21.察しました
「あー! 見えた! キーさん、あの明かりですよね!」
「そうそう。いやあ、リアちゃんたちのおかげで早く戻ってこれたよ」
陽が完全に沈んだ世界でも、広大な夜空に散らばる星々の輝きで進む道を見失うことはない。今晩も晴天なり。そして一先ずの目的地、トゥレーリオが焚く篝火を捉えたならば、後は一直線である。
「アーサが頑張ったからで、私はあんまり何にもしてないですよぉ」
人員を一人加えて走り出した馬車は順調に二日目の野営も終え、三日目の昼には別れ道にまで辿り着いた。
一つ、坂のない平坦な近道。但しモンスターの出没多し。
一つ、大岩がゴロゴロする回り道。但しモンスターの目撃なし。
そこはトリム指示の下、キーバスを説得し前者を選んでおいた。
案の定、平坦な道のはずが大岩が突如出現し、ゴロゴロモンスターとエンカウント。アーサ大活躍。大地が裂け、雲が割れた。比喩でなく。
華麗なるダイジェストを思い出しながら、彼はなるべくして勇者になったんだなと遠い目をする。
「そんなことないよ。リアちゃんじゃなければ、こうはいかなかったんだ。あの怖い護衛さんには頼み事なんてできなかっただろうからねぇ」
「あははー確かに。想像するだけで息が詰まりそうです」
目に見えて近付いてくる街明かりにリアの気も緩む。
遅い時間だが、宿はキーバスの知り合いのところを融通してくれるというし、トゥレーリオに着きさえすればあとは久しぶりのベッドで就寝できる。
日中に今後のことも打ち合わせしたので、今日はもう何も考えない、何も考えたくない。
あったかいご飯食べてお風呂ですっきりしてやわらかいおふとんでぐっすりするつもりだ。
リアに対する注意事項も明日に丸投げしてやる。
私は悪くないのに。トリムさんの言う体質のせいなんだから、きっと!
*****
「正直なところ、俺はリアを止める自信がない」
食後、陽も高い時刻。馬車の中で二人(三人)向かい合って、ミリオリア挑戦の話し合いをしようと言う時だった。
「なんです? 私の何を止めると?」
「暴挙だ」
「は?」
「……リアは暴れることがあるの?」
「ちが、待って、ひどい誤解を生んでる。アーサはちょっと待っててくださいね、今きちんと訂正させますので。
トリムさん? 私がまるで乱暴な人物のように言うのはやめてください」
下から聞こえる長い長い溜め息。そこには何か特別な思いがこもっていた。
勢いで言い返したリアとは違って、トリムは真面目なトーンで話し始める。
「……思考は大分乱暴だろう。この問題児が何かしらに関わると、大体問題を大きくして返ってくるんだ。予想できない部分が俺の力量を超える。不甲斐ないが」
「えっと……」
今までのことを知らないアーサは、困惑した表情である。だがしみじみとした言い方に何かを感じたのかリアに視線で問いかける。
それを受け止めつつ、自己弁護を図ろうとここ数日を思い返した。
「問題児なんて心外です! ただちょっと……口を滑らしたり……喧嘩売られたり……夜襲に遭ったり……火事があったり……しただけじゃないですか。……馬車も間違えましたけど」
そんな出来の悪い子を見る目はやめてほしい。思い返せば意外と多かったけど、頑張って生きてるの。
「そこでだ、ミリオリア……いや……トゥレーリオに到着してからは出来る限り勇者の陰に隠れているようにするんだ。目立たず、大人しく、な」
リアの言葉は風のように流され、今後の注意事項を告げられた。
おかしい、この中では自分ほど庶民的な人物などいないというのに。
「私……地味な人間だから、何もしなくても別に……」
「リアは脆弱なわりに考えず飛び出す習性を持つ。勇者、お前はこれが暴挙に出た際に掴まえておくように」
控えめな発言も完全に無視された。野性動物のような例えにリアは頬を膨らますも、言い返せない自分がある。
「うーん、リアを守るようにすればいいってことかな?」
ほら、アーサも困ってるじゃん……。
全力で好意的に受け取ってくれたアーサに「あんまり気にしなくていいですよ」とこそっと言った。
「お前が最も気にしろ。厄介事に自分から突っ込むな。一人で勝手に突っ走るな。分かったか?」
