26.パーティメンバーを紹介します
野営の片付けが終わり、十人前後の即席パーティ×5でミリオリアに臨むことになる。
リアとアーサはもちろん同じパーティだが、他に七名のトゥレーリオ冒険者が加わった。
まず、ナノンとメル。
一度あるいは熟女好き発言で言うなら二度振られたナノンはそれでも諦めなかったようで、いの一番に名乗りを上げた。メルはそれのフォローなのか単純に仲が良いのか「あたいもー」という感じで軽く入ってきた。雷属性が得意な魔術師とウォーハンマーの使い手の彼女達である。
少し苦手だがナノンの不屈の精神は尊敬に値するし、メルが一緒なので気は楽だ。
次に、サディオスとコルオリカの親子冒険者。
サディオスさんは凛々しい角刈りお父さんで、背中に巨大な斧を担いでいる。コルオくんは十五歳成人になったばかりの鉄ランクデビュー戦。武器はまだ決まっておらず、弓やら剣やら持っていた。
息子が心配なのか、勇者がいるパーティに是非とも入れてくれとお父さんからの全力主張。息子は少し気まずそうにしていて、思春期感が微笑ましい。
それから、対デザートスコーピオン戦で怪我した足を治癒してもらった男性、ダイル。
ナノン目当てだと邪推する。中肉中背で平凡な顔立ち。盾を左腕に、腰に長剣を差している。特に感想はない。
最後に、リアにつっかかってきたライシンと、その後ろに控えてた女性の一人イーナ。
何故。
ライシンの武器はとげとげしい硬そうな鞭。イーナは二本の棍で、魔術もちょっとだけ使えるらしい。ライシンが睨みをきかせたおかげで、パーティ編成はそこで打ち切りになった。
いや、何故。
ただでさえ女性冒険者が少ないのに半数以上が女性で占められてしまったパーティである。羨ましい熱視線を受けているのが何故か平凡な彼だけだったのは、まあしょうがないのか。
「あんたいつまでそれ被ってるわけ?」
自然とリーダーになってしまったアーサが他のパーティと打ち合わせに行く後姿を不安気に見ていたら、早々に絡んで来る人がいた。
振り返ると、ライシンは豊満な胸の下で腕を組んで見下していた。ライシンが顎を上げると、赤茶の短い髪がさらりと揺れる。
それ、というのはずっと被ったままのリアのフードのことだろう。
「何か問題でも?」
「顔を隠してるような奴に背中任せらんないんだけど」
「おや、顔見せたら背中任せてくれるんですか?」
「はあ? 何なの、馬鹿にしてんの」
売られた喧嘩は買うぞ、とリアは背の高いライシンを睨み上げる。
いちゃもんつけるためだったのなら、ほんと、何故入ってきたのか。アーサが「いいよー」ばっかり言う流れで断り損ねただけなのに。
「信用されないのに見せる必要性は感じませんから。まずは言質をいただいてからですね」
「そういう態度が信用できないんだけど?」
バチバチと火花を散らせ睨みあう間に、間延びした声が割って入った。
「ちょっとぉ、もぉー、パーティになったんだからけんかしないの」
一括りにした栗色の髪をふわふわ揺らしながらイーナが走り寄ってきた。ライシンの前まで来ると、腰に両手をあてて、頬を膨らませる。
「空気悪いのやだよぉ? けんかするなら、あたし抜けちゃうからねぇライシン」
「あーはいはい」
ライシンは溜息を吐いてぞんざいな返事を残し、リアから離れて行く。
「んもぉー」
……?
リアは、頬を膨らませたままのイーナの横顔を訝し気に眺める。
デザートスコーピオンの時に後ろにいたイーナだが、ライシンのようにリアを目の敵にしている様子はない。一触即発の雰囲気を止めてくれさえした。
イーナはライシンの後姿を見送った後、リアに向き直った。ふわぁっとした雰囲気の彼女は、しかし、垂れ目に厳しい色を含ませて口を開く。
「あなたもねぇ、余所から来たってこと自覚してねぇ? 仲良くとまでは言わないけどぉ、遊びに来てるんじゃないんだから、最低限は気を使うべきよぉ?」
う……正論。
よく考えれば当然のことを指摘されて、リアは言い訳のしようがない。
合同クエストで結びついているだけで、リアは余所者も余所者である。
振返ってみれば、怪しい恰好で素性もはっきりせず顔も見せない輩など信用できるはずもない。街にいるだけならまだしも、これからダンジョンで共に戦うパーティメンバーなのだ。信用云々で言うならば、知り合い同士のトゥレーリオ冒険者のライシンではなく、折れるべきはリアだ。
昨日の言いがかり出来事の感情が先行して、つい癇に障る対応をしてしまったのは否めない。
「……そうですね……すいません、意地はってました」
そう言ってリアはボタンを外してフードを脱ぐ。少し考えて、イーナに小さく頭を下げた。
「あらぁ、意外と素直なのねぇ。それに、思ったよりも若ぁい」
イーナは人差し指を唇にあて、ふふんと笑うと、顔を近付けてリアをしげしげと観察する。
甘い香りと急な接近に気まずくなり、リアは半歩下がって視線を逸らした。
「ほんとだ。なんだ、ナノンと同じくらいじゃない?」
「私は十七ですが、リアさんはおいくつなんですか?」
イーナが間に入ったことにより、リアとライシンの口論を止め損ねた二人が突如参入した。
急に増えた視線にリアはさらに半歩後ずさる。「同じ、ですけど」と口ごもって答え、追いすがる黒と水色の瞳から逃れるように、リアは兜を胸に抱きしめて身構える。
