20.きっかけなんてそんなものですよね
予想だにしない提案にリアは固まり、アーサは瞳を輝かせた。
「仲間になってくれるの?」
「違うな、共に来るかと聞いている。目的は同じではないから、お前に俺達が従うことはない。ただ、リアも勇者というものならば、お互いの向かう場所はそう遠くないだろう。こちらは俺達だけ、お前は一人だけ、単独では難しい場面もあるはず。戦力的な面で組むのは悪い話ではないと思うが」
「一緒に行くだけってこと?」
「結果的にパーティーを組むことはなるかもしれんが、協力関係という意味合いで捉えるといい。俺達にも目的地はあるが、変更することも検討しよう」
アーサは考える素振りを見せる。
突然の話の展開にリアだけがついていけてない。そもそもアーサの回答の前に、トリムの意図が分からず困惑する。
ミリオリアに向かう気満々だったのに、まさかの妥協する姿勢も見せているし。
さっきは馴れ合うなとか言ってたくせに、どういうつもりなの。そりゃ、強い人だから魅力的なのは分かるけど……、私よりも何万倍もね、でも。
なんとなく腑に落ちない。
黙考の後、思い付いたとでもいうようにアーサは明るい笑顔で言う。
「じゃあ僕が君たちの仲間に加わるのはどうかな」
「……仲間に加わる?」
「うん。一緒に行くし、協力もするよ。でも僕は仲間が欲しいんだ。同じ目的で旅する仲間」
「目的は同じではないと思うが……」
「そうなの? でも勇者なんだよね? なら君たちの目的でいいよ」
「ちょちょちょっと待って!?」
リアを差し置いて話は進んで行く。しかしアーサの丸投げ発言には思わずストップをかけた。
目的は違うと言っているのに、何を言っているのかと。
勇者の目的は即ち魔王の討伐であり、その使命を背負って初めて勇者と名乗っているのだ。
同じ勇者ならば本来はそうでなければならないが、現在のリアは、その実、職務放棄状態である。
ただ、仲間が死んだからと言って逃れられるものではないし、逃れるつもはない。トリムとの契約は期間限定なので、一時停止中であると言い訳をしている。
だがアーサは元々一人であり、それがリア達の仲間になったら目的を変えるなどおかしな話だ。おかしな話、ではあるが、自分を省みると断言できない。
「だめかな?」
純粋な瞳で、あまりに不思議そうに見つめるものだから、リアは勇者の使命に自信がなくなってきた。最大でも半年間だし、
ばれなきゃいいのか?
「だめというか……アーサはいいのかと……」
「僕? 僕はいいよ」
「いいんだ……」
聞きもせず、こんな簡単に決めちゃって大丈夫なのこの子……いや、大丈夫じゃないから見捨てられたのか。
リアは、同意を得ているなら勇者パーティが合流したということでいいんじゃないだろうかと考え始める。合流しちゃ駄目なんて記載は契約内容にはなかったはずだ。確かに戦力的には人数が多い方が良い、と腑に落ちない気持ちを忘れて思考を巡らせる。
そんなあれこれを知らないトリムは、リアの思考も意向も意に介さず決定を下した。
「そうか、ならば仲間になってやろう。俺の指示に従うこと。それが条件だ」
「分かった!」
協力関係と言っていたはずなのに、しれっと上下関係を確定させた二人にリアは脱力する。
……もういいかな。
リアは抵抗を諦めた!
従順な勇者を手に入れた!
