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バラバラ欠陥じゃーにー  作者: tomatoma
三章 下半分と自称聖職者と里がえり
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10.苦しみからは逃げられません

※汚い話になるので注意。食事中は読まないでください。


 小瓶の蓋に親指を引っ掛け、かっこよくキュポンと抜こうとした。だが、捻るタイプだったらしく開かない。


 白い方はコルクだったじゃん!?


 慌てて両手で蓋を回す間に、黒い番犬が飛びかかってきた。


「ふあぁぁぁぁ!」


 これでもかというほど必死で回しまくったので、やっと開いた蓋を転げ落としてしまった。やった、と、やべ、と同時に思ったのは一瞬で、そんな意識を塗り潰すほどの鼻への刺激。


「ふぐぉ!?」


 本能的に顔を背けた。

 手をうんと伸ばして少しでも離そうとするが、実質意味はない。あまりの刺激臭に涙がぼたぼたと溢れ始める。


 解毒液を含んでいれば大丈夫じゃなかったの!?


 はっと思い出して目の前を見ると、飛びかかろうとしていた犬の姿はなく、代わりに足元には黒い物体が。

 そこには涎を垂らし、痙攣している番犬が落ちていた。嗅いだこともない酷い臭いだ。人の何倍もの嗅覚を持つ犬にとっては失神ものであったらしい。


 敷地内の商会の男達も何人も走り寄ってきたが、その怖い顔を認識できるほどの距離になると同時に、彼らは膝を折った。そのまま口を押さえていたかと思えば、揃って吐瀉。

 鍛え上げられた肉体を持つ厳つい男達が皆、まるでリアを取り囲むように(こうべ)を垂れる。さながら、地上に降臨した神――神聖さの欠片もない汚い神である。

 吐き続ける者、なんとかこの場を離れようと這いずる者、意識を手放した者。三者三様にひどい有り様で、思わずリアは顔をしかめた。


 な、なるほど。解毒ないとこうなると。恐ろしい。


 解毒効果を疑ってしまったが、それなりに役割は果たしているようだ。

 危ないところだったが、助かった。助かったのだろうか、本当に、と鼻を押さえながら思う。

 ある意味一番の凶器である。


 行商人を振り返れば、彼も涙を流しながら口を手で押さえている。行商人にとっても予想外であったようだ。僅かに震えている気がするが、自立できているので大丈夫としよう。


 お互い涙目なので、ジェスチャーで「行きましょう」と「分かった」と会話をしてふらつく足取りで屋敷に近付いていく。


 途中、屋敷の庭に植えてある花を握ったまま地面に突っ伏している男を爪先でつんつんし、動かないことを確かめて男が持っていた棍棒をいただいておく。刺々しい棍棒に、かっちり衣装(スーツ)に、握り締めた黄色い小花のコラボレーションはアンバランスさが際立っていた。


 リア達は両開きの重厚な正面玄関に着き、金の豪華な取手を引く。鍵がかかっていたら窓を割って乗り込むつもりだったが、扉には無事隙間が生まれた。ちらりと覗いた先には、さすがに騒いだだけあってか沢山の男達が待ち構えている。


 こんなところに飛び込むなど、正に飛んで火に入る夏の虫。だが、袋の鼠はお互い様なのである。密室は外よりも何倍も効果を発揮するだろう。


 リアは効果抜群の凶器を隙間からまるまる投げ込んだ。すぐに扉を閉め、コの字型の取手の間に棍棒を通して開かないようにする。

 しばらくして扉が内側から殴り付けられたように激しく動く。僅かに開いた隙間から聞こえてくるのは阿鼻叫喚の悲鳴だった。


 扉を背にして周囲を確認すると、また新たな男達が集結してきていた。どれだけいるんだと、リアは焦りを感じつつ、屋敷の内部に耳を澄ました。


 扉の向こうは静かになっている。

 棍棒を抜き、行商人と目を合わせ、頷いた。


「っぶ」


 垂れ流しの刺激臭につんとくる臭いが混じる。目と鼻への痛みに気持ち悪さが加わり、呼吸さえ憚られる空間。

 口から逆流した消化中だったであろうソレらが、踏み場もないほど一面に広がっていた。


 そんな中の様子は心の底から足を踏み入れたくない惨状だったが、背後から迫る男達に捕まるわけにもいかない。嫌々屋敷内に入り、鍵を閉めた。


 干上がった池の魚のようにのびている男達。逃れようと広い正面玄関のあちこちに散らばって倒れている。室内という臭いの逃げ場がなかったためか、より絶大な効果を発揮したようだ。

 豪華な屋敷内を地獄絵図にした小瓶の中身は、高そうな絨毯に十分に染み込んでいたので、この屋敷はもう駄目かもしれない。


 他人の、ましてや自分達を害しようとした者達の吐瀉物など、絶対に素足で踏みたくない。涙で視界は歪んでいたが、リアは見逃すまいと瞬きを繰り返しソレを凝視する。次々と溢れ出る雫は痛みだけでなく精神的嫌悪感(ダメージ)も加わっている気がする。つらい。


