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バラバラ欠陥じゃーにー  作者: tomatoma
三章 下半分と自称聖職者と里がえり
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4.不運なすれ違いです

 歩こうとすると、重い水の抵抗を感じる。特に腰から下で、原因はベルトで止めていたコートが両手を広げているからだ。


「何もかんも付けたまま放り込んだな……もぉ」


 透明度は高いが、自分から生まれる波のせいで水中は見えづらい。指の感触で武器のベルトを取り外し、コートの前留めも全て外した。漂い始めたコートを水面近くで抱え、もう片方の手で水を掻いて浅瀬へと歩く。

 離すまいとする水を含んだ衣類の重さからやっとのことで逃れ、湖の縁に辿り着くとべしゃっと荷物を放った。上に着ていた薄手の半袖を脱いで軽く絞り、じゃぽじゃぽするブーツを脱ぎ捨てる。下も脱ごうかと思ったがめんどくさくなったのでそのまま仰向けに体を投げ出した。


「……疲れた」


 水で冷やされはしたが、体力の回復には程遠い。寝転んだ砂辺にはちょうど陽を遮るものはなく、びしょびしょになった物もそのうち乾くだろうと放置する。

 ふと顔を横に向けると、濡れて丸められた白い布の塊が落ちていた。

 アーサが着ていただろうその服に、まさか彼はあの半裸のまま行ってしまったのかと呆れる。誰とも会わないようにと祈りつつ、どのくらいで戻るかなあとリアは青と白の斑な空に視線を移した。


 ここは砂漠のど真ん中にあるオアシスらしい。


 意識を取り戻し、とりあえず大丈夫そうなリアに、アーサはトリムを回収しに戻ると言った。どういうことかと聞けば、どんどん熱くなるリアに危機を感じどうにか冷やそうと考えた末に、記憶にあったオアシスに行こうとしたのだという。訪れるのは初めてだが、どこかで地図を見たそうな。

 その際、ラクダの足に合わせると遅くなるので、リアの身一つだけ抱えて走ってきたということだった。

 散々な扱いかと思えば、一応それなりに心配してくれていたらしいアーサに一先ず怒りは収めておいた。悪気はないことは分かっている。だから問題とも言えるが。


 そんなわけで現在、アーサは砂漠に放置してきてしまった荷物一式を取りに戻っている。

 リアがその救命措置で生き長らえれたのは事実だが、アーサの置いてきたという発言には心底驚いた。あのラクダはアーサの言うことには従うとは思うが、果たして砂漠の真っ只中できちんと待っていてくれるのだろうか。トリムが近くに居ないことも含めてだいぶ心配である。


 雲の切れ間から直射日光が差し、リアは眩しさに目をつむる。オアシス内は涼しく快適で、このまま眠ってしまいそうだと思っていると、サクと砂を踏む音が耳に入った。

 それほど離れてなかったのか、と安堵して瞼を開けようとしたが、眩しさに薄目が限界だった。すると、その日光を遮る影ができた。逆光に見えづらいが当然のようにアーサだと思い口を開く。


「おか……っ」


 金髪が輝いていない。明らかに別人と分かる。


「だ……誰?」


「…………」


 覗き込むように頭部で影を作る人物は答えない。

 リアは重い腕を動かし、脱ぎ捨てていた服を手繰り寄せる。それで胸元を押さえて見上げるが、陽の光が強く表情も分からない。コートとまとめて武器を離れた位置に置いてしまったことが焦りを募らせる。


「だれ、ですか」


 もう一度問う。


「……いや、失礼」


 それだけ言って影は勢いよく顔を上げたようだった。

 再び強く差した光にリアは目を開けていられず、薄い視界のまま人物から距離をとろうと転がり起きた。だが、コートの下にある氷剣に手を伸ばしたところで、頭がくらりとし、上体が傾く。


「おっと」


 倒れそうなところで、二の腕を掴まれた。


 急な移動に体と頭がついていけてないことに困惑しながら、リアは支えてくれた人物――日焼けた肌の男性を見つめた。

 男性はターバンを巻き、風の通るゆったりめな砂漠に適した格好をしている。細い目の先は朱色を覗かせていて、うっすら髭の生えた口元は弧を描いていた。やっと見れた表情は友好的なものだった。