近寄るに近寄れない状態で困っていたキーバスの元へと戻る。彼はあわあわとリアとアーサを交互に見て、リアだけを手招きで呼び出した。
「私から言ったことではあるけど、大丈夫なの? すごい光で見えなかったけど、リアちゃん、座り込んでたし。倒れたにしては彼元気そうだし」
「悪い人じゃないので大丈夫ですよ。それと、その人、アーサ……っていうんですけど、一緒に連れて行ってもいいですか? 面倒は私が見ますので」
「ああ、うん、もちろん。そもそも私が言い出したことだから構わないよ。アーサくん? のことは必要であれば街に送ってあげようと思っていたからね。
はじめましてアーサくん。私はキーバスと申します。良ければ事情を聞かせてくれないかな?」
キーバスが問いかけると、アーサも笑顔で返す。
その笑顔がしょんとしていることに気付いたリアは、慌てて手を挙げて申し出た。
「それは私から説明します!」
そんな酷なことはさせられないもん。
アーサを馬車に押し込んだ後、キーバスに彼の人間性には触れず悲しい仲違いがあって待ち続けていたんです、と曖昧に語る。
なんとなく察してくれたキーバスは、深くは聞かず、アーサに食事を提供してくれた。この中で一番空気を読むおじいちゃんである。年の功、人生経験の差というものだろうか。
話があるからとリアも馬車に乗り込み、無事再出発を果たした。
キーバスからの施しを食べ終えたアーサは、にこにこしていた。
向かい合って座るリアも微笑み、何やら嬉しそうなアーサに尋ねる。
「どうしたんです?」
「うん。肉を干したものなんて初めて食べたんだ。珍しいね」
「よくある保存食だと思うんだけどな……」
旅を始めて結構経ったはずだが、彼は今まで何を食べて生きてきたのか。聞けば人生格差に悲しくなりそうだったので現実からは目を逸らしておく。知らなくても良い現実は山ほどある。
さて、すでに仲間になることを認められてしまったので、仕方なくトリムのお披露目会をしなければならない。
リアは膝に乗せた兜をこんこんと小突いて、外しますよと言った。軽く持ち上げても太股に重さは残ったままだ。
「驚かないでくださいね?」
「うん」
兜を外して、おそるおそるアーサの様子を見る。
彼は目を丸くしたまま固まっていた。予想はできても実物を見るのとじゃ感覚は違うだろう。
「頭だけの人は初めて見た。家を出てからは初めてのことばっかりで驚くよ。……あ、ごめん、驚いちゃった」
無論感情の制限ではなく、あからさまに騒がないでという意味だ。その点で、アーサは驚きを自身の中で噛み砕いてくれたので合格点だ。
興味津々に「触ってもいい?」と聞く彼には度胸があるというか、自分の関心にも素直である。却下を食らっているが。
それはともかく、リアは兜を外した時に乱れたトリムの髪が気になって仕方がない。
「トリムさんはもとから頭だけなの?」
「違う、体はある。それを取り戻すのが俺達の目的だ」
「そうなんだ。どうしてそうなったの? どうやったら取り戻せるの?」
「どうして、か……俺が知りたいくらいだ。戻るには、まずは体を集める必要がある。今は砂漠のダンジョン、ミリオリアに向かう道中だ」
「ビルダ砂漠の宮殿だね。僕も行こうと思っていた所だ。そこに体があるんだね?」
「そうだ。ミリオリアを知っているのだな。他のダンジョンはどうだ?」
「うん。地理なら一通りは学んだから分かるよ」
「そうか、それは心強いな」
勝手に話を始めたので、リアも勝手に髪紐をほどき、手櫛でトリムの髪を整える。今度はみつあみを紛れ込ませてサイドに結い直す。乱れないよう強めに髪紐を結んでおいた。
……心強いよね、ほんと。
口を挟まず聞き耳を立てていたトリムの話は特に新たな情報はなく、次はとアーサの素性を聞き始めた。
アーサにはもう少し突っ込んで聞いて欲しかった。簡単に受け入れすぎだ、と自分を棚上げにする。
アーサは辺境貴族の四男坊で、高そうな服も、豪華な剣も、お家が用意してくれたものだそうだ。
高貴な人というのは予想通りではあったが、彼の柔らかい物腰と親しみやすい雰囲気が、リアにも気後れを感じさせないでいた。暖かい田舎の方は人々も大らかで、跡取りとも関係ない四男なので、平民とも仲良く、結構自由にさせてもらっていたんだそうな。
