とある騎士の過日譚終
予定が延びに延びて、ついでに文字数も伸びてます。
ザランが、失神したエトのパーティメンバーを呼んでくれ、ジルニアはドイラーバイルの死骸に向かう。
今回のクエストは、道中は各々の収穫で、この中ボスフロアのモンスター達は合算して山分けということらしい。スパイルの核は紫がかった赤色で球体とは程遠く、比べてドイラーバイルは薄紫の球に近いものだった。
「ん?」
騒ぐ声に様子を窺うと、トゥレーリオの女性冒険者メルがロープを結ぶ周囲に、何人かの冒険者達が集まっていた。
「分かんねえだろ、メル。そうまでしなくても、今回はこいつの核でも十分な収穫なんだから」
「多いだけいいじゃんか。だいじょーぶ、あたいがちゃんと安全か見てきてやるからさ、みんなはその後に来ればいいさ。時間もまだあるんだし」
「だから……それが本当かなんて確証ねえだろって。それほどの強さなら……わざわさ一緒に来る必要もないじゃないか、自分等だけの方が、何倍も稼げる」
「あんたが言うことも分かるよ。けどリアはそんな子じゃないって」
何を揉めているのかと聞けば、スパイルが現れた穴は地下に繋がっており、そこにメルが降りようとするのを止めたいのだという。
なんでも、リアという名の冒険者がスパイルの巣窟に単身乗り込み、その地下のモンスターを殲滅したらしい。それが本当なら大量の核を手に入れられるため、メルは確認に行くといって聞かないようだ。
逃げ場のない場所に行かせるのは不安だろうが、そもそもが眉唾ものだ。だが詳しく聞けば、殲滅せしめたというその冒険者とはあの勇者の恋人のことだった。
ジルニアは納得しつつ、興味を引かれた。
スパイルは決して弱いモンスターではない。それが蔓延る場所に一人で乗り込む自信と実力。相変わらず近づけない正体不明な彼女を少しでも知る機会にもなる。
……いや、裏側を見てみたい気持ちもあるか。
ミリオリアの資料にも記載されていない部分への興味は大きい。それにせっかくなら他の者の不安を解消する役割を買って出てもいいだろう。今後のためにも信頼を得ておきたい下心もある。
「あー良ければだが、俺が確認してこようか?」
「あんたは?」
「途中参戦させてもらったジルという。もしモンスターが残っていれば、一人で降りるのは危険だろう。俺ならその場合でも逃げ足だけは速いから」
「あの飛んでたにいちゃんか! あれすごいな! あたいはメル。もしかしてザランの言ってた王都から来たっていう?」
「そうだよ。そんな感じで、もし危なくてもすぐに逃げてこれるから、どう?」
「それがいい! ぜひとも頼むよ! メル、それでいいだろ!」
勢いよく答えたのはメルを止めようとしていた男性だった。
メルは「あんたねぇ」と呆れた視線を投げかけていたが、周囲の者も賛同したため、不満そうに口をつぐんだ。
使い古された通信術具とランタン、念のためにとロープも渡され、ジルニアは穴の前に立つ。
「悪いね、押しつけちゃって」
と、メルは申し訳なさそうに詫びた。
「気にしなくていいよ、自分から言い出したことだ。それに、この下にも興味があるから」
魔力を足元に集中させ、片足を踏み出そうという時、遠くからリアがこちらを見ていることに気付いた。ジルニアが見返すと、パッと顔を逸らす。
避けられてる?
