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バラバラ欠陥じゃーにー  作者: tomatoma
二章 上半身と光の勇者と目の上のたんこぶ
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41.言えないことと言いたいことがあります

 叫び声に急いで集まったメル達は、初めはナノンを心配する表情だったが、崩れ落ちたジルと、壁際に寄りかかるリアを見て訳がわからない表情に変わる。

 ナノンの慌てふためきながらする説明に理解できなさそうだと判断したメルは、リアに「どうゆうこと?」と問いかける。その普通の態度に少し安心した。


「ええと、ナノンさんがボスの核に驚いてそれがジルさんの脇腹にヒットしました」


「……マジ?」


 頷くと、メルはジルのそばに落ちている核を見つけ、一瞬目を見開き、すぐに深く息を吐いた。


「ホントにできるなんてね…………で、勇者様は?」


 リアはナノンにしたものと同じ説明をする。


「そか。んじゃとりあえず外に出よか。ナノン、いい加減落ち着きなよ?」


「は、はい、取り乱してすみませ、あっ、申し訳ありませんジルさん! だっ、大丈夫ですか!?」


「……うん…………先、行ってて……」


 俯いたままそれだけ絞り出したジルはどう見ても大丈夫じゃない。普段聞かないような鈍い音だったし、骨とか内臓とかいったのではないかと思う。

 けれどナノンはまだテンパってるのかジルの申し出を潔く受け入れ、小走りに走っていってしまう。

 残されたリア達は無言で、微妙な空気が流れ始め、かと思えば杖を置いてきたのか手ぶらのナノンが駆け戻ってきた。


「失礼します!」


 と言ってリアを横抱きに抱えあげた。


「は、えぇ!?」


 細腕のどこにそんな力があるのか、軽々とリアを運び出す。同じくらいの背丈の美少女に抱えられる経験にどぎまぎしつつ身を固くする。動いたら落とされるかもという不安もあった。


 そして、あっさりとミリオリアから脱出を果たす。


 乾いたぬるい風が、ざらついた砂とともに肌を撫でる。茜色に染まった砂丘の先へと、黒い影が列を成して消えていく。

 人の集まりはほとんどなく、ナノン達以外のパーティは順番に出発待ちの状態だった。

 トゥレーリオに帰る彼らの最後に、ナノン達がいた。壁を作って勝手にパーティから抜けたリア達を待ち、そして現れたリアにすぐ気付いた。それは、戻ってくると信じて最後まで待ち続けてくれていたと容易に想像できる。


 ナノンは岩場にリアを降ろすと、布靴と包帯を取り外し、すぐに治癒を始めた。どこか不慣れな詠唱に癒され始めたリアの足は、僅かに痛みを伴ってゆっくりと皮膚を取り戻していく。その針の先でつつくような弱い刺激は、優しく責められている気がした。

 治癒が終わり、ふうと一息ついてナノンは笑顔を向ける。だがリアはそれにひきつった苦笑いを返す。ナノンの背後に待っていたとばかりに控えるパーティメンバーがいたからだ。


「さて、じゃあ話を聞こうか? 要点を分かり易くね?」


 代表してメルが黒い笑顔で尋問を始めた。

 答えられるものを用意しておらず、かつ説明自体も必要なのかがリアには判断つかない。

 脇腹を押さえたジルが背後につき、より下手なことは言えないが、黙っていてもこの時間から逃れる術はないわけで、やむなく。


「…………私達だけで十分だったので」


「はぁ゛ん!?」


 メルの後ろにいたライシンがその筋の人のような声を上げた。リアだけでなくコルオリカもその声にびくっと身を強張らす。イーナがライシンを肘で小突いた。

 腕を組んでいたメルが鼻から短く息を吐いた。


「足手まといだったっつうことね?」


「……端的に言えば」


 足手まとい代表のようなリアが言えることではないが、否定もできない。とても心苦しい内心を、表情に出さないように気を付けつつ肩を竦めた。こんなに自分を棚上げにした嘘は初めてだ。


「ん、分かった。誰も開けられなかった結界を解除して、ボスまで倒せる人にとっちゃあたいらの実力不足は当然だわ。あの多足モンスターたった二匹にも苦労したんだ、しょうがない」


