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バラバラ欠陥じゃーにー  作者: tomatoma
二章 上半身と光の勇者と目の上のたんこぶ
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40.合流を目指します

 中ボス部屋まで戻ると、大穴を避けて壁際に下ろされた。

 出口はダンジョンが動いたせいで閉じてしまっている。ボスを倒してしまったから、元の位置に戻ろうとしているとトリムが言っていたのを思い出した。


「と……閉じ込められた?」


「大丈夫だよ、少し下がって」


 ジルは目を瞑りながら長く息を吐く。

 何やら集中しているようなので、リアは邪魔にならならいようにけんけんして下がった。そういえば、この大きな穴を開けたモンスターの死骸はどこだろうと探していると、突如大きな音がして粉塵が舞った。


「な……?」


 ……見てなかった。


「ああ、今から脱出する。案内を頼む」


 人影が腕を振ると粉塵が上下に裂かれ、ジルが姿を現した。剣を鞘に戻しながら歩み寄ってくる。

 何かに話しかけていたようなのは、通信術具を持っているのだろう。まさか騎士の仲間か?


「さあ、行こうか」


 ジルの先の白壁には崩れたように穴が開いている。

 見ていなかったが、どう考えても、力技で脱出口を作ってしまったのだと分かる。


 なるほど……この下の大穴開けたのもこの人なのね。


 アーサのように、魔術と剣技との合わせ技なのだろう。何故こうもとんでも人間ばかり周囲に現れるのか。


 ジルがまたおんぶ待ちスタイルでしゃがむのを見て、「ちょっとだけ待ってください」と言ってリアは袖から隠しナイフを取り出す。

 勢いで買ったが今のところ使い道のなかった、親指サイズの専用ナイフである。それでも、柔らかいものなんかは簡単に切ってくれる。

 リアは左袖を捲り上げると、一瞬だけ躊躇い、ぐっと唇を噛んで腕を浅く切った。突き刺す痛みと同時に鮮血が滴り始める。

 ナイフを口にくわえ、右手の指で血を掬い上げて壁に矢印を描いた。

 こうすればリアが脱出した方角が分かるだろうと、足跡を止められた苦肉の策である。


「……なに、しているんだ」


「あ、すいません待たせて」


 静かな声で呼びかけられたので、リアは慌ててナイフを袖の裏に取り付けられた衣嚢に戻そうとする。

 しかし手首が掴まれた。見上げると、ジルは視線を壁の矢印から切れた腕に移し、最後にリアの目をじっと見つめた。


「あの……?」

「はぁー…………なんとなく分かるけど、どうして腕を切ったの」


 笑顔がないジルは少し怖い。掴まれた手首もびくともしない。


「わ、分かるように、残しておこうかと」


「それで、自分の血で描いたと」


 なんだか機嫌が悪そうな声音だ。


「まあ、そうですね。描けるものもないので、少しくらいの血なら大丈夫だと……だから別に好んで自傷行為をしているわけではなく、やむを得ずしているだけです、よ?」


 目を逸らしつつ言い訳にもならない言い訳をする。

 確かに、目の前で自分を傷つけている人がいれば気持ち悪いと思うだろう。次はもう少し隠してしようと密かに決めたら、握っていたナイフをジルに持っていかれた。


「そう、ならしょうがないね。次からは俺の血を使おう」


「……はっ!? 何言ってるんですか!?」


 感情の見えない表情から冗談でも何でもなさそうな予想外の返答を受けて驚いた。

 ジルはナイフの刃をパチンと折りたたみ、握り締めて口に弧を描く。口元は笑っているのに、目は笑っていない。総じて、笑っていないと見える。


「自分で傷付けたくはないけど、仲間には分かるようにしておきたいんだろ? リアちゃんがしたいことがあるなら叶えるし、したくないことは肩代わりするよ。命を救われたことに比べればこのくらいどうってことはない、何でも言って?」


「ちが……」


 命を救ったのはシスティアの魔術具であって、リアはむしろ殺しかけている。その事実につい否定しそうになって、口をつぐんだ。

 リアとしては、助けたという意識は全くなかったが、当人はそう感じてしまうのか。恩返しのつもりだったからジルはこんなにも親切なのかと少し納得した。


「違う?」


「いえ……そういうつもりで助けたわけじゃないので、そういうこと言わないでください。これは私が勝手にしてることですから……ジルさんは気にしないでもらえると……」


「うん、俺も勝手にしていることだ。気にしなくていい」


 リアは何も言えなくなってしまった。


 本気……?


