13.夜襲、からの脅迫です
宿屋に戻ったリア達は葬式ムードで今後のことを話し合う。
「部屋に通された時点で既に手詰まりだったわけか」
ベッドにおわすトリム様が疲労感たっぷりに呟いた。
「ごめんなさい」
床に正座するリアはしゅんとして俯いた。
「ダンジョンについてはギルドの情報が最も信用に値するのだから、避けては通れなかった道と思う外ない。自ら調べれば相当の時間を要するだろうし、誤った情報の選択でそれが無駄足になるよりはまだいい。まあ、過ぎてしまったものは仕方がない。さっさとここを離れるに限る。ギルド御用達の馬車でな」
フォローしてくれているようで、トリムの言葉が刺々しく突き刺さる。
「……やっぱ、駄目でしたかね?」
ちくちくした声音は怒っているわけではない。呆れられているだけだ。
「費用と安全性をリスクで買ったようなものだ。御者も護衛もギルドの息がかかっている者が来る。騎士団の返答が遅ければ、あるいはリアが何も問題を起こさなければ、いいんだが……」
希望的観測に縋るトリムに申し訳ない気持ちになる。今日は大失態を起こしていないものの、昨日の失態貯金が引き出されたというわけだ。嬉しくない貯まり具合。
「明日に備えて、今日は早く寝ろ」
「はぁい」
リアは窓の外を見やる。茜空が綺麗である。
まだ夕方だというのに休めというのは、もうこれ以上何も起こさないでくれという無言の願いが込められていた。
*****
そして、願いは。
「……まさか、体質とでもいうのか」
心地いい低い声が耳元を掠め、無感の世界からふわりと意識が浮かび上がった。
ゆっくりと瞼を開いても、あまり景色は変わらない。塗り潰された暗闇から、輪郭が分かる暗闇への変化。大きく息を吸って、両手を頭の方へ伸ばして、脱力する。
「んぅ……なんか、いーました?」
「リア、起きて、準備をしろ」
両腕を伸ばしたまま頭だけ動かす。暗い中でも目の前のトリムと視線が合っているのは分かる。真剣な表情というのも。
早寝のためか、ぱちりと目が覚めたリアは体を起こして、灯りへと手を伸ばした。
「明かりはつけるな」
「え?」
「声も潜めておけ。戸口に三人、外に二人いる」
「だ、誰が?」
「知らん。またお前が引き連れてきたんだろう」
しんとした静けさに、未だ夜明けからは程遠いことが分かる。こんな夜更けにアポなし訪問となると、つまりは刺客が五人もいらっしゃったということだろう。
濡れ衣だと小さく主張しながら、急いで身支度を整える。短剣をベルトに着けていると、突然ドアが蹴られた音に心臓が竦み上がる。乱暴にノブが回され、軋む木のドアを視界に入れながら兜を被せたトリムを抱き上げる。
「ほんとに来た。どうしましょう。てか、あれ? このドアそんな丈夫じゃなくない?」
「結界を張った。窓から出るぞ」
なるほど、簡単なはずの鍵開け、薄いはずのドアが開かないと分かって、カッとなって蹴ったんだろう。
ガチで夜襲に来ている人達じゃないですか。
窓を開け放ったと同時に飛び出す。氷の円盤が形成されたのを確認し、そこへと目がけて。
以前と同じく、体重が乗ったと同時に円盤は浮力を下げたので、片足をつけただけですぐに踏み出す。狙ったようにもう一つ生み出された氷を踏み、最後に地面へと勢いを殺して降り立った。
たった二歩だが、それだけで外に待機していた二人の頭上は飛び越え、挟み撃ちという形勢から逃れる。
振り返った先には、厳つい巨男と細身の男が驚愕の表情でリアを見て、表情を歪めた。
「魔術師かよっ聞いてねえ!」
「唱える前に潰せばいい」
巨男が鉤爪の付いた大きな籠手を振りかぶりリアに肉薄する。
その巨体からは予想できない素早さに驚いたが、リアも後退しつつ即座にクロスボウを構えて一瞬で狙い放つ。
矢は狙い違わず巨男の太腿を貫いたが、勢いが止まらない。痛みを無視しているその有様に、焦燥感に駆られ横に跳んだ。
路地の地面を抉る重い一撃に目を見張り、リアは距離を取ろうとさらに後ろへと跳び、次の矢を構えた。
「?」
だが巨男は片腕を地面にめり込ませたまま動こうとしない。
そして、意思を失った体はそのまま前のめりに地に伏した。
ずしんと、粉塵が舞う。
「……ただの野盗か」
冷淡な声音は、実際のところ何ら感情を含んではいないのだ。
心臓を貫かれた巨男は、だが生物としての証である熱い液体を吐き出すことさえ許されず、倒れたその身をまるで氷のように固くしていく。
最小限に、最大限の成果を。そこに心臓も核も変わらない、モンスターと同じ扱い。
厄介な存在である騎士ではないから、ギルド関係者ではないから、消しても問題ないと判断した。そうなれば、躊躇はしないだろうと思っていた。その懸念は、間違いなかった。
リアを害そうとした者だ。情けは必要なく、正当防衛である。
分かってる。死んで当然とまでは言わないけど!
