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バラバラ欠陥じゃーにー  作者: tomatoma
三章 下半分と自称聖職者と里がえり
95/122

11.他人の地雷なんて分からないデショウ?


「……ない……ないっ……いないよ!?」


 リアはもう一度部屋全体を見渡し叫んだ。


「…………ねぇなぁ……」


 行商人は呆然と呟いた。


「なんでですか!? ここにあるはずなんじゃないんですか!?」


 部屋の奥へ進むほどリアは不安に駆られたが、焦る気持ちを抑えて黙々と筐体を探したのだ。そしてついに最奥に辿り着き、それっぽいものすらない現状に叫んだ。


「そのはずなんだよ……あぁ……もう終わりだ……」


「ちょっ絶望しないで! 何か! 何か見落としてませんか!?」


「えぇ……? あぁ……なら、まだ運び込まれてないってのが有力だろうねぇ……聞いた情報だと会長は明日屋敷に来るっていうからさ、それに間に合わせるためにボクは急いで売りにきたっていうのにねぇ……ガセでも掴まされたかなあははは」


 カタカタと不自然に笑う行商人の口調が最初の頃のように戻っている。言いようのない不安に駆られ、行商人を奮い起たせてせてなんとか活路を探さねば、リアは八方塞がりだ。


「なら出直しましょ! 今ならなんとか」


「いやぁ、無理でしょう。もう使えるものは手元に何もないんだよ?」


 屋敷内への侵入はなんとかなっても、脱出のためのアイテムはこれ以上ないということだ。確かにまだまだ商会関係者は出てくるだろう。取り囲まれるのも時間の問題である。


「じゃ、じゃあ一度身を隠して! ほら、あの壺の中とか入れそうじゃないですか!」


「あぁうん、そうだねぇいいと思うよ、絶対見つかるだろうけどね。その前にボクは舌を噛みきってしまうかな。拷問されて死ぬよりはマシだもんねぇ」


「駄目! おじさん諦めないで!」


 金と宝石で彩飾された小箱に腰掛け、ぐでんと宙を仰ぐ行商人が今にも生を手放してしまいそうだったので、リアは慌てて物品を倒しながら駆け戻る。正面に来ても虚ろな瞳と交わらず、行商人の胸ぐらを掴んで揺さぶった。


「やれることはまだあります! おじさんが売ったところはどこですか!? そこに行きましょう! 諦めるのは早いです!」


「っ……ぅおい……ゆす、揺するな……した、噛むっ」


「駄目です! 噛んじゃだめ!」


「ち、が……ぃでっ……――放へ!」


 リアの手を振りほどいて行商人が叫んだ直後、扉の方からゴトンという何かが落ちた音が聞こえた。

 リアは胸ぐらを掴んだまま、行商人は口元を涙目で押さえたまま、揃って首を回した。


 扉のノブ――鍵の部分に丸い穴があった。真円からは、通路の明かりが射し込んでいる。そんなもの、なかったはずだ。

 すぐ手前に落ちたものは薄い円柱状の何か。先ほど閉めたはずの鍵がついた――扉だった一部。

 そして、まるで風に煽られたかのように、ゆっくりと扉は開かれた。


 二人は言葉を発せず、固唾を飲んでその様子を見ていた。


「――なんデスカ、この弱そうなヤツらにヤられたと……普段見下してるくせに、いざという時に役に立たないなんて、どちらが無能デショウ」


 語尾に癖のあるしゃべり方をする老人は、辟易した視線をリア達に向けた。小柄な、骨と皮だけのような老人だ。


 途端、開いた扉から、ぐおっと刺激臭が襲ってくる。ハンカチを吐き出していたリアは咄嗟に息を止めた。急いで白濁液の小瓶を開け、胸元に溢すとそれで口元を覆う。さっきよりきついが、一先ず吐き気は抑えられた。

 視界の隅では、行商人が目を見開き、体勢を後ろに崩しているのが見えた。リアは行商人の口の中に液を流し込もうとし、失敗してばしゃっと顔にかける。


「ごふっ」


 むせているので鼻に入ったかもしれないが、生き返った。


「オマエらのせいで屋敷は酷い有り様デスヨ。明日会長が来られるというのに、臭いがとれなかったらどうしてくれるんデスカ」


「……おじーさんはどうして平気なんですか? 臭かったでしょ?」


「能無しどもと一緒にしないでほしいデスネ。攻撃するダケが魔術ではないのデスヨ。攻防揃ってこその優秀な魔術師というものデス。そうは思いませんカ?」


「……そう、ですね」


 とりあえず波風立てないよう相槌を打ちながら、リアは一人で話す老人を観察した。


 薄い黒髪の小柄な老人は、会長と呼び、屋敷の守りについていることからも商会側の人間である。だが、他の男達と違ってすぐに襲っては来ない。不気味だ。

 かつ、臭いに全く動じていない。屈強な男達を気絶させるほどの臭い、それがまるでないかのようだ。

 仮に力技ではリアが圧勝だろうが、魔術師と明言しているので下手に動くこともできない。


「それをあんなポッと出のヤツらばかり……馬鹿の一つ覚えのように同じ魔術が使えるだけデス。ソレだけなのにお払い箱にされたなどと……ワタシは優秀な腕を見込まれてここにいるのデスヨ?」


「……優秀なおじーさんは私達をどうするつもりで?」


 声を出すと臭いが紛れ込んできて、ここでのんべんだらりと老人のおしゃべりに付き合っていればいずれ自滅してしまいそうだ。だがもし話が通じる人であればピンチを脱せるかもしれない。勝てるか分からない戦は、戦わないに越したことはないのだ。


