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バラバラ欠陥じゃーにー  作者: tomatoma
二章 上半身と光の勇者と目の上のたんこぶ
65/122

35.動ける人が動くべきだと思ったのです

 尻もちをついたリアは、目の前に段差が生まれ、せり上がっていく様子をぽかんと見ていた。


「立て、このままでは落ちるぞ」


「へ」


 後ろを振り返ると入口の壁もせり上がっていた。ということは、自分が立ってた地面の方が下がっているのだ。見ると、入口の扉から壁ギリギリまで正方形状に、床だけが下がっていく。

 リアは立ち上がり、咄嗟に入口の方へと逃げかけたが、目的を全く果たせていないことに気付いた。後ろ髪引かれる思いでまだ低い段差を上り、ボスの間の奥の方へ、とりあえずはアーサの近くへと駆け寄る。


 アーサは光を纏った長剣を逆手に持ち換え、剣先を上に向けている。その先には天井に張り付いたままのムカデのようなボスだ。胴部の下の部分を狙い、投げた。

 異常な速さで投擲された長剣は、勢いを緩めることなくボスの胴部に迫り、だがまるで強い風が吹いたかのように逸れた。

 使い方を間違えたアーサの剣は、逸れたものの止まらず、天井へと斜めに突き刺さる。サクッと。


「あ」


 その結果にアーサは困惑した様子で近付いたリアを見、そしてトリムに視線をやる。


「……どうしよう」


「え、嘘でしょ」


 アーサの光の斬撃どころか剣撃もずらしてしまう結界はきっちり仕事をしているようで、降りてこないボスにお手上げの状態だ。武器を投げてしまったので本当に両手には何もない。

 しょうがないので短剣を貸してあげて、リアも天井を眺める。ボスから攻撃が落ちてくる気配はない。


 ミチミチ別れていたボスの体は、五割がた裂け終えていた。

 その自傷行為に一体何の意味があるのか。同時にこのミリオリアが動き出したが、それがこのボスの行為によるものなのか、定期変動なのか初めて来たリアには分からない。


「あぁ、これは……面倒だな」


 トリムの言葉に、アーサと目を合わせて首をかしげた。

 しかし、すぐに理由は分かった。


 始めは僅かな空気の震えだった。しだいに大きくなる振動はダンジョンの変動に伴うものとはまた違う音であり、リア達のいる広いフロアに響きわたる。よく耳をすますとキシキシという音の集合だと気付く。

 その音はあるところから響いてくるようだった。

 リアは音のする方を見た。そこはフロアの入口の手前、落ちていった地面の底からだった。


 探るように動く触角、虚ろな瞳に顎肢、続くのは節のある胴体と蠢く両対の多足。

 姿を見せた一体はまだ小さい。だがボスと同じ形状のボスより淡い色合いの害虫。

 少し柔らかそうな見た目のそれもなかなか気持ち悪い。


「ひえぇぇ」


 トリムの前にいつもの氷弾が生み出され、それが回転しながら細長く変化する。見るからに鋭さアップのようである。

 その先鋭氷弾は小型ムカデに命中した。だがその柔らかそうな見た目に反して貫かれることはなかった。

 突き刺さる刹那、トリムの力と小型ムカデの結界でつばぜり合いが繰り広げられた。最終的に力比べに負けた小型ムカデが弾かれて底へと落ちていく。


「うわー沢山いるなぁ」


「……相手にしている余裕はないな」


「上のは動かないし、先に行ってていいよ」


 アーサが短剣を上に放り投げると、天井に突き刺さっていた長剣に勢いよくぶち当たる。まず短剣が落ち、ズズッと刃が抜け長剣が落ちる。それを片手ずつキャッチしたアーサは、両手に剣を持ち、入口の手前にできた正方形の穴へと近付いて行く。


 キシキシ響く音からしても、今の虫が沢山いるのだろう。

 ボスより遥かに小さいとしても、能力的には近いものがあると簡単に想像できる。トリムの氷弾で貫けないほどの結界を持った大群が下に控えているのだ。


 それを一人で相手にするなんて、ただではすまない。みんなで逃げた方が現実的に思えるが、逃げれば機会を失うだろう。ボスへの扉は開いてしまったのだから。


 大群に臆することなく、己の剣技だけで挑もうとするアーサは、確かに勇者だった。

 だがアーサは勇猛と無謀を履き違えている。おそらく、何も考えていない。

 アーサもトリムほどの強さを持っているのは確実だ。ほとんどのモンスターは彼の敵にすらならないだろう。その経験からなのか、アーサは大体のことを力押ししているきらいがある。