その行動に思わずそう感じた。近寄れなかったのも、そう考えればおかしくはない。こちらからは彼女達に対して何の行動もとっていないのに、意識されるのは何故だろうか。
勇者に下手に目をつけられるよりは、こちらの事情を話しておくことも必要かもしれない。目立つのを避けて、勇者とはトゥレーリオに戻ってから接触しようかと考えていたが、早めるべきかと思案する。
ロープを握り、サイファを微出力して落下速度を抑えながら、暗い穴を降りていく。
嫌味は言われるだろうが、協力者に話を聞くのも手だ。ジルニアが加わってから新たな情報を得たかもしれず、あるいは最初から教えてくれなかった可能性もある。
憂うつな気持ちを抑えて、騎士団の通信術具に触れた。
「すまないが、勇者とその恋人に関することで……」
と、穴の底に着いたようで、足下に地面を感じた。着地の際の屈伸から立ち上がり、そしてジルニアは目の前の光景に絶句する。
微弱なランタンの明かりが届く範囲だけでも一面、モンスターの屍に埋め尽くされていた。
上のフロアで倒した数とは比べ物にならない。大小様々なスパイルと、スコーピオンまでも大量に死んでいる。このミリオリアのモンスターが一堂に集められているのではないかと疑いたくなるほどだ。
これを……彼女一人で?
『言ったことも破るどころか、話を途中でやめるとか最悪っすね』
相変わらず不機嫌なその声に、ジルニアは我に返る。
「あ、あぁ悪かった。驚いてしまって」
『なんすか、変なものでもありました?』
「変……どころか、とんでもないな彼女」
ジルニアは地下の状況を手短に伝える。
周囲を見回してみても、動く影は全くない。殲滅したというのは本当のようだ。
ぼうっとランタンの光に反射する何かを見つけてしゃがむと、短剣の刃の部分が落ちていた。
『ふぅん……様子見てると結構愉快な感じの子っすけどね。鷹は爪を隠すってやつですか、ギャップあっていいと思います』
何体かのスパイルの背には拳大の丸い穴が開いていた。中を覗くと核の光が見え、正確に一突きで絶命させているのが分かる。
「丸い切り口……彼女の武器は分かるか?」
『クロスボウと短剣っす。魔術師って言ってましたけど魔術は使ったとこ見てないっすね。あー、メルさんが大丈夫かって心配し出してますよ。追っていきそうなんで先に連絡入れてもらっていいっすか。こっちは切ります』
「あ、待」
ぷつっと切られ、勇者に関することを聞きそびれてしまう。仕方なく、下の状況を片手に乗るほどの四角い通信術具でメル達に伝える。興奮した様子ですぐに皆で降りると告げられた。
魔術師か……まさか、な。
「ジル、さん? トゥレーリオにはどのくらいいるんですか?」
順々に降りてくる冒険者達に逆らって上ることもできず、核を入れる袋を手渡されたものだから、ジルニアも大人しく回収作業に加わった。早く終わらせようと黙々とスパイルの身を剥いでいると、女性冒険者のサニーに話しかけられた。
「決めてはいないけど、皆いい人だから長くいれればと思っているよ。慣れないこともあると思うけど、よろしく」
「もちろんです!」
好意的な返答にジルニアも笑顔を返す。親しくしてくれる人が多ければ、その分情報も集まりやすいだろう。
「あっ、ねえ、分からないこととかあったら何でも聞いてね? わたしラティア。王都行ったことないんだ、良かったら」
「おいおぉい、時間あんまねえんだぞ、手ぇ動かせ手ぇ」
恰幅のいい冒険者にじろりと睨まれて、ラティアは睨み返しておしゃべりをやめた。
モンスターはほとんどが一撃で倒れ、稀に極小のものを加えた二ヶ所だけの外傷だった。その傷から辿っていくと必ず核に当たるので、探す手間は省けるものの恐ろしさを感じる。
核の位置は一般的に中央部分にあるというだけで、これほど正確な一撃など普通はあり得ない。並外れて精密で、そして合理的な殺し方だ。
絶対に敵に回したくない人物だ、と思う。人の急所なんて誰もが知っているほど明白で、簡単に一突きであの世行きだ。
