12.ピンチ再来です!
「あ、リアさん! 待ってたのよ、いつ来られるか分からなかったから」
「ども……」
受付の奥から現れたセリーナがリアを見つけて声をかける。
必要な情報は得られたのだし、このまま帰っては駄目かなと思っていたが、そうは問屋がおろさない。残念無念。
「セリーナ先輩……ならこの方が、あの?」
あの、って……どの?
女性職員の訝しげな視線を受け止めながら、なんだか嫌な予感に逃げ出したい気持ちでいっぱい。
職員にはリアのことは知らされていたのだろう。ダンジョン生還のことはあんまり周知されてほしくないのに、誰のせいだ、ギルド長かあのやろう。
「お話の途中だったかしら?」
「いえ、終わったところです……泊まる宿屋をお伝えしたら良かったんですっけ」
「え? 私はその時の話を後で聞いたのだけれど、今日もリアさんが来る予定だからすぐお通しするように、としか聞いてないのよ。朝から統括長が煩くてね」
すっとぼけてみたが駄目だった。下手人は統括長のアークであったようだ、ならば仕方ない。
というか、何故に朝から待つのだろうか。何か追加で聞きたいことが昨日急遽判明したのか? もう今日は話せることなどないのだが、リアの話した内容に昨日は気付かなかった矛盾点を見つけて追及しようとでもいうのか、とまで嫌な想像が及ぶ。
しかし、だ。
今日はトリムがいる。リアの誤魔化しが白日の下に晒されても、装備も調達済みであるし、逃げ仰せることも可能であろう。百人力なのだ。
その場合トリムの最悪な予想通りになったというのは考えないようにしたい。
心強さから余裕の微笑みをたたえ、そしてすっと立ち上がった。
セリーナはリアの兜をちらと見たがそれについては何も言わず「その服、とても似合ってるわ」とだけ褒めてくれた。
スタッフオンリーのドアの向こうには階段がある。ただの階段だ。昨日とは違う誰もいない応接室に通され、待つようにと告げられる。
「一体何の用でしょうね」
「……口を滑らすなよ」
「気を付けまぁす」
さすがに目の前でトリムに話しかける訳にはいかないので、予め合図を決めておく。と言っても、ノーの判断時に兜の中からリアが手の平で触れている兜の裏側を一度小突かれるだけだ。それだけで大丈夫か。
ノックの音がして身構えると、お茶とお茶菓子を持ってセリーナが現れた。「もう少し待ってね」と困った笑顔。
お茶菓子をつつきつつしばらく待ち、お茶を飲み干したところで再びドアが叩かれた。
返事をすると、アークが「待たせて申し訳ない」と急いで来た様子で詫びた。
「いえ、お祭りがあるんですよね、準備が忙しいんじゃないですか? 私改めてもいいですけど」
そのまましれっと忘れてもらっても良いよ。
アークは走って来たからなのか少しだけ乱れた髪と服を整えながら向かいに座り、抱えていた紙束を脇に置いて表情を崩した。別の仕事中だったんじゃないのかい。
鋭い目は変わらないが、今日は最初からリラックスした様子で、無口な護衛の男性もいない。リアの膝の上に居座る兜に二秒ほど視線が留まったが、何事もなかったかのように話し始める。
ギルドの皆さんはスルースキルが高い。
「謳歌祭は市長の主催だから、我々の仕事にはそれほど関わってはこないんだよ。ギルドとしてはギルド長が挨拶を述べるくらいで、むしろ祭りに参加したい冒険者でクエストの受注が減るからいつもより余裕がある。普段と違うのは、相対的に増える犯罪者の対処だが、銀以上の冒険者に依頼を出す程度かな。どちらかというと、客が増える商人ギルドの方が張り切っているよ」
「へぇ、そうなんですね。こんな大きなお祭りなんて初めてなので想像つかないです」
てっきり冒険者の祭りだからギルドが中心に動いていると思っていた。だからギルド館内は昨日とさほど変わらず、人も多くないのか。
「ああ……そう言ったそばから私が言うのも変な話だが、賑わいある良い祭りだ。楽しんで行くと良い」
美味しい料理の店も沢山出るんだろうな。ちょっと楽しみ。
期待からリアも笑顔で返事をする。
雑談からふと真剣な表情になったアークはリアをじっと見つめた。ネコを被るまではいかなくても、気持ち気を引き締める。
「昨日は騒がしくて悪かったね、結局今日の時間も聞き損ねてしまった。君がそこらの冒険者と違って適当な人ではないとは分かってはいたが、私もすぐに時間を作れない仕事が入ってくることがあってね、待たせてしまってすまない」
「そんな……お仕事優先してください」
やだなぁ、そうまでしての用件ってあんまり聞きたくない。
ついでにアークはリアを勘違いしたままのようである。そこらの冒険者がどういった人物像を指すのか詳細は不明だが、リアはだいぶ適当な人間である。ただ、できる人と思われているのはやぶさかではないので、訂正はしない。
「早速だが、ああ……そうだ、明日の謳歌祭の開催挨拶時にリアくんからも話をしてもらえないかと思うんだが」
「は? 絶対嫌です」
手の平にも一回振動が伝わってきたが、そんなの指示なくとも答えは否である。
冒険者が主役の祭りだからより盛り上げるために、かの有名なゼスティーヴァの内部を語る生きた実況が欲しいのだろう。実際のところ逃げ帰っただけなので、聞く人によっちゃあ腰抜けと揶揄されてもおかしくはない。
そもそも多くの人目につく行為は却下だ。
「そうか、ならば仕方ない」
あっさり引き下がるアークに、リアはこれが本題ではないことを悟る。残念がる様子もなく、元々期待してなかった感がある。
「君の経歴はセリーナからも聞いている。辛い記憶を話す必要はないからね。ギルド長の思いつきであるし」
思いつきで巻き込むなギルド長ぉ!
