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バラバラ欠陥じゃーにー  作者: tomatoma
二章 上半身と光の勇者と目の上のたんこぶ
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とある騎士の過日譚2

 騎士庁舎の自室を片付け、ルーイにしばらく遠方での任務につくとだけ伝えて、荷物は最小限に王都を出立した。


 まず向かうはサライドの冒険者ギルドである。

 王都にもギルドはあったが、照会を頼むと出張所の規模がそれほど大きくなく、紙ベースで記録されている古い登録に関するものは本部があるサライドでないと対応できないという。

 ここ数年で登録者情報の管理方法を総入替えしたらしく、七年前のジルニアの登録はその入替え期前であるので、登録証の再発行はそちらでするしかないようだ。


 準備金を渡されているので、合わせて冒険者らしい中古装備を整え、トゥレーリオまでの乗合馬車の席もサライドでとればいいかと判断。

 王都とサライドは近く、夕刻にはたどり着いた、が。


「こんなのだったか?」


 呟いたジルニアの視界に入ってくるものは、色とりどりの横断幕に、大通りに並ぶ出店の多さ。

 サライドに足を運ぶ機会など何年もなく、記憶との微妙な相違に首を捻る。


「今夜は(つう)向けの前夜祭だよ。公式には明日からだ」


 足を止めて街の様子を眺めるジルニアに、出店の準備をしていた壮年の女性が教えてくれた。


 そう言えば、今は謳歌祭の時期だったかと納得した。

 酒好きのアコワーズが休みを合わせ、冒険者に紛れて幾度となく参加したという話を聞いた。彼の休日は大体どこかの祭りと合わさっている。今はまだディーテ村におり、おそらく謳歌祭までには間に合わないだろうから、土産話に軽く散策し、香ばしい屋台飯に舌鼓をうった。


 陽の沈む直前にギルドの門を叩く。重厚な質量のある扉は冒険者としての初めの試練のようだった。

 まばらな人を一瞥し、受付の職員がいるカウンターへと座る。


 切れ長の瞳を持つ褐色の肌の女性職員は、表情を崩すことなく「ご用件はなんでしょう」と聞く。どこか見覚えがある気がしたが、思い出せない。


「以前冒険者をしていたんだけど、また復帰したいんだ。登録証の再発行を頼むよ」


「お名前と当時のランク等をこちらの用紙に記入いただけますか。登録者蓄積盤(データベース)導入の五年より前であれば、手作業での検索と反映が必要ですから、復活の登録手続きまでに相応の時間が必要ですので考慮されてください」


 当然ではある。有効なものならまだしも、死亡扱いになっているものは手をつける必要性もそれほどなく、保存だけされているのだろう。

 であれば、再発行より新規登録をするほうが早いかもしれないと、ジルニアは用紙に昔の名前を書きながら尋ねた。


「ちなみに登録は重複しても?」


「原則、個人の登録証はお一人一つとなります。ですがそういった事例であれば、銅ランク以下の場合その数は膨大、かつブランクとしてワンランク下からの位置付けで再発行させていただきますので、登録証だけをお急ぎであれば再度鉄ランクから初めていただいてもよろしいですよ。新規登録は年に一度、登録者蓄積盤(データベース)導入前の情報との確認作業をしますので、重複があれば実績の引き継ぎはその際にいたします」