そんなことにはならないと思うが。
彼女の人となりが分からないことが、不安を掻き立てられる要因となっているのだろう。協力者は愉快な人物だと言っていたから、この不安も気のせいかもしれない。
「!」
突然、ランタンの明かりとは異なる、青白い光が降り注いだ。
皆手を止めて思わず上を見上げる。ジルニアも例に漏れず顔を上げると、光は穴の先から神々しく放たれていた。
「なんだ?」
「おい、上でなんかあったのか?」
ジルニアは困惑している冒険者達をすり抜け走る。そして穴の真下に来ると同時に跳んだ。壁を何度か蹴り、瞬く間に中ボスのフロアへと着地する。
「…………は?」
数分前に見たものと違う景色が広がっていて理解が一瞬遅れた。
ボスの間に繋がる結界の手前に、氷のような半透明の壁が作られていた。うっすらと黒い結界は見えるが、向こう側がどうなっているのか判別が付かないほどの厚さだ。
一体どうなっているのかとふと視線を移せば、ナノンが呆然と座り込んでいた。
「ナノンちゃん、何があったんだ?」
「え……わ、私にも……見せてくださいとお願いして、そうしたら、光が向かってきて、あっという間に見えなくなって」
「……ごめん、よく分からない。ええと、誰か見てた人は」
ナノンの説明は要領を得ず、全くと言っていいほど分からない。混乱だけが伝わってくる。
「この壁を作ったのはリアって人っすよ。勇者さんと向こう側にいますけど」
「は!? な、何故?」
そう教えてくれた男性は「さあ」と言って肩を竦めた。勇者と同じパーティにいたダイルという若い冒険者だ。彼がナノンに手を差し伸べると、その手を取ってナノンは立ち上がり、礼を言う。そしてジルニアの問いに落ち込んだ様子で答えた。
「結界を解除するために……でしょうか。ダメなら……無理には……こんな……」
「結界……って」
「はい、ボスの間の結界です」
ナノンが頷いたのを見て、言葉を失った。
ジルニアは氷の壁に向き直り、腕を伸ばす。しかしそれには触れることはできず、僅かに抵抗を感じる。ただの氷の壁ではないということだ。
ジルニアは腰の細剣、蒼刻を抜き、そして素早く振るった。
「っ」
弾かれた衝撃に、一歩後退する。蒼刻の刃が触れた場所は、浅い線が入っているだけだった。
これは結界、なのだろうか。
結界には、魔力のみで成形するライズといった短時間の結界と、モノに陣を施し魔石で保つ長期の結界がある。
目の前に作られたのは後者のようだが、一見、氷に陣は施されていない、というより見えない部分にあるのだろう。おそらく、氷自体がモノと魔石、そして陣の役割を担っている。馬鹿げた魔力の使い方だが、不可能ではない。
これほどのものを、あっという間に、か。
異常とも言える規模の氷の魔術。何人も開くことが不可能な結界。どうにもゼスティーヴァでのことが脳裏を過る。
ジルニアは蒼刻を鞘に戻す。歯が立たないことは明らかであり、これ以上の攻撃は意味がない。
ナノンはボスの間の結界の解除と言っていたが、勇者達は他者を完全に排する必要などあったのだろうか。もし解除が叶えば、挑むはダンジョンのボスである。そのような強敵に対し、戦力をわざわざ削る理由は――
目的自体が偽り――ダンジョンの攻略ではなく、副団長のおっしゃっていた結界を研究し、利用するため?
分断させ、邪魔が入らぬようにしたい何かがある。まさか勇者が、などとは考えたくはないが、その可能性も考慮しなければならない。ジルニアは苦虫を噛み潰す。
それはつまり、ジルニアの今回の任務そのもの、ユーグスに関係してくるということだ。そして人目を避け、影のように存在を隠していた奴らが、このような強行手段に出るということは、成果がすでに手の届くところにある、と。
そこまで考え、任務先がミリオリアとなったもうひとつの理由に思い当たる。
「ドイラーバイルの核はどこに?」
「あちらに一緒に集めてありますけれど」
そう指し示した先には、地下からも集められた核がまとめられている。その中には紫の球体が見えた。
核はいいのか?
