32.迷走してます
作者も迷走してしまったせいで少し時間空いてしまいました。
扉の解除を丸投げされて戸惑いはしたが、とりあえずリアは説明することにする。黒扉の真ん中に埋め込まれている青黒い宝石をびしっと指差した。
「まずは、あの青く光ってるのに触ります」
「……ほう」
「すると、この扉の結界の動力源がなくなるので、ただの丈夫な扉になります」
「…………」
「あとはアーサに切ってもらったりすれば、入れます。ただ問題があります」
「……ああ」
「高くて届かないので、誰かに肩車でもしてもらわなければいけません」
「…………お前の問題はそこなのだな……実際見てみるしか理解する方法はないか。それが本当で、今までのことを含めると、やはりリアの体は人のそれではないのだろうな」
「……ん? 私が人じゃないって聞こえた気がしましたが?」
聞き捨てならない内容である。
確かに自分の体がちょっとだけ普通じゃないかもしれないとは薄々感じていた。しかし人云々で言うと自分より明らかに人っぽくない存在がいるではないか。
超絶トリムさんに言われたくないんだけど。
「ああ。体内の魔力の停滞しかり、結界を崩壊させる力しかり。災厄体質もかもしれん。まあそれは置いておくとして、これの解除には力を喰うから、リアが触れるだけで開けられるのならばこれほど楽なことはない。一先ず勇者を連れてこい」
置いておかれたことに解せない気持ちを抱きながらも、アーサを呼んでくることにする。
アーサとナノンが並ぶと美男美女が微笑ましく会話をしているようで、誰も振って振られての関係性だとは思わないだろう。いや、トゥレーリオの冒険者はみんな知ってるか。
近づくと二人の会話が聞こえてきた。
「うん、そうだよ。リアは仲間っていうのもあるけど、守れって言われてるから……えっと、リアの……保護者に」
「そ、そうなのですね。それを聞いて安心しました。ならば、今は特に決まったお相手はいらっしゃらないということですね」
「そうだけど……僕、君には応えられないって言ったよね?」
「大丈夫です! 五十年くらい、なんてことないですから!」
マジか。
一目惚れと聞いたが、五十年も待つとは本気も本気の意気込みだ。意外と直感を信じるタイプか。
お姫様抱っこの誤解はアーサが解いてくれたようだ。本人からラブの感情はないと否定してくれたおかげで、リアに気付いたナノンの笑顔から圧が消えていた。一安心である。
「お話し中すいません。アーサ、ちょっとあっちで私を持ち上げてもらっていいですか?」
「うんいいよ」
アーサの後ろから当然のようにナノンもついてきてしまった。しょうがないか、肩車をしてもらうだけだし。
兜は一旦アーサに預けて、リアの身長が倍になる。慣れない景色にびびり、金髪をわしっと掴んで心を落ち着けた。
そのまま右手だけ離し、腕を伸ばし、そして下ろす。
「…………ふむ。遠い」
いけると思ったのだが、扉の宝石には全然届かなかった。
「投げようか?」
「何を……私をですか!? やめて!」
仕方がないので、届く範囲で黒扉の紋様をなぞってみる。
ゼスティーヴァの時と変わらないただのつやピカな扉かと思っていたら、よーく見てみるとなんだか透明なガラスが間にあるように手のひらと黒扉に距離がある。
これが結界なの?