「なるほど。なら新規登録でいいかな。ランクは鉄でも構わないし」


 ここまで足を運んだものの、無駄に時間をかけるよりはいいだろうと、ジルニアは幾分か表情を明るくして書く手を止めた。


 記憶にある限り、受けたクエストは結構血生臭いものも多かった。正直なところ、実績の引き継ぎなどしてもらわなくていい。


 あまり思い出したくはないしな。


「ではこちらに」


 女性職員は書きかけの用紙の代わりに新規登録用紙を差し出そうとした。しかし、ジルニアの記入内容を見て止まり、視線を上げてじっとジルニアの顔を見つめた。


「……ジル・セイドさん。――――最年少で銀まで駆け上がった、(よい)疾風(はやて)、さん?」


 用紙に記入した養父に引き取られる前の名と、――――懐かしい二つ名で呼ばれ、ジルニアは身を固くした。当時は少し格好いいと思っていた。


「覚えてらっしゃらないかもしれないけれど、私貴方と何度も話したことがあるんですよ」


 言われて勢いよく顔を見ると、目の前に座る女性と当時の姿が被さり、ジルニアは「あ」と小さく声を漏らした。


 瞬く間に記憶が蘇る。見覚えがあるはずだ。彼女は、セリーナは、ジルニアの冒険者登録時からクエスト受注の度に何かと声をかけてきた女性職員だった。

 煩わしさに暴言を吐いたこともあった。今なら無謀と思える受注ばかりして心配されていたのだと理解できるが、未熟な精神は必死なことも相まって撥ねつけた態度ばかりだった。


「……お、お変わり、ないようで……」


 過去の痴態のせいでセリーナを直視できず、視線をさ迷わせながらそれだけ言葉を繋いだ。

 セリーナは口の両端を上げた。但し、笑ってはいない。


「ふふ、貴方は変わりましたね。あの無鉄砲な子供が随分と丸くなられたようで、全く分かりませんでしたよ。ランク昇級クエストから姿を消して何年経ったのでしょう……本当に、ご無事で何より…………それなら姿を見せてくれればいいものを」


「ぅ……申し訳ない」


 急激に下がった声音に圧倒されて、ジルニアは思わず謝ってしまう。そもそも親しいわけでもない彼女にその後の連絡をする必要もないのだが、そんなことは言えない空気だった。


「あら、謝ってほしいわけではないのよ? 真っ当に育った宵の疾風さんを見れて良かったと思っているわ。私も騙すような真似をしてしまったのだし、ご足労をかけたわね。けれど本人と確認できたわ、宵の疾風さんの登録証はすぐに再発行できるから安心して。決まりで銅ランクからにはなるけれど」


「……騙すような真似? それに七年前にもなると手続きに時間がかかるのでは?」


「銅ランク以下は探すのが大変なだけよ。銀だった宵の疾風さんの活躍は短期間で一部の人に知られているだけだから、他人騙りをしようとする輩には好都合な存在なの。それもあって、照会があった時は本部(ここ)に来てもらうようにしているわ。私なら知っているから」


「本人確認のためにサライドまで呼ばれたと?」


「ええ。今朝は王都からだったかしら? そちらでも時間はかかることは同じだけれど、再発行はできるわ」


 自分の知らないところで知られ、利用されかけていたとは思いもせずジルニアは驚いた。とはいえ、冒険者に戻るつもりはないので別段構わないことではあったのだが、気持ちのいいものではない。

 セリーナが何年も気にかけてくれていたことに申し訳ない気持ちもあり、ジルニアは改めて詫びを言おうとした。


「王都ねぇ……宵の疾風さんがそんなに近くにいたなんてね」


 だが先ほどからセリーナがしつこいくらいに強調するのは、ジルニアの黒歴史(二つ名)だ。痛々しい精神攻撃に胸が苦しくなってくる。


「……セリーナ、さん……それで呼ぶのはやめてもらいたいんだけど」


「黙れセリーナ、って言わないのかしら? 本当に本人?」


 ジルニアは片手で顔を覆った。


「俺が悪かったので、お願いします」


「あら、大人になったのね。……冗談はこれまでにして、手続きについて説明するわ。まずこの紙に記入してくれるかしら」


 ジルニアはやっと解放されたことに安堵した。


 それから一時ほど待ち、再発行された登録証を受け取る。

 三角形の半透明なプレートを建物内の明かりに照らして傾けると、何十にも重なった三角形の線が見えた。その線は所々途切れている。

 ジルニアはそれを不思議そうに眺めた。


「おもしろいでしょう? 貴方がいた頃はただの金属の板だったものね」


 刻み込まれている陣で個人を特定できるのだろう。騎士団にも似たような術具はあるので、一般にはまだ珍しいものだが、それほど驚くものではない。それよりも。


「……この素材……もしかして、核?」


「よく分かったわね。ギルドにはモンスターの核が集まるから有用な素材になるのよ。もちろん、瘴気は完全に除いているわ」


 瘴気は元となる物質がなければ、やがて霧散していくものである。塊である核を粉末状に砕くと、極小過ぎて核に留まり続けられない。瘴気が抜けたところで再結晶化させ、利用しているということだろう。