 頭に描いた見取り図通りに左側の通路に入っても臭いは充満していた。

 なんとか中腰で立っていた男が剣を振りかぶってきたが、刃を振り切ると同時にウボェッとなり、リアは男の後頭部に棍棒を振り下ろした。容易く倒せるものの吐瀉とセットである。


 そんなこんなで一番奥の大きな扉の前に来ると、リアは棍棒を構えて見張り、顎で行商人に開けてと指示。涙目の行商人が扉のノブを掴んだ。


「っ――!?」


 しかしすぐに手を離し、もう一方の手で手首を握る。ついでにとても悶えている。


ほひはんへふ(どしたんです)?」


 行商人はリアを見て左右に強く首を振っている。その痛がる様子に既視感を覚えたリアは、棍棒を扉に向かって勢いよく振り下ろした。

 ぼうん、と見えない何かに弾かれる感覚。


「へっはい、は」


 考えてもみれば、この屋敷の柵にも結界が施されていたのだから、宝の山を守らない理由などない。

 行商人の様子から見ると、触ったら痛いタイプの結界だ。痛いのはとても嫌だが、そんなことも言っていられない。

 左右の通路に敵がいないことを確認、リアは歯を食いしばってノブを掴んだ。


「んぐっ」


 冬場の静電気のような痺れが右手を駆け抜け、離しそうになる指を必死に押さえつける。痺れは弱まることなく継続的に痛みを伴い、じわじわとリアを侵食する。今まで手のひらでしか感じなかった吸い込まれた何かが、今回痛みとなっているので体に広がっていくのがはっきり分かる。手のひらから腕、腕から上半身、心臓を経由し、そして指先へと。

 全身にピリピリした痙攣が行き渡ると、ふいに痛みが消えた。


「……ふは」


 そしてリアが手首を捻ると、ノブも一緒に回転した。押し、扉が開く。


 保管部屋の中は真っ暗だった。通路から入る光で大小様々な物がうっすら見てとれるが、人の気配はない。結界で守られていたのだから当然ではある。

 リアがささっと忍び込み、行商人が入れるように開けておく。しかし入ってこないので見てみると、行商人は驚愕の表情で立ち竦んでいた。


はやふ(はやく)!」


 はっと我に返った行商人が部屋に入ったので、リアは扉を閉め、鍵をかけた。ふぅと一息吐くと、刺激臭は部屋の中までは付いて来なかったことに気付く。

 口に咥えたままのハンカチもさすがに気持ち悪くなってきたので、ペッとした。


「おえぇ……あれはエグいアイテムですね……さてと、明かり、明かりはどこに……」


 リアは両手を伸ばしてよろよろと壁際を歩く。部屋の中は真っ暗なので、気配で探せるほど優秀じゃないリアは明かりがなければトリムを探すどころではない。

 と、ふわっと黄色い光が広がった。光源と思われる方を見れば、行商人が壁から飛び出た半球を触っている姿があった。


「明かりも魔術具でしたか。良かった、私だけだと手探りになるとこでしたよ」


 さすが金持ちの館である。魔術具の明かりなんて高価なものはそうそう見ない。


 視界も確保できたので早速、リアは捜索にとりかかった。

 広い保管部屋を見回すと所狭しと物が並べられている。何をモチーフにしているか分からない蛇に巻き付かれた女性像と、厳重に密封され札が貼られている謎の壺の間から奥に行こうと体を横にしたところで、動く様子のない行商人と目が合った。


「ちょっと、おじさんも探してくださいよ。形は分かるでしょ?」


「ひや…………もご……いや、分かるけどよ。さっきのビリってやつ、魔術だろ? 何したんだ……まさか嬢ちゃん魔術師だったのか?」


 行商人もハンカチを吐き出し、訝しげに聞いてきた。


「あー……結界のことですか。……魔術師ではないんですけど、まあ私普通じゃない体質らしいんで」


 リアの答えに行商人は顔をしかめた。


「なんだそりゃ。もしかしてオアシスで気ィ失わなかったのもそれのせいか?」


 突然の話題の転換にリアは疑問符を浮かべる。

 記憶が途切れているので、リアはオアシスで気を失ったはずだ。おそらく誰でもない目の前の行商人の手によって。


「おじさんのせいで途中から意識無かったと思うんですけど」


「一向にへばる様子がなかったからな。じゃなくてだ、普通ならオレより先に清浄地にいた嬢ちゃんが、先に気にあてられるはずだろ。ずっと変に思ってたが、オアシスにいた時苦しくならなかったのか?」


 悪びれもせず認めた行商人に呆気にとられたが、今さらなので片眉を上げるに留めておく。

 それはそうと、リアは行商人の疑問点が分からない。

 清浄地と呼ばれる場所で、苦しくなる意味。リアが、あのオアシスが何か特別だと感じることと言えば。


「…………空気の綺麗なとこでした」


「綺麗……というか、息苦しくならなかったのか? 普通は迂回する場所なんだが……」


「はあ、よく分かりませんが、今話すことですか?」


 生返事をしながらリアは筐体を探す。そう時間は経っていないはずなので、部屋の手前にあるもんだと思っていたが見つからない。


「…………違うな。探すよ」


 そう呟くと行商人もそそくさと捜索に加わった。


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