「あ……どう、も」


 支えてくれたことに礼を言うと、男性はにかっと歯を見せた。


「いやあ驚かせてしまって悪いねえ、倒れていると思ったんだ。体調が悪そうに見受けられるけど、大丈夫かい?」


「……はい、大丈夫です」


 とは言ったものの、想像以上に体が怠い。熱されて、冷まされて、うっちゃっただけなので、解されていない筋肉が固まってしまったように感じる。多分明日の筋肉痛は酷いものになるだろう。このままトレーニングを続けられたらカチコチになりそうだ。


 掴まれた腕に視線を移すと、男性は「おぉっとすまない」と言って手を放し、大きく顔を背けた。そのわざとらしい動きで、リアはすぐに意図に気付く。気遣いとして与えられた時間で湿った服を手早く着た。

 視界の隅でリアが服を着たことを確認した男性は、向き直ると軽い調子で話し始める。


「ボクぁ行商しててね、このヘトルトオアシスはたまに利用するんだよ。お嬢ちゃんのように休むのには最適だよねえ。モンスターも出ないから、本当に良いところだよ。まさに、このオアシスの別名の通りだと思わないかい?」


「えー……初めて来たので知らないです」


 声と笑った時の口の皺から思うに、男性は一回りほど歳上のようだった。

 最初の無言時間から急に馴れ馴れしくなった感じはするが、リアが倒れているように見えたせいだろうか。無事を確認して、行商人として客相手の気軽さを発揮しているように思えた。


「ああそうだったのかい? ここはちょっとした避暑地で、アソびに来るのにはいい穴場だからねえ。お嬢ちゃんもそういった感じかな」


「いや、私はたまたまです。確かに穴場的な綺麗な場所ですね、人もいないですし」


「近くの村からも少ぉし距離があるんだ。移動手段を持ってないと来れないからさ。たまたま来れたなんて幸運だったね」


 幸運……ではないな。


 はははとリアは誤魔化すように相槌をうった。男性は「一人で売り歩いているからつい話し相手を見つけるとね」と、とりとめもない話を続ける。


「そんな幸運な出会いついでに、ちょっとボクの商品でも見ていかないかい? 珍しい石のアクセサリーや、便利な魔術具。あとはお疲れのようだから、滋養強壮剤なんかもあるんだよ」


 ははーぁ……なあんだ。


 男性のフランクな態度は、商品を買ってもらうことに繋げる為のようだった。納得したものの、彼のそれに応えることはできないと思う。何故ならリアのバッグはトリムと一緒にラクダの上だからだ。


「あのー私、今お金持ってなくて」


「あ……そうなのね」


 見るからに気勢がそがれた男性は、しばらく無言になった後、しかしもう一度にかっと笑う。


「いやあ、正直なところ残念だけど、こんなところで話し相手と出会えたってことは良いことさ。けどお嬢ちゃん、お金がないってのは大変じゃないかい? 困ってるのかい?」


 別ので困ってはいるけれども。


 心配を露にする男性に悪い気がして、リアは頬を指で掻きながら苦笑いをする。


「えーまあ、一緒に旅してる人がとりに行ってくれてて、ないわけじゃないんです」


 それを聞いた男性の瞳にキラリと光が宿ったのが分かった。良いものを見つけたというような、商売魂に火がついたのだろう。


「なんだなんだ、一人じゃないんだね! しかも旅人さんと来た。ならきっと旅に必要なものがあるはずさ! そのお連れさんは、女性? 男性?」


 ずい、と顔を近付けてくる。勢いに押されたリアは「だ、男性」と声を漏らす。


「ほうほう! じゃあその彼が戻るまでちょっと見てかないかい!?」


「えっと、でも、買わない……かもですし」


「だいじょーぶ! それもまた出会いってやつさあ。お嬢ちゃんも待ってるだけは暇だろう? うちのコを休ませるついででもあるから気にしないで見てってよ! 連れてくるから!」


「あぅ」


 リアの引き留める手は空振り、男性は意気揚々と走って行った。連れてくる、ということは商品を何かの背にでも乗せているのだろう。

 案の定、すぐに男性は木の陰から笑顔を見せ、その後ろから崩れ落ちそうなほどの沢山の商品を括り付けたラクダを引き連れてきた。そしてその黒っぽい大きなラクダの後ろにさらに紐で繋がれていたのは、黒い箱を背に乗せた見覚えのあるラクダだった。