 あっさりと納得したメル。続く言葉には、事実を受け入れているようで、自虐的な冷たい物言いだった。違うと言いたい、でも言えないリアは、心がズキンと痛むのを感じた。


「私たちを巻き込まないようにしてくれたんですよね?」


 そう言ったのはナノンだった。

 随分と好意的に受け取ったものだなとナノンを見やると、それを疑っていない微笑みをたたえていた。


「パーティとして助け合えないのは残念でしたけれど、力不足は認めなければなりませんもの。次に組む時には、背中を任せていただけるくらい強くなってみせますから大丈夫です!」


 リアは胸に突っかかる感情に言葉が紡げなかった。

 何故、こんな風に前向きに捉えられるのだろう。

 未熟な部分を認めて、変に意地を張ったりせず、純粋な向上心を持つ。


 自分もこう在りたかった、のかもしれない。どうかな。


 少しだけ眩しくて、そして、固い感情が少しだけ解された。

 

「……ナノンさんは、そのままでいいですよ」


「あっひどいです、できないって思ってませんか。見ていてください。私、絶対登り詰めてみせますから」


「そうですね、じゃあナノンさんにはボスの核をトゥレーリオまで持ってってもらいたいです。馴れない鉄ランクの私の代わりに、ギルド報告もです。金ランクを目指す人は核ごときには動じませんよね?」


 リアは試すようにそう言って、ジルが拾ってきてくれていた核を指差した。

 ナノンはうっと苦い顔をして「任せてください」と表情と真逆の頼もしい言葉を吐いた。ジルのそばへ行き、手を伸ばしては引っ込める。


「私は納得してないわ。あんたがボスを倒しただなんて信じられない。勇者様の手柄を横取りしたんじゃないの、そもそも勇者様となんで別行動なんかしてんのよ」


 眉間に皺の寄ったライシンをぼやっと見上げる。

 これまでならむかっ腹が立って言い返すところだが、どうにも実力を上回る嘘が蔓延していて、否定してくれるライシンに何故だかホッとしてしまった。


「何その表情、馬鹿にしてんの?」


 ライシンもそのままでいいなと思う達観した感情がリアの表情に滲み出してきていたかもしれない。


「まぁま、落ち着きなって。ライシンも地下のスパイルの山は見たじゃんか」


「そうだけど……倒すところは見てないわ」


「あの核の刺傷ねぇ、勇者さまの剣ではないと私は思うわぁ」


 目ざとく核の傷跡を見たイーナが応戦した。確かにとどめだけはリアの氷剣によるものだ。

 ライシンは苦虫を噛み潰したような顔で味方だと思っていたイーナを見て、それからふんと鼻を鳴らしてリアから離れた。困った子ねぇという声が聞こえそうな苦笑でイーナが後ろをついていく。


「リアさん!」


 とナノンが直接手の平で触れないように両袖を伸ばして、核を持ち上げてみせた。自慢げな笑顔にリアは無言でハンズアップした。横にコルオリカがいて、核に触る順番待ちをしているようだ。その横にサディオスもいる。