だが扉自体はただ固い感触を返してくるだけで特別何も感じない。
ゼスティーヴァの時と同じく、青黒い宝石に触れないことにはリアにはどうしようもないなと思う。こうなったらもうトリムに梯子でも作ってもらったほうが手っ取り早いのかもしれない。
「何をされるのですか?」
肩車のままアーサが振り返り、リアは大きな黒い瞳を見下ろした。
むしろ自分の上にナノンが乗れば届くのではないかなどと、二段肩車を提案してみようかと迷う。
「あの宝石に触ろうとしてます」
なら私も参戦しましょう、と申し出てくれることを期待。
だがリアの期待は掠めもせず、ナノンは目を丸くした。
「え……ふふ、リアさんてば面白いことをおっしゃるんですね。触れるのであれば、ミリオリアはすでに攻略者を出していると思いますよ。確かにとても綺麗ですけれど、あの魔石はこの結界陣の動力源ですもの」
「? はい、なので元を絶てば開けられると思ったんですが……」
「ええと、ですから、この結界陣を解除しないことには触れることすら叶いませんよ? 最も重要なものだからこそ、この陣は魔石を中心とした守護が敷かれているのです。皮を剥かないと実にたどり着けないのと一緒です」
ナノンは優しく教えてくれた。同年のはすが、幼い子に諭すような口振りに不安がぽつり。
魔術師の一般常識的なものに引っ掛かっているのでは、と。
これ以上食い下がると怪しまれそうな危険を感じたリアは、焦りを見せずに視線を逸らした。
「そういうものなんですね」
「そうだね、長く使う時はそう作るのが一般的だね。でないとすぐに切れちゃうから。それでもこんなに大きな魔石は見たことないけど」
そんな一般常識知らないからな……。
アーサも同意するので魔石には触ろうとしない方が良いと判断。
ついでに魔術師ということになっているリアは、下手なことを聞いて墓穴を掘らないようにしたい。
ではゼスティーヴァで無理やり開けた扉は何だったのか。
あまり考えたくはないが、トリムの言う通り自分の体がどこか普通じゃない可能性もなきにしもあらず。
なんかやだな。
しかしゼスティーヴァの方の扉の結界に不備があった可能性も捨てきれない。いや多分絶対そうだ。
黒く色が変わった石はリアのせいではないのかもしれない。ちょうどエネルギー切れのタイミングだったのかもしれない。そして、リアは本当に物理で開けただけなのかもしれない。
そうであってほしいという気持ちから、とりあえず物理で試してみることを思い付く。
「そうなると……アーサならその宝石……魔石でしたか、それを壊したりとかできるんじゃないですか?」
「どうだろう。やってみようか?」
アーサは長剣の柄を掴んだ。魔力のうねりが勇者の剣へと集結していく。それをひしひしと感じるのはリアがものすごく近くにいるからだ。要は肩車のままである。
このまま!? とリアは咄嗟にアーサのおでこに両手で掴まった。
だがそれを見たナノンは顔色を変えてアーサと黒扉の間に入ってきた。
「や、やめてください! 危険すぎます! 勇者さまの強大な魔力が加えられたらどれだけの破壊力が返ってくるか……!」
「アーサストップ! なんかまずいようです!」
ナノンのそのあまりにも危険な行為に、リアも慌ててアーサの頭をペシペシ叩いて止める。
すぐに柄から手を離したアーサを見て、ナノンは気が抜けたようにピンクの杖にもたれかかった。
「……びっくりしました」
「こっちの台詞ですよ。壊そうとしたらダメってことですか?」
「……はい、この結界陣が機能している内は強引な手段をとってはだめなのです。昔、十名以上もの魔術師が強力な共同魔術を使用した際はひどい有様になったそうです。おそらく加える魔術が一定量を越えた場合、倍増されて反射される陣も組み込まれているらしく……その威力に亡くなられた方もいたと。勇者さまの力はそれと同等、あるいはそれ以上と考えられます。どんな結果になるなど想像したくもありません」
なんだって。
「……あ、危ないところでしたね」
「本当に。開けるにはこの複雑な結界陣を丁寧に解除していくしか方法はないのですが……定期的に王都の高名な魔術師の方もいらっしゃいますが、未だ開けることは叶わない現状ではあります」
「そうですか……」
ならば、やはりトリムの出番でしかないようだ。
しかしそうなるとナノンの目があるのが心配だ。先程のリアの変な発言に怪しんでいるという懸念がある。
「あの、リアさんは攻略をされるつもりだとメルから聞きましたけれど、どのようにこの扉を開けようと考えてるのですか? 長くトゥレーリオにいる私たちには、とても難しいことだと思うのです」
「え、えーと、まあ、わ……私の魔術で……」
直球な質問にしどろもどろに答えてしまう。
「そうですか…………私にも見せていただけますか?」
あ、これは完全に疑われている。
トゥレーリオ仲間の半数以上が地下に下りて戦力の整っていない状況で、ボス部屋を開けてみてとお願いしてくるということは、ナノンも信じてはいないのだろう。
リアが素人のようなことばかり試そうとしていたので、ナノンの気持ちは十分理解できる。
ただどう回答すればいいのかが分からない。
「そうですね、とりあえず……降ろしてくださいアーサ」
「うん」
やっと不安定な高さから解放され、リアは思案する。
大至急トリムに相談せねばならないが、ナノンがいるので話しかけられない。まずは、遠ざけないと、だが、どうやって。
「……ナノンさんは雷属性が得意でしたよね。実は今から使うものとは相性が悪くて近くにいると危険かもしれないんです。少し、離れてもらえますか?」
「確かに得意としておりますが……相性、ですか? 今は何も魔術を使用しておりませんし、聞いたことも……。それに、勇者さまは大丈夫なのですか?」
ぐるぐるする頭の中でなんとか離れてもらう理由を無理やりこじつけた。結果、魔術師常識からかけ離れた理由になってしまったようだ。
ま、まずいぞ!
