17.街から出ます
「は、ふ、ふと、もも、が」
人目のない場所まで来て、そのままどなたかのお宅の屋根の上で休憩中である。酷使した足がガクガクしているので、これ以上動けないと休憩をもぎ取った。
リアはぺたんと屋根に尻をつけ、フードを脱いで深呼吸する。
「ふうぅ…………空が明るくなってきましたね」
足をもみもみしながら遠くを眺めると、東の空から西の空にかけて柔らかなグラデーションが楽しめる。
リア自身、中々にショッキングな出来事の連続だったので、ここでしっかり心を落ち着けておかなければならない。
誰かに任せてとんずらこいた状態なので詳細な結果はどうなったか分からないが、きっと大丈夫だろう。
確認しに行ったところでどうしようもないし、深くは考えないのが最良だ。
「騒がしくなる前に出発したい。動けるようになったらすぐにギルドへ行け」
「はい。……お祭りって何時からなんでしょうかね……屋台飯とか食べたかったなぁ」
「馬車が用意できるまで時間があるならば好きにしろ」
おや、お優しい。残念そうな声を出したかいがあるわ。
昨日アークは、はっきりとした時刻を告げてくれなかった。昨日時点でまだ融通できる馬車がなかったのだ。
なので面倒だが一度ギルドへ顔を出さねばならない。用意してくれるので文句は言わないけれども。
ただセリーナに別れの挨拶ができればな、とは期待している。前回は会えなかったから。
夜中の大火事のせいで、まだ朝は早いが慌ただしく行き来している住人がちらほらいる。武装した者もおり、教会の方角へと走っていく。
西地区はサライドの住人の住まいの区域なんだろうか。
店や宿屋はあまり見なかったので、お祭りで普段より集まっている冒険者の協力もすぐには得られなかったのかもしれない。
「さっきの」
「放っておけ。二度と遭うこともない」
「まだ何も言ってませんけど?」
「教会のことだろう? 敷地内には女以外にも女に似た気配が複数あったが、結界から出た後はそれが消えていた。男を囮に使い、魔術で燃やし、逃げたんだろう。それに、死んだ男の呪術は口を滑らせたことによって発動したようだ。それを耳にしてなお厄介事に飛び込みたいのか」
「私が積極的に首を突っ込みたいみたいな言い方しないでください。私だって、関わり合いになんてなりたくはないですよ」
「ならば忘れるんだ。俺達には関係ないことだろう。俺はもう何もしないからな」
そりゃあ、騎士団とかから逃げる私達にはキャパオーバーだもん。どうにかできるとも思ってはいないけど、どうにもできないことも分かってる…………気になっただけだ。
「うん…………お腹空いたな」
人の姿がないことを確かめて、屋根から降りて中心部へと向かう。
大通りに出ると昨日までより明らかに人が多い。
武器や防具を身につけていればすぐ分かるが、私服の冒険者も中には沢山いるのだろう。
祭りの開始はまだ先であるはずだし、これがさらに増えると思うと相当な賑わいになる。楽しそうだ。
店員は店に旗が付いた紐を取りつけていたり、垂れ幕を準備していたりする。当日に祭りの飾り付けを始めるのだから、開催は遅い時刻なのだろう。冒険者が好むのは肉と酒というイメージなので、夜通しわいわい騒ぐというのも納得だ。
昨日も来た屋台が集まった広場も、彩色豊かだった。
「おはようございます。これと、ラデ茶もひとつください」
振り返った屋台のおっちゃんは、怪訝な顔でリアを見つめ、そして小さい目を見開いた。
「おう! 誰かと思えば昨日の嬢ちゃんか! いやあ随分冒険者らしくなったじゃねえか」
「らしくというか、元々そうなんですけど」
「そうだったな! 悪ぃ悪ぃ、恰好ついてるぜ。ん? その兜は何だ?」
初めてつっこまれた!