「いい子だろ? ナノンは」


 残ったメルの言葉に頷く。否定できる要素はないし、しようとももう思わない。


「たまにナノンの純粋さに胸焼けしちまうやつもいんだよね。世間すれしちゃった同性なんかが特に」


「…………」


 ナノンに苦手意識を持っていたのがバレていたのだろう。あからさまに態度に表したわけではないのに、メルにはお見通しだったようだ。


「それでも、ナノンはそんな空気読まないもんだから、あんだけ一所懸命にされるとその内ほだされてくるんだよなあ、これが」


「ははは……」


「ま、あたいは直接見てないからアレだけど、ナノンが怒ってないならリアも流しちゃってもいいと思うよ。責めるより受け入れちゃう子だから」


「…………はい」


 気まずい気持ちのままでいなくていいと言ってくれているのだろう。どこまでお見通しなんだ。

 リアはメルの横顔を見つめた。彼女もまた、優しい人だよなあと思う。

 信用のない余所者にも心を砕き、気が利いて、それとなくフォローもする。気の良い姉御肌のメルがいてくれたからこそ救われた場面は多々あった。


「ちなみにあたいはムカついてる。なんだそりゃって思ったね」


 そんな優しい人を怒らせていた。


「おぅ、思わぬ伏兵が……勝手な行動してすいません」


「ホントにね。実力に差があったとしても、せめて一言は欲しかったわ。結構仲良くやれたと思ってたんだけど、あたいの気のせいだったかな」


「……ごめんなさい」


 すごく心に突き刺さる。


「まー、いいさ、リアのおかげで懐はあったかい。サライドに行ったやつらを見返してやれるし、しばらくはうんと贅沢できるから、それで許してやんよ」


「ありがとうござ……ん? ここ私がお礼言うところですかね?」


 白い歯を見せてにひと笑う。

 メルはやっぱり優しい人だ。

 そんな明け透けな性格のメルから、これ以上失望されるくらいなら、巻き込んでしまおうか。信頼という狡い感情で一言を告げたら、共犯者になってくれるだろうか。いいや、多分なってくれる。


冒険者(うちら)の間では結構可愛がられてるけど、如何せん同じ年ごろの女の冒険者なんていないからね、次に旅に出るまでは仲良くしてくれると嬉しい。ナノンはあれでも苦労してんだよ」


 姉のような顔で笑うメルのそれには応えられない。

 リアは岩から腰を上げ、メルと同じ視線でじっと見つめた。


「メルさんにご相談があります」


「……この流れだとあんま聞きたくないな」


 空気を読む能力はピカイチである。


「それはそれで、しょうがないです」


「はあ、一言欲しいと言ったのはあたいだ。ただし、聞いてやるかは別な?」


 リアは頷き、メルだけに聞こえる声量で独り言のように話し始めた。


「ミリオリアの攻略は合同クエストを受けていた全員で達成したものです。私達だけじゃそもそもボスの間に辿り着くことも困難ですし、みんなで役割分担をしたから成せたんだと思います。だから、ダンジョン攻略の名誉と、それから報奨金の権利は、クエストを受けた人達みんなのものです。私は、トゥレーリオに立ち寄っただけの、ただの通りすがりでした。クエストも受けていません。それから……あとのことはお願いします」


「……どうして……攻略の名誉を……捨てるの?」


 いつも余裕があったメルの驚愕の表情がなんだか可笑しくて、リアは「言えないです」と少しだけ笑った。

 すぐに、メルは深く、長く息を吐いた。


「そっか、なんか訳ありだとは思ってたけど、攻略自体が目的だったってわけ…………あーそう、そう……残念だな。一緒には、来ないってことだろ? この後、トゥレーリオのすんごい旨い食事処で打ち上げの予定なんだよ。街に戻ってから、ちゃんと話してやってから旅立つのはダメなの?」


「食事はすんごく惹かれますが……ごめんなさい。できることなら私達がいたことも黙っててほしいくらいです」


「誰に? 犯罪の片棒を担がされてるわけじゃないよね」


「違いますよ。身の危険を感じるような、例えば権力的な圧力があれば無理強いはしません。ただ……これだけは内緒にしてくださいね? 実は私も勇者なんですよ」


 最後だけ、メルの耳元に手を添えて、こっそりと告げた。

 離れたメルは、目を丸くしてしばし無言でリアを見、突然笑い出した。


「あっ、信じてないです? あ、証もあるんですよ! 一応」


「うん、いーいー、そういうことでいいよ。あっはは、勇者がラクダ酔いねえ」


「ちょっ、しぃ! メルさんの心の中だけに留めておいてくださいっ」


「ああもちろん。光栄だ、あたいは勇者の片棒を担がせてもらえんだね」


「メルさん!!」


 爆笑するメルに気づいたナノンが駆け寄り、何でもないとなだめるも桃色の頬を膨らます。

 遠くから冷たい目で見つめるライシンと、舐めようとするラクダを必死で避けるイーナ。感激の表情で核を夕陽に掲げるサディオスと、触らせてくれない父親の腹を叩くコルオリカ。そのそばで脇腹に手を添えたままのジル。

 何か足りない違和感を覚えながら、リアはそれが分からないままでいた。

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