険しい表情のナノンをひきつった笑顔で見つめ返す。
「ええ、多少特異なものを使うので、万が一のことを考えてです。アーサは丈夫なので、大丈夫なのです。近くにいたほうが色々と都合の良い面もありまして」
リアはどきどきの内心が悟られないように自信満々に言い放った。疑われても急に方向性を変えることはできず、半ば自棄である。後のことは正直どうなるのか考えるのが怖い。むしろ適当すぎる話でトリムに怒られないかが怖い。
「…………分かりました。良ければ、後で詳しく教えてくださいね」
「はい、もちろんですよ」
自分で自分の首を絞める発言をしつつ自信のある表情をキープ。信用は全く勝ち取れなかったものの、しぶしぶナノンは離れてくれた。空気を読むいい子だ。
アーサから兜を受け取り、その場から動かないよう手で制す。くるりとターンし、アーサの影に隠れるような位置に立ち、黒扉にギリギリまで密着。そして。
「ど、ど、ど、どどどどうしたらいいですか!?」
「……なんだ、考えなしか」
こそこそと叫んで助けを求めると呆れた声が返ってきた。
「あ、あた、当たり前でしょうっ。どうしろと! めっちゃ疑われてますよ! この嘘八百どうしたら!?」
「あながち間違いではないから感心したが、偶々なのか。リアの言ったように流動する体内の魔力は頻繁に使う属性に偏ってくるからな。まあ微々たるものだから大概は無視しても問題ないが、この結界においては確かに避けた方が」
「いや解説とかいいんで対策を!」
「お前は………………ではな、扉を背にして腕を差し出せ」
「はいっ」
振り返って、パンチをするように右手を握ったままシュッと伸ばす。
興味深そうな笑顔のアーサとチラッと目が合う。
ナノンは遠く、何かを始めることを感じ取って他の冒険者からの視線も集まっている。
「手のひらを上に」
「はいっ」
開いたリアの手の上で、パチパチと白い火花が散った。
生まれては消えていくその様子を見ていると、少しだけ大きく二回続けて破裂し、そのふたつの火花だけは消えずに手の上に留まった。
微細な輝きに周囲を彩られながら、ふたつの火花はリアの手のひらの上で円を描き始める。
互いに追い付こうとくるくる回り、徐々に円を小さいものに変化させる。やがてふたつはひとつになった。
と、思えば、ひとつの火花はナノン目掛けて一直線に飛んでいく。
「ちょっ」
リアの言った通り離れた場所でこちらの様子をまじまじと見ていたナノンは、その突然放たれた魔術に反応できないでいた。
ぶつかる! とリアの全身が粟立った瞬間、火花はナノンの直前で急直下した。
「きゃっ」
咄嗟に避けようとしたナノンは後ろに尻餅をつく。
無事な様子に一安心するも、落ちた火花は地面にぶつかって元のふたつに割れてしまった。
互いから離れたその白い火花は、だがそれで終わることはなく、直線上をそれぞれ反対方向へ疾走、自身らの軌跡を光として残していく。
地面を猛烈な速度で走り、白壁にたどり着くと今度は壁を登り始める。スピードを緩めることもなく、天井に接地、それでも走り続けた。
直線上を離れていったはずのふたつは、限られた空間では結局再び出会うことになる。衝突した火花は当初生まれた時以上に激しく弾け、粉々になって降り注いだ。
それをナノンだけでなく、冒険者達、そしてリアまでも呆気にとられて見ていた。
散ってしまった彼らの軌跡は地面、壁、天井に残ったままである。
そして、ひと繋がりの光はより一層強く輝いた。
直視できないその光にその場にいた者達は目を細め、もしかすると地下に降りた者達にも届いたかもしれない。
強い光は静かに収束し、同時に視界を半透明な壁が埋め尽くしていった。
あっという間に作られていく氷の壁。
目の前の全てが閉じられる最後に、ナノンの驚いた顔があった。
そうしてボス部屋前の空間は分断されたのだった。




