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バラバラ欠陥じゃーにー  作者: tomatoma
二章 上半身と光の勇者と目の上のたんこぶ
53/122

23.これは舐められてますね

 前方のラクダの列が止まり、砂丘の向こう側から黒く伸びる尾が見えた。それは図太い針のように下に垂れ、人の身など簡単に突き破りそうな甲殻を陽の光に輝かせた。尾は左右に大きく振り動き、やがて巨大な鋏を二つ構えた昆虫のようなものが姿を現す。

 

「デザートスコーピオンだ! 仲間が前にいるから、あたい行くね!」


「は、はい!」


 メルはラクダを操り、スピードを上げてみるみる遠ざかって行く。

 そのデザートスコーピオンと呼ばれたモンスターは奥から他の個体も現れ、計三匹で近づいてくる。

 リアも前に行こうと手綱を引いたり胴体を叩いたりしたが、どうにもこのラクダはマイペースだった。


「ちょっ、ちょ、走ってー!」


「お前は行くな。前には勇者がいるだろう」


「でもあんなに強そうですよ! 下位ランクの冒険者ばっかりらしいじゃないですか!」


「リアも下位だろうが。お前が行ったところで役に立たん。必要もなく俺は動かんぞ」


「うぐぅ」


 周りの冒険者達もデザートスコーピオンに向かって走っていった。ひとりだけ残されたリアはとても気まずい。

 仕方なくラクダから飛び降り、手綱を引いて砂漠を走り始めた。

 足が砂に取られて非常に走りづらい、かつこのラクダ引っ張ってもスピードを上げてくれない。


「こいつなんなの!? ……あっ」


 もたもたしている内に、空に向かって一筋の閃光が走った。遅れて風が駆け抜け、砂塵を巻き上げた。

 アーサの剣技と光魔術が混じった、並外れた斬撃の残滓である。

 息も絶え絶えで状況が確認できる距離まで近づくと、真っ二つになったデザートスコーピオンが二体と片鋏を落とされ矢が刺さった一体が見えた。

 と、雷撃が残りの一体を真上から真下に貫いた。バチバチと光を散らし、歩脚を僅かに動かしたかと思えば、デザートスコーピオンは腹部を砂上にどすんと下ろした。

 歓声が沸き起こる。無事に倒せたようだが完全に出遅れた。


「はぁ、はぁ、はぁ……役に立つどころではない」


「相変わらず体力がないな。ついでに言うが、ラクダに乗ったままと、砂上を走ったのと、速さはさして変わらなかったぞ」


「この疲れが、無意味だと?」


「残念だったな」


 リアは悪態を吐き、もうとぼとぼ歩み寄るしかない。

 しかしこのラクダ、スピードを緩めないどころか、リアを再び乗せようともしてくれない。これは舐められている。


「ちょっと、乗せてー!」


「リアー、大丈夫ー?」


 手綱に引きずられているリアが声の方を向くと、アーサが駆け寄ってきている。その彼の背後には多くの視線がこちらを向いているのが分かる。嫌すぎる注目度だ。

 アーサは、リアがラクダを手懐けられてない様子を見て、まず手綱を取って代わり、簡単に歩みを止めさせた。どういうことなの。


「リアだけどこにもいないんだもん、焦ったよ。大丈夫? 怪我してない?」


「それは……嫌味、ではないんですよね……。はい、私はとっても元気ですよぉ。アーサは大活躍だったじゃないですかー。みんなは大丈夫なんですか? 怪我した人とかは?」


「良かった。うん、飛ばされた人もいたけど擦り傷とか打撲程度だと思うよ」


「お、おぅ」


 アーサはラクダを座らせ、リアに乗るよう笑顔で促す。

 さっきまでのマイペースぶりとうって変わって素直なラクダに、鼻持ちならない感情を抱えながら憮然とした面持ちで乗った。

 するとリアの後ろにアーサも乗り、困惑の感情は後ろから前への急激なバランス移動の驚きにかき消された。

 ラクダに乗り、二人(三人)はデザートスコーピオンを囲んだ冒険者達へと近付いていく。男性は核を取り出そうとしている者もいるが、女性はこちらを見つめていて、視線が痛い。


「あのー、何故に二人乗り?」


「うん? 乗るのも降りるのも苦手そうだったから」


「まあ、その通りですけど……」


 他意はないのだろう。だからこそ、困ったものである。

 リアが現在受けている視線の矢を少しでも感じ取ることができれば、アーサは彼女達に捨てられることはなかったかもしれない。はぁ、と諦めの溜息を吐いた。


「あれはまだ動くな」


 トリムが呟いた直後、片鋏を失ったデザートスコーピオンが突如起き上がった。

 核を取り出そうと間近に来ていた男性冒険者に尾針が襲いかかる。しかし男性冒険者は剣でギリギリ防ぎ、その威力に踏ん張れず後ろへと飛ばされた。

 即座にデザートスコーピオンは他の獲物へと狙いを定める。咄嗟に距離をとった冒険者達から一歩遅れた、ピンクの杖を持つ魔術師へと。

 鋭い黒針は、彼女の柔らかい体躯を突き刺そうと振り下ろされ、そして爆発した。


「よっしゃ」


 火石の矢が狙い違わずデザートスコーピオンの尾に当たったことに、リアは喜びの声を上げた。


「まだみたいだ。僕行くね」


 アーサは華麗に飛び降り、本当に砂の上なのかという素早さで駆けていく。

 煙が風に攫われた後のデザートスコーピオンには、火石の爆発の痕跡は微塵もない。また、爆風で尻もちをついた魔術師は何が起こったのかよく分かっておらず、まだその場から離れてはいなかった。

