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バラバラ欠陥じゃーにー  作者: tomatoma
三章 下半分と自称聖職者と里がえり
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5.完全に騙されました

 何か固いものに押し付けられてる。

 そのせいで、右足と、腰の右側、右肩にこめかみも右だけ痛い。つまり体の右側が全体的に痛い。

 何の痛みだろうか。思い出すのは、ベッドから落ちて床で寝てしまった時に似ている。いや、まんま板張りの床に寝転んでいるようだ。


「……クソッ、中が分からないからって買い叩きやがって。どう見たってイイ魔石がついてんだろォが」


 男が毒づいている。不満を溢す声は独り言のようで、他に気配もないことからこの場にはリアと男しかいないと分かる。


 声をかけようと思えば、そこで口に何かを詰められていることに気付いた。パンのようにふかふかしていて、呻いた声すらも吸収して全く音を漏らさない。吐き出そうにも口元を布で覆われて無理そうである。

 痛くない左手を伸ばして取ろうとしたが、当然のように身動きがとれない。両手は後ろ手に拘束され、足首も何かで繋がれて芋虫状態。

 加えて、何も見えない視界は、暗いわけではなく目隠しをされているのだろう。


 さすがに状況を把握した。

 どうやら、捕らわれの身。


 ……何で?


 どくどくと心臓は脈打つが、思考は予想外に冷静だった。むしろ、自分に襲いかかる不運に対しての驚きの方が強い。何故、下手を打ったわけでもないのに、こうも訳の分からない事態に巻き込まれているのかと。

 トリムの言っていた、災厄を引き寄せる体質、なのだろうか。魔力の有無問題なんかより、よほど積極的に治療に臨みたいくらいだ。


 見えず、動けず、となれば頼りになるのは音だけである。ぶつくさ言っている男の声は少し距離があって、反響もない音からそう広くない場所のようだ。


 というか口調は乱暴だがこの声、あの行商人だ。


 記憶はオアシスで行商人に背を向けてから途切れている。いくら死にそうなトレーニングをしたからといって、基本健康体なリアは突然気を失うなんてことはない。そうなると、後ろから殴られでもして、気絶させられたのだろう。


 端々に聞こえてくる愚痴からも、明らかに意図的な拐かし。


 ……最初から騙されてたってことか。


 注意を疎かにしたことを後悔したが、彼の態度は自然な通りすがりのそれで、今思い出してもリアの警戒心を薄める言動に違和感はなかった。さらに、装備を着用しておらず(とても不本意だが)一見弱そうなリアに対しても、背を見せたタイミングを狙う慎重さ。こんな拘束具を持っていることと手際の良さから考えても、衝動的なものではない。


「確認がとれた。入れ」


「やっとですか。たまにお世話になってるんですけどねえ。いつもの彼はどうしたんですかい?」


「さあな。同じ轍を踏みたくなければ詮索しないことだ」


「おぉこわ。そうしますよ」


 誰かと話した後、部屋がガタガタと揺れた。慣性も感じたので部屋ではなく荷車か何かに乗っけられていたようだ。


 身動きがとれないとなると、今暴れても無駄な体力を使うだけだ。とりあえずはこのまま気を失った振りを続け、隙を見て行動を起こすしかない。

 隙があれば、だが。


 揺れはわりとすぐに止む。

 木が軋む音で重量のある誰かが歩み寄ってくるのを感じ、思わず身を強張らせる。強い力で起き上がらされ、座った状態にされると、膝の裏を丸太のような腕で掴まれて一気に持ち上げられた。その雑な運び方に小さく悲鳴が漏れたが、口の中に入ってるもののおかげで聞こえることはなかったようだ。