 通常では手に入らない素材と、二つとして存在しない緻密な陣。なるほどギルドにしかできない芸当だ。


「……よく考えられてる」


「偉そうね」


「え、いや、そうだ、トゥレーリオに向かおうと思ってるんだけど、定期馬車の席をとれるところを知らないか?」


 思わず呟いた独り言を聞き咎められ、慌てて話を変える。


「そうね、いくつかあるけれど、ちょうど先程そんな依頼が入ったのよね。まだ貼り出していないの……少し待っていて」


 そう言ってセリーナは一枚の依頼票を持ってきた。

 トゥレーリオに向かう馬車の護衛の依頼だった。


「出来る限り急ぎの出発希望だけれど、明日から謳歌祭だから受ける人はすぐには見つからないと思うの。道を選べばそう危険なモンスターが出ることもないし、貴方が受けてくれると助かるんだけれど?」


「ああ、構わないよ。こちらも助かる」


「そう。では早速依頼者に伝えるわ。出発は最短で明日の明朝、ええと、東第一門ね」


 詳細な受注内容を聞き、ジルニアは席を立つ。思わぬ再会があったが、運よく移動手段も得ることができた。次の予定を考えていると「ジルさん」と呼びかけられ、振り返る。


「また会えて良かったわ」


「……こちらこそ……ありがとう」


 面映ゆい感情に誤魔化すように頭を掻けば、セリーナは柔らかく微笑んでいた。




 ミリオリアは砂漠地帯に存在するダンジョンだ。

 砂漠ではより動きづらくなる鎧は避け、薄い胸当てと日差し避けのローブを購入した。どちらも、目立たぬよう中古品で揃える。衣服の中には鉱糸帷子も着用しているので、見た目だけのそれだ。


 宿を二軒ほど巡ってみたが、割高な個室以外は空きがなかった。街の外れにでも行けば泊まれるところはあるかもしれないが、特に休息も必要ないかと朝まで営業する酒場に足を運ぶことにした。


 ブロック状のレア肉に、見るからに味の濃い焦げ茶色のソースが絡んでいる。申し訳程度の付け合わせと千切るのに力のいる石のようなパンを前にして、ジルニアは懐かしさに頬がゆるむ。

 年季の入ったナイフは切れ味が悪い。大きく切り分け頬張ると、まずは柑橘系のソースが口内を満たし、次いで肉の旨味が溢れだしてくる。家で食べる繊細な料理も嫌いではないが、濃い味付けの大胆な料理の方がジルニアは好きだった。

 ペロリと平らげると、隣のテーブルで真っ赤になった冒険者然の男達の会話が耳に入る。


「いやぁ、本当だって。祭の後ぁ、俺も入るつもりだったんだって。だから俺が攻略の名誉を得るはずだったんだぜ?」


「ぎゃははは! 命拾いして良かったなぁ! ダンジョンが落ちてなきゃ名誉じゃなくて冥土に入ってたってことだろ!」


「おいぃ上手くもねぇし、信じてねぇな? 銅のあいつらが俺の足引っ張らなけりゃ俺はすぅぐ金だからな。てめぇらとは格が違うんだってこと分かってねぇよなぁ」


「そう言って何年経ったよ! そうだ、明日の開始の挨拶で攻略者が出てくるっつう話しだろ! 喧嘩売りに行けよ、強さ比べだ!」


 仲間内の提案で盛り上がる中、銀ランクらしい男が「ま、待て、そこはグラインドがいるだろ」と青くなって止めようとするも、喧騒の中に掻き消えていく。


「盛り上がってるところ悪い。開会式でゼスティーヴァの攻略者が出るって話し本当なのか?」


 突如話に割り込んだジルニアに、喧嘩を吹っ掛けさせようとしていた鎧の男は訝し気に睨んだ。だがそこに、話しを逸らせる機会に目をつけた銀ランクの男が代わりに答えてくれる。