「もちろん殺しますヨ。冥土の土産にワタシの優秀さを聞けるなんて光栄と思いなサイ」


 迷いなく答えた老人にリアは苦虫を噛み潰す。まごうことなきピンチだ。

 背後で行商人が息を飲むのが分かった。


 老人にとってこれはただの戯れのようだった。余程自分の魔術に自信があり、余程普段不満を溜め込んでいるのだろう。


「悠長におしゃべりして、歯向かうとは思わないんです?」


 リアは老人に意識を置いたまま、素早く棍棒を探す。筐体を探している途中に手放してしまっていたのだ。


「いち盗人(ぬすっと)ごとき問題じゃないデスヨ。言ったデショウ、攻防揃ってこその優秀さだと。もはやオマエらは檻の中にいるも同然。檻の獣が騒ごうと痛くもかゆくもないデス」


 檻の中か……やっぱり結界?


 視界にあるのは唯一の出口に立っている老人のみ。見える檻はない。魔術師で攻防揃っているような口振りで臭い液の被害にもあっていないということは、そういうことなんだろうか。


「私死んじゃ駄目なので、命だけは助けてくれませんか」


「は……ははっ、可笑しいことを言いますネ。その命乞いは初めてデス。駄目だという理由を聞いてあげまショウ」


 どうやって切り抜けようかと考える時間稼ぎのために適当に出した言葉がお気に召したらしい。予想外で特に何も考えていない。


「え、えっと、私が死んだら一緒に死んじゃう人がい」

「くだらないデスネ! ぜひともその愛する人に後を追ってもらいまショウ! グル・ヴェルドーレ!」


 そのまま言ったら、被せてくるほどお気に召さなかったらしい。

 違う意図で受け取られ、老人は目を見開き物凄い形相になった。多分この老人は独身。そしておそらく恋人もいない。時間稼ぎのはずが地雷を踏み抜いてしまった。


「銘名するはフレイヤ! ワタシの魔力を糧とし現れなさい! 敵は彼の」


 詠唱を始め殺す気満々の老人に、慌てたリアは急いで話題を逸らす。


「待ってそうじゃなくて! 私が死んだら一緒に死んじゃうほど怒る人なんです! 愛でなく損得勘定で死んでしまう関係なんです! 怒られたくないんです!」


「…………死んだら関係ないデショウ」


 冷静な突っ込みで、老人は正気を取り戻した。自分でもよく分からない訴えだったが、必死さで伝わったようだ。


「よく分からない関係ですが、面白くはありませんネ」


「あっ、死んじゃ駄目なのは! 多分その内ここに届くかもしれない黒い宝箱を開けられるのは私しかいないからです! 中身の分からないまま会長さんに渡せないでしょ!」


 リアは再び時間稼ぎに言葉を紡ぐ。

 頭に血が昇った老人は詠唱をしたことから、少なくとも攻撃魔術については即発動ではないことが分かった。優秀を自負していたので、もしトリムのようにゼロ時間で発動されては対応しようがなかった。

 老人の魔術の発動と、リアの(結界解除)棍棒(攻撃)と吐き気はどれが早いか。時間との勝負だ。


 リアは僅かに重心を落とした。走って拾って触って殴るシミュレーション。いける。


「開け方を知っているのデスカ?」


「……えっ?」


 シミュレーションがリセットされる。


「と、届いてるのデスカ?」


 老人の筐体を知っている口振りに驚いてうっかり語尾が移った。


「オマエらの目的はそれデスカ。アレは何なんデスカ、ワタシが手こずる程の結界術が張ってあるものなど、そうそうありませんヨ」


「それは、今どこに?」


「教えると思いますカ?」


 そりゃそうだと思いながら「ぐぅ」と唸る。たがこの屋敷の護りについているという老人が知っているならば、ここにあることは間違いなさそうだ。閉塞した状況に一筋の光が差した。


「……あれはダンジョンのお宝です。中には見たこともない魔術具が入ってますよ。私なら開けられます。開けてあげましょうか?」


「ほう、ダンジョンの。しかしワタシに開けられないものをオマエのような小娘が開けられるワケがないデショウ。…………まあ、女なら使い道はありますからネ、殺しはしないであげますヨ」


 否定してるけど自信ないんだ……


「ただ男は要りません」


「ひっ」


 老人は、両手で口元を押さえていた行商人を見て、再び詠唱をし始めた。

 リアは弾かれたように走る。刺々しい棍棒を拾い、老人との距離を一気に詰めた。老人はリアを一瞥したが反応はしない。


「のあっ」


 だが老人に手を伸ばす前にガンと跳ね返されて、尻餅をついた。結界はあるとは思っていたが、予想以上にでかい。

 リアは即座に立ち上がり、片手の平で見えない壁に触る。棍棒を持っているせいで、白濁液を溢した服で口元を押さえる手がふさがる。ここで吐いたら確実に負けなのでリアは息を止めるしかない。


 これだけ厚く硬い結界だと解除にどれだけ時間がかかるのだろうか。焦りが胸中を占め、息を止めている苦しさとそれでも襲いくる吐き気、さらに内側から指すような痛みに変わる目の刺激に、歯を食いしばってぐっと耐えた。


 吸い込まれる感覚は毎回同じで、しかし突然、割れるように道が開いたのが分かる。今までにない感覚に驚きつつも、棍棒を握り締め、カッと目を見開いた。


 老人の皺だらけの顔が驚愕に歪んでいた。

 リアは一歩踏みとどまり、駆けた勢いを棍棒(バット)にのせて、振りかぶった。


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