42.そうじゃないでしょ
「んで、いつ勇者様は来んの? 出るのは最後にはしてもらってるけど、あたいらもあんまり仲間から離れるわけにもいかないんだよね。ほら、こん中で治癒術使えるのナノンしかいないからさ」
そうだったのか、なるほど。なら都合が良い。
トゥレーリオには戻らないリアが何と切り出そうかと迷っていたところに、メルは自然にきっかけを作ってくれた。さすが気が利く姉御だ。
「それが、まだ時間かかると思うんですよね。えーと、アーサは実は方向音痴で、ちょっと迷ってるかもしんないんです。なので、先に戻っていてください」
そういうことにさせてもらう。このくらいの嘘には慣れたもんだ。
この茶番にメルは付き合ってくれるだろう、と思いきや。
「そ、それは大変です! すぐに探しに行きましょう!」
メルが口を開く前にナノンが動揺を見せた。
まあ大好きな勇者様の迷子とあっちゃあその動揺も頷ける。だがしかし、ナノンを理由として他のメンバーも撤退させたいので、一番残られたら困るのである。
「ナノンさんは大事な役割があるじゃないですか。大丈夫ですよ、アーサにはいざとなれば壁でも天井でも壊して直進するよう伝えてますから、そのうち出てきます」
「ですが、さすがに勇者さまでもダンジョンの壁を壊すなんてこと……ミリオリアの魔導壁は結界に似た構造を持っていますから、力業では弾き返されてしまうのですよ……」
「うん……?」
それをすでに看破した人がいるけど……。
リアはジルを見た。二人の視線が交錯し、そして先に目を逸らしたのは騎士の方だった。
勇者でも無理と思われるならば、銅ランクの冒険者では不可能だろう。今回は一応銅ランク以下の制限付き合同クエスト、騎士としてもランクを逸脱する力は隠していて欲しそうな感情が見受けられる。
ジルは通信術具で外の仲間から道筋のガイドを受けていたはずだ。ナノン達が知らないとなれば、やはり騎士関係の仲間が別におり、そこは追及されたくない部分なのだろう。
壁のことには触れないでおく、それに乗じてここは彼も共犯者となってもらいたい。
ちなみにジルは、リアのアーサに関する誤魔化しについて、分かっているだろうに敢えて本当のことを言わないでいてくれる。リアがパーティを心配させまいとしてついている嘘と捉えているのか、別の思惑があるのか定かではないが、隠し事はお互い様、ウィンウィンだ。
リアが一人残れる策を模索するチームを密かに結成。メルにはすでに話しているので、ジルを加えて三人犯。果たして阿吽の呼吸でいけるだろうか。
「とにかく、アーサなら可能です。もうミリオリアにはモンスターもいないわけですし、ナノンさんに足も治してもらいましたし、いざとなれば迎えに行きますから。あ、足ありがとうございました」
「いえ、そのくらいのこと何でもないです。……それより、モンスターはいないのですか?」
「はい、ボスがいなくなれば、もう……ダンジョンには……」
あれ、いなくなるっていうのは普通に知られていること?
ゼスティーヴァの脱出道中、トリムにそう聞いたからそう思ったが、そもそも臨む前は何と教わっただろうか。
ウン十年前、初のダンジョン攻略を果たした勇敢なる者は、ボスの間で外部に繋がる道を見つけたという。老齢の勇者は多くを語らず、また今その地は草原になっているとか。
十ウン年前、他国のダンジョン攻略を果たしたパーティは脱出装置を使い、その後ダンジョンは崩壊。その小国は内乱で多くの記録を失い、口伝から再び書き起こしたとか。如何せん他国、情報は得づらい。
ウン年前、何十年ぶりの攻略者を出した我が国は、威信をかけて調査隊を派遣。魔術研究に一歩抜きんでていたが同時に娯楽も発展中で、真実と脚色が入り混じった武勇伝が溢れた。憧れた冒険者の死亡者数が一時期増加したらしい。
数日前、多分まだ調査中。いやあれは攻略ではないな、破壊だ。
謎が多く解明できてない神秘の迷宮、それがダンジョン。まして攻略後の状態などそうそう知られているものではない。きちんと調べればどこかに記されてはいるかもしれないが、ナノンの反応から失言だった可能性が高い。
「と、とにかく、私達が出てくる時いなかったので、もういないはずです。となれば、砂漠のスコーピオンに気を付ければいいくらいなので問題はないです。待つのは私だけで十分なのでどうぞお先に」
「……ですが、それでも一人というのは心配です。やっぱり、私が」
「だからナノンはダメだって。んじゃあたいがついてるから皆は先帰りな?」