「ああ。ギルドの知り合いからそう聞いたぜ」


「ギルドの? ……攻略者がどういう人物か知っているか?」


「ああ? 知らねぇよ。だから明日出るっつってんだろ」


 血が上りやすくなっているのか、喧嘩腰になった鎧の男が立ち上がろうとしたので、その男の肩に手を置き止めた。ジルニアはテーブルに金を置き「空気を悪くした」と言ってすぐに離れる。それ以上の情報収集は無理そうであり、こんなところで目立つつもりもない。

 酒がさらに飲めると騒ぐ仲間の中まだ言い募ろうとした鎧の男だったが、銀ランクの男に止められていた。


 ジルニアは店員や他の客にも声をかけてみたが、攻略者の情報は得られなかった。本当に開会式で当人が出るのならば、街として周知させているはずである。あまり信憑性のある情報ではないものの、一応ゼロを通して報告しておくことにする。




「おい! リッカ協会で火事があったらしいぞ! 人手がいるから来いってさ!」


 駆け込んできた冒険者の叫び声に、ジルニアは席を立つ。わらわらと酔いの少ない他の冒険者も何人か続いた。

 西の空を見上げると、黒い上空に、そこだけ赤い雲が揺らいでいる。

 こんな離れた場所からも確認できる規模の火事だった。


 ジルニアは多くの冒険者と共に駆け出し、建物の間に逸れるとサイファを使い屋根へと飛んだ。一直線にそのリッカ協会に向かった。


 だが突然、空の赤が霞のように消える。

 一瞬驚いたが、すぐに思い当たった。


 ……良かった。魔術師が近くにいたのか。


 あんな大規模火災を一瞬にして鎮静化させることは、魔術を使うしかあり得ない。謳歌祭で多くの冒険者が集まっているから、魔術を使える者達で協力して消したのだろう。


 教会に近付いたジルニアは地面に降り立ち、焦げ臭い道を走る。やがて、白と煤けた灰色が混ざった巨大な建物が見え、そして茫然と足を止めた。


「これは……」


 数日前に見たばかりの、全てを鎮めた氷の魔術。それが、再び目の前に広がっていた。

 吐く息が白く消え、冷気だけが空気を伝って流れてくる。教会を囲む真っ白な柵を境界として別世界を見ているようだった。時を止めたように生物も無機物も氷像と化した冷たい世界は絵画のようでさえある。

 だがそれは、すぐに壊された門によって踏み荒らされることになる。人々がなだれ込み、次々と火事の被害に遭っていた者達を助け出していった。


「すみません! これは、一体誰が!?」


「え、わ、分からんよ」


 ジルニアは近所の住民と思われる何人かに声をかけたが、誰も彼も首を振る。


「空に人影を見た人がいるって聞いたよ」


「誰に聞いたんです?」


「さあ……聞こえてきただけだ」


 人が増え、あたりはひしめき合ってきた。この中から目撃した人物を見つけ出すのは不可能に近い。住民への聴取は落ち着いてから行われるだろうと、ジルニアは肩を落とし諦めた。


 そしてすぐにきびすを返し教会の入口へと向かい、柵の内部で助けに入っている人々の間を縫い進む。重傷者はすでに運び出されているようだった。

 寝間着のまま佇む男性に近寄り、外へ出るよう促すと、ふとあるところに意識が向いた。

 ざわざわと騒がしい中で、そこだけはしんと静けさを保っている。僅かに扉が開いた、礼拝堂だ。


「そこは普段から開いているんですか?」


「いや、おかしいな。鍵は閉まっているはずなのに」


 ジルニアは男性に一人で歩けるか確認し、頷いたのを見て離れた。礼拝堂の前に行き、扉に手をかけた時、隙間から焦げ臭さと苦味のある風を感じた。


 中を覗くと暗闇に、燃えた痕の残る台座や椅子が見えた。すでに鎮火されており、人の気配などは全くない。

 扉を開けると、礼拝堂内部の小部屋に繋がるドアのひとつが焼け落ちていることに気づいた。

 ジルニアは注意しながら足を踏み入れ、小部屋に近付いていく。


「っ」


 その惨状に思わず顔をしかめる。

 黒い室内には、歪な焼け焦げた死体が転がっていた。

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