば、リアだけでは対処しきれないかもしれない。せめて自分の身は自分で守ってもらおうと、そこらに倒れている男が握っていた長剣を奪い取り、行商人に後手で差し出す。

 だがすぐに受け取らないので階段の男を注意しながらチラッと後ろを見ると、行商人は青い顔をしていた。意図は伝わっていたようで長剣を受け取るが、手が震えている。


「どしたんです?」


「……吐きそう」


「え、なんでっ、解毒飲んだでしょ?」


「あれ飲むものじゃないから……長く効果は残らない……から」


 行商人の顔にかけた時全て使ってしまったので、なんてもったいないことをしてしまったのかとリアは後悔する。これでは行商人に剣を持たせても意味はないではないか。


「まぁ、もともと戦力ではなかったですけど。じゃあ何もしなくていいから(それ)は杖代わりにでもして、私から離れないでいてください」


「……悪い」


「ん……?」


 意外にも殊勝な態度の行商人を訝し気に見ると、青い顔だったのでただ弱っているだけだろう。


 リアは解毒液の染み込んだ服の胸元を口に咥え、階段へと走る。

 男は、リアが二階に上がろうとするのを分かっているのか、はたまた動けないのか、階段の半ばで睨みをきかせている。上の位置にいる方が有利だとでも思っているのかもしれないが、それは万全の態勢の時であろう。

 リアが階段を駆け上がり、男との距離が縮まる。

 気は張っているようだが、鈍い剣の動きは見切りやすい。下から切り上げられた一閃を、リアはギリギリで踏みとどまり避ける。剣先を見送った後、隙だらけの腹部を棍棒で突き上げた。

 鳩尾に見事に入った男は低く呻き、上半身を屈める。リアが次の一手を繰り出す前に、堪えきれない生理現象が男を襲う。

 こうなればリアの勝利は間違いないのだが。


「ふああぁぁ!?」


 男の下にいるので、動かなければ嘔吐の餌食になる未来が見えて、リアは咄嗟に後ろに飛んだ。

 宙に躍り出た体は危機一髪でソレからは逃れることができたが、次に襲い来るのは落下感。着地のことなど度外視した無防備な体勢である。後先が考えられないほど頭からソレを被るのは嫌だった。


「ほあぅ」

「ぐぉ」


 衝撃はそれほどなかった。というより、床ではなかった。見上げると青い顔の行商人がいたので、落ちたリアを抱きとめてくれたようだ。


「……ほおも(どうも)


 助けてくれたことに驚きつつも礼を言う。


「お嬢ちゃん結構行き当たりばったりだよね」


 呆れが混じった声音で苦笑された。リアは口を覆い直し、心外だと言い返す。


「一所懸命と言ってください」


「はは…………ぅぷっ」


「あわわわ待って吐かないで頑張って」


 即座に起き上がり距離をとる。行商人はしばらく耐えて、それからよろよろと立ち上がった。


 階段を上がり、左右にのびる通路を見ても人影はない。異臭対策をしていたことからも、異状を把握し部屋に潜んで状況を窺っている者がいる可能性がある。

 左手の通路にはドアが三つ。


「女の勘としては一番奥かな。どうです?」


「…………」


 意見を求めると、行商人は俯いたまま小さく頷いた。どうやらタイムリミットは近い。行商人が倒れてしまえばさすがに置いて逃げるしかない。急がねば。


 リアは足音を立てないよう一番手前のドアに寄り、物音や気配がないか聞き耳をたてた。息を殺していれば微妙だが、とりあえずは静かだ。

 ノブを掴み、ゆっくり捻る。止まる。鍵がかかっている。


 ……うーん。


 強行突破は見送り、隣の部屋のドアへ。端に寄り、耳をあてると物音。呼吸を止め、聴覚を研ぎ澄ます。足音。少なくとも二人。


 ……うぅーん。


 動いている気配がするので、部屋の中はまだ臭いの魔の手にかかっていない。弱っていない者を最低二人も相手にするのは難しそうだ。

 最後に一番奥のドアの前に行き、探るため耳を近付けた。途端、雷に貫かれたような衝撃と視界の明滅。痛みに驚いたが、すぐに頭はクリアになる。


 痛い結界! ここだ!