「と、頭部の防御力に不安があって」
「はあ、そうなのか。確かに頭は大事だからな。それはそうと、今日は謳歌祭スペシャル版もあるんだが、そっちにしねぇか?」
「します!」
軽く流されたので、以降誰かにつっこまれたときはこの言い訳で対処することにする。
謳歌祭スペシャル版の挟みパンは、肉のボリュームが増え、ピリ辛のスパイスが加わっていた。酒に合いそうな濃いめの味付けである。勢いで答えたが、朝から食べるには些か重い。
注文したラデ茶は売り物じゃなかったのにおっちゃんは気前よくくれたので、夕食用に別の挟みパンも買っておくことにした。
食後はおっちゃんとしばらく歓談し、腹ごなしが済んだ頃にギルドへと向かう。
通りは賑わい、対比するようにギルド館内は静かだった。早過ぎる時刻というのもある。
カウンターにはセリーナ一人しかいなかった。
会いたい人に会え口許もほころぶ。「会いたかったです」と言ったら、昨日も会ったじゃないと笑われた。
「もしかして今日お休みか何かですか?」
「いいえ、毎回祭りの初日はほとんど利用者がいないから職員も少ないけれど、リッカ教会での火事に人手がとられているのもあるわ。知っているかしら?」
当事者ですすいません。
「か、火事ですか、大変ですね」
「そうね。すでに鎮火したようだから、役人と救護者の保護の件で話しに、たまたまギルドに早く来ていた統括長も行ってしまわれたわ。ここに来る途中で会えた?」
「? ……いえ」
セリーナは切れ長の瞳でリアを見て、それから兜に視線を移し、再びリアに微笑みかける。
「そう、残念。魔術師が一人で火を消したようなの。何かを抱えた人影が空を駆けたんですって」
「へえー……」
リアはセリーナの鋭い視線が直視できずに視線を泳がせた。意味深に聞こえる問いかけに鼓動が早まる。
街中で起きた事件ではあるが、ギルドはリアに関する情報収集が早すぎて怖い。きっと偶然であるはずなのに。
セリーナはそれ以上リッカ教会の話題には触れず、「馬車の件は統括長から聞いているわ」と話し始める。
「謳歌祭があるから街中の馬車の往来は制限されているの。悪いけれど、昼過ぎに南第一門まで行けるかしら? まだ東門にあるから、必要な物資を揃えた後、街の外側を回って向かわせる予定なの」
「あ、なら私が東門に行きますよ。南側はよく分からないし、東第一門にお別れを言いたい人もいるので」
「あらそう? ならそう伝えておくわね。馬車は普通のものより大きいからすぐに分かると思うわ」
詳細を詰めて、人生初の馬車の旅における心得等もセリーナからご教授いただく。リアの冒険者の先生は他ならぬセリーナ先生であるので、ふんふんと真剣に話を聞いた。
一通り授業が終わると、セリーナは寂しそうに笑顔を浮かべた。その表情を見てリアも瞳が潤む。
多分トリムとの取引が完了するまではサライドに訪れることはなく、その後のことは予想もつかない。もう会えないかもしれないのだ。
セリーナは立ち上がってカウンターを回り出て、他の冒険者が居ない館内をリアと共に扉へと向かう。
重い扉を開けて、自身も外に出るとリアに近付いて軽く抱擁した。柔らかい。
「リアさん、大変だと思うけど頑張って、ううん、頑張り過ぎないでね」
「はい……セリーナさんもギルド長のパワハラに負けないでくださいね」
「ふふ、そうね、絶対負けないわ。それと……勇者だからって、人を救って回らなくてもいいのよ。自分の身を一番大事にして、また会いにきてね」
「っ……はい!」
ぎゅうっと抱き付いたら「痛いわ」と笑って、セリーナとは別れた。
色付いていく街並みを目で楽しみながら東第一門の近くまで来ると、壁際に多くの馬車が並んでいた。
ほとんどが小型のものだが、乗合馬車と思しき大型の隣に黒と金の彩色が施された豪華な馬車が止めてあった。どこかの貴族が乗ってきたもののようで、造りがしっかりとしておりとても目立っている。謳歌祭目当てに訪れたのだろうか。
列を眺めながら歩いていると、冒険者ギルドの建物によく似た質実剛健な造りの馬車を見つけた。あれかな、と近づくと何だか叫び声が聞こえる。
鎧を着た巨体が御者の老人を掴み上げている。その様子にぎょっとして慌てて駆け寄った。