そんなもの、真面目に取り合う方が馬鹿を見そうだ。
そして、その話題はきれいさっぱり流れた。アークは脇に置いた紙束を一瞥して、視線を戻す。まさか、これから責め立てる為の証拠じゃないよね、と不安が過る。
しかしふと気付いた。今日は盗み聞き用の魔術具がない。
笑顔を消したアークの表情は、鋭い眼差しが相まって怖く、威圧感を相手に与える。物理的な強さではなく、人が獣と一線を画す証である言葉を用いた強さが、彼が統括長たる由縁なのだろう。
「我々は、件の詳細な情報について相変わらず手に入れられていない現状だ。村の出入りは可能になったようだが、情報統制は徹底しているため昨日からたいした動きもない。騎士団が仰々しく動いているから代表の屋敷で何かがあったと漠然と噂が流れている程度であるな。
だが、ゼスティーヴァの爆発を除いても、確認できただけで相当数の騎士がディーテ村にいるのはやはり異常だ。通行は解除されたが、代表の悪事は未だ公表されてはおらず、つまりは完全な解決には及んでいないことが推察される。だのに、騎士団からは音沙汰もない。再三願い出ているにも関わらず、だ」
「……はあ」
大変そうだね、ギルドも。でもそれを何で私に報告するの?
ギルドの現状報告の意図が読み取れず、なんとも言えない相槌を打つ。彼の眼鏡の奥の瞳はさらに切れ味を増す。
「ギルド長は昨日ああいった発言をされていたが、君の証言は疑ってはいない。真実を隠し、脅威がないとは言えない状況に、いつまでも手をこまねいている訳にもいかない。命令に従うだけの末端の騎士では埒が明かないので、中央本部ギルド長の名で、今回の指揮を執る騎士団長宛に書簡を出すつもりだ」
……おや? なんか雲行きが怪しくなってきたぞ。
「それに際し、ディーテ村の真実に関する情報提供者を得て、我々が混乱を承知で公表も厭わない旨を匂わせてもらう。無論、曖昧なまま公表することはない、あくまでも蚊帳の外に押し出そうとする騎士団を牽制する意図しかない。そしてこの文書はいかに騎士団と言えど無視はできない、と考えている。
……つまり、君には騎士団からの回答を得た時に、証言者としてギルド側に立っていてもらいたいんだ」
な、に……?
リアは言葉を失って固まった。
自分がとんでもない事態に発展する予定に組み込まれている。
レティアナは大人は捕まったようなことを言っていたし解決はしているのだと思うが、その事実をギルドが得ていないことが問題点となっている。
リアがレティアナから聞いた話をしてしまうと、その出所が追及されるはずで、村にも連絡が行くはずで、騎士団にもついぞばれてしまうだろう。すると芋づる式に、リアが騎士団にばれていないことがギルドにもばれてしまうわけで、隠した理由もいずればれてしまうかも、ああこんがらがる!
兜から伝わる振動にはっと我に返った。
騎士団とギルドの情報戦争はどうでもいいのだが、リアが証言台に立たねばならぬ未来が待ち構えていることがかなりまずい。もしそれが実現すれば、お前は一体誰で何故逃げたとなるからだ。
改めて実感した自身の危うい立ち位置に、全身から血の気が引いていく感覚を味わう。
ノーの回答を。しかし、これを拒否すると怪しまれる。下手すれば疑われる。万事休す。
なんとか、騎士団との直接対決だけでも免れたい。
「わ、私、魔王討伐の途中なので、あまり……その、時間があるわけではないんです」
口から漏れ出たのは苦しい言い訳。
「ああ、次はミリオリアに向かうと聞いた。独りであっても、君はとても勇敢だな。尊敬の念を禁じ得ないよ」
把握されてる! ついさっき決めたばっかなのに!
