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バラバラ欠陥じゃーにー  作者: tomatoma
二章 上半身と光の勇者と目の上のたんこぶ
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19.勇者、拾いました

「リア、あまり近付き過ぎるな」


「さすがに離れ過ぎじゃありません?」


 キーバスには馬車に残ってもらっている。「ごめんねぇ」と彼は申し訳なさそうに言ったが、怪しい人物なのには変わりないので、ここは偶然護衛となったリア達の役目だろう。

 トリムもしぶしぶ了承はしてくれたが、異常に金髪男性を警戒しているようである。読めないからだ、と言っていた。


 リアは5メートルくらい離れた位置から倒れた金髪男性の状態を確認する。

 仰向けに倒れた金髪男性は、当然の如く意識を失っており、横に向けた顔は目が閉じられている。


 わぁー……美形さんだぁ。


 思わず近寄って顔の造形をまじまじと観察したい衝動に駆られるが、そこは我慢である。

 胸は上下しており呼吸の乱れは見て取れない。着用している服は多少汚れてはいるものの、元が質の高いものだということが分かる。彼の輝く金髪が映える、白を基調とした品の良さを感じさせる統一感ある体型にぴったりなオーダーメイド(多分)。

 そして手にはとても立派な剣が握られたままだ。刃の部分が広い十字の長剣は、宝石のように輝く透明な石が密かに散りばめられた銀の鞘で守られている。


 絶対(みやび)な人だ!


「もしもーし、大丈夫ですかー?」


 リアは距離を置いたまま呼びかけてみた。

 その声にぴくと指が動いたのが分かる。大丈夫そうだ。

 陽光が眩しいのか、ゆっくりと瞼を開いて、




 次の瞬間、リアの視界を真っ白にした。




 強い風が両脇を吹き抜けていき、(じか)に晒されたわけでもないのに体が後ろへと引っ張られた。何故かと思えば、足に力が入ってないことに気付き、腰を抜かしたのだと理解する。だが現状を理解できない。


「リア、立て。すぐに離れろ」


 意識的に瞬きを繰り返すと、真っ白だった視界から現実に戻される。

 目の前には、いつの間にか巨大な氷の盾が形成されており、しかしそれは割れる音と共に半身を斜めに崩した。

 その先には、剣を振り抜いた状態でリアを見つめる金髪男性がいた。


 鮮やかな碧眼は、上空に広がる蒼穹のようにどこまでも澄んで。


「……だ、れ」


 消え入りそうな小さい問いかけは、心を凪ぐ柔らかい声音だった。


 切りかかられたのだと分かった。それをトリムが守ってくれたのだと分かった。分かったうえで、彼に敵意はないと感じた。何故そう感じたのかは分からないまま、腰が抜けて動けないリアは冷静に返事をした。