聞こえていたらしい。訂正したい気持ちは山々だが、どうせ負けるので小さく謝っておいた。
それからしばらくして、馬車は別れ道へと差し掛かる。
以下略。
*****
「んんぅ、揺れが抜けない」
「馬車の揺れ? もう少し休んでいても良いよ?」
キーバス紹介の宿屋で朝食中である。
朝の陽射しにも負けない輝きの笑顔が眩しく、優しさが心に染みる。
多少の違和感で食事のご同伴に預かれる機会を逃す必要もなく、アーサのイケメン効果で料理も三品くらい多い。癒しとお得なタイムだ。女性の嫉妬の視線がちょっと痛いけども。
「ありがとうございます。体は元気なので大丈夫ですよ。今日はダンジョンに入る準備とか、ギルドでダンジョンに入るクエスト受けなきゃですし」
「ギルド……ね……」
置き去りにした彼女達のことを思い出して、アーサの表情が沈んだものになる。
ギルドに行くというのは、元パーティメンバーの行方を確認することにもなる。
仲間が欲しかったアーサは手っ取り早くギルドに登録して、メンバーを募り、パーティを組んだ。
彼女達がギルドを介し、クエストの受注をどこかでしていれば、どこにいるか等の手がかりを掴むことができる。
まだ二日ほどしか共に過ごしていないが、アーサの人間性に変なところは見つからない。
むしろ、誰に対しても優しいし、トリムに言われたからかリアをよく気遣ってもくれる。素直過ぎる、主体性がなさ過ぎる点を鑑みても、わざわざ彼女達がアーサを置き去りにする理由が未だに分からないでいた。
状況証拠で判断したが、もしかしたら、想像もできない悲しい偶然が重なったのかもしれない。もしそうなら、一旦は仲間になったがアーサを彼女達の元へと返してあげようと思っていた。トリムに何と言われようとも、リア達と一緒にいるよりはいいはずなのだ。
ギルドへはそれを調べるためにも行かなければならない。
「ほらアーサ、この豆のスープとっても美味しいですよ。食べてみてください。このあっさりした味付け私すごく好きです」
フォークをつけようとしないアーサの前にお皿をずずいと押し付けたら「豆苦手なんだ」と憂いのこもった顔で言われ、リアは二杯いただくことになった。
南の街トゥレーリオは、サライドに比べるとやはりやや見劣りする規模である。面積はそう変わらないが、建物の密集度が半分ぐらい。
中心辺りにトゥレーリオの街の代表の小さい屋敷があり、それより大きな商会の建物が転々と並ぶ。その間を埋めるように、それぞれの商会傘下の販売店や酒蔵があった。
サライドのギルド職員が言っていたように、宿屋は安いわりに広くとても綺麗で、食べ物も見慣れない食材が使われていたが美味しいものばかりだった。ちと辛めだが。
街を囲む外壁がなく柵があるだけなのは、モンスターの出没は砂漠のみで、野獣の被害もほとんどないからだそうだ。大らかな気質の住民が多いのか、ふんぞり返る中堅冒険者が少ないのか、街行く人々はほのぼのとした雰囲気。今はサライドの祭りに騒ぎたい人が奪われているとも言える。
静かなのは良いが人通りが少ない分、自然と人々の視線の先は限られてくるわけで。
代り映えのない街中の景色より、動くものを無意識に見てしまうわけで。
なんとはなしに視界に入れた先に、とびきりのイケメンがいればそれは目で追ってしまうわけで。
イケメンに釣り合わない女が隣に入れば、妬みの視線は射殺してしまえるほど強いものになるだろう。
リアは早々にフードを目深に被る羽目になった。覗き込まない限り、顔が一切見えなければ、リアの性別の判断はできないはずである。悲しくなんてない。
トゥレーリオはギルドも小さかった。
受け付けは一つだけで、強面のあんちゃんが知己と思われる髭面冒険者とだべっている。
予想外に、ギルドには冒険者が多かった。特に若い感じの、というよりそわそわしてる感じの人が多く見受けられた。
「何でこんな多いんでしょうね」
小さく呟いた言葉に、アーサは分からないという風に小首を傾げてリアを見る。かわいいなこのやろう。
まあいいかと、とりあえず、アーサの元パーティメンバーの現状を確認をするために受付へと。
強面あんちゃんは目の前にきてもおしゃべりをやめようとはせず、髭面冒険者もどこうとしない。昨日の店のねーちゃんがどうこう言っているから完全に仕事の話しではない。