そうなるとメルを一人でトゥレーリオに帰すことになる。本人も分かってはいるだろうに、砂漠をひとりは行かせるのはさすがに危険だから却下である。
「メル姉は戻った方が良いよ。勇者さんと一緒に帰ってくればいいんだろ? オレが残るよ、話しも聞きたいし!」
リアが断る前に、コルオリカがキラキラさせてそう申し出る。もっとダメだろ。
と思えば、サディオスが核を持ったままうんうん頷きながら口を開き。
「なら父さんも」
「嫌だ」
「お前だけ残したなんてこと母さんに知られたら殺されるから嫌だ」
「嫌だ」
「嫌だ!!」
微笑ましいが今は遠慮してもらいたい。そろそろリア達以外のパーティが全て出発してしまう。時間はあまりない。
「もういいじゃない、一人で待つって言ってんだから。私達とは違ってお強いんだから大丈夫でしょ」
皮肉たっぷりだがリアにとっては助け船である。
ライシンはいつの間にかラクダの背に乗り、さっさと離れて行く。「またあとでねぇ」とイーナも手を振り続いていった。
「えー、とまあライシンさんの言う通りなので」
「ですが……」
「俺がリアちゃんと一緒に勇者さんを待つよ」
「は?」
ジルは穏やかな笑顔を向けてリアを見ている。とても嫌なものを感じた。
全然阿吽の呼吸は無理だった。
「……結構ですよ」
「君に聞きたいことと、勇者さんと話したいことがあるんだ。街に戻ってからでは落ち着いて話せないだろうからね」
「何も話すことはないと思いますけど」
「俺はある。あと君を一人にしていると色んな意味で心配なんだ」
ナノンがピンク杖を両手で握り締め、リアとジルとのやりとりを何故か固唾を飲んで見つめている。頬が僅かに紅潮していた。
やはり嫌な方の圧のある笑顔だった。ダンジョン内の自傷行為は必要に駆られて仕方なくと説明したはずで、心配されるようなことはもうするつもりもない。痛いのは嫌いなんだからね。
ジルはチームから脱退だ。
ジルが残っていては一番弁明……説明に困る。退いてもらうには、ダンジョンの壁を破壊したことをばらしちゃうぞと脅しをかけるしかない。
「心配していただいてありがとうございます。ですが、大人しく待っているだけですし、何も心配するようなことはありません。出口までの道順は、あなたが作った分かり易いものがありますから、アーサはすぐに出て来ると思います。考えてみれば、銅ランクの冒険者では壁は壊せないはずですもんね? さてジルさん、お話はトゥレーリオで落ち着いてからじゃ駄目ですか?」
ジルは顎に手をあててふむと考える素振りをする。そうだ、そのまま熟考して引いてくれ。
しかし大して動じた様子もなく。
「ああ、できるだけ早い方がいい。何だったら、俺がまた道を切り開いて行こうか。その方が早いかもしれないからね」
なんだと、バラしてもいいっていうのか……!?
前提が崩れてしまった。もはやウィンウィンなんてものじゃない、下手すれば。
「それよりも、俺は勇者さんが迷っていないか気になるね。リアちゃんは勇者さんに落ち合う場所を伝えられたのかな? ほら、ミリオリアの内部は分かり難いからね?」
「も、もちろん」
逆に牽制されたリアは辛うじてそれだけ答えた。
この騎士め、アーサとはぐれて取り乱した様子を見ているのに白々しい、とリアは奥歯をぎりっと噛む。上辺は引きつった笑みでそれを隠す。
「うん、そうだよね。ただ時間までは分からないってことだから、そんなところに一人きりで君を置いて行くわけにはいかない。トゥレーリオ出身じゃない俺が残った方がスムーズにいくと思わない?」
「……く」
主導権を握られかけて、焦ったリアはメルに視線で助けを求める。リアの意図を伝えており、空気を読むメルは、だがしかし「そ、じゃあよろしく」とあっさり受け入れた。
「なんで!? そうじゃないでしょ!」
「えぇ、なんか、野暮かなぁって」
「どこが!?」
メルはなんだかにやにやしている。
ダメだこのチームはもう解散だ。勝手に作ったチームではあるが。
「頑張ってくださいジルさん。手強くても諦めては駄目ですよ。押せ押せです」
「え? あ、ありがとう、うん」
ナノンに激励を受けたジルは困惑した表情で頷く。
「甘酸っぺえなぁ」
「何? なに、どゆこと?」
何かをしみじみと思い出すサディオスと最後まで疑問符を浮かべたコルオリカがラクダの列に加わった。
リアの訴えは生暖かい視線に殺され、何を喚こうがメルとナノンに宥められてしまう結果となった。
最終的に諦めるしかなかったリアは、疲れた表情で彼らに別れを告げる。
寂寥に染まる茜色は、一時のもので、すぐに穏やかな夜が訪れるのだろう。優しい人達だったと、それだけが残ればいい。