「敵じゃ、ありません」


「……そう」


 金髪男性の体は崩れるように落ち、だが地に伏すことはなく、剣を支えに膝をついた。


 何もかもが一瞬の、力の衝突があったのだろう。

 リアには視認することすら叶わず、反応する間もなく死んでもおかしくない状況だった。

 だがあまりにも速過ぎて、殺されかけたという実感が湧かない。

 最も落ち着いていられたのは、彼が“敵じゃない”というリアの言葉を信じたことが分かったからだ。


「あの、大丈夫ですか?」


「……ん、ちょっと、ふらついただけ」


 呼びかけてみれば、彼も普通に返事をしてくれる。やはり、先ほどの行為と彼自身には乖離がある気がする。


「体調悪いんですか? お水飲みます?」


「悪くない……飲む」


 飲むんだ。


 求められれば応じざるを得まい。

 リアはバッグから水筒を取り出し、膝立ちの腰が曲がった間抜けな格好でにじり寄る。半分に割れた氷の盾を腕の力で乗り越えて、おそるおそる水筒を渡そうとした。

 金髪碧眼男性も片手を伸ばし、受け取る際「ありがと」と疲れた顔で笑った。


 その笑顔は、破壊力が凄かった。


 心臓を優しく握られたような鼓動がし、顔に熱が集まるのを感じた。胸を押さえ、ずるずると座り込む。

 倒れていても整った顔立ちだと魅了されたのに、瞳を開けて動けばその人並外れた美しさたるや。


「馬鹿が。馴れあってどうする」


 トリムの呟きではっと我に返る。次いで罪悪感が心を占める。


「悪い人では……ない感じ」


 こそっと言い訳をしたら、溜息が聞こえた。


 確かに殺されかけといて言えることじゃないですよね、はい。


 しかし明らかにリアがどうこうしても対抗でき得る人物ではなさそうなので、敵対は避けるべきであり、恩を売っておくに越したことはない。

 金髪男性は口元を手の甲で拭い、短い吐息の後、すくっと立ち上がり剣を鞘に納めた。


「ありがとう。ごめん、全部飲んじゃった」


 返された水筒は空だった。まじかい。

 キーバスに水も分けてもらわないとと考えながら、金髪男性を見上げる。リアの腰はまだ復活していない。

 困った笑顔は少年のように眩しくて、水くらいなら許してしまえた。というか、この金髪さっきまで倒れていたのに復活が早すぎる。


 金髪男性は半分になった氷の盾を、ただの垣根のように肘をついてリアを面白そうに見ている。いや、見ているのはリアではない。


「ねえ、その中は誰が入ってるの?」


「!」


 さっきとは全く別の意味合いで心臓が掴まれた。質問が直球過ぎて鷲掴みだ。


「な、誰も、何もない、ただの兜ですよ」


「いい。もはや隠す必要はない」


「え」


 トリムは声を潜めることもなく、リアの誤魔化しを止めた。

 その兜から発せられた声にも金髪男性は驚く様子はない。完全に分かっているようだった。

 かと言ってどう答えるべきか悩んでいると、金髪男性が先に口を開いた。


「ごめんね。僕もぼーっとしてたからつい抜いちゃって。でもすごいね、この、氷? 綺麗で強くて、でも冷たくないんだね、おもしろいな」


 男性は自分で切った切断面を指でなぞりながら、無邪気に笑う。つい抜いちゃって、が非常に軽い。

 軽く切られそうだったリアは、トリムの存在がばれていることも相まって笑顔が引きつる。


「こんなの初めて見た。魔術師なの? あ、まずは自己紹介しなきゃね」


 金髪男性は身を乗り出して、リアに片手を伸ばした。

 差し出された手を取っていいものか悩む。その大きな手を見つめチラッと男性を見上げると、にこにこと親しみやすい笑顔を浮かべている。

 握り返さないのも気分を悪くするかなと大人しく握手をすると、ぐいと引っ張られ立ち上がらせられた。

 その行為にも驚いたが、それより腰が不安だった。だが氷の盾を支えにしていれば立てたままだったので一安心する。

 ふう、と金髪男性を見ると、目の前に美しい顔があり息を飲んだ。急に近くなった距離が恥ずかしくて、思わず顔を逸らした。


「僕は、アーサネリウス・ツヴァルド。勇者をしてるんだ」


「ゆう……しゃ……?」


 リアは今までで最も驚いた。驚きすぎて反応が鈍くなる。

 自分達以外の勇者パーティーに出会ったのが初めてであったからだ。しかも、桁外れの強さと単独勇者は思い当たる節がある。

 彼のことは知っているかもしれない。


「うん。君と、その中の人は?」


「……私は、リアです……こっちはトリムさん……あの、もしかして、ひとりで勇者になった人ですか? 十二番目?」


 今度はアーサネリウスが目を丸くした。


「僕のこと知ってるの? うん、そうだよ。僕は十二番目になった勇者。でも今はひとりじゃないんだ。仲間がいて、待ってる」


 キーバスから聞いた話を思い出す。最低でも五日前から誰かを待っているという口振り。


「ああ……人を待ってるんですっけ、いつから待ってるんですか?」


「ええと、十日前くらいかな」


「とおか!? も、もしかして、その間ずっとここに?」


「うん」


 軽い気持ちで尋ねてみれば、聞いた話の倍以上の期間、この場所にいたことを知ってリアは開いた口が塞がらない。

 それについて少しも変なことでもないというように、アーサネリウスは肯定し微笑む。

 まさかとは思うが、ずっとこの位置で動かず立ち続けていたのではないか。


「……ちなみに、待ち人はいつ来るんですか?」


「分からない」


「え?」


 終わりが決まっていれば、キーバスも安心してトゥレーリオに戻れるだろうと問いかけたが、答えは返って来なかった。

 答えたくないという意味合いだろうか。それとも言葉の意味のまま、分からないとでもいうのか、まさか。


「……えーっと、じゃあ、いつまで待つんですか?」


「戻ってくるまで」


 忠犬かよ。


 一つの考えが浮かぶ。

 命の危険もある同じ勇者だし、リアと同じ境遇になっているかもしれないと思った。つまり、パーティで生き残ったのが自分だけで、戻るはずのない仲間の帰りを待ち続けているとか。

 リアが気にすることではないと分かっているが、なんだか放っておけない。


「仲間の方たちは、なんて言ってたんですか? あ、言いたくないなら無理に話さなくてもいいですけど、あの、現実的に考えて、このままだとアーサネ……ルさんの体力がもたないんじゃないかと。一度、どこかで休んだらどうでしょうか」


「アーサネリウスだけど、アーサでいいよ。体力はお水もらったし、まだ大丈夫。ちょっと待っててって言われたから、そんなに長くないと思ったんだ。ねえ、ちょっとってどのくらいかな?」


 …………ん?