「ちょっとすいません。彼の登録証のメンバーを確認してもらえませんか」
あんちゃんはチラッとリアを見ただけだった。感じ悪ーい。
むうと唸ると、あっと気付いたアーサに肩を軽く叩かれたので、リアは場所を入れ替わった。アーサはカウンターに登録証を出しながら微笑みを向ける。
「これに登録されてる、僕の仲間だった彼女達のことを教えてくれるかな?」
キラキラとした光線があんちゃんに届いた。ついでに髭面冒険者にも。
あんちゃんはアーサをガン見して、それから苦々しい顔で舌打ちをし、奪い取るように登録証を奥に持っていった。髭面は「なんて不平等なんだ」と言って額に手をあて去って行った。悲愴な後姿だった。
「ごめん、僕が前に出なきゃいけないのに」
「…………え? あ、ああ」
遅ればせながら昨日のトリムの言ったことを守ろうとしたのだと分かった。陰に隠れてろとは言われたが、受付で話すくらいは違うのではないか、まさか人と話すなという意味合いなのかと、リアは拳骨を顎に当てて思考を巡らせる。
「あ、あの、あなたも合同クエストを受けるのですか?」
高く、可愛らしい声音に振り返って見れば、黒髪ぱっつんの美少女がいた。くりくりした大きな目は上目遣いにアーサを見つめている。
「合同クエスト?」
アーサが問いかけてみれば、そのぱっつん美少女は頬を赤らめ、俯きがちに「はい」と答えた。胸の前でピンクの杖を両手で握り締め恥ずかしそうにしている。かわいいなこのやろう。
「明日のミリオリア合同クエストです。銅ランク以下の冒険者が一緒に行って、協力しながら進むのですが、あなたも行くのなら心強いなって」
あからさまな熱っぽい瞳で、ぱっつん美少女はアーサを見上げる。リアは全く眼中に入っていない。
だがアーサはそんな熱をするりと抜けて、空気のようなリアを振り返り、どちらかと言うと視線を兜に下げて聞く。
「どうしようか? 僕たちもミリオリアには行くけど、合同のクエスト受ける?」
「んー、受けるかどうかはともかく、行くのは明日になるでしょうね」
ダンジョンに潜る準備やら、ラクダとやらの手配やら、今日一日は費やすだろう。なおかつ砂漠にはモンスターも出るので、夜間の移動は好ましくない。
そこで初めて気付いたのか、ぱっつん美少女はリアを認識した。というより顔を見せない、女声に反応した。
「そ、そち、そちらの方は?」
「うん? 僕の仲間だよ」
「仲間……こ、恋人では、ない……?」
「違うよ」
お嬢さん、傍から見て男女二人パーティが恋人とは安直すぎないかい。
ぱっつん美少女の慌てようから安心感への変化が、リアには何故だか申し訳なくなる。
は、ふう、とおかしな深呼吸をした美少女は、小さく頷いてきりっとアーサを見上げた。なんとなく、次の彼女の行動は分かった。
「出会ってすぐで、あ、私はナノン・クロイスと申します。……こんな、出会ってすぐで変に思われるかもしれませんが……一目惚れなんです! 私と恋人……を前提にお友達になってくれませんか!」
「友達はいいけど、恋人は無理かな。ごめんね」
恋人と言い切れないのが微笑ましいなあと思って聞いていたら、速攻振られてリアはアーサを驚愕の表情で見る。こんな、美少女を悩む素振りもなく、だと。
その振られたナノンは意を決した表情のまま固まり、口だけが小さく開いた。
「……そ、そうですよね。でも、私……諦めません。今は無理でも、あなた好みの女性になれるよう頑張ります。それまでは好きでいていいですか?」
振られたばかりなのにガッツがあるなとリアは感心して、どう答えるのかとアーサを見ると、彼はここでやっと悩む素振りを見せた。
お、可能性ありか? と完全に他人の恋路を覗き見る心持ちである。そしてそれは周囲で聞き耳を立てている冒険者も同じ気持ちだろう。
しかし、次のアーサの一言で場の空気は完全に凍ることになる。
「でも、そうするとあと五十年くらいかかるよ? 僕の好みは、ばあやみたいな、包み込んでくれる女性だから」
――――あっ。
そこで奥から戻った強面のあんちゃんが「三人とも十日前に脱退してんぞ」と、嬉しそうに言った。
こんな感じの勇者です。