「丁寧に運んでくださいよ。買値が下がったら困りますからね」


 進行方向の逆から行商人の声が聞こえた。誘拐して、()()()()()()に売り付けるなんて、どう推察しても人身売買である。


 そのまま移動し、しばらくして止まる。ガチャガチャと鍵を開ける音の後に錆びた金属音がして地面に下ろされた。


「その拘束具はこちらのなので返してもらえます? あぁ買い取りならそれでも構いませんがね」


 ……セコい。


 聞き耳を立てながら様子を窺っていると、リアを運んでいた人物は舌打ちをして離れて行く気配があった。ガチャだのゴトだの大きくはない物を触っている音がする。


 あえて目を閉じて聴覚に集中すると、行商人とリアを運んだ人物以外に、何人もの人の気配があった。

 震えを堪えるような微かな呼吸音だったり、身動ぎによる衣擦れの乾いた音だったり。耐え忍ぶ小さい嗚咽は、少女の、いや幼子のように聞こえた。

 自分だけではない、胸くそ悪い光景が簡単に想像できる。


「鍵よこせ」


「はいはいっと」


 ギィという錆びた開閉音がして、大きな人物はすぐそばに近付いてきた。リアの背に回ると、太い指で手枷を外そうとしているのが分かる。リアは両手の力を抜いて、されるがままで考える。


 この明らかに悪い人たちは、多数の売買をできるほどの組織的な規模があるのだろう。現在武器もないリアが安易に反抗して八方塞がりになる状況へと悪化する可能性もある。選択に悩むところだ。


 今動くべきか、時を待つべきか。


「オイ、こいつは十七番だ。これが札だ」


「はい、どうも」


 うげ、他にも人いるじゃん。


 真後ろで感じる大男とも行商人とも違う第三者の声。考えてもみれば、おそらく商品になるリアたちを見張る者がこの部屋にいないはずもない。


 どうしよ……コート着てたら隠しナイフがあったのに。もうトリムさんとアーサに見つけてもらう可能性に懸け……


 諦めて好機を待とうかと思ったところで、ふと思い出した。

 意識を取り戻した時、行商人の男性が毒づいていた内容には、魔石のついた中が分からないものを買い叩かれた、と言っていた。


 あれ!? トリムさん!!?


 気絶させられたせいで見落としていたが、そういえばトリムが乗ったラクダは元々あの行商人が連れてきたのだ。理由はもう親切心からではないと断言できる。

 つまりネコババするため。となると、リアを拐ってきた時と一緒に持ってきているはずで、口振りからすでに売られてしまった後。


 ……――っ今動くしかない!?


 即断即決したリアは、別の手枷を嵌めるために掴まれていた片手を咄嗟に引いた。意識がないと思われていたおかげか簡単に自由になり、親指で目隠しを引っ掻けて取り外す。

 背後にいた想像通りの大男と目が合った。驚いた顔の大男が腰の後ろに手を伸ばしたので武器があるのだろう。リアはそれより早く、両手を肩の上の床につけ、両膝を勢いよく胸につけて重心を上半身へと移動させる。そのまま枷で繋がれた足を伸ばし、半腰だった大男の顔面目掛けて思い切り蹴り上げた。

 顔が上を向き、ぐらりと一歩後退した大男は、しかしリアの期待からは外れ、倒れることなく踏み留まった。そして視線を移さず逆立ち状態のリアの足首を掴んだ。


 げえ!?


 口の中は未だ詰まったままなのでカエルのような悲鳴は漏らさずに済んだが、絶体絶命の状況。オアシスでブーツは脱ぎ捨てたままだったので、裸足では衝撃が足りなかったようだ。


 大男は片手で軽々とリアを持ち上げ、怒りを滲ませた赤い笑顔で見下ろす。もう片方の手には片刃の剣が握られていた。

 薄暗い部屋の白っぽい小さな灯りに、銀の剣身が鈍く輝く。大男が軽く腕を振るだけでリアの体は上下に別つだろう。心臓がヒヤリと冷えた。


 絶対に死ぬわけにはいかないリアは現状打破の手段を必死で探す。ゆっくりと体の向きを変えられ、目線は目まぐるしく移ろい、やがて吊るされた状態でちょうど手の届く急所に気付いた。


 反射的に体が動いた。


 リアが繰り出したかつてないほどの必死の拳は、狙い違わずクリーンヒットする。だがそれだけでは足りないと警鐘を鳴らした思考により、即座に手の平を開いて柔らかいソレを握り、生死をかけて引き絞った。


