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バラバラ欠陥じゃーにー  作者: tomatoma
三章 下半分と自称聖職者と里がえり
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6.脅してなんていませんよ?

 リアは気を失った見張りの持っていた剣を拾う。大男のものより幾分か軽く、これならばリアも扱い易そうである。切先は下に向けたままゆっくりと行商人に歩み寄った。


「お、おち、落ち着い……」


 笑えるほど行商人の男性は怯えている。


 一応、危機的状況からは抜け出せた。上手くいったからいいものの、行き当たりばったり感は否定できない。

 ただ、一介の見張りや使いのような大男ごときが、組織的な金銭が絡む商品(リア)を殺めることはないだろうとは思っていた。彼らがその損失に対する補填をできるとも思えないし、こういう裏界隈の責任の取り方として、示しが付かないから見せしめに、なんてザラにあるからだ。


 そう思っていたのにおよそ二回ほど死にそうになっていたのが解せない。まさか見た目で価値を判断したのか。

 しかしまあ要は結果が全てである。道中何があろうと無事に脱出できれば問題はないはずである。トリムには絶対に報告できないけれども。


「待っ、ちょちょ待、わ、悪かった! こ、殺さないで!」


「黙ってください」


「は、はい」


 今さら謝って許されようだなんてふざけている。リアは殴り飛ばしたい衝動を堪えて、睨みつけるだけに留めた。感情のまま殴ってしまえば、弱そうな行商人は気絶してしまいそうだからだ。トリムのことを聞き出さなければならないので、我慢である。

 だがその前に、いつ悪い人たちの仲間が来るかも分からない場所(ここ)からの脱出が優先だ。


 リアは行商人に意識を向けたまま、並ぶ檻をチラと一瞥した。

 音で想像した通りの、女子供が両手足を鎖で繋がれ、数ある檻の中に閉じ込められていた。彼らは泣き叫ぶことすら許されず、口元を同じような猿轡で塞がれていた。


 剣の切っ先をするりと持ち上げ、行商人の鼻先を触った。一瞬遅れて、刃物が突き付けられている状況を認識した行商人は息を飲んだ。


「その人が檻の鍵持ってないか探してください」


「え…………ど、どうして?」


「さっさとする!」


「は、はいぃ」


 全く負ける気はしないものの、念のため自分はいつでも動けるようにしておきたい。

 行商人の尻を叩き、見張りの装備や持ち物を探らせた。

 一応この倉庫のような場所の管理者なのだから、捕らわれた人達の檻を開ける鍵を持っているはずだ。チラ見した檻の錠前は頑丈そうで、重い剣を振り下ろしたとしても開けられるとは思えない。

 そして身一つで攫われたリアは、ピックツールもないのでアイテムがなければ鍵開けもできない。そう使う機会もなかったのでアイテムはバッグに放り込んでおり、バッグは筐体に放り込んでいる。大事なものや全財産も入っているため絶対に筐体ごと取り戻さなくてはならない。


 先が赤く染まっている重い片刃剣も拾い上げ、利き手じゃない方で柄を握ってぶら下げておく。見張りの全身をペタペタと触っていた行商人は、顔だけ振り向いて恐る恐る口を開く。


「な、ないよ?」


「そんなわけないでしょ。剥いてください」


「……は? ……む?」


「はい、服を、です。……てか、あなたを動けなくして自分で探した方が早いような気がしてきました」


「すぐ剥きます!」


 軽い方の剣をくるくる回しながら呟くと、行商人は驚くほど手際よく見張りの服を脱がせていった。慣れてないか?

 しかし、あっと言う間に下着だけになった見張りの男の物の中にも鍵らしきものはなかった。

 当てが外れたことに奥歯を噛みながら、リアは行商人を見る。目が合ったので、顎で檻を示すと、行商人は今度は何も言わずとも素早く大男の服を剥いた。


 その間にリアは部屋中を見回す。窓がないため薄暗い。ランタンではなく灯りをともす術具がぶらさがり、天井に通風孔があることからここは地下なのかもしれない。

 檻以外には美術品のようなものがタグをつけられて数点保管されているだけで、当然ながら筐体はない。ここに運び込まれる前に買い叩かれたと言っていたから期待はしていなかった。

 あとはロープや枷、木札やよく分からない備品が無造作に放り込まれている箱があるだけだった。

 部屋の扉に静かに寄り、外に聞き耳を立ててみると複数の人の動く気配がする。建物の配置図も分からず剣一本で飛び出すのは悪手かもしれない。


「やっぱり、ないみたいだよ?」


 探し終えた行商人はリアの機嫌を窺うように腰を低くして言ってきた。その態度にイラっとする。


「どうしてですか」


「ボクに聞かれても……時間が来るまで別の場所に保管されていると考えられるけどね」


「…………」


 用心深くて厄介な。探しに行く余裕は正直ない……けど。


 このまま見捨ててしまうことはできない。

 同情や僅かな良心もあったかもしれないが、それより大きかったのは自分の責務だと思ったからだ。脳裏で過去の情景が重なる。

 かつて勇者様に救われたリアが、今は同じ勇者となった。ならば自分も似た状況にいる彼らを救うべきである、と。


 ただ、鍵を手にいれられただけでは、その後非戦闘者の彼らをつれてこの場から無事に逃げ出せる自信がないのも事実だ。鍵を入手し、邪魔者の排し、然るべきところで保護してもらわなければならない。


