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バラバラ欠陥じゃーにー  作者: tomatoma
二章 上半身と光の勇者と目の上のたんこぶ
76/122

46.ここから始めます

「……全てが無駄とは言わない」


 それは慰めか。

 だがほんの少しだけ救われた気がした。


「それより、問題はリアの行動心理だ。お前は、究極的な場面では自らの身を省みないのだろう。そちらの方が俺にとっては無駄な行為だ」


 突然、トリムがなんだか変な分析をし始める。


「はい? 私そんなんじゃありませんけど。自分の方が大事です」


「ならば飛び出した時、死んでいたらどうするつもりだった」


「どうするって、死んだらどうしようもないじゃないですか……それは、それで、しょうがないかなって……」


 死にたくないのに、死んだらしょうがないと思う。相反するようでいて両立するこの想いは、その対象が違うからだ。

 他人より自分の身は大事だが、その身の代わりに大切な誰かが助かるというのなら、選択は迷わない。例えば親が子を守れるならばと。例えば命の恩人の助けになればと。

 それが全くの他人ならとんでもない美談になるだろうが、リアはそこまでお人好しではない。あの時は、恩人と、仲間のために動いただけである。

 確かに、多少自分の身を軽んじていたかもしれないが。


 トリムは眉間に皺を寄せ、見定めるように瞳を細めた。


「やはりな。そうであれば、今後はできる限り他者と関わるな」


 リアはぼんやりと顔を上げてトリムを見た。

 やはり、の結果が突然出てきて意味が分からない。


「……なんで?」


「リアは情が移りやすい性分なのだろう? 自身より他者の身を優先するのであれば問題がある。そうそう危険に晒されるわけにはいかないからな」


「はぁ? 私、そんな殊勝じゃないですよ。確かに目の前で人が死ぬのなんて嫌ですけど、でも天秤にかけられたら自分の命の方が大事です」


 何を言い出すかと思えば、勝手に聖人君子にされ、意味の分からない理論を繰り広げられた。

 戸惑い否定するも、トリムは首を振る。


「嘘をつくな。ゼスティーヴァの時からお前は、他者を庇おうとしていた」


「ボスの時のことですか? でもあれは、トリムさんの助けがなければできなかったのであって、さすがに自分だけじゃ何の意味も」


「その前の話しだ」


 その前?


 何のことを言っているのか分からないが、その前であれば他者など一人しかいない。


「なら、トリムさんだからじゃないですか」


「……理由になっていない」


「え? よく分からないんですが、私がいつ、誰を庇ったんですか?」


「……四十八階層の時に……俺を庇ったろう」


「グロイムの時? ならトリムさんだから、で間違いないじゃないですか」


 トリムは目を伏せ、呆れたように溜め息を吐いた。


「お前はやはり誰彼構わず助けようとするのだな。勇者というものだからなのか?」


「いや、トリムさんだからって言ってるじゃないですか。他の人は関係ないです」


「おかしなことを言うな」


 何がおかしいというのだろう。

 何故こうも信用してくれないのだろう。


「何をそんなに否定してるんです? 確かに私は弱いですけど、トリムさんを助けたいって気持ちはおかしくなんてないです」


「ああ、命楔の内容を勘違いしているのか。お前のすべきことは俺の足となり、体を集める協力をするだけだ。俺を助けようと行動する必要はない」


「違う……私がトリムさんの体を集めるのに協力してるのは、それだけが理由じゃないです! 信用してっ………もらえてなかったって分かりました……けど、私は少しでもトリムさんの助けになればって、ちっぽけな私でもできることをしたいって思ったんです!」


「それは契約に含まれていない。不要だ」


 ずくんと重く冷たいものが突き刺さった気がした。何もかも空回りして、切り捨てられて、このままなかったことにされるのか。

 思っていたよりも、ずっと、ずっと遠いところにいたんだとやっと理解した。そうして誰も信用せず、全てひとりで決めて、またもっと遠いところに行ってしまうのだろう。

 こんなに近くにいたのに、これからも一緒にいるのに、せっかく生きているのに――――まるで、リアを置いて離れて行ってしまった人達のようだ。


「なんでっ、なんでそんな形ばっかりに囚われるかなあ! そんなの関係ないし、感謝してるって言ったでしょ! 恨んでなんかいないのに! トリムさんには命を救われた! だから感謝してるし、ずっと一緒にいるから情なんてあって当然だし、生首だろうが好きなんですよ! 助けたいって思う理由なんて、それでいいでしょ!?」


 喉に感情が詰まって、言葉が掻き消えてしまいそうだった。けれどそうしたら、何も伝わらない気がして、苦しさに耐えて一息で吐き出した。


「…………何故」


「好きだからですよ! 私は! 命を懸けてもいいくらいにはっ、すっごく感謝してるんです!