 間に合わない。

 リアはクロスボウに次の矢をセットしながら疑問を投げかける。


「もしかして火に強い?」


「表皮だけだ。体を狙え、リア。手伝ってやる」


「はい!」


 人間達の事情など鼻にもかけないラクダは己の歩みのままリアを揺する。その揺れに体の動きを合わせて、クロスボウを構えるとふわりと魔力のうねりが包んだ。

 リアは即座に平たい腹部を狙って放つ。疾風の如く進む矢は、一度、空中で青く光った。


 狙い通り、矢はデザートスコーピオンに刺さったはずであった。

 が、何も起こらず、再び黒針は振り下ろされ――――立ち上がった魔術師のすぐ横の砂上へと突き刺さり、砂を小さく巻き上げた。

 一瞬の間。

 突然動きを止めたデザートスコーピオンに、すぐに冒険者達はとどめを刺そうと飛び掛かった。そして、内側から弾けた爆発に巻き込まれた。


 千々に散らばるモンスターの破片の中から、吹き飛ばされた赤い石が、高く陽光に煌めいた。


「おぉー、何したんですか?」


「軽く先端を包んだだけだ。これは楽だな、似たモンスターにはこれで対応する」


「ラジャー」


 最後の爆発で吹っ飛ばされた冒険者は砂上だったためひどい怪我をした者はいなさそうである。すまぬ。

 危なかった魔術師も大丈夫そうで、アーサに駆け寄っていた。

 リアは危機の去った様子に安堵する。悠々と冒険者達の元へ辿り着き、通り過ぎそうになったので、慌ててアーサを呼んで止めてもらう。

 核を探す冒険者を流し見て、人の集まりに近付いて覗き込むと、足から血を流す男性と傍で膝をつくピンク杖の魔術師ナノンがいた。デザートスコーピオンに襲われた時に怪我をしたらしく、出血がひどく痛みに唸っている。


「――の天が基点なり。我が命と肉を報いに万全に戻りし幾分を反し時を繋ぎ流動を紡げ、彼の御身を復し還し再起せよ。真との交わりをもって実と成れ」


 可愛らしい声で詠唱文を唱えているナノンは、どうやら治癒術を使えるようだった。


「ファーレ」


 ざわめきと共に男性冒険者の足の傷が徐々に癒されていく。

 初めて見た者も多いのだろう、感嘆の声が上がる中、長い時間をかけてゆっくりと傷のない状態へと戻る。

 ナノンはふうと息を吐き、額を拭う動作をすると、にっこり笑った。治癒を施された男性は、その笑顔に射抜かれたようだった。


 美少女が笑うと威力がとんでもないな……。


 ちらとアーサを見上げると、視線に気づいたアーサが何かと首を傾けたので、何でもないと首を振る。美少女の一撃もスルーする輩も世の中には存在する。


「あんたちょっとさぁ、戦いにも参加しないで、何なの?」


 近くで非難するような声がする。誰かが怒られているようだ。

 モンスターに中断されてしまい、すぐに出発するような様子もない。ミリオリアへはあとどのくらいで、先に再出発してもいいだろうか、などと考えていると肩を掴まれた。


「無視しないでくれる? あんたに言ってんだよ」


「え……私ですか?」


 振り返れば気の強そうな女性冒険者がその豊満なボディに腕を組んで、リアを睨みつけていた。背後にも三人程控えている。


 リアは彼女達の様子に既視感を覚えた。

 あまり思い出したくない記憶だ。受けた嫌がらせよりも、その後の、最期の、彼女達の表情の方が記憶に強く、リアは何も言えず後ずさった。少しだけ胸が苦しい。


「どうしたの?」


 よろめいたリアにアーサが優しく問いかける。その様子にまた女性冒険者達はイラついたようだった。


「そうやって、男に頼るしか脳のない役立たずは要らないんだよ。安全なところにいたくせに、すぐに呼びつけちゃってさ。あんたが勇者様を呼ばなきゃ、ダイルだって怪我しなかったし、ナノンだって貴重な治癒術を使わなくて済んだんだよ、分かってる?」


「……えっと」


 本当のことと誤解が入り混じっていてどう訂正したものか困惑する。

 男――トリムとアーサに頼りっぱなしなのは言われた通りだ。だがアーサを呼んではいないし、怪我をした理由に勇者が傍に居なかったことを持ち出すのは違うのではないかと思う。

 しかしそのことを告げたところで、彼女達の中ではそう決まってしまっているので、逆効果になることは経験則で知っている。

 実際のところ、リアは合同クエストを受けていないという悲しい事実があるので、わざわざ弁明をする必要もない。相手にしなくても、すぐに別れる人達だし、ちょっと気まずい程度だ。

 そんな投げやりな気持ちで口を開く。


「それは違いますよ、ライシン。彼女は私を助けてくれました。そうですよね?」


 だが言葉が発せられる前に、可愛らしい声に遮られた。

 リアは何も話せないまま、今度は後ろを振り返る。

 アーサに告白し、リアが助けた、黒髪ぱっつん美少女のナノンがじっとこちらを見つめていた。

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