結婚している長男に子ができて正式な後継者となり、次男はその補佐、三男はいずれ商会を興すため王都へと移住することが決まっていた。兄弟が次々と将来を見据えている中で、アーサだけが手持無沙汰だった。
そこで、頭は弱いが剣術と魔術に天性の才能があった弟に、兄達は今話題の勇者になると良いと提案したのだそうだ。確かに騎士や冒険者でもない限り、そうそう必要ない技能ではあるし、小さい頃から絵本の勇者や助け合う仲間に憧れていたこともあって即決即断。
そうしてアーサは勇者になるために、三男と一緒に王都へとやってきて、現在に至る。
アーサは出来の良い兄達の言うことは間違いないと自信を持って言っていた。
なるほど素直な弟である。リアの弟レーダーに引っかかるほどの私が守ってあげなければ感。
優しい家族からは無理だったら帰っておいでと言われているらしいが、それはちょっと勇者を勘違いしているというものだ。こちとら命懸けなのだ。というかそれ以前に、びっくりすることで死にかけていたお宅の四男さん、悪い意味で信用し過ぎだと思うよ。
聞いたら何でも答えてくれるアーサの事情は大体把握することができた。事情もクソもない気もする。
美貌も金も自由もあるなんて羨まし過ぎるが、その妬みを上回る素直さが彼に嫌味を感じさせない。
その所作も貴族なりに洗練されており品が良く、また男女差別なく人懐こい笑顔を向けるのでキーバスもすぐに絆されるくらいの親しみやすさ。
勇者としてのリーダーシップは圧倒的に不足しているが、こんな優良物件、もとい恋人としては素敵な人物を置いてけぼりにした元パーティの女性達の気持ちがよく分からない。
イケメンに釣られてパーティになったと思っていたが、勇者の素質不足で無情にも捨て置いた実力重視の女子だったのか――あるいは、まだ何かが。
アーサの話も一段落ついたところで、リアはふと思い出した。自分だけ訳が分からなかった力の衝突は、何が起こっていたのか。きっとそれが彼自身の武器なのだろう。
「そういえば、さっきの光は何をしたんですか? 真っ白になったやつ」
「多分、咄嗟に光魔術を使っちゃったんだと思う。ごめんね、人に向けては駄目と言われていたんだけど、僕もつい反応して……寝ぼけていたというか……」
眉尻の下がった表情で見つめられて、リアは両手を握りしめて視線を泳がせた。
こんな子犬のような潤んだ瞳のアーサとこれから一緒に旅するとなると、中々危険なのではないかと思う。主に、リアの心臓が。
「あー、うん、まあトリムさんが守ってくれましたし、私も不用意に近付いたのが悪かったですかね? 今後アーサを起こしに行くのは命懸けになりますねーなんて、あはははは」
「寝起きでも、もう刃を向けたりなんてしないよ。さっきは僕も珍しい魔動を感じて、防ごうと思ったら振り抜いてしまっただけなんだ。よく思い出してみれば、僕に向けられたものでもなかったから、本当にごめん。こんなことは二度とないようにする」
それを聞いて、リアは無言のまま視線を膝の上に落とす。
アーサの口振りだと、トリムが先に何かしようとしていたととれる。そしてそれに対してトリムの自己弁護はない。
「……それってつまり、トリムさんのせいだった?」
「ほう、お前がそれを口にするか」
元を辿れば、リアがキーバスのお願いを聞いたことが発端だったことを思い出した。この発言は最終的に自分の首を絞めることを悟ったリアは急いで話題を逸らす。
「ふ、不運が重なっただけですね。いやあ、心強い仲間が増えて良かった! ね!」
「……ああ、そうだな。誰かと違って申し分ない強さだ。純粋な光属性のみと剣技を合わせた技で、あれほどの威力を放てる者はそういない。これで万が一物量戦が来ても問題なかろう。期待している」
比べられたっていじけないぞと、ふんと視線を上げた先には、少し照れたように笑うアーサがいた。
そして気付いた時にはリアの右手は金髪の上に乗っていた。
なお、被疑者はカッとなってやりましたと供述しており。