 皆のところに行ってもいいかなって思ったけどっ、ひとりで、ひとりっきりで、自分で死ぬのはやっぱり怖くて、だから、ずっと生にしがみついて、嫌な感情ばっかり湧いてきて、つらくて、でも捨てられなくて…………けどトリムさんが救ってくれて、それから生きる理由をくれたんです。期間限定ですけど!」


 じわじわと視界がぼやけてくる。トリムがどんな表情をしているのかも分からない。瞬きを繰り返しても溢れ出る雫が邪魔で、見たいものが見えない悔しさにまた押し潰されそうだった。


「…………お前の思考は、理解できんな」


 しばらくして、トリムはそう呟いた。


「っ……なら、考えてくださいよ! ばか!!」


 これだけ思いの丈をぶつけても、伝わらない気持ちに怒りが沸いてきた。

 トリムはどこか人としての感情からかけ離れている気がしてならない。どれだけ叫べば認めてもらえるのだろう。否定されないのだろう。


「契約が果たされたとして、お前が死を選ぶわけでもないだろう? 生きる理由などなくても、人は生きる。それだけのこと」


「そりゃそうですよ! 死にたくないって言ってんでしょ! そうじゃなくて、私は、ひとりになった時、救ってくれたことを」


「感謝だとか、……好きだとか、意味のない感情を持ってどうするというのだ。それで信用しろとでも言うのか?」


 リアは折れそうになる心を、歯を食いしばって耐えた。

 トリムは自分で言うような、不要なものを切り捨てるだけの人間ではないはずなのだ。

 契約者だから、では収まらない命楔以上のものをリアは感じていた。信用はなくても、優しくはなくても、冷たい人ではない。絶対に。


「そうじゃ……ないってば…………じゃあなんでトリムさんは私を助けてくれるんですか!」


「リアが死ねば、俺も死ぬからだ」


「じゃあ、……じゃあ体を集めきって、全部終わって、私がモンスターに襲われてたらどうするんですか! 死にそうでも、見て見ぬふりするんですか!?」


 こんなこと聞きたくなかった。


 これでもし、何もないと言われたのなら――想像するだけで、心臓に氷の刃が突き立てられているような感覚に襲われる。


 そして、トリムは――――


「…………い、や……」


 言葉は続かなかった。


 だが、それだけでもいい。


「そういうのです! おんなじ気持ちを返して欲しいんじゃありません。メリットとか関係なく助けたいって思った、それだけなんです。たったそれだけの気持ちだから……否定、しないで……」


 一瞬でも自分のことで躊躇ってくれた。


 よく分からない悲しさと嬉しさとごちゃごちゃになった感情が渦巻いて、そして小さく萎んでいく。

 しとしと流れ出る涙のまま、相変わらずトリムの表情は見えず、感情は読み取れない。


 トリムはそれ以上何も語らず「そうか」とだけ呟いた。




 空の色が薄くなり、遠くで陽が存在を主張し始める。

 顔を上げると、ミリオリアの上に白い影が見えた。あれから長い時間が経っており、筐体を回収したアーサが戻ったのだろう。

 呼ばれないからなのか、珍しく空気を読んで降りてくる気配はない。


 リアは深く息を吐く。乾いた頬が少しひきつっている。


「トリムさんにとって、私はただの契約者なんですか?」


 思いのほか、落ち着いて聞くことができた。

 吐き出すだけ吐き出したリアは、意外にすっきりしていることに気付く。この際、はっきりさせても今ならダメージは少ないかななんて思った。


「ああ……そう、なのだろうとは思う、が……」


「思うが? 違うかもしれないってことですか?」


 濁した発言に僅かに気持ちが跳ねる。期待していいのだろうか。


「……さあ、分からんな」


 トリムはどうでもよさげに言う。

 肩透かしを食らうも、ここで諦めては意味がないと詰め寄った。


「なんでそこで諦めちゃうんですか! たとえば……そう! トリムさんにとっての私って、例えるなら何なんでしょうか!」


 しばらく静かな時間が流れる。

 待つ時間が増えるほどリアの期待が膨らんで、そして、トリムは考えた末に口を開いた。


「……面倒だな」


「面倒くさがらないで!」


 ように見えただけだった。

 リアは諦めず穴が開くほどその深紅の瞳見つめながら回答を待った。リアのしつこい視線に、やがてトリムは目蓋を閉じ、ぶっきらぼうに話し始めた。


「ああ……そうだな、例えるなら目の上のたんこぶのようだ。わずらわしくも、切り離せない。面倒さそのものだ」


 リアはがくんと項垂れる。求めているものとはだいぶ違う。違うが。

 下を向いたまま、ふふっと笑い声が漏れた。


「……何故笑う。泣いたり笑ったり感情の差が激しいなお前は」


「へへ、だって、それってトリムさんの体の一部ってことじゃないですか? トリムさんがめんどくさがりなのは今に始まったことじゃないので、まあそれでいいですよ、とりあえずは」


