14.カチコミに行くぞー
冷たい風が吹いている。
街の中心部は明かりが多く、未だ活動している人々がいるのだろう。外壁に近付くにつれ黒が埋め尽くし、ポツポツと点在している光は、吹けば消えてしまいそうなくらい幽かだ。
その全てを護る巨大な円。
守護壁の八カ所、大きな篝火が焚かれ、遠く、高い位置から眺めていても一目で分かる光が城門である。
背の高い建物の屋根の上で、リアは仁王立ちにサライドの街を見下ろす。
「あの開けた箇所か。確かに分かりやすい」
氷で階段を作ってくれたトリムが腕の中で言った。
あの場から離れ、なんとなく走ってきたが明確な場所が分からなかったので、高所から確認しようとなったのだ。
建物の壁に氷の板が一瞬にして取り付けられ、さくさくと屋根まで上ったが、これがあれば色んなところに侵入し放題だなあと思う。
初め、サライドの壁を前にした時、上るかと言っていたのは本気だったんだろう。
ドアノブやら剣やら作れるし、凍らせたりなのに冷たくなかったり、便利どころか万能感がすごい。
それはともかく。
「早速、私魔術師風吹かしていいんですか?」
「ああ。お前の言動になるべく合わせよう」
「なんだかワクワクしますね。じゃあその前にひとつお願いがあります」
「なんだ」
「殺生は避ける方向で」
沈黙。
街の明かりがまた一つ消えた。
冷たい夜風が頬を掠めたので、リアはフードを被り、首元のボタンを一番上まで留めた。寒くないし、顔が隠せる。これは良い。今からアポなし訪問の仕返し、乗り込みに行くのだから、多少後ろめたさがあるのは否定できないのだ。
「殺意を向けられれば、こちらも返すまでだ」
「駄目です。トリムさん強いんだから、戦闘不能にするの難しくないでしょ」
「ふん、あの村の者には罪なくとも報いをと言っていたのに、己に害為す者には情けをかけるのか。理解しがたい」
「そっ……あれは、今は関係ない話です。あとそんな綺麗事でもありません。これからのことは全部私の行為になるんです。人殺しは悪いこと、が常識です。正当防衛にも限度がありますし、運良くぴったりな目撃者がいるとも限りませんから、そうなると結果だけが残ります。つまり私が、私だけが、悪い人になってしまいます。そんなリスク、私だけに負わすつもりなんですか?」
沈黙。
街の明かりがまた一つ消えた。
「…………ならば、上手く立ち回ることだ」
「はい。よろしくお願いします」
ふうと息を吐き、氷の階段を下りていく。
これで一先ずトリムの殺戮は止められる。
別に、リアは利他的な人間でもないので、例えばギリギリの殺し合いになれば相手の命を奪うことは仕方がないと思っている。
ただ、こちらが明らかに優位に立っている場合に、蹂躙するような真似を避けたいだけなのだ。これは普通の、一般的な感性のはずだ。そして、トリムはそれが可能である。
自分に悪意ある者を生かしておけば、いつまた復讐に出てくるかもしれない。その煩慮を摘んでおきたいという考えも分かる。でも全てそうしていたらどれだけの命を奪うことになるのか。
このよく分からない不安に、はっきりした名前はない。
自分は、トリムに普通になってほしいのか。
そう、じゃない……同じ感覚を持ってほしいのかな……?
「違う」
「え?」
思考が見抜かれてしまったのかとどきりとした。走り出そうとした足を咄嗟に止める。
「遠回りになる。左の路地から行け」
「……はい」
くるんと回転して、人気のない道を走り始める。
トリムはとりあえずは意見を受け入れてくれたのだ。まずは、上手く立ち回ることを意識しなければ。
「でっか」
遠目で見た以上の巨大さの、リッカ教会。
白い金属の柵で囲まれた敷地内に、同じく白い建物が三つある。最も大きく城のような尖った見た目のものは礼拝堂で、次いで大きい箱形の二階建てがおそらく修道士や修道女の住まいか。細長く一番小さい、というより建物とまでいかない小箱のようなものが懺悔室なんだろう。
建物が大きいだけだと思っていたが、教会の規模としても大きいものだった。ここで暮らし働いている者は少なくなく、全員が悪事に加担しているかは判別できない。締め上げて吐かせようと結構勢いで来てしまったのを自覚する。
悩みつつもとりあえず門前まで来て、柵に手をかける。閉まっているのは、当然と言えば当然。
登ろうかと考えながらふと気配を感じて首を動かすと、暗闇に紛れて漆黒のローブを着ている人影が目の前にいた。驚きに息を飲んだが、ばれないようにそのまま飲み下す。
「どうも、こんばんは。もう入れないんですか?」
「開放時間は終わっております。夜明けと共に門は開けますので、改めてください」
ローブの女性に冷たくぴしゃりと言い放たれた。取り付く島もないようで、そのまま踵を返して去って行こうとする。もし敬虔な教徒が祈りに来たとしても、こんな風に追い返すのだろうか。違うけど。
というか、女性が灯りも持たずに見廻りを?