ジルニアは首を捻る。この氷の壁の向こう側にいる勇者達は、合流するか、トゥレーリオに戻ってこなければドイラーバイルの核は得られない。あるいは、別の入手ルートがあるかも調べなくてはならないのか。
氷の壁の結界には手も足も出せないまま思考を巡らせていると、地下から冒険者達が順々に引き上げてきた。そろそろ内部が動く時間らしく、帰るための身仕度を整えている。彼らは実のある成果にほくほくとした表情だ。氷の壁にはぎょっとしていたが、勇者様のすることだから、と特に問題視されず受け取られている。
「私は残ります。リアさんとお話しをしたいんです」
「はぁ、ナノン帰り分かんないだろ? 先に帰りな。あたいが出てくるまで待ってる。ちょっと話しておきたいしね」
地面の揺れを感じると、内部構造の変化が始まった。ボスの間と反対方向の壁がズレていき、帰路が現れる。
気にしつつも歩き出す冒険者の中、ザランが「出発するぞ」とジルニアに呼び掛けた。
「悪い、俺はしばらくここにいるよ。勇者さんに聞きたいことあるから」
「んなこと言ったってこれだそ? 戻ってからでいーじゃねーか。帰れなくなるぞ」
「気になるとしょうがない質でさ、帰り道は分かるから大丈夫だ」
「それならまぁ、いいけどよ。気を付けろよ」
肩を竦めたザランが歩き出す。
それを見送ると、突如背後から短い悲鳴が響き渡った。
ナノンが自分の長杖を握り締め、驚愕の表情で見つめていたのは、氷の壁。半透明の向こう側に見えたものは、白っぽい多足が蠢く、人の身ほどのムカデの腹だった。
それは壁に張り付き、巨大な顎で壁に牙を立てている。
一体だけでは強固な結界は到底破れまい。問題は、数を次第に増やしていることだ。氷の壁の向こう側に張り付くムカデ型のモンスターの数はやがて一面を覆うほどになった。
悲鳴を上げながら脱出口に走る冒険者達だったが、全員がその行動に移ったわけではなかった。
ナノンは「向こうには勇者様たちが!」と叫び、メルに止められている。
「エイラ! 何してんの、早く行くよ!」
赤髪の女性に呼び掛けられたエイラは、うっとりとした表情で微笑んでいた。この状況下でのその不自然な態度に、ジルニアは思わず目を見張る。
エイラが、ふわ、と軽く片手を上げると手の平から白い光が生まれた。
「!?」
見覚えのある光の矢は、氷の壁に向かって放たれ、千々に弾けた。ジルニアの剣ではほとんど傷付かなかったそれに、小さなヒビが入る。それを見て、さらに妖艶に笑った彼女は、次々と光の矢を撃ち込んだ。
詠唱もなく、魔術のように攻撃へと転化するそれは、展望台でジルニアが受けたものと同じ。人ではなかったあの少女と同じ、光の矢。
みるみるうちにヒビは大きくなり、そのヒビに集るように向こう側にいるムカデが質量を増す。
「やめろ!」
まずい、とジルニアは蒼刻を抜き、駆けた。
エイラはそれを視界にも留めず、軽く手を振ると、その指先の流れる軌跡が光の線を描き、鞭の如くジルニアに襲いかかった。
咄嗟に剣で弾き、結界を作るが間に合わず、防ぎ切れなかった攻撃が両腕に突き刺さる。
「エイラ!? あんた……!」
「仲間ごっこはおしまいよ、ライシン。まさかこんな地味なところで器を見つけるなんてね。ふふ、やっと解放されるわ。……さようなら」
その言葉と同時に、ヒビは地面から天井に駆け抜け、一瞬にして全てが砕けた。ガラスが割れる些細な音だけ残し、粒子が風に舞うように消える。
「逃げろぉ!!」
抑えていた結界が失われ、波のようにボスの間のモンスターが押し寄せてきた。すでにほとんどの冒険者はフロアから逃げ出しているが、出口は未だ繋がっている。道は定刻通りにしか動かないとなると、追い付かれるのも時間の問題だ。
防ぐ方法に思考を巡らせながら、ジルニアは目の前に来た一体に斬りかかった。
「なっ!?」
モンスターは後方へと飛ばされたが、弾いたような感触だった。まさか個体全てに攻撃が通らないというのか。心中が焦燥感で埋まり、目の前の光景に血の気が引く。
雷撃がジルニアの横を駆け抜け、モンスターの一体に直撃した。かと思えば明後日の方向に走っていく。
「効かない!?」
「駄目だ! ドイラーバイルと同じ結界だが、数に勝てない! 戦わず逃げろ!」
唖然とするナノンの腕を無理矢理引っ張って、メルが「ライシン! 早く!」と叫びながら走る。
視界の隅で、この絶体絶命の境地に追い込んだエイラの後ろ姿を捉えた。
彼女は悠然とモンスターの間を歩いている。まるで意識されていない。その人としてはあり得ない様子にジルニアは戦慄した。そして解放されたボスの間へと、振り返ることもなく姿を消す。
「なっ、結界が消えてる!?」
驚愕に目を見開き、色を失った魔石に事実を認識する。
氷の壁で誰も入れないようにしたのは勇者達だ。それを壊したのは、明らかにユーグスに関係するエイラ。
そしてボスの間の結界は解除されている。勇者達の姿はなく、先に進んだのであれば彼らが結界を解き、目的は攻略となる。
エイラが強引にも勇者達を追っていったのは、ユーグスにとって重要な何かを見つけたからだろう。器、と言っていた言葉が気になる。
わけが、分からない! だが、今は!