「意味が分かって言っているのか?」


 呆れたように言う。普通に考えて、悪感情の時に使われる例え。馬鹿にした表情も当然ではある。


「残念ながら分かってます。別に、まだまだ旅は続くんですから、そんなすぐに結果は求めないですよ。でもいずれはたんこぶから進化して、右腕と言わせてみせましょう」


 そうだ、終わりではないのだ。むしろ、誤魔化さず本音を話してくれたのだから、これがスタート地点とも言える。

 すれ違いの想いが今合わさった。それだけを今は受け入れよう。命楔の真実を教えてくれる程度の信頼は勝ち取ったと前向きに捉えて、腐らずにいよう。恩返しが終わるまではもう離れることもないのだから。


 リアの言葉に、トリムは僅かに口元を綻ばせ。


「はっ」


「……鼻で笑いましたね?」


 せっかくの前向きな気持ちをぶち壊された。

 いいや、腐らずにだ。


「左腕くらいならいけますか?」


「現実を見ろ」


「指でどうだ!」


「ふざけていないで、勇者を呼んでこい。次の目的地について話しておくことがある」


 リアは「ちぇー」と言いながら立ち上がり、アーサに手を振った。

 気付いたアーサは一度引っ込んで、大きな黒い箱を肩に担いで姿を見せる。

 重そうなそれは、ゼスティーヴァにあったものと同じだった。即ち、あれがトリムの心臓が入っている筐体ということ。

 どうするのかと見ていたら、アーサは軽くジャンプ。相当な高さだったので、見ているリアはひぇっとなったが、アーサは問題なく着地する。砂塵がぶわっと舞い、その中から歩み出てくる。

 何か魔術を使ったのか、アーサの体の構造が普通じゃないのか分からないまま、近付く勇者を絶句して見つめた。


「いっぱい絞られたみたいだね。大丈夫?」


 リアの泣いた後の顔を見て言っているのだろう。


「……わ、あ……はい、私は大丈夫です。ご迷惑をおかけしました」


「うん。もう変なことしなければいいよ」


「気を付けます」


 アーサはとびきりの笑顔をして、それっきりミリオリア内でのことは流してくれたようだった。リアも微笑み返す。寛大な心に救われているなあとしみじみ思う。


「私、アーサの勇者なところ好きです。色々優しくしてくれてありがとうございます」


「ううん、いいよ。でもごめんね、リアは僕の好みじゃないんだ」


「ちが、そこ違う! 愛の告白じゃない!」


 まさかの勘違いで振られてしまった。

 そんなつもりはなかったが、全く考える素振りすらなく美形に振られるのは地味にショックである。


「そうだった? まあいいや、それより僕はこの中身が早く見たいな」


「それよりって……いいけどさ。私もちょっと気になりますね。開けてもらっていいですか?」


 アーサが砂上に筐体を下ろした。黒い箱は青い彫りと魔石で封じられている。

 二人分の期待の視線を受けたトリムは、どこか呆れた溜め息を吐いて口を開く。


「面白いものなどないが……これも結界だ、俺よりリアの方が早い、開けろ」


「頼られてます? 右腕ですか? 左腕?」


「右腕でいいからさっさと開けろ」


「ふふん」


 だいぶ適当に流されたがいいとしよう。いずれは本心から右腕と言わせてみせるのだ。


 リアは筐体の前に座り込み、魔石に手のひらで触れる。何度も感じた何かが吸い込まれる感覚の後、それは色を失った。

 僅かに開いた蓋の隙間に両手を引っ掻けて、勢いよく持ち上げた。


 中には、首が無い人の上半身が横たわっていた。


 掴むように伸ばした左腕にもその先は無く、覗き込んだリアの目の前に腕の断面図が飛び込んできて、情けない悲鳴をあげたのだった。

 こんな長い話を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 以上で二章完結となります。

 拾いたかった伏線は回収できたと思うんですが、うっかり忘れていることに気付いたら台詞が増えたりするかもしれません。


 また、同様におまけ的な話も上げようと思ってます。

 騎士視点のはまとめて書いてまとめて投稿と考えてますので出来上がるまでにしばらくかかるかなと。おそらく3,4話くらいで、頑張ります。


 二章は長すぎたので、次はもっと短く書きたいな……

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