27.ここはダンジョンですか?
ミリオリアの内部は外観よりだいぶ手狭に感じた。それでも馬鹿っ広い空間に変わりはない。
薄暗い中は篝火のようなオレンジ色に照らされて視界は悪くない。白い壁から飛び出している半球が発光しているようで、雰囲気がある。ちなみに雰囲気とは、夕闇に墓地で背後から襲われそうなおどろおどろしい雰囲気である。
「なんか、思ってたより狭いですね。壁が厚いんでしょうか」
「動くからね」
アーサに話しかけたら、リアの言葉を拾ったメルが振返って答えてくれた。鎖分銅付きのウォーハンマーを肩に担いで、後ろ向きで歩くメルは鎖分銅をぶんぶん回していて非常に危ない。
「動く?」
「中が動くんだよ。足下見てみ」
メルの言葉に視線を落とすと、リアはちょうど切れ目を跨いだところだった。白い地面に指の幅ほどの切れ目が深く入っており、それを辿っていくと大きな円のようであった。
「ほお、ダンジョンの中が動くんですか」
「そーそ。これね」
指し示す声と同時に、ゴゴゴゴと地鳴りのように揺れたのが分かった。石をこするような揺れは、どこかで組み直されるものである。なるほど内部が動くダンジョンということだ。
おもしろいなーと思っていたら、メルが振り回していた鎖分銅を投げた。リアの背後でぐしゃっと潰れる音がする。振り返れば膝丈くらいの小さいスコーピオンの中心を分銅が叩き潰していた。
メルが核を回収しに行く向こう側に影が見えたので、リアはクロスボウを向けた。即席氷コーティング火矢は、前回の通りスコーピオンを爆散させて核を取りやすくしてくれる。
「あんがと」
「こちらこそー」
パーティの塊に戻ると、ナノンが嬉しそうにこちらを見ていた。
「やっぱり、砂漠で助けてくれたのは間違いではなかったのですね。ライシン、これで……ライシン! あの、聞いてます!?」
ふんと鼻を鳴らしてすたすた去って行くライシンをナノンが追いかけていく。
あの後、一応悪かったなと思ったので、ライシンにも顔をお披露目して「よろしぁーす」ときちんと挨拶をしたのに彼女は眉間に皺を寄せたままだった。だからリアも変なことは言わず大人しく無表情で見つめ返した。
他のパーティががやがやしている中、そこだけしーんとした空気に、溜息だけが三つほど聞こえた。
ほらやっぱり。顔見せたところで信用はしてもらえない。態度も妥協しているのに。
「リア、あんまり僕から離れちゃだめだよ。ダンジョンはとても危ないところだからね」
ダンジョン初心者のアーサが真剣な表情で言う。
そういえば、アーサには自分がゼスティーヴァに行ったことを言っていなかったなと気付く。この口振りからは、リアがラクダの上で寝落ちている時に話した様子はなさそうだ。
アーサは何でも答えてはくれるが、自分から何かを聞くことはそう多くなかった。
その基準は興味があるか否か。おそらくアーサが一番興味あるのはトリムのことで、リアはそんなでもないから聞かないのだろう。なんだそれ悲しいな。
「小さいのは対処できますので、アーサは大きいの専門でお願いしますね」
「うん、任せて!」
言ったそばから前方のパーティの近くに、大きな刺々しい風貌の蜘蛛型のモンスターが現れた。このダンジョンのモンスターは虫系なのだろうか。
任せてと言ったのに向かおうとしないアーサを訝し気に見ると、彼は後方から近寄る小型のスコーピオンに剣を抜いていた。
「いや、それ私がしますから、アーサはあの大きいのをお願いしますよ」
「え、リアから離れちゃうよ?」
「大丈夫ですので行ってください!」
「分かった!」
アーサを見送ってクロスボウを構えると、コルオリカがスコーピオンに剣を振りかぶっていた。
デビュー戦なら成長のために手は出さない方がいいかなと思い、リアは構えたまま様子を見ることにした。サディオスがコルオリカの後ろで固唾を飲んで控えていたからだ。
コルオリカの剣先は届かず、スコーピオンが尾針を突き刺そうとしてくる。コルオリカはそれに慌てず一度下がり、今度は縦に剣を振り下ろした。
片鋏と片脚を切り落とされたスコーピオンは動きがままならず、満を持してとどめを刺した。
サディオスは見るからに安堵して、息子の肩をばしばしと叩く。
「よぉーし、よくやったぞー、その調子だ!」
「うるさいなぁ、恥ずかしいからやめてよ」
リアがその様子を生暖かい目で見つめていたら、視線に気づいたコルオリカが顔を赤らめた。そっぽを向いてモンスターの核を取り出そうとしゃがんだが、それも初めてなのか四苦八苦している。
後方に成人男性サイズの大蜘蛛がのっそりと姿を見せ、サディオスが「よしきた」と大斧を担いで近付いて行く。ナノンとメルも次いで走って行った。
リアは短剣を抜き、未だ核を探しているコルオリカに助言をする。
「核はだいたい真ん中にあるのでここを先に剥いだ方が早いですよ、ほら」
