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バラバラ欠陥じゃーにー  作者: tomatoma
三章 下半分と自称聖職者と里がえり
93/122

9.人生うまくいかないことの方が多いですよね

 サライドでも教会火事の後逃げ隠れたように、リアにとっては屋根の上を移動することは難しくない。身軽に足音を消して、見回りっぽい男達に気を付けながら屋敷へ進む。

 それにしても、つるつるムキムキな人の多いこと。


「うーむ、みんな怪しく見えてきます。ブリーシアでしたっけ、ここ厳つい顔の人しかいないんですか?」


「夜に、外を、出歩こう、っつう、命、知らずは、いない、だけだ、女、子供も、一応、いる」


「そんな危ない街によく住めますね」


「行き場が、ないのさ」


 後ろ暗い者がのさばる街には、似たような者が集まるのだろうか、などと考えていると。


「犯罪者、だけじゃなく、故郷を、追われた、とか、ここを、出るだけの、蓄えが、ないとか、な」


「……そっか」


 リアは口を噤んだ。住む人々の暮らしも感情も知らず、貶したり同情したりすることは違うと思ったのだ。人身売買が横行するような街の状態は良いとは思えないが、だからといって何ができるわけでもなく、リアは無力だ。


 一先ず考えを押しやり、意外と律儀に答えてくれる行商人を見ると肩で息をしている。不安定な屋根の上でバランスを取るためだったり、離れた家屋へと飛び移る時だったり、全身の筋肉を使うことになるのでそれなりに体力は必要になる。


「それより、声出すのきついなら別に答えてくれなくてもいいですよ。独り言っちゃ独り言なので」


 最近体力のなさを貶されてばかりだったので、自分よりへとへとになっている行商人を見ていると同情の気持ちが湧いてくる。やはり、一般人よりは自分は強い方なのだと再確認できて少しだけ安心した。あるいは、アーサの地獄のトレーニングの成果が早くも出たのだろうか。


 行商人の言う方角へしばらく。見るからに金持ちそうな屋敷が見える場所へと辿り着く。ゴテゴテした獅子のような銅像が門扉の左右を守る、随所に趣向を凝らした造りの屋敷だ。

 三階建ての窓からは薄っすら明かりが漏れ、人影がちらほら見える。敷地内を取り囲む柵の内外にはいかにもな男達がかっちりした衣装に身を包み目を光らせていた。様相だけは整えてみましたという、とってつけた感がすごい。さらに獰猛そうな番犬がこれ見よがしな位置で寝ている。

 

 行商人の休憩がてら見取り図を確認すると、入口すぐに大広間があり、二階へ繋がる大きな階段、そして左右に通路がのびている。入って左手に進むと他より一回り広めな部屋がある。

 行商人は息も絶え絶えにここだと指を刺した。


「ここで間違いないんですか?」


「多分な」


「多分て……違ったらアウトなんすけど」


「保管庫にはそうそう動かせない厳重な警備がしてあると聞いたから、変わっていないはずだ。それよりあの箱があればオレは生き残れるんだよな?」


「……多分」


「おい多分て。それこそ重要だぞ。爆薬と一緒にオジャンてことにはならねえよな?」


「爆薬じゃないです。魔術……具、みたいな。何万倍も優秀ですけどね。多分大丈夫ですよ」


 行商人が「交渉粘れば良かった」などと呟いたのが耳に入ったが、いちいち指摘するのも面倒だったので聞かなかったことにしておく。


 手頃な場所で地面へと降り、建物の陰に隠れる。屋敷の周囲の道は広く、視界は開けている。こそこそ近づくことはできなさそうである。強行突破しかない。


「折ってからどれくらいで破裂するんですか」


「時間は関係ねえよ。折ると発動待機状態、この端に何かが触れた時点で発動だ。二回は使える」


 そう言いながら行商人は残り二つの金属棒を取り出していた。同じように半球をくるくるして、鍵を解除し、それからごそごそと懐に入れた。リアが見ていると「いつ必要になるか分かんねえし」と溜息と共に言った。使いたくない感が伝わってくる。


 リアも先ほどもらった(取り上げた)臭いがキツいという二つの小瓶を出した。これはどれくらい役に立つかなと考えながら、なんとなく透明な液体の方を触っていると行商人に真顔で手を押さえられた。