「……ギルド長の遣いで来たと言っても?」
「ギルド長、ですか? どうしてでしょう?」
試しに問いかけてみれば、女性は足を止め振り返る。星明りだけではローブの奥の表情を窺い知ることができない。
彼女はアタリなのか、ハズレなのか。ただギルド長という単語に反応しただけともとれる。
「ご存知の方がいるはずです。分からないあなたにはお話しできませんね」
「……確かめて参ります。ここで……いえ、中でお待ちください」
深夜に完全武装の顔の見えない怪しい人物を招き入れるなんて、怪しいぞ。お互い様だからこそだよね!
女性は緻密な彩飾が施された柵と同色の鍵を開ける。建物も柵も鍵も統一感があり、特注品であろう、高そうである。
リアが門を過ぎると流れるように閉まり、女性は鍵をかけた。
あっさり中に入れてもらえたが、同時に檻に閉じ込められたとも言える。まあ、この程度の高さなら余裕であるが。
カチコミに来たのに案内されるがままはいかんだろうな、と探りをいれる目的で話しかけてみる。
「どなたに確かめるんですか?」
「…………」
無視された。怪しい。
「あなたは知っているんですか?」
「…………」
何を、と聞き返してこない。とても怪しい。
「どこへ連れていかれるんでしょう?」
「…………こちらです」
黄泉の国だ!
なんてことにはならず、礼拝堂の扉の片側が開けられた。重厚な両開きの扉は、暗闇でも凝った造りが分かる。
ローブの女性は結局何も喋らず判別がつかないので、このまま入っていいのだろうかと、こつんと兜を叩いたが反応はない。
外観と同じく広く薄暗い堂内は、蝋燭で照らされた祭壇をホールのように椅子が後方に控え、内装も白磁のため少ない光源でも意外と様子が分かる。窓ガラスはステンドグラスで彩られ、明るい時間帯に来れば色彩豊かな光が祈りに来た教徒を包むだろう。それはまるで救いのように。
自身も堂内に入り、リアを待つ女性は、入口で止まってしまったリアを急かすでもなく見つめている。
結局不可の回答が得られなかったので、諦めて足を踏み入れた。
背後で扉が完全に閉じられる。
ローブの女性は先だって礼拝堂を歩いていくので、リアも何も言わず後ろをついていくと、やがて端にあるドアの前で止まる。
「こちらにてお待ちください」
「…………」
開けたドアの向こうには、こちらも白い、低い椅子とテーブルのある小部屋だ。それなりに調度品があり、塵一つなく掃除された、きちんとした応接室。ギルド長の遣いという嘘が功を奏したのか、無視はされるが丁寧な扱いだ。
女性は音もなく去って行く。確かめられる人物を呼びに。
部屋に窓はあるが鉄格子が嵌められ、開閉できるものではないようだ。ついつい逃走路を探してしまうあたり、だいぶ毒されているなと思う。
アタリであればにべもなく制圧するが、ひとつ、気がかりがある。
足がちょん切れた彼らがあの窮地で嘘を言っていることはまずないだろう。そうすると、これから現れる人物がもしハズレだった場合、アタリに辿り着くまでにはどういう手順で進めばいいか、だ。
まずハズレの判断が難しいのだが、それはクリアしたと仮定しよう。トリムさんが見抜いてくれるはず。
素直にこんなことしてる人がいるんです、しょっぴいてください、と言ってみるか。いや、この教会の立ち位置が明確でないから、もし隠蔽されてしまえば結局はここに来た意味がなくなる。
やはり、武力行使。脅して情報をかき集めて特定して潰す。これだな。
私は被害者なのだから、犯人を突き止めるためだったんですと後から謝ればいい、なんてそんなわけはないけどいいとする。ザ・弱者の力。
まあ、あとは万が一教会ぐるみだったら自分が潰されることになるだろう。となると――――燃やすしかない。