スコーピオンの外殻を足と短剣でべりべりと剥ぎ、黒い身に切り込みを入れて、赤い歪な石を刃で削ぎ出す。
「……ありがと」
「ふふ、いーえ。頑張ってくださいね」
サディオス達が大蜘蛛を倒したのを確認し、リアは順列どおりに冒険者達の後に続いて行った。すると、駆け寄る足音が聞こえ、隣にコルオリカが並んだ。
「怖い人かと思ったけど、そうでもないんだね」
「え、私ですか? やだなあ、私は穏やかな人ですよ」
にこっと答えると何故か兜からコツンと一回、否の回答が来た。何だ、嘘など言っていない。
「ふーん、ライシンさんに言い返してたから、おっかないことするなと思ってたんだ。話したら普通だね」
「大人には意見の食い違いで対立せざるを得ない時があるんです。私は元々平和主義者なので、心苦しくは思っているんですよ」
しみじみと答えると兜から否の回答。喧嘩売っているのか。
「大人って、ぼ、オレと同じくらいじゃないの?」
「コルオくんは今年成人なんですよね? 私は君より二歳も年上です。お姉さんなので、メルさんみたくリアねえって呼んでもいいですよ」
「ナノンと同じじゃん。呼ばないよ」
そっぽを向くコルオリカに頬を緩めていると、非難する声音が投げかけられる。
「なぁーんか、あたいたちん時と態度違くない? つーか顔にやけてない?」
「メル姉」
ウォーハンマーで肩をトントン叩くメル姉と、ピンクの杖を両手で握ったナノンが責めるような視線を向ける。
「べ、別にいいじゃないですか。ちょうどコルオくんと同じ歳の弟がいるんで懐かしかっただけです」
「ふうん?」
「弟さんがいるんですね! どんな方なんですか?」
「わ、たーいへーん、モンスターが出たー」
「ちょっと待ってください、私達のパーティからは遠い……待って、リアさん!?」
順調にモンスターの核を集めながら進んでいくと、行き止まりがあり冒険者達は足を止めていた。
先に着いていた冒険者は腰を落としたり水を飲んだりして休憩をとっている。
外観から想像される広さの何十分の一程度の狭さにリアは首を捻った。
「おわり?」
「次の動きまで時間があるからね、休んどくといいよ」
リアを後ろから抜き、メルが地面に胡坐をかいて座った。
行き止まり付近に立っている冒険者達が、地図のようなものと、時間を刻む魔術具を両手に持ち話し合っている。どうやらダンジョンが動くのを待っているようであった。
何度もミリオリアには訪れているトゥレーリオの冒険者達は、その動きの規則性も把握しているのだ。
モンスターも確かにそれほど多くも強くもなく、知っていれば迷うこともないこのダンジョンは、確かに他のものと比べて情け深いのだろう。
疲れてはいないが大人しく休憩をとっていると、ナノンがじわじわ近付いてきたので、リアははぐらかし逃げ回る。アーサを盾にすれば、だいたいそこで止まってくれるので、ほとんどアーサの後ろに待機していた。
そんな気を抜いた時間を過ごしていると、やがてその時はやってきた。
入口付近で感じた振動が今度はすぐ近く、真下からの揺れがせり上がってくる。
というか、自分達がいる地面がせり上がっている。このままでは天井にはさまれて潰されるのでは、という不安は、上昇と共にスライドしていく天井を見て消え去った。
やがて天井に辿り着くと、一階上がったように新たな道が広がっていた。
「すご……」
リアは呆気にとられてその機械じみた変化に感嘆を漏らした。
見えないところは一体どうなってるんだろう。
だがそれもまあ、三回までである。
上がったり下がったりはあるが、さすがに同じことの繰り返しをされると、凄いと思う気持ちはあるものの、感動は薄れてくるのは当然といえる。
コルオリカはともかく、トゥレーリオ冒険者はもはや慣れ親しんだ変化であるので、欠伸をしている者もいる。
奥に行けば行くほどモンスターの難易度が上がるわけでもなく、スコーピオンと大蜘蛛ばかり。大小だけは様々だったが、動きは特筆する戦いづらさもなく。
同じことを繰返し、次はボス部屋の前だという。
「ダンジョン舐めてんのかと」
「リア、何か言った?」
「いえ……選択ミスだったんだろうと過去を嘆いているだけです。まあ別に全てのダンジョンを葬り去るつもりなんてなかったんですけど……人里に近くて、被害を受けているところは最低限って話で。だから元々ここは除外していた一つにはなるんです」
「? 何の話し?」
「自分の中で事実を噛み砕いている最中です」
アーサの隣でもにょもにょしていると、最後の上昇が終わった。最後だと分かったのは、今までとは異なり続く道がなく、閉じられた空間だったからだ。
そこは、巨大な黒い扉があるフロアになっていた。
砂漠の時は他の冒険者達に手伝ってと言われたから倒したアーサ。実は何も言われなかったらトリム指示優先でリアの元に行こうとしてました。
次回、ミリオリアの真価発揮(多分)!




