6.突破口を探します
「くぅっなんで!?」
ぎりりと歯を喰いしばり、見覚えのあるそれに小声で叫ぶ。
武器や防具が無事だった時でさえ、仲間と共に苦労してやっとのことで倒した中ボスの姿が、そこにあった。
二、三十頭の牛とか豚をミキサーにかけて片栗粉でまとめておいたような、巨大さとグロテスクさを持ち合わせたぷるんぷるんな中ボスは、故・魔術師の解析魔術によるとスライムに似たものらしい。グロテスクなスライムもどき、略してグロイムと密かにリアは名付けていた。スライムが変なものでも食べてあんな気色の悪い様態になってしまったのかは定かではないが、性質は同様に、原型はないし切り離しづらいし物理も魔術も効きづらいしの悪コンボだった。
打ち震えているリアをよそに、トリムはさも知った気に答える。
「復活したんだろう」
「ふ、ふ、ふ、復活!? ちょ、当然のことのように言われましても、私実は初ダンジョンなんで仕組みが謎なんですが!?」
「そこを知らずして何故ダンジョンへ挑んだ。阿呆か」
「おっしゃる通りでっ」
勉強不足を謝り、トリムにご教授願うと中ボスの復活はダンジョンの自己修復力によるものだという。なので中ボスだけではなく、ダンジョンのモンスターも復活していたらしい。
別種の個体差など見分けられるはずもなく、ダンジョン逆走の道程で遭遇したモンスターは上りの時には出会わなかったやつらだと思っていた。
「自己修復力って……なんか生き物みたいですね」
「ダンジョンは植物と動物がかけ合わさったモンスターのハイブリッド種とも言われている」
「ハイブリッド種」
「塔は大地から魔力を吸い上げ、中で死んだ攻略者もダンジョンの栄養となる。心臓とも言える要のボスを潰すまで、他は自己修復力の限り蘇り続けるぞ。確実なところで滅するには、攻略者だけでなく外のモンスターが瘴気に誘われて入って来れないよう結界を張り、周辺の大地の栄養が尽きるのを待てば、枯れる」
「枯れ…………。ちなみにどのくらいで?」
「さあ、確実なところは知らんが、このぐらい育つと五百年くらいじゃないか」
「そだ…………。長いっすね。なんだか、そう聞くとほんとただの生き物みたい。魔王へ豊穣を捧げてるっていうのも、ダンジョンが自分の首絞めてる感じですね。ノルマとかあるんでしょうか」
「魔王へ豊穣を捧げる? どういう意味だ?」
何の気なしに呟いた言葉に、今度はトリムが疑問の声を上げた。
「どう、いう? ……その吸い上げた栄養を魔王へ送ってんじゃないですか」
「ほう……どうやってだ? 距離もあるだろう」
ダンジョンの仕組みさえ知らなかったリアが、どうやってなどと具体的な方法を答えられるわけがない。だが、ダンジョンが魔王の影響下にあるものだというのは、周知されている伝聞だ。そこに食いつかれるとは思ってもみなかったリアは困惑する。
「え、……魔術的なアレで?」
「――ふむ」
トリムの思案声にもやもやと疑念が湧く。物知りっぽいトリムが知らないというのは、ただダンジョンに囚われ俗世から隔離されていたせいなのか、あるいは事実が違うところにあるのかが、リアには判別がつかない。
「えー…………うん、まあとりあえずはいいですかね」
想像に及ばない知識を知り、また色々と疑問に思う複雑な気持ちはあるが、今は棚上げにしておくことを決める。まずは眼前の難題に取り組むべきである。
「で、ここ通らないと下の通路に出れないですけど、意外と俊敏なんですよあのグロイム」
「グロイム? そういう名なのか」
「いえ、グロテスクなスライムもどき、略してグロイムです。まだ無事だった五人パーティでギリ倒せた超絶厄介なやつなので二人でいけるかどうか」
「二人、か」
「失礼、ほぼひとりでしたね」
戦闘力的にはトリムが、身体的にはリアが、といった具合にひとりだ。
苦戦を強いられる発言はしつつも、モンスターを瞬殺してきたトリムがいるため、リアはあまり心配していなかったりする。
ボスをたいしたことなさそうとの発言もあるし、きっと今まで通りすごい何かで片付けてくれるはずと漠然と期待。そんな余裕から軽口も軽快なリアだ。
