30.少しは役に立ちたいんです
リアを囲んでいた輪が消え、矢になった光が、襲いかかる寸前のモンスター達を貫いた。
モンスターの体の中に消えた光は、形姿には何の変化も及ぼさなかったが、それらの動きを阻害したのは確かだった。
襲いかかった勢いのままモンスターは地面を滑る。自重を支える力を失った大蜘蛛は崩れ落ち、スコーピオンは壊れたおもちゃのようにぎこちない足踏みをしていた。
全方位攻撃型のトリムの魔術である。
確実に核を狙っていた今までのものとは違い、モンスターの数が多いからなのか、無差別に攻撃する散弾的魔術を使ったようだ。
凍らせず、無作為に中身のみ殺傷するような静かな攻撃なので、魔力の節約にもなるのだろう。だが効果はえげつない。
氷剣を構えていたリアは、死に間際のモンスターを見回した。
氷剣を作ってもらい、いざ戦おうとしたものの自分の出番がいまいち分からない。まだ動いている大蜘蛛に止めをさす役割だろうか。
比較的大きなモンスター達はトリムの魔術の餌食となったが、それを踏み越えて小さな大蜘蛛が姿を現した。
なるほどこっちね!
先程の光の輪はリアの腰回りを水平に囲んでいたので、つまり自分はそれに引っかからないミニサイズのモンスター担当というわけだ。
よし、と納得したリアは、視界の端に捉えた影に踏み込む。
ちょうど飛びかかってきた小型大蜘蛛を氷剣で突き刺そうとし。
「んっ?」
だが切先が届く前に小型大蜘蛛は吹き飛び、氷剣はスカッと空を刺す。
呆気にとられたまま地面に転がり落ちたターゲットを見ると、体の中心から流線型の氷が飛び出ており、それはぴくりともしない。また、その氷の弾丸は初撃で倒しきれていなかった周囲のモンスターにも突き刺さっていた。
「え?」
リアが視線を彷徨わせている間にも、怒涛の如く氷の弾丸が生み出され、最小限の砲撃で周囲のモンスターの息の根を止めていく。
氷の弾丸は言わずもがな、何度も見たトリムの攻撃である。
二段階構成の確実な駆逐。殲滅するという言葉が現実味を帯びてくる。
攻略に敵は少ない方が良い、当然だ。そうなんだけども、戦おうとしていたリアの立つ瀬なしである。
「あれぇ…………えーと、私の役割は何なんでしょう?」
「囮だ」
「……え?」
モンスターは暗闇からまだまだ出現し、他の屍を乗り越えてリアに迫ってくる。それらは何かを目指すように、美味しそうな匂いに誘われるように、次々と数を増やした。
穴から落ちたすぐはまだモンスターの影は少なかった。なのに突然これほど群がられる理由に、リアは容易に思い当たる。思えば、グロイムの時もそうだった。氷剣を手にした瞬間から、まるでホイホイ的に。
リアが持っているのはトリムの魔力の塊なのだ。そしてモンスターはより多くの魔力を求めてくるという話である。
散らばっているモンスターを一か所に集め、一網打尽にするための囮。
今度は三つの輪がリアを取り囲んだ。輪は同様に数多に分割され、光の矢となった。
膝と胸と頭上。三段の高さにあるその輪は、今度はリアが触れる前に放たれる。
「囮だ」
「聞こえなかったわけじゃないです!」
こうなればモンスターの大小関係なく、ここに集まる全てが攻撃範囲内である。
突き刺さる光の矢はモンスターの行動を制限し、動きが鈍れば数が多くても容易くとどめをさしていけるのだろう。
人の目がないからなのか、溜まった鬱憤を晴らしたいのか、周囲を気にしなければ、トリムはこんなにも手抜かりなく、過激だ。
モンスターが次々地に伏していく様子を見ながら、リアは手持ちぶさただった。
怯んだのは事実だ。だが任せきりにしようとは考えていなかった。強モンスターならいざ知らず、ミリオリアに住まうものはそれほど手こずることはない。
このまま佇んでいるだけではどこまでいってもただの足だ。いや、足手まといか。
それは嫌だった。アーサのように頼れる心強い存在とまではいかずとも、力を貸すことはできる。守られるだけの存在ではなく、共に戦える存在でありたいのだ。
それは、自分の感情を優先した子供じみたものだと気付かずに。
「私も戦います」
リアは片鋏が動かなくなったスコーピオンに向かって走る。
魔力の塊が近付いてきたことに気付いたスコーピオンは尾針を向けるが、リアは体を傾けて避ける。そして掴みかかってきた動く方の片鋏に氷剣を突き立てた。
凍った鋏から素早く剣を抜き、次にくるはずの攻撃を、スコーピオンの尾針を、視界に捉えた。
しかし、次、はいつまでもこなかった。
すでにスコーピオンはトリムの魔術により氷像となっていたからだ。
果たして、スコーピオンの片鋏が固まったのはリアが氷剣を突き立てたのが先か、トリムの氷の弾丸が貫いたのが先か。
「要らん」
目の前のスコーピオンを睨み付けながらリアは唸る。
「要らんて……少しくらいは役に立つかと!」
「……例えばだ、無選別に攻撃する行為と、微妙な強さの人物の力量に見合うモンスターを選別してそれ以外だけを仕留める行為、どちらが面倒かは明白だろう」