リアは湧き上がる不快な感情に、奥歯を噛み締めた。
「手を出さないでください!」
叫ぶとクロスボウを手放し、細身の男へ向かって走る。
仲間が訳の分からぬまま死んだことに怯えの色を見せていた男は、近付くリアに対して曲刀を横に振った。
右手で抜いた短剣でそれを受け止め、流し、反回転の勢いで腹部に回し蹴りを食らわす。呻き声を上げて前のめりになった男の後頭部を手甲で殴り付けた。
「っがぁ」
そしてすぐに距離をとる。呼吸を整え男の様子を見ると、意識を失った体が前面から倒れた。
そこでやっと部屋に誰もおらず、窓から逃れた獲物との戦闘に気付いた三人の男達が、宿屋から飛び出してきた。それぞれが自身の武器を手に取り、やる気満々である。
「っはあ、多勢に無勢は無理かな! お願いします!」
リアは路地を駆け戻り、クロスボウを拾って相対する。
「何がしたいんだお前は」
「元を断たなきゃまた来るでしょ! あいつら捕まえて吐かせましょう!」
「面倒だな、一人いれば十分だろう」
「群れて復讐するのが盗賊なんです! 全員捕まえてください! 足を! 足を狙えばいいですから!」
「何を一人で喚いてやがんだぁ!?」
三人の男が襲い掛かって来る。
逃げるのは簡単だが、彼らを放置することになる。リアがここに留まればトリムは対応せざるを得なくなるものの、容易く命を奪うことを選ぶかもしれない。
「手を出すなと言ったのは何だったんだ」
溜め息と共に零れた言葉。それを耳にすると同時に、地面に魔力の流れを感じた。
トリムが頼みを聞いてくれたことに一瞬安堵しかけたのだが。
「ぁああああぁぁぁぁああ!!」
「ぎゃああああっあぁっあ、しがああぁぁぁ!?」
「あがっ、あっぐぅああぁぁ」
その惨状にリアは思わず目を逸らした。
トリムは足を狙ってくれた。リアとしてはキマイラの時のような地面に固定する感じの意味合いだったが、きちんと言葉を伝えないと駄目だなと思った。
スッパリと膝から下の両足を失った男達は、激痛に地面をのたうち回っている。
想像する痛さに渋い顔をしながら、それでもリアは男達に近付いていく。
「お話しを聞かせてもらいましょうか。目的は何ですか?」
顎を鳴らしてリアを見上げる男は恐怖の表情だ。「化物」と別の男が呟いた。もう一人の男は足を押さえたまま見上げることさえしない。
痛そうなのは伝わってくるのでしばらく待ってみたが、中々口を開こうとしない。放置しても痛いままだぞ?
「これ以上痛い思いをしたくなければ早く話してください」
トリムの魔術で切断面は凍り、まだ出血はない。衛士を呼び、さっさと切り離された足を癒着する治癒術を施してもらえば、再び歩けるようにはなるはずだ。そんな意図での発言だった。
「ひいっ」
「話すっ、から、殺さないでくれ!」
「……」
これ、どっちが悪役だか……。
勘違いされた言葉とその反応に軽くショックを受けながら、無言で先を促す。
「金だ! 大金を持ってると聞いたんだ!」
「誰に?」
男は痛みに耐えながらも口を閉ざす。
どこから漏れたか分からない情報が不安過ぎる。大金もだが、トリムのことも知られている可能性もあり、絶対に突き止めなければならない。その思いに、リアは自然と声が低くなる。
「誰に、ですか?」
「言えば、俺が殺されちまう!」
「じゃあ……今と後、どっちにしますか?」
話していた男は絶望に染まった顔で固まった。
勘違いしてくれてるので、もうこのまま利用してしまおうと脅してみたら兜の中から「くっ」と堪える声が聞こえた。トリムの魔術をまるで自分のもののように振る舞ったのが嫌だったかもしれない。後で謝ろう。
「……か、買ったんだ、良いカモがいるって」
「だから、誰からですか? 同じことばっかり言わせないでください。長引かせていいんですか?」
「俺達もだが、お前も、殺されるぞ」
「はあ、なるほど。私は殺されませんから、きちんと話してくれれば、あなた方も殺されませんよ。残念ながら、そこの大きな人は死んじゃいましたが……」
その言葉に巨男を一度だけ見た男は、恐怖を僅かに増し、ごくりと唾を飲み込んだ。
どうやら組織的なものではなく、ゴロツキが集まって犯行に及んだようである。口振りや怯え方が、なんかその、盗賊団のように染まり切ってない。よく見ると顔も若い。
そういう輩に情報を売った人がいる、ということだ。
「……リッカ教会の、懺悔室」
震える声でぽつりと言った。
「どこですかそれ。私この街の住人じゃないので分からないんです。案内してくれますか?」
「ひっ、西地区の教会だよ! 西の第一門と南第二門の間にある! 白くてでかいからすぐに分かる!」
「教会かぁ……」
しかもでっかい。
権力をもった者が悪党と裏で繋がる。あるあるだ。想像だけど。
騎士団、ギルドと同じく大きな組織と対立することはできる限り避けたいところだ。だが、この小悪党Aはこのままだと彼らもリアも殺されてしまうと主張し怯えている。どうしたもんか。
「ギルドの親玉と繋がってるんだ! あの、圧砕拳のグラインドと! だから、話したとばれちゃあ、あの怪物が殺しに来る!」
「…………」
ギルドの親玉ってギルド長のことかな。変な二つ名つけられてるけど。
というか、そんなことあるわけないのに。本気で言ってるの?