 自信に基づく大胆さは必要だが、臆病さは時に命を救う。臆病さは、より生き抜ける方法を考える。

 それがアーサにはないのだ。


 最も弱いリアが不安視することではないのかもしれない。

 けれど、持久戦は必至。数は向こうが圧勝。ジリ貧は確実。


「ま……待って……」


 同時に、アーサの足を止めたところで、目の前に迫る危機に対して自分にできることがないことも分かっていた。その無力感から呼び止めたい声はかすれた。

 どっちつかずな役立たずだ。

 結局。


「……トリムさん……どうにかできませんか……?」


 ずるい言葉で縋るしかなかった。


「………………仕方ない、か……おい勇者!」


「ん、何」


 振り返ったアーサの向こう、下がった地面の先から触角や頭部がいくつも見えた時だった。

 痛いくらいに凍てついた魔力がリアを包み、全身が強張る。思わず目を瞑ってしまったが、それは一瞬にして消えた。

 瞼を開けた時に目の前に輝いていたのは、ついさっきと同じ、中ボス部屋を分断した火花だ。その先、穴の真上には正方形の薄氷も作り出される。さらに鋭い氷弾がリアの左右に並んだ。


「わ」


 アーサはすぐに読み取り、咄嗟に横に跳ぶ。


 氷弾は乗り越えてこようとする小型ムカデを、先程と同じように次々と底へ弾き落とす。それらが見える位置から消えたところで、薄氷が霧雪を降らし、穴で蠢くもの達の動きを奪う。次いで二つに弾けた火花が壁を滑り、光の軌跡で穴を囲うように枠を作ると、氷の壁を作り上げた。

 払い落として、動きを止め、蓋をして穴の下に封じ込めたのだ。

 息つく暇もなかった。


「お、おぉ、すごい……さすがです!」


 流れるような手腕に思わず手放しで褒めた。ちらりと最初からしてくれれば良いのにと思ったが、そんなことを言ったら怒られそうなので兜を撫でるだけに留めた。


「…………」


「……トリムさん?」


「ああ」


 調子の良いことを言ったので機嫌を悪くしたかなと様子をうかがってみれば、いつも通りの声音だったのでほっと胸をひとなでする。


「上の虫は何がしたいのか分からんが、先に進むぞ。それから勇者、お前はよりいっそうリアの暴挙に注意しておけ」


「うん、分かった」


「……なんで?」


 大人しくしているのに暴挙とは。


 天井のボスは自傷行為を続けている。もうすでに八割は千切れているのにやめない、というより死なないのはボスだからというべきか。


 リア達は遠いフロアの奥へと走り始めた。

 壁も天井も地面も真っ白で、粘液で汚れた床以降は特に何もいない。進んでいるのに進んでいないような同一景色。

 息が上がりかけたところで、奥側の壁に黒い染みがあることに気付く。四角いそれは、地面に接地し、そこだけ質感が異なり違和感しかない。いや、染みというより埋め込まれているような。

 そんなことを考えていると、背後で重い何かが落ちる音が聞こえた。

 上半身を捻ってチラ見すれば、二つになって落ちたボスがすでにこと切れていた。


「え、攻略完了?」


 アーサが足を止めた。表情が強張っている。


「……そういうことか。悪手だったか」


 苦々しく呟いたトリムの声が耳に入り、リアも走るのをやめてアーサと同じ方角を見た。

 ボスは微動だにせず、完全に死んでいると言っていいのに何故か不安を煽られる。まだ何も終わっていないと告げる空気は、その先からか。


 地響きのような鈍い音が響く。

 それは今は離れた入口近くから。

 それは地の底から。

 まるで、開けろ、とノックする音は、この宮殿の新たな主だった。

 下から勢いよく叩き割られた氷の蓋。その破片と共に、地下から這い上がってきていた小型ムカデがパラパラと舞う。

 悠々と姿を現したのは、先程のボスの倍近い大きさのムカデだった。まだ茶色の胴体は成熟していない様態で、薄い黄色の触角と多足はまだ動きが鈍い。

 ただ自分のすべきことは分かっているようで、こちらに向かってこようとする様子は迷いがない。


 情け深い宮殿などと名付けた人物にこれを見せてやりたい。

 迫ってきたものに情けなどありはしない。まぎれもなく、死を求めているのだ。


 小型ムカデは新たなボスに準じるものと、リア達が通った小さい入口から外へと出ようとするものと半々だ。ぎゅうぎゅうに詰まるそれを見ながら、トゥレーリオ冒険者(彼ら)はきっともう逃げているはずだと思い込んだ。


