28.いざ、中ボス戦?
「当たりですね」
「当たりなの?」
「ええ、当たりです。この先に、あります」
アーサの質問に確信をもって答える。
白い空間に突如として自己主張する異質な扉。
光沢ある漆黒の巨大な扉は、幾何学なラインが幾重にも彫られ、緻密な模様を生み出している。その両開きの扉中央には、青黒く輝く、宝石のような球体。
ゼスティーヴァで見た、トリムと出会った場所の入口。
確信しかないね、こりゃ。
壁の一面を全て使ってしまっているので、サイズはこちらの方が遥かに大きいが、同じものであると言っていいだろう。
扉と、おそらく内部に結界の陣が敷かれ、扉中央にその魔力源となる石が嵌め込まれている。
何故か厳重にボス部屋が守られている状態。先の妄想でボスモンスターがダンジョンを造ったとするならば、引きこもりボスである。
今まで誰も開けることができなかったという最大の難関。
だがリアは知っている。つい結界の解除をしがちだが、結界陣は無視してもいいことを。
中央の石をどうにかすれば物理で開けられるのだ。かつてのものより巨大ではあるが、物理ならばとっても強い味方がいる。
次に問題になってくるのは、彼ら冒険者達からどう離脱するかだが。
「何が当たりなの?」
思わず口にしてしまった言葉を聞き付けてメルが尋ねてくる。
予想外に楽だったダンジョンの道のりに幾分か不安を抱いていたリアは、近くに誰もいないことを確認する前に、つい言葉を洩らしてしまっていたのだ。
「え、ええと、半日でボス部屋までたどり着けるなんて、この合同クエストは当たりだったなあと。私たちだけじゃこうはいかなかったですもん」
「ふふん、まあね。攻略法は私たちのひとつ上の世代が作ってくれた最も安全な順路だからね。それもまあここまでだけど。でもここまできたら、一番の稼ぎ場所だから私たちには十分だったんだ。……つっても今日は違うんだっけ。せっかくだからこのボス部屋にどう入るか、リアに見せてもらおうかな」
どうはぐらかそうとメルを見ると、彼女はウォーハンマーを構え、鎖分銅をぶんぶん振り回してにやにや笑っていた。
「ま、まずは調査からですよ?…………て、あの、それよりみなさん何でそんな臨戦態勢なんですか?」
「稼ぎ場所っつったろ、今からが唯一の難所だかんね。リアも準備しときな?」
メルはリアから視線を外し、ナノンに目配せすると、ナノンは分かっているという風に頷いた。
ちなみに唯一っていうのはみんな感じていたことのようだ。
「何か来るよ。大きいの。リアは僕の後ろに」
アーサが剣を抜き、リアを背に庇うように立った。大きいの専門でとお願いしたので、任せてしまってもいいかななんて考える。
ボス部屋の前に現れる大きな難所。
つまり今から中ボス戦らしい。
「上だ!」
誰かの叫び声に全員が頭上を見上げた。
天井の角がボコッと凹んだかと思えば、四角い穴が開く。重ねただけの積み木をひとつだけ抜き取るような変な穴の開きように、リアは眉をひそめたが、すぐにそれどころではなくなる。
壁に張り付き姿を見せたのは、砂漠で見たデザートスコーピオンと同サイズの、濃い紫色の蜘蛛。毛むくじゃらのそれは、たくさんの赤い目で冒険者達を捉える。
観察するように頭だけのぞかせ、全貌を現わそうとしない大蜘蛛は、人の腕のほどに太い鋏角をぎちぎちと鳴らした。
と、その時、「フィルフィラ」と聞こえ、うねる水撃が穴の向こうの巨体に直撃した。数少ない魔術師であるイーナが放ったようだった。
四対の歩脚をくしゃっと丸めた大蜘蛛は宙に落ち、そのまま地面に叩きつけられる――ことはなかった。
地面に着く直前に再び歩脚を広げ、その巨体にみ合わぬ静かな足音で地面に降り立った。濡れた体を煩わしそうに揺らし、足踏みをしてその場に留まっている。
「そっちも!」
「離れろ!」
同時に叫ぶ声に、横壁の二箇所に同じような四角い穴が開いた。
そこから這い出してきたのも大蜘蛛だ。しかも一体ずつではない。出てきた暗闇の奥にまだ影が見える。
天井の穴からも、先程のよりさらに大きい紫蜘蛛が無理やり体を穴から出す。
「どんだけ出て来るんですか」
「最初からこんなに多いのは珍しいわ。どうしたんだろ。まあ今回は人数があるから、なんとか対処できると思うけど」
「人数に合わせて出て来てるのでは?」
「なにそれ、ウケんね。どっかであたいらのこと観察してるとでも?」
「いやあ、そんな感じがするなってだけで」
思ったままの疑問をなんとなく口にしてみただけである。それにメルは一瞬考えるそぶりを見せた。
「ふーん……確かに、いつも臨む人数で勝てる数、あいつらが出てくる節はあるな。――あ、それよりこいつら毒持ってるから気ぃつけてね」
「おおぅマジっすか。どんな感じの?」
毒グモとは厄介だ。近付かず触れるな的な?