「おごっ――!?」


 まだ足りないと、もう片方の手も加えて握り潰した。嫌悪感より生への執着が勝っていた。


「ふほ」


 そして、大男は気の抜けたような声を出し膝から崩れる。と同時に足首も解放された。

 リアは地面に両手をついて勢いを殺し、背中から着地、でんぐり返しの要領で片膝を立てて起き上がる。


 大男の手から落ちた剣がカランカランと響いた。


「なんだぁオイ?」


 声をほとんどあげなかったので行商人と見張りはやっとそこで異変に気付く。


 リアは周囲を素早く見渡す。両手を広げても届かないほどの大きさの檻の中にいた。床以外は鉄格子でまる見えで、大男が入ってきた入り口は開いている。檻の端に、繋がれていたであろう手枷と鍵が落ちていたので鍵だけ掴み、足枷の鍵穴に差し込んだ。


「オイコラ何した」


 見張りは腰に携えた剣を抜きながら駆け寄ってくる。

 足枷を取り外し、見張りの男性に投げつけるも片手で払われた。リアは落ちた片刃剣を拾う。重い。切っ先を上にするとぐらつきそうなので、柄を逆手に両手で持ち檻から飛び出た。

 しかしすぐに足を止められる。

 間近に来ていた見張りは、眉を八の字型に歪めてリアを睨んだ。とても人相の悪い顔をしてらっしゃる。


「オイふざけてんじゃねぇぞ。戻れや」


「ちょ、ちょっと傷は付けないでくだ」


「黙れ」


 凄まれた行商人は尻尾を巻いて引き下がり、袖の中に手を入れた。リアはそれを横目で確認して、何か隠し持っている様子に警戒を強める。


「聞いてんのかオイ。さっさと戻れっつってんだ。死にたくねぇだろ?」


 ……この人会話にオイ入れなきゃ気がすまないのかな。


 躊躇いなく距離を詰めてくるので、侮られていることが分かる。リアはじりじりと後退りして、檻を背に止まった。すぐ左隣に檻の入り口がある。

 見張りも止まり、リアの目の前に切っ先を向け、それから促すように左右に軽く振った。腕は真っ直ぐ伸ばし、剣身も含めると少し距離がある。


「オラ、入れ。殺されたくねぇならな」


 剣が左に振られた瞬間、リアは檻から背を離し、僅かに右に逸れて飛び込むように見張りへと肉薄する。

 予想外の行動に目を剥く見張りは、リアからワンテンポ遅れて距離をとろうと下がる。剣で牽制しようと腕を引いたが、遅い。

 自身に向けられていた刃の部分から抜けて、見張りの目と鼻の先に来たリアは、にこっと笑う。そのまま下に向けていた剣を見張りの足の甲に突き立てた。


「あぁ!? がっ!?」


 剣は突き抜け、固い床に刺さったのが分かった。イイ感じに固定できたとリアは柄から両手を放し、離れると同時にビンタを送った。

 体勢を崩した見張りの横を抜け、次いで行商人を捉える。


「お、わ」


 後ずさった行商人は、真ん中に半球の石が付いた円盤を袖の中から取り出した。一見武器のように見えないそれは、オアシスで見せてもらった商品の一つだった。

 それは、巨漢が一瞬でノックダウンするという魔術具。


 リアは駆ける足を止めた。どういうものか分からず下手に近寄れないからだ。

 行商人は焦った表情で、円盤の石をリアに向けてサササっと動かす。その慌てただけの無意味な行動に、リアはこの人は全く戦えない人だと判断した。

 魔術具に触れないようにどう打ち負かそうかと見極めていると、背後に気配を感じ意識する前に横に飛んだ。

 転がり起きると見張りが剣を振り下ろしているところだった。いつの間にか足から剣を抜き、リアを叩っ切ろうとしていたのだ。

 あっぶな! と背後からの攻撃に内心冷や汗をかいていると、リアが避けた先にいた行商人に斬撃が襲った。


「ひぇっ」


 両手で掴んだ円盤の魔術具で、行商人はそれを受け止めた。

 刃は円盤の石を叩き割り、それと同時に見張りはビクッと全身を仰け反らせた。目を見開いたまま、ゆっくりと膝を折り、仰向けに倒れ落ちた。


「え」


 割れた石は半分ずつ床に落ちる。行商人はそれを驚愕の表情で見つめ、そして勢いよくリアを見た。

 リアは両手を頭の後ろに回して口元を押さえていた布を取る。


「お、お嬢ちゃん……強いね……?」


 口の中に詰め込まれていたふかふかした猿轡を吐き捨て、口の両端を上げた。

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