「ボスが()()であるうちに倒さなければ、候補から次のものが生まれるのだろう。次はそれの核を確実に潰さねばならん……くそ」


「……ごめん」


「無意味な謝罪など要らん。厄介なのは分かった。捕食時結界を部分的に解くことから見ても、腹は無防備だろう。紫の毒クモと同じだ。俺が裏返す。腹を裂け、いいな?」


「分かった」


「……リア、矢を」


「!? ほぁい!」


 急に参戦のお許しが出たので驚きと僅かな使命感に変な返事をしてしまった。

 それを隠すように素早くクロスボウを構え、ボスを狙う。この場合多分火石の矢でボスに向けてでいいだろうと思ってのことだが、トリムの否定もないのでそのまま矢を放った。

 矢はボスに到達する直前にフワッと勢いを止めた。結界に阻まれたのかと思えば、突然矢尻が割れる。矢尻から断たれた矢の胴体部分は僅かな慣性に従った後、落下した。

 そして何度も矢尻の中に入っていた火石が砕ける。チカチカと、以前見たときよりは随分小さいが圧し固められていく。


 同じだ。つい数日前に植え付けられたトラウマと同じことが起きる。


「端にでも寄っておけ」


 言葉を失って突っ立っていたリアに声がかかる。ハッと我に返り、慌てて壁際にしゃがみ耳を塞いだ。


 真っ黒に()()が終わった丸い火石の下を、新しいボスが通り過ぎていく。浮かぶ力を失って地面にコロンと落ちた球体はまるでただの小石のようだ。


 押し迫る巨体に、駆けるアーサの背。その先から襲う白い閃光。

 外壁のせいで何倍もに増幅された光は、リアの視界を真っ白に塗り潰した。


 一瞬だったのだろうと思うが、時間の感覚がいまいちはっきりしない。

 トリムが守ってくれたようで熱や爆風はない。手を両耳から離してもぼーっと膜が張ったような音しか聞こえなかったので、瞬きを繰り返し視界の確保だけでも努める。奪われた音と視界の中で、肌で感じたのは何かが近くに落ちたということ。

 自分の鼓動の音はやけに明瞭に聞こえる。

 落ちた何かは、白い壁と床を赤く汚したアーサだった。


「―――――」


 鼓膜に届かない悲鳴を叫び、半身を起こすアーサに駆け寄る。

 金髪を血で濡らし、顔の右側から胸あたりまでが抉られたように皮膚が歪だった。アーサは見える左目だけでリアを見ると痛みを堪えて僅かに笑顔を作った。だがすぐに苦痛に顔を歪め、リアの背後を睨む。

 長剣を支えに起き上がろうとするアーサの体を、傷口に触れないように支え、厳しい眼光の先をリアも見た。


 腹から割かれたそれは、壁の際に落ち、黒い断面の影から深紅の球体が顔を覗かせている。核が、ボスの心臓が、見えるところにあった。

 あるのに。

 なのに、死んでいない。

 蠢く多足は、地面に突き刺さり、同じ行為をしようとする。同じことを繰り返そうとする。即ち、負けた自分が死ぬ前に新たなボスを引き継ぐ行為。


 リアは全身が総毛立った。この状況で次だなんて、駄目だ。

 それをトリムも防ごうとしたのだろう、氷の剣がボスの周りを囲んで突き立っていた。結果は見るも明らかで、結界にずらされてボスは虫の息のまま自殺行為をしている。

 死にかけのボスの地面がゆっくりと落ち始める。


「―――れい――はリア―――――だ……—――――いが、―――――る」


 まだはっきりと聞こえない耳にトリムの声が入った。アーサがそれに目を伏せて頷く。


 ……もう、だめだよ。逃げようよ。


 その想いが音になったのかはリアには分からなかった。


 おそらく目前、ボスの向こう側に目的のものはある。どういう状態で入っているのかは不明だが、壁にある四角い黒い染みがトリムの心臓へと繋がっているのだろう。手の届く場所にあるのだから、無理をしてでも進みたいのは分かる。

 あと一歩だったのだ。

 けれど、アーサは傷だらけで、結界に攻撃は通らない。


 ――――結界?


 動けないアーサと、動かないボスと、動ける自分。

 気付くのが遅すぎる。いや、気付いていたとしても近寄ることなどできなかったのだから、むしろ気付いたのが今で良かったと言うべきなのか。

 認めたくない力は、使えない力ではないはずだ。

 時間はなく、迷いはなかった。


 リアは、(トリム)をアーサに押し付けて立ち上がった。迷いはなかったが、確証もなかったからだ。もし予想通りにいかなくても、役に立たない自分よりアーサといる方がいいだろうとあまり考えもせず結論付けていた。


「――――れ!」


 結界を解くには触れなければならない。接近戦なら短剣がいいと思い手を伸ばしたが、アーサに貸したままだったことを思い出し、もう少しだけ伸ばして腰の後ろから氷剣を抜いた。

 すでにボスは姿が見えぬほど正方形状に床は落ちていた。

 リアは飛び降りようと足に力を入れたが、片足が何かに固定され転びかける。見ると、靴裏に薄っすらと霜柱のような白が見える。

 その原因を作った方を振り返ると、アーサが片足立ちで何か叫んでいるようだ。何もするなと言われていたのに守っていないから、多分戻ってこい的なことを言っているんだと思う。

 そうは言っても仲間が瀕死の重傷を負っているのに、無傷の自分がのうのうと守られているのを許せない気持ちも理解してほしい。


 リアは地面に固定されたブーツを脱いで、飛び降りた。

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