 勇者の身を案じて提案した言葉は、思わぬ返答を受けて理解が止まった。


「言ってる意味が……ちょっと待っててとだけ言われたわけじゃないですよね?」


「うん? なんかね、女の子には色々あるから聞かないでって言われたんだよ。ちょっとしたら戻ってくるからって、馬車から降りて僕だけここで待っているんだよ」


 …………んん?


 なんだか、あんまり考えたくない結果が導き出されそうで、リアは一旦思考を止める。

 あれほど凄いと噂されていた自分達の先輩勇者が、そんな馬鹿なと信じたくない気持ちもある。

 落ち着いて、別の話題を振ろう。


「そーなんですねぇ、ところで、アーサさんはなんで勇者になったんですか? あ、私実は十三番目の勇者パーティで、後輩にあたるんですよ。後学のために是非聞かせてくれませんか」


「そうなんだ! 他の勇者とは初めて会った、嬉しいな。僕は兄さん達に勧められて勇者になったんだよ。僕の強さはみんなの役に立たせるべきだって言われて、ならそうしようって思ったんだ」


「へえー……今までの勇者はパーティ単位だったから、ひとりで勇者だなんて、すごいって噂されてましたよ」


「んー友達とか、家の人とか、色んな人を誘ったんだけど、みんな断られちゃって。後からパーティを組む方法もあるって教えてもらったし、一人でも大丈夫か聞いたら大丈夫だったから、そうしただけなんだよね」


「へえー……確かにとてもお強いようですもんね。どうやったらそんなに強くなれるんですか」


「その質問よく聞かれるけど、毎日剣を振ったら誰でも強くなれるよ? 家の先生が続けることが大事だって言ってたから、そうしてた」


「……アーサさんって素直な人なんですね」


「ん、ありがとう。それもよく言われるんだ。仲間になってくれた()たちにも言われた。素直過ぎる人だねって」


「…………」


 このふんわりしたやりとりで、なんとなく察してしまった。


 本人に自覚がないまま、不安を全力で煽ってくる。

 元々知らない同士のパーティーだからこそというか、勇者であるから特にこの主体性のなさは壊滅的。

 さらには良く言えば素直、悪く言えば簡単に騙されやすそうで、自分の命を任せたくない。頼れない。


 仲間はみな女性だったようで、見た目と強さに惹かれて組んでみれば、ギャップに失望したというところだろう。パーティーの中心人物であるべきなのに、リーダーシップがない、安心感もない。

 酷い話だが、彼女らもまさか倒れるまで待ち続けているとは思うまい。

 多分、彼の話が本当ならば、ここにある事実は一つしかない。


 あっ笑顔が眩しい。今から残酷なことを言わねばならないのに。見つめ返される瞳が純粋すぎてつらい。


「……あのぅ、非常に言いにくいんですが、アーサさんは置いていかれたんじゃないですかね」


「置いて……?」


 理解できないというふうに、彼は小首を傾げる。

 成人男性なのに可愛く見えるのは、ずるいよなあと思う。

 この強さ以外は不完全な勇者を引っ張ってくれる年上の仲間がいたら違っただろうか。いても彼の強さに負い目を感じてしまうだろうか。


「ちょっと、とは、せいぜい数時間、イレギュラーなことがあっても当日中のことですよ。その彼女さんたちは戻ってこないと思います」


「戻ってこない……?」


 時が止まったように、リアの言葉を復唱する。笑顔も固まったままで、それがさらに彼の中の衝撃を物語っている。

 ゆっくり理解していく様子が見ていて辛い。自分の告げた事実でショックを受けているのだから、フォローしなければ、とリアは言葉を探した。


「うん……、じ、事実はどうあれ……ほら、アーサはひとりでもとっても強いんですから、こんなところにいつまでもいたらだめですよ。前に進まなきゃ、ね?」


「ひとり……」


 あからさまに落ち込む様子に、関係ないはずのリアの庇護欲が刺激される。感じたことのあるこれは、弟妹達へのものと似ていた。


「うぅ……落ち込まないで? 勇者なんだから、頑張りましょ?」


 リアは諭すように優しく言う。

 ゆっくりと項垂れていくアーサの柔らかそうな金髪に手が延びそうになった。


 いやいや、さすがにおかしい。


 理性をフル稼働させて手を握りしめる。我慢である。

 だがアーサが落ち着くまでは、一緒にいて、慰めの言葉を吐き続けることもやぶさかではない。一人きりは可哀想だし。


「なるほど、捨てられたのか」


 空気を読まず、スパーンと鋭い一撃に勇者がやられた。


「ちょっ、トリムさん! ナイーブなことを!」


 これ以上アーサを傷付けないでと、リアは兜をぺしぺし叩いて不満を露にする。

 だが次に続いた言葉に、手が止まる。

 驚きに。


「ふむ、ならば共に来るか、勇者よ」


「……え?」

残念な勇者です。

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