非常口マークのポーズをとりながらトリムに尋ねる。
「どうしましょう、私行っちゃっていいんです? 多分襲いかかって来ますが、さっきの丸い結界があれば大丈夫ですかね? 戦わないに越したことないですもんね」
「待て」と言われ、取っ手に手をかけたまま待っていると溜息が聞こえてきた。
「お前は知識がないくせに慎重さが足りないし、どうにも無計画だな。あれはただの空気の膜だから、圧力が大きければ潰れる」
「えっ? 潰れるんですか……?」
結界術は魔術師の魔力量によって強度や持続時間が左右される。魔力のないリアもそのくらいは実体験でもって知っているが、如何せん魔術知識はあのパーティからしかないので実際細かいところなど詳しくはない。ちなみに故・魔術師にかけてもらってた結界はレンズのような前面防衛型だった。
ただの空気の膜という表現に、リアは結界ではないのかそれとも揶揄なのか考えていたが、トリムは無視して続ける。
「俺は気配を消せても、リアが気づかれずに行くのは到底無理だろうしな。ただ飛び出してもみろ、長時間の結界術は使えないから、あのグロイムとやらの攻撃方法如何では、腕の一本くらいは覚悟してもらうことになる」
「私の腕ってことです!? 冗談ですよね? 冗談ですよね!?」
「煩い。分かったなら無防備に飛び出すな。――……ふむ、確かにスライムと似てはいるが……流殻質で成り立っているのか、あの色は……微細な核、か……なるほど、厄介だな」
何やら分析を始めたようだったので、リアは素直に黙り、指一本も覚悟しなくていい計画でと心から願う。痛いのは嫌だ。
「以前はどうした?」
「んぇ、パーティの時ですか?」
以前、とは元パーティでグロイムを倒した方法のことだろう。弱点があるならば共有しておくに越したことはないと、リアは記憶を探る。
「えっと、火が一番有効だったんですが、それでも一気には燃えにくくて、サティ……魔術師が風魔術で動きを抑え続けて、勇者様と戦士が物理と魔術で細かくしてって、聖職者と私が燃やしたりアシストしたり。小さくなっても動き続けるし、結局核があったのかも分からなかったです。相当時間かかったので、聖職者の回復術がないと勝てなかったですね、あれは」
「そうなるか」
「原型ないところはスライムと同じで形を変えて逃れようとしますし、なんか触手みたいなのをぴゅって伸ばしてくるんですよ。刺突力やばくて、気が抜けなかったです。あとは強い魔術に反応を示すようだ、みたいなこと言ってて長い詠唱が必要な強い魔術は重点的に攻撃されるので、どうしても防御に力を割かないといけなかったと後から聞きました。私はひたすっら地道に作業してたのでよく分かりませんでしたが」
「純然たるダンジョンモンスターの行動原理だろうな。魔力は魔術になって初めてエネルギーを感じ取れるから、より多くの養分を求めて動いたに過ぎない。思考も何もない本能のままの攻撃だ。単純でこそあれだけの数になると、ひとつの形を保っている術は、おそらくあの流殻質が核同士の統率を」
「待ってください」と手を上げた。
「ん、何だ」
「あの、分かんないです」
「…………面倒だということだ」
「はい、ひじょーに」
トリムの説明はリアの耳を右から左に流れていった。そしてトリムの簡潔にまとめた一言は既に把握済みだ。
静かになったので、上からトリムの顔を覗き込んで見ると、何か考え中のようだ。グロイムは相変わらずフロアの中央に鎮座しているのでそれほど焦る必要もなく、きっと最適解を紐解いているのだろうと胸元の指令塔の意思決定を大人しく待つ。
でもなんだか思ってたのと違うなー。
魔力無尽蔵なトリムなら、グロイムなんて今までと同じようにどーんと倒すのだろうと勝手な期待を寄せていたリアになんとなく違和感が生まれる。
次々とモンスターを凍らせても疲れを見せなかったので、莫大な魔力を持ち、それで極大魔術なんかもほいほい使えるものかと思っていた。
体験談とトリム談が正しいのであれば、強い魔術を展開している間に長時間結界魔術が使えないリア達は速攻負けてしまう、ということなのだろうが。
ま、そう簡単にはいかないよね。頼り過ぎは良くない。うん。