「ふむ……時間が来るまでって何の時間ですか?」


「オークションの開始時間だよ」


 闇オークションというものだろう。表では禁止されているもの、例えば盗品や麻薬、そして人身売買といった取引が見えぬところで行われている。

 通常は市長なり領主なりその土地の代表者が取り締まるべきだが、助けを乞いに行く間に証拠と共に消え去ってしまう可能性もある。


「いつ?」


「いつもと同じなら日が変わる時刻かな」


「ふぅん……()()()来てるんですね」


「いや、ひ、人は、初めて、だから」


 目を泳がせる行商人を胡乱げに見ながら、リアは「あとどれくらいですか」と尋ねる。


「三、四時間後くらい、かな」


 タイムリミットはオークションが始まるまでか。

 リアは何か手立てがないかと思案する。例えば、どこか目を背けられるほどの陽動を起こすとか。火事でも起こすのが安易だが、捕らわれている彼らにも被害が及ぶのは本末転倒だ。


「おじさん行商人でしょ、何かお役立ちアイテム持ってませんか」


「おじ……商品は馬車に積んでいるから何もないよ?」


 行商人は困惑した笑顔で答えた。

 脅しているにしても、先程から随分と大人しい。戦っても負けると最初から諦めているともとれるが、行商人は非常に慎重な人物だ。扱い慣れていないであろう刃物ではなく、気を緩めた時にでも使おうとしている何かがあるのではないか。


 リアは行商人の肩にポン、と横にした刃を乗っける。少し横にスライドさせるだけで首元に触れる位置だ。小さく息を吸って固まった笑顔をじっと見つめた後、頭部のターバンから丈夫そうな靴先まで検めるようにじっくり視線を移していく。


「へぇ、なら全部脱いでください」


「あ、あぁー、そういえば自衛用に持ってきているのがあったなあ! そう、今思い出したんだ。いつもは持っていないからつい忘れていたよ!」


 引きつった笑顔に変わった行商人はそう誤魔化しながら、少し腰を落として横歩きをして刃から逃れた。そして巻いていたターバンを脱ぐと、指先程の白い球体と色の違う液体が入った小瓶を二つ取り出した。


「そうですか、次嘘ついたら切り落とします」


「……何を?」


 リアは鼻で笑って答えない。

 まだ隠し持っていそうだが、とりあえず全て追及はしていられない。警戒を緩めず、注意を払っておこう。


「で、どう自衛をするつもりだったんです?」


「うん……丸いのは目くらましだよ、強い光で直視するとしばらく何も見えなくなる。瓶のは、まあ、(にお)いがキツい」


「閃光玉はいいですね。小瓶は(くさ)いだけですか?」


 閃光玉と小瓶二種を眺める。透明の液体が入った小瓶は厳重に封をされ、白濁したものはコルクで蓋がされている。


「臭いとは聞いたが、悶えるほどらしい。透明の方だね。ちなみに白い方は解毒で、使う前に布にでも染み込ませて咥えておくと少しは緩和できるそうだよ」


「ふーん、ま、預かっておきましょう。じゃあおじさんはそこに跪いてください」


 行商人は何かを言いたそうに口を開いたが、結局口答えすることなくしぶしぶ両手両膝を地につけた。

 リアは見張りから鞘も頂戴し、腰に剣を挿しておく。そして備品箱からロープと鎖を見つけ出し、結んで長くなるように繋げた。

 ぼそっと「はぁ盗賊かよ」と聞こえたが聞こえなかった振りをしてあげる。自覚はしているし、おじさんに言われたくはない。

 跪いた行商人の背に乗り、重い方の剣をぐらぐらさせながら天井の通風孔にのばしたが届かなかった。しょうがないので肩車を指示したがそれでも届かず、そのままおじさんの両肩に立ってやっと少しの余裕をもって届いた。「下手に動いたら剣が落ちてきますよ」と脅しつつ、鎖を剣の鍔に巻きつけ固定し、通風孔にえいと投げ入れた。ロープを横に引っ張り、腰の剣を抜いてちょいちょいと穴に引っかかる位置に微調整する。「よし」と頷き、行商人の肩から軽く飛び降りた。


「さ、のぼってください」


「え!? ボクが!?」


「ははは当たり前でしょう。逃がすとでも思ったんですか。刺されたくなければ早くのぼってくださいね」


 衝撃に打ち震えた行商人は後ずさったが、リアが笑顔で見える位置に剣を見せると、諦めた表情で天井を仰いだ。そしてもたもたと慣れない動きでロープを上がっていく。


 リアは檻の中にいる人達を見て「助けに来ますから」と伝えた。

 僅かに身じろぐ彼らの中に、一人、何かを必死で主張している少女がいた。近づくと、少女は翡翠色の大きな瞳を潤ませてリアを見上げた。小柄な体躯にレースがあしらわれた可愛らしい服を着ており、まるでお人形さんのようだった。


「大丈夫ですよ、必ず戻ってきますから安心してください」


「ーーっ! ーーーー!!」


 栗色の長い髪を左右に振り、懇願するような視線で見つめてくる。その不安を和らげようと、リアは少女の頭を優しく撫で「待っててね」と言葉を残し、行商人の後を追った。

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