「買い取った時、必ず解毒を含んでから開けろと何度も念押しされたんだ」


「そんなに? 悶えるほどって、どれほどなんですか」


「分かんねえが、好奇心で試すなとは言われた。信用できる筋からの品だから間違いはねえよ」


「ふむ、口に含む解毒があるなら敵さんが鼻をつまんでも意味なさそうですし、それなりに役には立ちますかね」


 ぐるぐる巻きにされている蓋の封だけ切っておく。次に解毒である白濁した瓶のコルクを抜いた。こちらは(にお)いを嗅いでみるが無臭だった。

 さて、と何も持っていないリアは行商人に目で訴える。彼は皺のよったハンカチを半分に裂いて「ほらよ」と寄越した。


「うーん、おじさんのハンカチ(これ)白く濁った液(これ)かぁ……口に入れるのものすごい抵抗がある……」


「うるせえな、オレだって嫌だわ」


「…………じゃあまず、おじさんがそれで風穴を開けて、できた入口からこの(くさ)いのを撒き散らしながら駆け抜けましょう。余力があれば武器を奪います。いいですね?」


「おー」


 気の抜けた返事をした行商人に白い液体をたっぷり染み込ませたハンカチを渡す。自分でも躊躇いの後咥えた。特に味は感じなかったが嫌悪感はあった。我慢するしかない。


 それから行商人は魔術具を両手で握り、たっぷり十秒ほど葛藤してからぐっと力を入れた。

 折れる瞬間、想像していたような破砕音は微かにも聞こえず、半透明だった棒は幾何学模様から色が漏れ出したように真っ黒く染まった。


 行商人は思い切り振りかぶって、それを屋敷の柵の向こうに投げようと腕を振り下ろし――


 すぐ前の道の真ん中に勢いよく叩き付けた。


「……へ」


「……はは(かた)ふぁ()


「ふぁ!?」


 地面に転がった風の魔術具は溶けるように歪む。


 それを視界の隅で捉えたリアは、肩を押さえている行商人の背中の服を掴み、自分の体と一緒に引き倒した。

 背中を打った行商人が絞り出すように呻き、その横でリアは頭を庇ってうつ伏せる。

 ぱんっという弾ける音の直後に、低い爆音と衝撃が襲った。さらに、思わず身をすくませたリア達の上空からどさどさと何かが降ってきた。


「おぶぁ」


 しばらくすると静かになったので、目を開け手触りで落ちてきたものを確認すると、さらさらしている。


ふひ(つち)?」


 足音と人声が聞こえてきた。今の爆発を確認しに集まってきているのであろう、当然である。


 リアは隣の行商人の腹をばふばふ叩き、呻き声で無事を確かめると足を引いてさっと起き上がる。そして姿勢を低くしたまま、行商人の肩口を引っ張って屋根のある狭い路地裏にずるずると移動した。すぐに、そばを走り抜ける気配。色々と危機一髪だ。


 はた、と入り込んだ路地裏に気配を感じて振り返ると、リア達を見つめる瞳が二つ。薄汚れた感じからここをお家にしている人かもしれない。


「お前ら何だ? 今の爆発はいったい……」


 意外にはきはきした声音のホームレスに、おかまいなく、と返事をする。ハンカチを咥えたままだったので、あまり伝わってないが、気にしていられない。


 顔にかかった土を払い落としながら行商人がのっそり起き上がった。リアがじろりと睨むと行商人は慌てて口からハンカチを摘まみ出して言い訳をする。


「わざとじゃねえよっ」


「わふぁっへまふ。おひはんは、よほーひひょうにおひはんはっへほほへひょ。ひひゅーはふぁ?」


「四十肩じゃねえから! んな歳いってねえ!」


 予想外に伝わっていたが、行商人の反論は無視する。

 遠くに投げようと力みすぎて失敗したのだろう。何にせよ早速問題発生である。


 路地裏の陰からちらりと様子を窺うと、怖そうなお兄さんがたくさん集まってきている。その先の地面には遠目からでも分かる大穴が開いていた。馬車は完全通行止めになるほど道が抉られており、思っていた以上の威力で絶句する。


 高価というだけはある。けど、超危険物じゃん。


 変な所に落とし穴ができただけで柵にはかすっておらず、あれでは屋敷へ侵入することはできない。

 人も増えてしまった。かといって相対的に減っているであろう屋敷の別側に回り込むことも良いとは言えない。一人ならまだしも、行商人を連れて再び屋根の上をつたっている間に警備がより厳重に整えられそうだからだ。


 あの中にもう一個の魔術具を放り投げるか……でもそれは確実に死人がでるよなぁ。


 積極的に殺人に臨めるほどリアは冷酷になることなどできず、目の前で人体が千々なってしまえば数あるトラウマの仲間入りだ。リッカ教会での呪術死でさえ思い出そうとすれば鼓動が早まるのだ。いい加減病んでしまう。