「本当ですか! 同い年の女の子だったなんて、街の冒険者にはいないのでうれしいです。良ければ出発まで少し話しませんか?」
「他愛ない感じがナノンと似てるなーって思ってたけど、なーる、タメだからかー。…………ねえなんでまた被んの?」
「シャイなのねぇ。なんだか、思ってた子と違うわぁ」
まるで珍獣を観察するような視線に耐えかねて、リアはフードを被りなおし片腕で視界を防御した。その隙間からアーサが戻ってくるのが見えたので、リアはバックステップで彼女達から距離を取り、素早く横をすり抜ける。
「僕らは一番最後に出発で、背後からの襲撃に備えるようにだって。あとね、一人増えたらしいんだけど……、どうしたのリア、何かあった?」
アーサの背に一度隠れ、状況を確認。メルが楽し気に追いかけて来ており、呆気にとられていた二人もその後に続く。
「バトンタッチですアーサ! 彼女達の相手は任せました!」
「うん? 仲良くなったんだね」
「なってません!」
そのまま走り去り、一度背後を確認するとアーサのところで女性三人は止まっていた。
狙い通りである。
ビジネスライクな関係のはずなのに、いきなりぐいぐい来られると距離感が分からない。一対一なら応戦できるが、ああいう寄ってたかられるのは、正直反応に困る。
「ふぅ」
合同クエストの面々がいる場所から近過ぎず、離れ過ぎない距離まで逃げてから振り返る。
彼らが出発に動き出したら戻ることにしよう。アーサは最後の班と言っていたことだし、十分間に合う。
リアは息を整えながら、冒険者達の背後にある巨大な存在を感じて視線を移した。
昨夜は僅かな明かりの範囲しか見えなかったミリオリアを改めて観察する。
陽光に反射して真っ白な姿がとても眩しい。モンスターが潜んでいる禍々しい雰囲気は微塵もなく、知らなければ劇場や博物館と言っても差し支えない。何と言うか、美しさが人の好みに合っている。
ダンジョンらしさで言うなら、人工建造物感の欠片もないその広大さであった。
外周は一体どれほどのものだろうか。上から見れば長方形と思われる建物は、リア達がいる入口側から見てその反対側がはっきりと目視できないでいる。蜃気楼のように歪んで見えるほど遠く、把握が難しい。
情け深い宮殿とまで言われる難易度・易とは聞くものの、リアにはどうにも易しさが感じ取れない。ダンジョンとしては当然な、一筋縄ではいかなそうな空気を纏っている。
「……厄介な」
トリムの舌打ちが聞こえたので、確かに厄介だと頷きかけニュアンスが違うことに気付いた。なんだろうかと兜を近付け耳をかたむける。
「おいリア、こちらを見ているあの男が分かるか」
「はい? うーん、あの、なんか教祖っぽい服着ている人ですか?」
トリムの突然の問いに目を凝らすと、生成色のゆったりとしたローブを羽織った男性がこちらを向いているのが分かった。眩しさを遮るようにおでこに手をつけて明らかにリアを見ている。
遠くて顔は全く見えないが、完全に落ちる前の夏の夜空のような濃紺色の髪が、陽光に輝いていた。
遠目ながらに綺麗だなと思った。
あんな人いたっけ?
「アレとは絶対に話すな。目も合わすな。できる限り離れておけ」
「え、え? なんです? トリムさんの知り合いですか?」
「お前だ阿呆。あの男、ゼスティーヴァにいた騎士だ」
それって……王都の騎士?
「……は、はっ!? なんで!?」
なんで騎士がここにいるのかと、なんで騎士だと分かったのかと、なんであの騎士はずっとこちらを見ているのか。同時に疑問は生まれたが、最も重要なのは騎士の目的である。
まさかプライベートというわけもないだろう。
「騒ぐな。おそらく一人……表立った行為に移っていないのは確証がないからか、事前調査か……あとは時間の問題……まだアレだっただけ救いが……いやだからこそ厄介だな」
トリムが何やらぶつぶつ言っている。あっちのダンジョンには騎士が沢山いたが、誰か特定の人物のことを言っているようにも聞こえた。
だがリアには王都の騎士という時点で警戒対象である。さらに階級とか上の人だったらやばいなと男性を眺めた。
服装が騎士の格好でもなんでもなく冒険者のそれであるので、リアにとっては意図が全くの不明。潜入的な捜査なのか。一体何のために。
騎士の男性は冒険者の一人から呼び掛けられ、踵を返しミリオリアに向かっていく。その様子に、リアのことは、ただ遠くにいたから気になって見ていただけのようだった。
となると、ギルド関係のが進んだというわけではなさそう?
「あの……私はどうしたら」
「さっきも言ったろうが。どうもするな。近づくな。騒動を起こすな。今はそれしかない」
トリムの指示から騎士の存在は偶然の要素が大きいように感じる。
色々あの騎士の思惑を考えてしまったが、トリムの指示は一貫して騎士に関わるなといったものだ。
イレギュラーな不確定要素が加わったが、特定の人物に対する接触禁止の禁則事項が増えただけで今までとそう変わらない。
そう、騒動を起こすなといった苦言も。
複雑な気持ちである。
冒険者達がミリオリアに入り始めているのを確認して、リアも自分のパーティへと戻った。
多彩な武器は冒険ファンタジーっぽい。