「あ!?」


「どうしたんだい?」


 リアの叫び声に男性は目を丸くする。


「その、箱……ラクダをどうして連れてるんですか!?」


 今アーサが回収しに行っているはずのものを連れてきた男性に警戒心を持つ。その厳しい視線に気付いたのか、男性は困惑した様子で話し始める。


「いやあ、どうしてかぽつんと置いていかれてたからねえ、連れてきたんだよ。キレイに手入れされてるからどこかの貸出屋のコかと思ってさ、近くの街か村かの貸出屋に引き渡せば取りに来るだろうと……もしかして、お嬢ちゃんのお連れさんが取りに行ってるっていう?」


「そうです、そうです!」


「なんだそうだったのかい。主人に会えて良かったねえ」


 リアが何度も頷くと、男性は納得したように笑った。

 疑ってしまったが、砂漠に残されたラクダを良心から連れてきていただけのようだ。


 アーサとのすれ違いが……まあ仕方ないか。


 男性が繋いでいた紐を取り外しリアの方に促すと、ラクダは当然のようにリアを無視して湖で水を飲み始めた。間違いない。

 それを憮然とした表情で見つめ、リアは立ち上がり尻の砂を払った。


「ありがとうございます、助かりました」


「うんうん、じゃあお金も戻ってきたってことで、ボクの商品も見れるね?」


「……ぜ、ぜひ」


 疑問系なのに頷くしか選択肢がないように感じた。




 行商人は大きなラクダを座らせ、水と餌をとらせている。その間に落ちそうで落ちない商品からいくつか見繕ってリアに見せてきた。

 アクセサリーはどれも七色の小粒な石が付いており、北方でしか採取できない珍しいものらしい。綺麗ではあったが繊細すぎて、野蛮な旅をしているリアは壊れそうという理由で断る。先程言っていた滋養強壮剤は、匂いが無理だったので断念。雑貨もあえて買う必要もないかなあと思うものが多い。

 どれも熱心に商品説明してくれるが、貧乏性のリアは食べ物以外の買い物は吟味して買う派である。だからこういったところでは買わないだろうと遠慮していたのだが、男性は未だ頑張っている。


「じゃあ! 少し高いけれどね、魔術具なんかも見てみないかい! ほらこれなんか危険もある旅路にいいよ。カバーを外してここに触れると巨漢も一瞬でノックダウン!」


「危ないですね……私魔術具はちょっと……」


 使えないし。


 不発続きの男性はついに項垂れた。暖簾に腕押しのリアに、売り込みの熱が入ったのか肩で息をしている。なんだか苦しそうなので、これで諦めてほしいところだ。


 それにしてもアーサが中々戻ってこない。彼のことだから迷っていることはないだろうに、もしかしたら見失ったトリムを探し回っているのかもしれない。一度戻ってきてくれればいいのだが。

 ここはモンスターが出ないオアシスらしいので、リアとしてはただ待つだけである。


「……そういえば、このオアシスの別名って何だったんですか?」


 ふと思い出して聞いてみれば、男性は顔をあげて気の抜けた笑顔で答える。


「迂回の緑地だよ」


 迂回……モンスターが遠回りする場所?


「へぇ、モンスターが近寄らない理由でもあるんですか?」


「清浄地なのさ。魔力も瘴気も観測されない場所だからね、足を踏み入れることはほとんどない」


「ふぅん、その清浄地ってのはモンスターが嫌いな場所てことですか? 綺麗な場所だから瘴気がなさそうなのは分かりますが、魔力がないことも関係してくるんですね」


「そういうこと。何もないところには寄り付かないからねえ。ボクら以外は動物も魚もいないだろう? 一時的ならまだしも、長く住み着くところではないんだよ」


 言われてみれば確かに動物の気配もなく、とても静かだ。


「うんん、分かるような分かんないような。不思議な場所なんですね」


「そうだねえ、うん。ホント、良い場所だと思うよ」


 男性はすーはーと深呼吸をしている。リアには分からないが、やっぱり空気とかが清浄ってことなのだろうか。

 流し見しつつリアは放っていた服や靴を身につけようと男性から離れた。途中で眠りかけているラクダ上の筐体が目に入る。初見の者にとってはあからさまに謎の箱だが、男性が全く騒いでいないところをみると勝手に開封はしていないのだろう。さすがに死体っぽいのを持ち運んでいることが分かればあの気安い態度ではないはずだ。

 しかしふと、魔石が青いことに気付いた。色を失っていないということは、結界が生きているということだ。


 何でだろう……まあ、すぐ開けられるからいいけど。


 リアが首を傾げていると「人も近寄らないからね」と、背後で呟いたのが聞こえた。

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