 残る選択肢――最悪リア一人が屋敷内に乗り込み、トリムを奪還する(すべ)は。


「……おふぉひ」


 例えば行商人が捕まったとしても、すぐに殺されはしないのではないか。


「囮って言ったな? この状況で目立つ行動したら簡単に斬り殺されるからな? 絶対しねえよ」


 リアは驚いた表情で行商人を見る。呟いただけなのに正確にリアの意図を汲み取っている。読心術でも使えるのか。


「さすがにさっきのはやっちまったと思っているから、自分のケツは自分で拭くぜ」


 そう言って行商人は立ち上がる。ハンカチを口に含み、手に握り締めていた超危険物の片割れを、煙草のように咥えた。勿論折った部分と反対側だ。

 それから、まだ折っていない別の魔術具を懐から出し、顎をくいっと上げてリアに付いてこいの合図。

 よく分からないまま真剣に頷いたリアを見て、行商人は悠々と路地裏から歩き出した。その背中が何故だか頼もしく見え、リアも後を付いていくと、背後からホームレスに呼び止められる。


「お前ら何するつもりだ? やめた方がいい」


ひえ(いえ)ほはまひなふ(おかまいなく)


 心配してくれたホームレスに片手を上げて、視線を行商人に戻すと、すでに魔術具を二つに折ったようで左右の手に黒い棒が握られていた。

 先ほどとは違い、黒の中に赤が混ざり蠢いている。液体が流動するように、折った部分に赤が集まると、それは炎となって大きく噴き出した。


 わお、こっちは炎の魔術具なのね!


 明るい炎に照らされた行商人に視線が集まる。厳つい男達は即座に敵と見なし、すでに抜いている剣を構えた。だが、身の丈以上に噴き出す火炎放射に焦りの表情が浮いている。

 巨大な炎を生み出しているだけあって、周囲の温度は一気に上昇していた。熱気で火傷しそうなほどである。


 行商人は一度リアに目配せすると走り始めた。リアは置いていかれないよう熱さに耐え行商人に近付くと、彼に近いほど空気は冷えていた。場違いに感動しつつ、ぎりぎりまで行商人の背に寄って走る。


 大穴の脇を通り抜け、炎の魔術具で牽制しつつ人の道を切り開く。襲ってくる男達に魔術具を向けると、悲鳴をあげて後ろに下がった。触れた炎は容易く燃え移り、手で叩いているが中々消えそうにない。


 がっつり囲まれた状況になると、行商人は左右に首を激しく振りながら視線をさ迷わせ、360度に炎の壁ができるよう体と腕を動かしている。リーチはこちらにあるからなんとか凌げているようだが、必死の形相が笑顔となっており狂気が見てとれる。


 ある程度柵に近寄ると、炎の魔術具を片手にまとめ、咥えていた風の魔術具を今度は下から投げた。


 柵の間をすり抜けるかと思われた風の魔術具は、しかし、見えない壁に当たったように跳ね返って落ちた。

 それは侵入者を防ぐ守りの魔術。


()はひ(かい)!?」


 まさか結界に守られているとは思わなかった。

 風の魔術具は柵の手前の地面に触れ、どろりと歪んだ。すぐに破裂するだろう。思いの外近い。


 二つを一つにまとめたことにより炎の威力は増したが死角は増えた行商人は必死で、風の魔術具が跳ね返ったことに気付いていない。

 やむなく背後にいたリアはしゃがみ、行商人の足を払って転ばせ、さらに上から覆い被さって伏せさせる。

 それにより炎の魔術具が地面に落ち、放射状に炎の海が広がった。

 次いで、爆発の衝撃。


「んむっ」


 音と風に加えて、二の腕に痛みが走った。

 衝撃が過ぎ去り目を開けると、腕から出血している。

 屋敷の柵は土台部分から地面が抉れ、柵がひしゃげていた。痛みの原因は爆発によって飛ばされた柵の一部による切り傷のようだ。


 振り返ると、商会関係者は呻き声をあげて倒れているか、地面に広がった炎の海で近寄れないかだった。

 地獄絵図のような光景だが、一応良しとして、行商人の肩を揺する。顔面から転んだのか鼻血が出た顔で恨みがましい半眼だったが、リアの怪我を見て眉を潜めた。


ひひまひょう(いきましょう)


 リアは先陣切って抉れた柵の下をくぐり、後ろに行商人が続く気配を感じつつ屋敷に向き直る。


 やっと敷地内への侵入が成された。


 だが早々に障害が立ちはだかる。目の前には大きい番犬が牙を剥いていたのだ。


 リアは唸り声に内心びびりつつ、ずっと握っていた小瓶を一瞥する。


 ばっちりな出番だよ!


更新遅くなりすみません。

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