「微妙な強さの人物って私のことですか?」
「自覚はあるようだな」
「うぐぐ……お膳立てしてほしいというわけではなく、少しは、た、頼ってもいいですよ、という、だけなのです」
「俺に撃ち漏らせというのか?」
「そんなこと言ってないじゃないですか!」
役に立ちたいという気持ちは、随分と穿った意図で受けとられてしまう。
なんだかショックだった。それを隠すようにリアは叫んだ。
「変わらんだろ。俺がやることは変えない。戦いたければ勝手にしろ」
「勝手にします! 私の鮮やかな剣さばき、見せてやりますよ!」
半ば食いぎみに言い放って、リアは獲物を追い求める。
頑張った。目にもの見せてやろうと頑張った。
氷剣で切り込む。その前にモンスターは動きを止めていた。
氷剣を振るう。その前にモンスターは吹き飛んでいた。
氷剣を持って駆ける。その前にモンスターは息絶えていた。
あまりにも届かず、途中からはモンスターに触れようと躍起になっていることに気付き、ハッと我に返る。
剣さばきと言ってしまったものだから、なんとか氷剣を使おうと考えていたが、もはや無理だと諦めることにした。そもそもリーチが違うのだ。
クロスボウに武器を替え、トリムに倒されてないモンスターを探した。死屍累々の隙間をぬって動く影を見つける。
それほど大きくはないが、ピンピンしている活きの良い大蜘蛛だった。まだトリムの毒牙にはかかってはいない貴重なモンスター。
瞬時に狙いを定め一撃必殺。リアが放った矢は確実に核を貫き、勢いにひっくり返った大蜘蛛はぴくりと一度、脚を曲げただけで微動だにしなくなる。
「っしゃあ! 次!」
「終わったか」
「はい! やりましたよ! 次は……!」
「良い頃合いだ。戻れ」
「はい! …………どこに?」
「上に」
リアは周囲を見回した。
モンスターの屍が辺り一帯に散らばっている。
無言でクロスボウをしまい、氷剣を抜いて頭上に掲げてみた。みんな大好き魔力の塊だよ。
反応するものは、ない。
「終わり……?」
「ああ」
最後の一体だけを仕留めて、というよりは譲ってもらって、リアの空回り具合が甚だしい。
頑張ったのだ。頑張っただけで結果が伴わなかっただけだ。
「……喜んでしまった自分が恥ずかしい」
「何がだ? サーライトの剣はその鞘に入れておけば魔動もある程度は防げる。次に囮になる時にでも抜くといい」
リアのもやもやなどトリムは全く気にもかけていない。それがよりこっぱずかしさを際立たせる。
トリムが言うには氷剣になった魔剣の鞘は、この魔力の塊の撒き餌感を和らげてくれるという。だからサライドでこの短剣をリアに買わせたようだった。
「そんな時はないので、次に私が活躍する時に抜きます」
強がりを言いながら氷剣を鞘に入れた。内心出番はあまりなさそうだと思う。
「はぁ…………それより上に戻るって、この穴を私が登っていかないといけないってことですよね? こんな深いなら降りたくなかったなぁー」
見上げた先からは、四角い小さな光が漏れている。落ちたところは随分と遠い。
ミリオリアの外観よりも高いその位置に、このダンジョンには地下があったのかと騙された気持ちになった。ここが最底辺か、あるいはさらに下がないとも言い切れない。
もだもだしているとリアの目の前に氷のテーブルのようなものが作られた。トリムは何も言わないが、さっさと登れと主張している。
よじ登り、立ち上がると次のテーブルができていた。それを三回繰り返し、長い長い穴に入ると、次は壁にぐるりと階段が取り付けられていく。その氷の階段もひたすら登る。
行きと比べて帰りはとても地味でとてもとても体力を消耗する。息切れしつつ何度か休みつつ行くとやっとゴールが近づいてきた。叫び声や騒がしい音が穴から漏れてくる。
リアは首を傾げた。舞台裏の役者は相当数片付けたのに上にまだ残っているのかと。
と、穴から差し込む明かりが何かに遮られた。
何かは穴の上で動いているようだが、地上の明かりがほとんど入ってこないほど巨大なもののようだった。
「はぁ、ふぅ、なんか大きいのいますね」
「邪魔だな」
「はぁ、ですね、はぁ、モンスターですかね」
「リア、矢を撃て」
「はぁ、はい、ちょっと待ってください」
片膝をついたリアはクロスボウの矢をセットして、頭上に向けて放った。
的が大きいので命中するのは当然で、出るのに邪魔なので突き刺さったら退くだろうと、そんな考えだった。
真上に突き進む矢は冷気を纏い勢いを増す。細長いだけのただの矢だったはずが、歪な円錐形へと形を変え、やがて人の身ほどの大きさに成長した。
穴を塞ぐ巨大な何かに刺さる直前、抉るような回転が加わったかと思えば、一瞬の後に向こう側へと突き抜けていた。
抜けたところからダンジョン内の明かりが差し込み、丸い穴が見える。それは突き破ってできた穴だ。そのずっと先には矢だけが天井に突き刺さっていた。
小さい大蜘蛛という矛盾を抱えています。




