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バラバラ欠陥じゃーにー  作者: tomatoma
二章 上半身と光の勇者と目の上のたんこぶ
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39.気付いてしまいました

 とりとめもない話をぽちぽちして歩き続け、やがてダンジョン内特有の淡い光が見えてきた。

 地下なのに一体どういうことだと近付けば、崩れた大穴が上に開いていた。中ボス部屋で何かがあったのは明白。リア達がボスと対峙している間にこちらでも巨大モンスターでも出たのかとジルに聞いてみた。

 ジルは困ったように無言で肩を竦めるだけだった。


 ……? まあいいか、倒したんだろうし。


 疑問に思いつつも、リア達以外の物音がしないことがそれを物語っているので、その件は置いておく。

 それはそうと、この上はボス部屋と隣接している中ボス部屋だ。ならば声が届くかもしれない。


「叫びますね」


「うん?」


「と……」


 間違えた。


「あぁーーさぁーー!!」


 反響した声が駆けのぼり、穴から飛び出し、再び戻ってくる。響く響く。

 最後の母音が消えるまでたっぷりの時間を要し、その後静かに待ってみるが何もアクションは見えない、聞こえない。声量が足りなかったかと、息を大きく吸うリアを耳を押さえていたジルが止めた。


「待って、どちらにせよ上らないと出口はないんだ。嫌なのは我慢して、一緒に上がろう?」


「え? ……べつに嫌ではないですよ」


 むしろ興味はある。


「そうなの? ……あー、なら、うん、どうぞ」


「…………」


 目の前で背を向けてしゃがむジルを見ながら、リアは興味と葛藤の狭間で悩む。しかし早く上がりたい気持ちはあるので、大人しく「失礼します」と言ってもたれかかった。

 その際うっかりジルの背中を、核でごりっと抉ってしまう。ジルは無言で悶えた末、何事もなかったかのようにすっと立ち上がり、先程見た魔術で風を生んだ。


「ふぉあ」


 飛び上がる感覚に高揚を感じつつ、不安定な体勢にぎゅっと掴まる。


 これはかなり楽しいかもしれない。


 加速と減速を何度か繰り返し、あっという間に上がってしまえた。

 こんな短時間なら気を張って断る必要もなかったなとつい現金に思う。だが辺りを見回し、即座に背から降りた。


「ありがとうございます」


「いいえ」


 黒扉の方を見ると、トリムが作ったはずの氷の壁が消え去っている。解除したのか、中ボス部屋の大穴と同様壊されたのか定かではないが跡形もない。

 そこらに散らばっている小型ムカデの死骸を越え、リアはボスの間へ向かう。

 黒扉に開けられた人ひとりが通れる入口から中を覗くと、下がっていったはずの床が元の位置に戻ってきている。

 そのまま入り、ボス部屋の奥へと視線を移す。


「っ」


 突然リアは走り始める。

 足の裏の怪我を気にできる心境ではなかった。痛みに耐えて全力疾走した。


「これが……リアちゃん!?」


 後ろから続いてきたと思われるジルの驚いた声が聞こえた。


 部屋は広く、端は遠い。

 遠いが、見えないわけがない。

 急いだところで見えるものは変わらないのに、焦燥感に駆られ、足を止めることができない。


「いう゛っ」


 足を覆う布がずれ、激痛が走る。

 最初のボスの横を過ぎる。早々に息が切れてきた。


「待って!」


 腕を掴まれ、無理矢理止められる。

 振り返ると、ジルが心配そうな表情で「無理をするのは良くない」と視線を下に落とした。

 点々と自分の赤い足跡があった。


「放して」


 ジルの瞳を正面から見据えて呟いた。声が震えているのは走ったから息が整わないだけだろう。多分そうだ。

 ジルは僅かに逡巡し視線を逸らすと、腕を掴む力を弱めた。

 腕をするりと抜き、リアは再び走り出す。

 真っ白の壁面は、白以外のものを判然と視界に映してくれる。遠くても分かる。そこにあるのは、二体目のボスと、壁に擦りついた血痕だけ。

 二人ともいない。そして、壁にあった黒い染みもない。


「――はぁっ、はぁっ、なんでっ」


 やがて端に辿り着いたリアは、倒れ込むように膝をついた。

 近くで見ればよりいっそう明確だ。四角い黒があったところは、元々が存在していなかったように、滑らかな白壁しかない。自分が触ったせいで消えてしまったのか分からないが、今はどうでも良かった。

 二人がいないということがリアにとって一番の問題だった。

 何か残されていないかと見回してみても、彼らの行動を想像できるようなものはない。


「どこいったの……?」


 項垂れたリアの口から消え入りそうな声が漏れた。


「はぐれた時のことを取り決めてたりは?」


 追い付いたジルが、気遣うように尋ねてくる。

 リアは俯いたまま首を振った。


「なら、外で待っているかもしれない。一度、野営地に戻ってみるというのも手だよ。その足で探し回るのは得策じゃない」


 外で落ち合えると?