「だぁかぁらぁ、ちっとばかし待てって言ってんだよぉ」
「ひい、そ、それは困るんです。こっちも、頼まれてるんですから」
「あの、何か問題でもあったんですか?」
リアが出発を急かしたから、護衛と御者の間でいざこざが発生したのかと焦って話しかけた。
これから長い馬車の旅になるのだ、険悪な雰囲気は願い下げである。
鎧の男は老人を片手で抱え上げたまま、じろりとリアを見下した。でかいがギルド長に比べればそこまで怖くはない。思い出したくはないのに、インパクトがあっただけについでかい男の基準として持ってきてしまう。
「ああ? なんだお前は、誰だよ、首突っ込んでくんなよ」
「そう言われましても、関係者ですし。ギルドから連絡きてませんか?」
どうどうと落ち着けるように問いかけると、鎧の男は目を泳がせた。
「な、いや、きてねえよ」
「嘘です! きたからこうして私に無理を言ってきてるんです! 助けて!」
老人が悲痛な声で叫んだ。
想像以上に響いた声に、通りを歩く人も馬車の間から何だと覗き見る。鎧の男は集中が集まったことにカッとなって老人を振り下ろそうとした。
「黙れよ!」
背中から地面に叩きつけられそうな老人に、リアも咄嗟に手を伸ばすが届かない。
しかし、老人は見えないクッションに跳ね返って一度浮き、勢いを消した状態でぱちんと割れる音と共に尻もちをついた。
ナイスフォロートリムさん!
事実意味をなさなかった手を引っ込め、リアはさも自分の手柄のように偉そうに腰に手をあて鎧の男を睨む。
「何を揉めているのか知りませんが、短気で暴力的な護衛なんてお断りです。私が来ることは聞いていたんでしょう? ごねるとギルドに告げ口しちゃいますよ?」
リアが魔術を使ったと思った鎧の男は一瞬狼狽えたが、盛大に舌打ちをする。
「くそが」
そう馬車に蹴りを入れてずしずしと去って行った。
堅牢な造りの馬車はびくともしなかったから、ただ痛かっただけだろうと思う。
「野蛮だなぁ、急だから人が見つからなかったんですかね。大丈夫ですか?」
老人に手を差し伸べて立たせてあげる。
リアより背の低いおじいちゃんだが、立ち上がった時の足腰はしっかりしているし、腰も低く丁寧にお礼を言われ、好印象である。この人となら馬車の旅も悪くない。
トリムがいるので、空気を悪くする護衛なんて不要なのだ。
「あなたが、トゥレーリオに行かれる冒険者ですか?」
「はい。リアです。準備とかって終わってますか?」
「勿論、出発する準備はできています。良かった、リアさんがすぐに来てくれて助かりました。私はキーバスと申します。よろしくお願いいたします」
手を差し出されたので握り返すと力強い。意外と力のあるおじいちゃんだった。
馬車の扉を開けようとするキーバスを遮り、最初は御者台に一緒に乗せてもらうようお願いする。理由を話すと快く承諾してくれた。笑うと目が糸のようになるおじいちゃんだ。
城門から出る時に少し止まってもらい、目当ての人に声をかけた。
「こんにちはお兄さん。色々たくさんお世話になったので、挨拶だけいいですか?」
ちょうど一組の審査が終わったお兄さんは、リアを見て一瞬驚き、すぐに柔らかい笑顔になる。
「こちらこそ、いつも飴ありがとう。お祭りは今日からだけど、サライドを出るのかい?」
「はい、残念ですけど。また来ますね。彼女さんを心配させすぎちゃだめですよ?」
お兄さんは目を丸くした後、少しだけ赤くなって「見られてたんだ」と頭を掻いた。
リアは最後のひとつになった飴を御者台から投げた。お兄さんは両手でそれをキャッチしようとしておでこに当てていた。
鈍くささに思わず笑ってしまった。
「旅路の無事を、再来訪を、ここサライドから願っています。気を付けて、いってらっしゃい」
それから手を振り合い、冒険者の街サライドから出発した。
次に目指すは、ミリオリアである。
実はサライドでは買い物だけで終わる予定でした。主人公が予想だにしない問題を次々と起こしましたが、なんとか軌道修正できたので良かったです。
次回、やっと光の勇者の登場です。
サブタイ詐欺を脱出できます。
統括長はせっかく早く出勤したのに残念でした。