ギルド長がゴロツキが口を滑らしたからといってわざわざ殺しに来るはずもなく、そもそも何故そんなみみっちいことをすると思っているのか。
だが、男の怯えて訴える表情は真剣そのものである。情報を売った者にはそう言われたのだろうと想像はつく。
ギルド長は確かに怪物っぽいけど、そんな暇でもないよね。
なんで信じちゃったの?
「こ、殺される……死にたくない……!」
……信じちゃう人を騙してるんだろうなあ。
一瞬憐れな気持ちになるも、いやいや彼らは悪事を働いたから同情は不要だと思い直す。犯した罪への相応の罰は受けるべき……受けているかもしれない現在進行形で。
リアはうーんと顎に指を当てた。
一応彼らが言う前提で、自分が襲われた理由を考えてみる。
よく知らない教会から狙われる理由は思い当たらない。とすると、この街での関係性はギルド長の名前も出ているギルドくらいだ。ギルドとはアークと数時間前に話したし、その時のやりとりが無意味になるので今回の件とは関係あるはずもない。ギルド長の個別依頼か?
ギルド長はリアを知っている。可能性としては、あの時はなんとか濁したと思ったが、疑いを拭い去れずにゴロツキを差し向けて、リアの偽の強さを探ろうとしているとか。
それにしてはあまりにもお粗末だし、正直言われても信じられない。
ないな。
あの熊男はリアと直接闘いたがっていたのだから。
単純にこのゴロツキ達が騙されただけだと――
「あなた方は私のお金だけが目的だったんですか?」
「あ、ちが、そ……そうだ!」
「逆らえば命もってことですか……あ、体も?」
「ち、違う! そんなつもり、は……」
――結論付けた。
リアは大きな溜め息をつく。
自分は本当にただの野盗に巻き込まれただけのようで、彼らの惨状を見ると今更怒りも沸いてこない。
どこで知ったかは気になるところだが。
「その懺悔室の人物も小物っぽいなあ。でも念のため確認しに行った方がいいですかね? 西門はちょっと遠いけど、今からはもう眠れる気もしないし、朝まで時間もあるし」
提案してみたが、返事がない。
若い男達は驚愕の表情でリアを見つめている。
野生のおばちゃんも玄関の隙間から見つめている。
ついでにあちこちから視線を感じる。
夜中だろうとさすがにあの騒ぎ立てようなのだから、住人が起き出して来たんだろう。まずい、早くこの場を離れよう。
男達を通り過ぎて宿屋の入口へ走る。
「おばちゃん無事でしたか、良かった。野盗みたいなんで、起きたついでに衛士呼んでもらってもいいですか? 治癒術か治療できる人もいたら」
「あんたが?」
「え、……えへ、正当防衛ですよ?」
「そうだろうけどさ……見かけによらないね」
また言われた。弱そうってこと?
玄関の隙間をそれ以上広げようとしない警戒心まる出しのおばちゃんと、その見た目とのギャップ発言に微妙に傷ついた。
宿屋のおばちゃんにその場を任せ、リアは静かな街を走る。
足を切ってから黙ってしまったトリムの様子を知りたいが、兜で表情は分からない。こんな弊害があるなんて。
住人の目を気にして喋らなくなってしまったのか、不可抗力ではあるがまた色々やらかしてしまったのを怒っているのか。
とりあえず思い当たる節から謝っていこう。
「あの、さっきはすいません。私が使ったみたいな態度して」
「……いや、それで構わん。リア、お前は今後魔術師として振る舞え。先程のように、あたかも自分の手柄のように勘違いさせるといい」
声音は普通だったが、内容は毒を感じる。
「えっと、もしかして怒ってます? また勝手に決めちゃったこととかも」
「いいや? 面倒事ではあるが、練習になる、協力しよう。……あと、あの脅しは良かったぞ」
それ、褒められてもなあ。
珍しく乗り気なトリムの褒め言葉に複雑な気持ちで街中を駆け抜ける。
脅迫するほう。
トリムはリアをトラブル体質かと疑っています。