 まさか。離れるなだの何もするなだの、弱いと思われているリアの評価がそんなに高いわけがない。もし先に脱出したというのなら、それは置いていったことになる。見捨てられたことになる。


 自分から離れたくせに。


 馬鹿なことをしてばかりだと、視界が滲んできた。

 あの瞬間の後悔はない。でなければもっと酷いことになっていたかもしれないからだ。

 問題はその後の行動。気まずさから少しでも逃れたいという気持ちが、下手な行動を起こし、彼らから呆れられる結果を招いた。


 素直に言えば良かった。


 地面に転がした役に立てたという証拠。こんなもの、自分の手だけにあってもしょうがないのに。

 赤く輝くそれをぼんやり見ながら、あの時の自分の行動を反芻する。何度もトリムは馬鹿な行動を止めてくれていたのに、それを無視したのは自分だ。


 思い出して、リアはふと違和感に顔を上げた。


「……あ」


 そして、それに気付く。

 ない。

 トリムの抑止を振り切って脱いだ、自分のブーツがない。


 別れる前と違うのは、二人がいないことと、黒の染みがないことと、自分のブーツがないことだけだ。誰かや何かが現れて荒らしていったような形跡はない。

 つまり、アーサがリアのブーツを持っていったということ。それは無論持ち主に履かせる以外に理由はなく、気遣う気持ちが読み取れる。


「なん、だ……」


 探しに行ってくれていると、そう分かった。


 馬鹿だなぁ。


 勝手に期待して、不安になって、安心して。

 馬鹿なことばかりする自分をあんなに守ろうとしてくれていたのに、何故そう思ったのだろう。

 どうして疑ったりしたのだろう。

 二人とも異常なくらい強くて、普通以下の自分が情けなくなったのか――いや、そんなことは初めから知っていた。できると、できるかもしれないと思うことを、自分の力を過信することもなく精一杯やっていただけだ。


 なら、何が原因だったのか。

 いつからだったのだろうか。

 出会ってから強さを知ったトリム。最初から強かったアーサ。

 強くなくても、できることをやろうと、役に立とうと思って、トリムから少しだけ認められて、少しだけ嬉しくて。

 色々とやらかしたけれど、彼の体を集めるために頑張ろうとしていて、心強い仲間が加わって、自分は要らないかもなんて――


 あ…………うわぁ。


 そこまで考えて、気付いてしまった。

 いつからだったのか、火種は何だったのか。


 なんて恥ずかしい、なんて烏滸がましい感情。

 役立たずになりたくなくて、比べられて要らないと言われたくなくて、勝手に張り合っていた。


 自分はアーサに、嫉妬していたのだ。


 リアは両手で顔を覆う。

 頼りまくっていたくせに、無意識に負けたくないと思っていたのか。あまりにも子供っぽい感情だ。

 恥ずかしすぎて思わず唸った。


「大丈夫?」


 優しい手が肩に触れかけ、離れた。

 落ち着いてきたリアは顔を上げて、ジルを見つめた。気付いてしまった感情は一旦押しやることにする。

 よく考えれば、この人自体はとても良くしてくれている。騎士かもしれないので詳しく話すことはできないが、態度はもう少し改めるべきではないのか。ジルの善良な人間性は、騎士だからといって否定するものではない。

 態度もまた、子供っぽ過ぎただろうか。

 リアは一回深呼吸をした。


「ごめんなさいジルさん、外に出ましょうか」


 自分が出たしるしを残して、うろちょろしないで、大人しく外で待っていよう。それがすれ違いもなく、マシな手だと思った。


「……無理してない?」


「はい。色々気を遣ってもらってありがとうございます」


 リアは立ち上がり、今までの分も含めて丁寧にお礼を言った。まだ神妙な顔をしていたジルに笑顔で「大丈夫です」と告げると、少しは納得してくれたのかジルも表情を和らげる。


「そう、じゃあまずは足の手当てをしようか」


「いえ、これはそのままでいいです」


 怪我を無視して走ったので、破けた皮膚から血の足跡が片足飛びに残っている。

 相当痛いが、これほど自分の行動を残せるものはないなと思う。トリム達がダンジョンの何処かでこれを見付ければ、リアが外に向かったというのが伝わるはずだ。

 きっと出口は同じだから、見つけてくれるはずなのだが。


「……いや駄目だよ。座って」


「……いやいやこのままがいいんです」


「駄目。座って」


「い」


「駄目」


 有無を言わせぬ笑顔に、リアはうっと詰まり、しぶしぶ腰を下ろした。駄目なのか。


 ジルは、血が滲んで汚れた、靴の代わりの布と、包帯を外して手早く手当てをしていく。血で張り付いた布も遠慮なく張り替え、その度に「ひっ」とか「うっ」とかリアは悲鳴を漏らした。


 その後一応核は拾い、歩き出そうとしたところ、ジルが「乗って」と背を見せてしゃがんだ。


「あの、大丈夫ですけど」


「救急具にも限りがあるから」


 それだけ言って動かない。

 また怪我をすると思われているようだった。

 やっぱり良い人だよなあと、態度を反省しつつ、好意にありがたく乗っかった。今度は核の持ち位置にちゃんと気を付けた。

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