アークのリアに対する把握能力の高さに戦く。先程、セリーナから話を聞いたと言って同情をしていたし、リアの経歴から勇者パーティーに入った経緯まで知られていてもおかしくはない。
「騎士団の回答がサライド滞在中にあれば望ましいが……。我々のもとに居てくれるならばこれほど心強いものはないが、勇者である君の歩みを止めるわけにもいかない。つまりは、その時が来たらリア・レイエルくん、君の名を貸してもらいたいんだ。それだけでいい、協力をしてくれないか?」
……これは、ノーとは、言えないよ。
アークはリアの事情など知るはずもないし、彼の立場上必要な職務を遂行しているだけだ。リアの邪魔をしようなどという思惑も全くない。それだけに真摯な眼差しから逃れることはできない。
リアは待つ。
トリムからの指示を。
そして、
「…………分かり、ました。ですが、私、騎士団とはあまり対立したくないんです。ギリギリまで伏せてもらっていいでしょうか……」
遂に兜からは何も返事がなかった。
アークがほっと息を吐いたのが分かった。
「勿論、できるだけ矢面に立たないよう配慮させてもらう。巻き込んでしまって申し訳ない。協力、大いに感謝する」
良い人なんだよねぇ、とリアは肩を落とした。
「あの、ちなみにその手紙はいつ出すんですか?」
リアはアークが用意した報告書に目を通し署名をした後、時間制限を確認する。
騎士団に送る書簡ではなく、その後騎士団からアポイントが入った時に証明するものである。なのでリアが個人名としてばれるのにはもう少し猶予があるはずだ。
「君の了承を得たので、あとはギルド長のサインだけだ。明日の挨拶まで立て込んでいてね、今は街にいらっしゃらない。早くても午後一番になるだろう」
これは唯一の朗報だ。とりあえず昨日のようにギルド長が無礼千万に乗り込んでくる事態には陥らない。それだけが救い。
明日急ぎで王都に手紙を持ってっても明日中にどうのこうのはならない、はず。何としても今日、は無理か、明日サライドを出発し、解決するまで寄り付かないようにしなければ。王都の騎士団がわざわざ南方まで追ってくるとは考えづらい。そう、信じたい。
はっ! 明日出る馬車はあるのか!?
「……っうん、ところで、宿は何処になったのか聞いても?」
思考を巡らせていたリアに、咳払いをしたアークが話を変えた。今更言う必要あるのかなと思いつつ、答えようとするが。
「あー、実は宿名が分かんないんです。どこも空いていなくて、東門近くの安いところなんですが、宿屋の絵が描かれた看板しかなくて、背の低いおばちゃんが経営してるところです。知ってますか?」
「……いや、知らないな。……では、ちなみに、明日もギルドに来るのかい?」
「その予定はないですけど」
早急に発つ予定ですから!
「……そうか。もし困ったことがあれば、頼ってくれたまえ。私もそれほど忙しい身ではないから、些細なことでも、例えば……祭りの見処なんかも分かっている」
いや、忙しそうだけど。
この部屋に現れた時の自分の姿を忘れたのだろうか。絶対走ってきたでしょ。
おそらくリアの協力を受けて、彼なりに気を遣ってくれていると思われるが、ずれている気がしてならない。
でもまあその気持ちは悪い気がしないので、リアは無難に笑顔で返した後、「あ」と気付く。
「あの、早速お言葉に甘えるようで悪いんですけど、ト、トゥ、トレーリオに向かう馬車や御者を頼めるところを教えてもらえると助かります」
「トゥレーリオだね、馬車はギルドのものがあるからそちらをお貸ししよう。御者も護衛もつける」
「へ、え?」
兜から断れ! と指示が来た。リアはわたわたと両手を振る。
「いや、大丈夫です。教えてくれるだけで」
「遠慮しなくてもいい。馬車の長旅は体に負担もあるから、手配するにもあまり良いものはないと聞く。その点ギルド所有の馬車は快適に作られている。ダンジョンに向かうのであれば、万全を期すべきだ。ミリオリアだから心配はしていないが、万が一ということもある。君の身に何かあったら大変だ」
「そ、ですかね……」
気遣ってくれるのは素直に嬉しいので、少し照れた。
そして両手を離してしまったので、トリムの再三の指示に気付けないうっかリア。
「いつの出発を予定しているんだい? それまでに手配しておくよ」
「明日です」
「あ、あした……?」
あ、さすがに急過ぎるか。
快適な乗り心地には後ろ髪引かれるが、それで出発が遅れるのは避けたい。
「無理なら……」
「いや、大丈夫、大丈夫」
アークは俯いて眼鏡の位置を調整しながら、片手でリアの言葉を制した。