 無言の時間が流れる。なあなあで濁せないかなと待ってみても、ジルはナイフを握ったまま動こうとしない。

 リアは諦めて溜め息をついた。


「……なら、いいです」


「そう。このナイフは預かっておくから必要な時は言ってくれるかな、代わりにするから。……腕、手当てしたら進もう」


 今度はちゃんと笑顔になって、あっさり引き下がった。

 リアは腕を手当てされながら、最悪、隠しナイフは反対袖にもう一本あるなどと考えていた。




 それからリアはおぶられて、意外なほどスムーズに脱出経路を進む。経路というか、道を作って進む。

 やはりジルは通信術具を持っていたようで、穴を開ける方向の指示を誰かから受けていた。誰なのかと問えば、トゥレーリオ冒険者の一人だと濁された。多分騎士系の仲間がいるな。

 帰り道は、行き道と同様、むしろモンスターがいないだけ、より単調な道のりであった。

 先程のことがあったせいで、ジルはリアから目を離してくれない。柔和な雰囲気は装いつつ、休憩中も監視しているぞと視線が物語っていた。隠そうとすらしないそれに、リアも下手なことはできず、ほとんどの時間背に乗せられたままだった。父親にもこんなにおぶられたことないのに。


 そして、何度か穴を開けたり、飛んだりを繰り返した頃。


「この先まっすぐ進めば外に出れるようだ」


 剣を鞘に戻しながらそう言われて、リアは慣れてきた背中に近寄るのをやめた。


「そうですか。ならここからは自分で歩きます。今までありがとうございました」


 トリム達がいるかもしれないから、できるだけジルからは離れておいた方がいい。

 リアにとっては今さら過ぎるが、トリム達と再会できた時に心証がだいぶ違う。要は馴れ合ってなんかいないアピールができればいいのだ。浮気する時ってこんな気持ちだろうか。


「あぁ、……勘違いされたら困るからね」


「ええ」


 手を差し出されたが遠慮し、壁際に片足で跳んで行く。ジルもすぐそばに歩み寄り、リアの遅いペースに合わせてくれている。もう先に行っても言いと伝えるも、やんわり拒否された。ここまで世話になっておいて、さすがに離れてくれとは言いづらかった。


 出口の光が見える距離まで来たようだった。外から漏れていたのはダンジョン内より濃い朱色。夕暮れ時か。


 いるかな。


 期待と不安がせめぎ合う。いてくれたら嬉しいが、悲しくもある。めんどくさい感情は自分の中だけにとどめておこう。


 人声が聞こえる。

 ざわざわと。

 人の気配がある。

 たくさん。


 たくさん?


 ミリオリアの巨大な入口の向こう側、赤い空と大地の背景に黒い影が姿を見せる。人と、人と、ラクダ。

 考えれば当然のことだが、先に脱出したトゥレーリオ冒険者達が野営地にたむろっていたのだった。


 ――なんてこった。


 ジルから皆は無事だろうと聞いて、それでリアの中では終わっていた。脱出したら、そら先に脱出した人達と出会う可能性は多大にある。


「つらい? 手を貸そうか」


 足を止めたリアの顔をジルが覗きこむ。

 足の裏はそこそこ痛いが、我慢できないほどじゃない。気を遣ってくれているところが違うんだ。

 特に何も聞かれていないが、ジルはどこまで知っているのだろう。リア(トリム)が氷の壁を作った場面は見ていないまでも、事情を聞いたりしたのではないだろうか。


 明確な敵対的行為をとったわけではない微妙さが、この場から逃げ出したりできない曖昧な態度をリアにとらせてしまう。

 敵視はされないと思う。ただ責められるのは確実。実際はリアがとった行為ではないのにそう見えてしまうので、ものすごく気まずい。つらい。確かめたいのに外に出たくない気持ちがリアに足踏みをさせる。


 そんなまごついている間に事態は進んだ。

 こちらから見えているので、むこうからも見えて当然であり、


「リアさん!!」


 可愛らしい声が広いダンジョン内に響いた。よりによって、最も気まずい相手だ。

 背後の夕焼けにシルエットだけが浮き、表情が見えないナノンが駆けてくる。暗い影に、相当怒っているようにも、ひどく傷付いているようにも見えて、なんとなく直視できない。前者の方がまだいいけれど。