昨夜何者かによって教会は跡形もなく燃え尽き、犯人は逃亡。どうせ明日の朝にはここを出るし、トリムさんの情報が捕まれていたとしても消し炭になっているはず。完璧なイメトレ。
なんだかんだ、力ずくという結果になるが、しょうがないよね。
なんて、計画も何もない行き当たりばったりな妄想に耽っていると、ドアがノックされた。いよいよである。
立ったまま待っていたリアは右手を短剣の柄に添える。
現れたのは、頭頂部が広くハゲたひ弱そうな笑顔の男性一人。リアが100とすると戦闘力10、いや5か。先程の女性と同じようなローブを着ており、開いた袖の中には暗器が仕込めそうだなと思う。
「やあやあ、ギルド長殿の使者と聞いてます。これほど夜更けにいらっしゃるのは余程至急のご用件かと。一体何用でしょう?」
上方の輝きに目を奪われていたが、声からすると意外に若そうで、逆に好都合だ。さすがに白髪のおじいちゃんをのすには勇気がいる。
「……あなたは?」
「これは失礼。わたくし、副助祭のカウロと申す者です。なにぶん夜遅いのでね、司祭様はもうおやすみになってらっしゃるのです」
副助祭がどのくらいの偉さなのか分からない。副で、助で、三番目くらい?
無言で悩んでいると、カウロが座席を勧める。部屋には自分とトリムと副助祭だけなので、座っても戦闘力的優勢は崩れないだろうと浅く腰掛けた。
舌戦を繰り広げるつもりもないので、本題に切り込む。
「懺悔室の取引は、あなたがしているんですか?」
カウロは笑顔のまま固まった。よく見ると口の端が引きつっている。
「と、取引とは? 確かに私も懺悔室で皆様のお話しを聞くことはありますが……」
いや、分かりやすすぎじゃん? アタリだね! やったね!
「そうですか。それは教会ぐるみでしてるんですか? それともあなた個人の犯行ですか?」
「い、いったい何をおっしゃっているやら」
「安宿に泊まっている女性の情報を五人の男に売ったでしょう? どこから仕入れたんです?」
ひゅっと小さい呼気が聞こえた。悪いことするならもう少し度胸を養おうよ。やはり小物であった。
どう動くかとカウロの挙動に注意していると、引きつっていた笑顔から力を抜き、項垂れた。
「…………そこまで分かっているんですね。いえ、私は、ちょっとした情報の仲介をしているだけなんですよ」
「それで、わ……彼女は襲われかけたんですよ。間一髪のところでした。それで、誰から彼女のことを?」
「そんなことになるなんて……必要としている者に提供しているだけで、私には悪意なんてないのです……神に許しを乞うて深く深く祈り続けます……どうか、ご内密に……ひっ」
テーブルに拳を振り下ろしたら、いい品なのだろう、低い音が静かに響いた。その音にカウロは身を竦ませた。右手が痛い。
わざとらしい態度にイラっときたのだ。加えて、誰にどんな情報を売ればどういった結果になるなんて、馬鹿でも分かる。言い訳にしても酷すぎる。ついでにカウロの懺悔など非常にどうでもいい。
リアが知りたいのは、自分の情報がどこで漏れたかその一点だ。もうさっさと使っちまうか、武力行使。
「あなたの懺悔に興味はありません。私は彼女に頼まれたんです。誰から、聞いたのか、言いなさい」
「若い冒険者のことなら……公衆浴場で働く者からです……名は知りません。懺悔室は匿名ですから……」
…………公衆浴場?
身に覚えがあった。
預り所のアレである。自分で見せた、大金を。迂闊以外の何ものでもない。
ああなるほど、自分で蒔いた種だったんですね?
トリムの指摘は正しかったというわけだ。これは墓場まで持っていこうと口をつぐんだ。