 リアは棍棒を壁に立てかけると、片手をぐーぱーと開閉し心の準備をする。行商人がじわじわ近寄ってくる様子を視界の端に捉えつつ、ノブを握り締めた。

 激しい痛みが全身を駆け巡り、全ての感覚がそれに占領される。二回目ともなれば少しは慣れたりしないだろうかと仄かな期待を抱くも、痛みにより研ぎ澄まされた気さえする。もしかすると回を増すごとに悪化していくのかもしれない。できれば二度と御免である。

 痛みが消えたと同時にリアは床に片膝をついた。目を瞑ったまま短く吐息し、すぐにノブを握って立ち上がる。


 心臓が早鐘を打っている。これで違えばまた屋敷全ての部屋を探さなければならない。願いを握力に込めて、ドアを開けた。


「……あ……ったぁ」


 この豪華な屋敷にしては簡素な部屋の奥に、黒く、青い陣が施された筐体が鎮座していた。リアにとって正に宝箱である。


 ガッツポーズをし、行商人に喜びの報告をしようと通路を向いた。

 長剣を杖代わりにし、傍まで来ていた行商人の気の抜けたような笑顔。それはともかく、階段から小さい人影が現れた。ふらつく人影は片腕を上げる動作をした。

 キラリと光る何かが見えた瞬間、リアは行商人の襟元を掴み、我が身ごと部屋に飛び込む。背後で微かな風が通り過ぎると、木の割れる音が大きく響く。振り返るとドアが吹き飛ばされ、通路の壁に鉤爪で引き裂いたような傷があった。

 あのシルエット、魔術を放ったのは、おそらくリアが外へぶっ飛ばした老人魔術師。


 生きてた! そして完全に殺しにきてる!


 女だから生かしといてやろうと言った言葉は撤回されているのだろう。あんな目に合わされればそりゃそうだと思ってしまう。


「う……お゛あぁ」


 汚い声がしたので見ると、行商人が両手と両膝を床について吐いていた。今の投げ飛ばされた衝撃で耐えていたものが決壊したようだ。見なければよかった。


 リアは立ち上がりながら駆け、筐体の前に滑り込んだ。青い魔石に触れると、一拍の後、黒く色を失う。

 引き剥がすように蓋を開けた中に、最後に見た時と変わらず横たわり、目を閉じるトリムの姿があった。


「トリムさん!」


「はぁ……え、死体? あ、人型の魔術具……?」


 吐き終えて復活したのか、リアの背後から行商人が覗き込んでいる。確かに彫刻のように整った顔立ちで、左手と下半身がなく、一見精巧な人形(つくりもの)のようにも思えるだろう。


「助けてください! 死にそうなんです!」


「……お嬢ちゃん?」


 呼びかけても反応のないトリムに不安が一気に膨れ上がる。まさかと思い、リアはトリムの顔の横に片手を付いて頬に触れる。柔らかい。ならば何故目を開けないのか。


「トリムさん!!」


 思えば、今までも魔力の回復中はすぐに反応は返ってこなかった。眠り始めてからだいぶ時間は経ったはずだが、それでもなお回復が追い付かないのだろうか。

 もしそうなら絶体絶命である。あの老人魔術師は確実にリアを殺すだろう。


「……起きてっ」


 そうなれば、トリムも死んでしまう。

 今目の前にいるのに取り零しそうな現状に瞳が潤む。溢れた雫は重力に従い、ぽた、と落ちた。トリムの瞼がぴくりと震える。


「!」


 反応があった。それに固唾を飲んで待つ。

 ゆっくりと瞼が開き、その先から緋色が射し込む。一度、瞬きをしたトリムの両眼は、確実にリアを見つめ返していた。


「ひっ、目が」


 後ずさった行商人とは対照的にリアはほっと息を吐く。

 安堵からさらにぽたぽたと涙が落ち、トリムの頬を濡らす。すると、リアを見上げていた瞳は無感情なまま、トリムの右腕が動いた。下から伸びてきた大きな手でリアの目元が拭われ、その予想外の行動に涙は引っ込んだ。


「……あの、寝ぼけてる?」


「動いた!?」


 トリムは答えず、腕を下ろすと瞼を閉じる。

 えっ、とリアは再び不安に駆られるが、今度は眉間に深い皺を寄せたトリムが口を開いた。


「退け……くさい」


やっとこさ合流。

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