左から襲ってきたムカデのような顎肢を、咄嗟に腕で防いだ。肉を刺す痛みに奥歯を噛み、口内目がけて蒼刻を突き刺した。顎の力が弱まり、剣を突き刺したまま地面に叩き付けるとモンスターは動かなくなっていた。
「……っ、は、口の中なら、通るのか」
とはいえ、この数。囲まれたらお仕舞いだ。あるいは、口を開いた瞬間だけ解除されるのかもしれない。
後退させられているジルニアの背後からメルの声がかかった。
「あんたも早く!」
「先に行け! 足止めをする!」
「はあ!?」
「巻き込まれたくなかったら行け!!」
ジルニアは足を止め、自身を守るためのライズを展開。足踏みをしていたメルが、迫り来るモンスターを見て苦い表情で去っていくのを確認する。
モンスターの波に耐えうるだけの強固な結界を構築する時間はない。ならば、他の手で足止めを、彼らが逃げられるだけの時間を稼がなくてはならない。
幸いにも、地下に巨大な空間がある。
できる限り引き付けて、落とすしかない!
相当な力業になるが、他の手段を考える余裕はなかった。
ジルニアが知る、最大の破壊力を生み出す魔術。火と水を反発させ、閉じ込める。複数の属性で引き起こす爆撃の極大魔術。
ジルニアの少ない魔力では使用したことはなく威力も極大とは程遠くなるだろうが、組み立て方だけは知っている。魔力が尽きる可能性もある。だが、そうなったとしても体は動く。迷っている暇はなかった。
「グ・ヴェル・ナ・ローレ」
序説を唱え、銘を固定させる。媒体として蒼刻に魔術を展開する。柄を右手で握り、下に向けた剣の腹に左手を添えた。出し惜しみもなく、全身に巡る魔力を手元に流し、手順通りに構築していく。
モンスターがジルニアに群がるため、魔術展開と同時にライズ維持にも意識を割かなければならない。
自身を囲むように張り付く視界が薄茶色に塗り潰されていく。動きは決して速くはないものの、数匹が出口から冒険者達を追っていくのが見えた。
「――己の地が基点なり。我が爪と血、骨と息を報いに、湿す飛沫は圧す火焔に侵し、荒ぶ変遷の基となれ。狭め縛り、収縮せしめた纏いを我が手に万象を留むる。現ずるは刹那に。発するは一閃に。
かくして迸発の撃とし顕わさしめよ」
集中を少しでも途切れさせれば、どちらも保てない。焼き切れそうな思考と、全身の力が抜けていくような喪失感に、立ちくらみのような眩暈を覚える。
ずくん、と残らず引き出された魔力に歯を食い縛り、蒼刻を足元に叩き付けた。
「真との交わりをもって実と成れ……っ……ルアイズレスフレア!!」
空気が張り裂け、白い地面が爆砕する。凄まじい熱量が足元から噴出し、一面を襲った。
音が消え、光に支配された中で、ジルニアの体は浮き上がる。
いや、違う。
爆発は即座に収縮し、視界が戻った中見回せば暗闇に向かって落ちていることを把握する。
ジルニアは空中で身を回転させ、サイファを展開。だが魔力は底をついており、何も使えない。共に崩れ落ちる瓦礫を蹴る。駄目だ。多足を動かすモンスターに剣を振るい、その勢いを利用して、壁に蒼刻の刃を突き立てた。
削り落ちるもなんとか落下は止まった。
柄を握り締めている手が震えているのが分かる。全身に鉛を入れられたように重く感じる。その奥からじわじわと熱が生まれ、視界に微細な光が飛ぶ。この感覚は、以前どこかで――
「うぉ!?」