グロイムの異臭に慣れてきた頃に指示が降りた。
「時間をかけるとリアの体力がもたないからな、短期決戦でいく」
「い、一般人よりはあると思うんです。頼るの前提なのもアレですけど、回復術とかかけてくれたら頑張りますよぉ」
「治癒術は不得手と言ったが、回復術は使ったことがない。試している間に死ぬかもしれん」
「なら結構ですぅ」
重傷だったリアを癒すほどの治癒術が使えるならば回復術も、と思った発言だったが、どうやらトリムの魔術は万能ではないらしい。
当然と言えば当然だよね。聖職者並みのあの治癒術があるなら上々。
親切な元パーティの面々は、休憩中にちょいちょいリアに魔術について教えてくれていた。
魔術師には自分の魔力と相性の良い属性があり、それを得意属性と言う。一般的には火、水、風、雷、光、音が多く、複数特異属性を持つ者も稀にいる。また、同様に自分の魔力を使うが、人体に影響を及ぼすもの――治癒や回復、あるいは麻痺や幻覚を得意とする者達は別に、聖職者や呪術師と呼ばれた。
トリムは氷の魔術を使っているし得意属性は水とかそこらへんかなとリアは思っている。
「それで、私は何をしたらいいんでしょう?」
「今までどおりだ。静かに、俺の言うとおりに走り回り、反対側の扉へ向かえ。その間にいくつか魔術を使い目晦ましをする。あと、リアの持っている火石を使わせてもらう」
大小不揃いな四個の火石を取り出したら、筒の中は空っぽだ。片手に乗るほどしかないそれでは、正直グロイムを燃やし尽くせるとは思えない。リアは不安そうに聞く。
「あんまり残ってないですけど、これで足ります?」
「ある分でするしかないだろうな。俺が言ったら高く投げろ」
リアは頷きつつも不思議に思う。違和感がはっきりとした疑問に変わる。
魔術に反応するというグロイム対策に、リアが走って逃げまわり、トリムの目晦まし魔術で時間を稼ぐというのは分かる。
トリムの得意属性が水系ならば、火が有効なグロイムに対して火石を使おうとするのは分かるが、ただ時間を稼いだ後は、今までの魔力使用量からみて大きいのを一発かませるのではないかと思ってしまう。
わざわざ少ない火石で小細工するより、まるごと凍らせてしまえないのだろうか。何か制約があるのだろうか。
「いまいちよく分かりません」
「何がだ? 静かに俺の指示どおりに走り回り、静かに火石を投げるだけだ。そう、静かにな」
「えらく、静かさを強調しますね。グロイムは音に敏感って言いましたっけ? ……もち、指示どおりに静かに動きますけど。いまいち分からないのはトリムさんの魔術についてですよ。極大魔術とか使えないんですか」
単純に抱いた疑問を口にしてみれば、トリムがあからさまに顔を顰めた。
「それは……馬鹿にしているのか」
リアは勢いよく首を振る。
「滅相もないです! 純粋な疑問です! さっきまでのスライムみたくまるまる凍らせることはできないのかなーなんて」
「まあ、分からなくもないが、ちっ、忌々しい」
「忌々しい!?」
小さく吐息をつくと、トリムはぶっきらぼうに一言だけ言った。
「今は使えない」
「首だけだからですか」
「そうだが……馬鹿にしているのか」
間髪入れずにレスポンスをしたら当たっていたらしく、軽く睨まれた。ちょいちょい生首をネタとしてしまうリアは、その気持ちがゼロではないことに少しだけ罪悪感を抱き、素直に「ごめんなさい」と謝ることにした。
大きく溜息を吐かれたが、素直に謝ると意外と許してくれる。
「俺は封じられていると言ったろう。魔術も同じだ。大したことはできん」
「そうなんですか? あんなにモンスター倒してきたのに?」
「効率的に使っているだけだ。モンスターは核に直接働きかければ些少な魔術でも効果は段違いだ。通常は核はひとつだが……グロイムはあの赤黒いもの全てが微細な核だ。ひとつひとつ満遍なく散らばっている。だから小さくなっても動き続けたのだろう」
「へー」
「ただの大きいスライムなら核を見極めれば容易いが、あれは物量で叩く他ない。つまり」
「つまり?」
「今の俺とは相性が悪い」
説明話でした。
次話、やっと主人公が活躍。