毒糸を吐いたり、鋏角でぶっさして毒を注入したりなんてことも考えられる。
水撃後に動こうとしない冒険者達を見る。皆、じりじりと距離をとって大蜘蛛と相対している。毒に注意して近付かないでいるのだろうか。だが何かを待っているようにも思えた。
「空中に漂う毛が知らんうち肌に刺さって痺れてくる」
「それ気をつけようなくないです!?」
特徴的な色で視認はできても、空中で舞うほどの細い毛まではさすがに全て防ぎようがない。
「そこでナノン達の出番さ。あたいらは大蜘蛛を暴れさせないで殺るの。なるたけ毛を舞わせないようにってね」
「っ……みなさん! 終わりました!」
その言葉の直後に、僅かな息苦しさとぬるま湯を浴びせられたような抵抗がリアをゆるやかに襲った。
不思議な感覚に目をしばたたかせているリアをよそに、冒険者達は各々武器を持ち、大蜘蛛との戦闘を始める。彼らはこの“終わった”という何かを待っていた。
メルも大蜘蛛に向かって行き、リアもクロスボウで狙いを定める。
「結界にも満たない劣化した守護膜だな」
「ほあ、あの空気の膜みたいな?」
「遠からずだ」
トリムのこっそり解説があった。
攻撃は防げないけど、毒毛は弾いてくれる膜を冒険者達は待っていたということだ。
ナノンは肩で息をしている。ダイルが守るように傍に立つ。ナノン含む三人の魔術師で、五十人近い冒険者に薄いながらも守護膜をかけたのだから、だいぶ無理をしたのだろう。
この魔術が使えるナノンだから、ライシンはこれを見越して魔力の使いすぎを気にかけていたのか。リアに言いがかりをつけた理由は……いや、それは違うなと思い直す。
「リアはここにいてね」
そう言うと素早くアーサが駆け、光の如く剣を振るう。軌跡が見えない後に残るのは両断された大蜘蛛で、切られたことに気づいていないように、半身になったそれぞれの脚が移動しようともがいた。
その死に際の動きに伴い紫の毒がチラチラと舞う。
あれが麻痺させる毒であるならば、何もない状態で戦うのは確かに恐ろしいものだった。
他の大蜘蛛に対しても数人がかりで臨み、安定した戦いを見せている。トゥレーリオの冒険者達にとってはここは攻略の場ではなく、強モンスターの核を手に入れるための稼ぐ場所なのだ。
リアが撃った火石の矢は穴から出かかった大蜘蛛の頭部を吹き飛ばし、ついでに近くにいた冒険者に爆風の余波を与えた。後ろに転ばされた彼らはすぐに起き上がり、原因であるリアを睨む。
「あ、ごめんなさい」
混戦状態のこの空間で指向性がないリアの火石の矢は不向きだったかもしれない。片足を地面について、片手で急いで普通の矢にセットしなおした。
すると、目の前の地面ががくんと抜けた。
大蜘蛛の出入り口である四角い穴だ。
「うそっ! 下からも!?」
リアは後ろに跳んでクロスボウを構えた。穴を挟んでアーサがおり、気づいた彼も慌てて走り寄ってくる。リアの側には誰もおらず、普通の矢に変えたばかりだ。タイミングが些か悪く一人では倒すことができない、などと考えていたのだが。
「……ん? 出てきませんね」
「下には多くいるようだ。ちょうどいい、入ってみろ」
「は?」
「入ってみろ。裏を見てみたい」
大量のモンスターが埋めく穴の先に飛び込めという指示が出された。
こんな真剣に戦っているところで好奇心を隠す様子もないトリム。苦い顔をしながらリアは穴を見つめる。
「……一般人が舞台裏をのぞきに行くなんてタブーですよ?」
「何を言っているんだ? いちいち現れるのに合わせ、敢えて後手に回らんでもいいだろう。元を殲滅すればそれだけ早く終わる。何より、この下は煩わしい“人の目”がないから、この鈍い奴らに付き合わないで済む」
……ああ、とても安全だったけど、その安全すぎる戦闘がトリムさんには不満だったわけですね?
トリムはリアの身の安全を気にかけてくれる。同時に、面倒事を非常に嫌う。
だから、どちらにも当てはまらないこのミリオリアの行程に口を出せない現状が歯痒かったのだろう。モンスターもトリムにとっては雑魚以外の何ものでもなく、安全で安心な怪我ひとつ負わないのんびりとした攻略。攻略、でさえない、作業だ。
モンスター狩りを生活の一部とする者達の目的と、リア達の目的が合うわけがなかったのだ。
リアは小さく息を吐き、意を決して足を踏み出す。
「アーサ、上は頼みました!」
「え……リア!?」
動じないアーサの、珍しく焦った声を頭上に聞きながら、リアは暗闇へと落ちた。
中ボスのちの字も出てこない。