頭から肩にかけて殴られるような衝撃に襲われ、壁から剣が抜けた。頭上からモンスターが落ちてきたのだと分かり、眼前にあった顎を咄嗟に突くと刃は反対側に通り抜ける。刺さったままの刃を下に向け共に落ち、そしてすぐに地面に激突した。
「ぅ……痛ぇ」
モンスターを下敷きにしたお陰で致命傷はないが、身体中は痛い。
起き上がったところで、ぎちぎちと嫌な音が周囲から聞こえ、思わず息を止めた。
底は深く、自分の腕の先もはっきりは見えない暗さだ。それなのに、光のないはずの虚ろな瞳が大量に自分を捉えていることが分かった。
爆発で大多数のモンスターを葬ることはできた。だが、全てではない。ジルニアは軋む体を起こし、音の発生する方へと蒼刻を構えた。
*****
瞳には闇だけが映っている。見えない景色の中でも、緩慢な左右への揺れを感じて、歩き続けられていることに安心する。
覚束無い足取りで、どこに向かっているのかも分からず、ただ歩を進める。この歩みを止めてしまえば、自分自身の時も止まってしまうのではないかと強迫観念に駆られていた。目的地があったのか、同じ場所に留まらないようにしていたのか、元々の考えが思い出せなかった。思考に靄がかかってまとまらない。
左側はもう何も感じなくなっている。腕から先があるのかさえこの暗闇では分からず、確かめたところで意味のないことだ。顔にベタつく嫌悪感は、汗か、血か。引きずって上がらない足は何度も躓きそうになった。節々の神経から伝わる微弱な信号に、かろうじて自分の体を認識する。
痛みさえ感じなくなっているあたり、かなりまずい状態なのだろう。
ただ、頭の、体の奥底に燻る熱だけが、強くなってきている。
どこかが、壊れてしまったのかもしれないと思い、そしてふと、嗤う。
……ああ、違うか……全部、壊れているのか。
けれども、倒れるわけにはいかない。壊れていようと、どんなに鈍間だろうと、まだ動けるのだから。
何も見えない空間で、音だけを頼りに襲い来る全てを退けた。見えないからこその肉薄戦は、喰らいつこうとするやつらの頭部に思いの外通った。不幸中の幸いと言っていいものか微妙なところだが、生き残れたという点においてはそういうことにしておこう。
まあ、代わりに回避を犠牲にしたためこのような有り様になっているのだが。
この身がすでになく、魂としてさ迷っているのでもない限りは、早くこの場から出なければならない。
未だ聴覚だけがはっきりしている。それが唯一の延命手段だと体が理解している。回らない思考の代わりに、耳に音が入ると反射的に動くのだ。
頭上で響いたのは、カンッという小さい音。
今までとは異なるその音に、ジルニアは顔をあげる。
暗闇に見えた青い火花は幽かで、ジルニアの元に落ちてきているようだった。
聞いた話によると、彼岸の迎えは光の形で訪れるのだという。生死の淵を歩いていた自分に、ついに無常の風が吹いたというのか。
……――――やめろ……まだ……
光は消え、ジルニアを衝撃が駆け抜けた。
こうして本編37話で交わります。
リアの不始末は大体ジルニアさんに寄せられていました。さらには殺しかけるなんて酷い主人公です。笑
エイラはリアに認識されてません。入ったはずの彼女がいないのは、まあ消し炭に。
あとおまけを上げたら三章に入ります。
引き続き読んでいただけるとうれしいです。