 ジルが少し距離をとった。

 離れた気配に、視線を下げたままジルの足元をちらりと見る。そして自分のすぐ前にナノンと思われる爪先が見えた。靴もピンクだった。

 真正面に止まったので、顔を上げざるをえない。おそるおそるナノンを見ると、神妙な表情でじっと見つめられ、目を離せない。


「リアさんがご無事で良かったです。ジルさんも。…………勇者さまは……?」


 ナノンは不安そうにリアとジルを交互に見やる。


 ……いないのか。


 やはりというか、トゥレーリオ冒険者がたくさんいるところで待っているわけがなかった。

 ボスのいなくなったダンジョンで、トリムとアーサのペアならば何があっても負けることはないと思うが、無事を確認できないとなると僅かに不安が過る。


 多分探してくれているはず。なら、きっと後で会えるよね。


 そう奮い起たせてナノンに答えられる言葉を探した。


「アーサも無事です。ただちょっと……別行動中で、先に出てきました」


「そう……そうですか……良かった」


 ナノンはほうっと息を吐いた。見るからに安心したようだ。

 無事を確認できれば、次は――


「リアさん……怪我をされているんですか!?」


 責め立てる言葉を浴びせられると覚悟したら、突然大声をあげられて直上3センチほど浮き上がってしまった。驚きに胸を押さえ、しどろもどろに口を開く。


「えぁ、あぁまあ、た、大したことはないです。自業自得な怪我なので気にしないでください。そんなことより、あの」


「そんなことではありません! すぐに治癒しますから診せてください」


 ナノンはしゃがんでリアの足首を掴み、大きな黒目で見上げてくる。潤んだその瞳に、リアはうっと言葉に詰まった。


「あー、ナノンちゃん? ここでするのもなんだから、とりあえず外に出ようか」


「あっ、はい、そうですよね、ダンジョン内よりは治りやすいですもの。さっリアさん」


 ナノンは、見かねたジルの提案にハッとして、リアの足を放して立ち上がった。手を差し出して掴まるように、と態度で示す。


 リアは小振りな手のひらを見ながら怒っていないのかなあと不思議に思った。ぶっちゃけ逆の立場だったら、自分はあからさまに態度を悪くするだろう。

 けれど、ナノンは怪我をすぐに治そうとしてくれるし、彼女の表情に裏があるようには思えなかった。

 そうなると気まずいのはこちらばかりで、そう思っていることさえもなんだか申し訳ない気持ちだ。


 自分から蒸し返すのもあれだしなあ。


 とりあえず何か言われてからの対処にしようと、棚上げにしておいた。

 リアは手を取ろうとしたところで、ふと、ナノンの視線がリアの左腕に固定されていることに気付いた。ナノンはそのままギギギとリアに顔を向ける。


「こ、ここここれ、は?」


 何に狼狽しているのかと思えば、リアの腕に抱かれているボスの核だった。初見で気付かなかったのは、薄暗く、リアが兜と同じ感じで持っていたからかもしれない。


「核です」


「お、大きいです、ね」


「まあそうですね。ボスサイズにしては小さい気もしますが、普通のモンスターよりは全然大きいです」


 交代制の若いボスだったせいなのか、ゼスティーヴァのスライムボスの核に比べると随分と小さい。


「ボ、ボ、ボ……」


「……大丈夫ですか?」


 小声でボボボボ言っている。

 反応が鈍くなったナノンに対してどうすればいいか困っていると、ダンジョンの外から人影が入ってきた。あの姿はメルと、ライシン達だ。

 パーティを組んでいたのに勝手に単独行動をしたので、こちらもまた気まずい。ライシンから直接的に言われたら言い返せないぞ。


「あの、これはみんなの手柄ってことで褒賞金は山分けしましょうね?」


 リアは賄賂の気持ちからこっそりとナノンに核を渡そうとした。


 が、


「っ!? きゃあぁ!!」


 何故か混乱を極めたナノンによりフルスイングされたピンク杖は、富と名声をぶっ飛ばす。

 豪速球と化した核は、ジルの脇腹にめり込んだのだった。

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