11.用意周到に備えます
「気は済んだか」
「まあまあです。ねっ、すごいですよね、これ」
リアは兜を外し、立ったままくるんと回って、まるで自慢のように胸を張る。
「ああ、すごいすごい。で、だ。ギルドへ向かう道すがら、リアの装備を見繕うことにする。先に整えておけば最悪の場合、そのまま街を出ることになっても一先ずは問題はなかろう」
適当な返事の後、今日のプランを伝えるトリムは、どうにも引っかかる物言いである。彼の予想では何かの経緯を辿ってその最悪の結果になったようだが、つまり、要は街から追われて逃げ出すことになるということだろう。善良な一般人を自称するリアとしては、犯罪逃亡者のような表現はいただけない。
「待って、何をどうしたらそんな最悪の場合になると考えてるんですか」
「そうならぬよう、目立たず大人しくして、よく考えて慎重に行動しろ」
「は、はい」
予想はあくまでも予想であり、それを回避すべく正論で諭されてしまったので、リアは素直に頷くしかできなかった。現時点では何も起こしていないのにこの後ろめたさは、かつての所業によるものか。
兜はともかく、今日はほとんど時間通りに帰ってきたのだから普通の取扱いをしてほしいものだ、と不満気に口を尖らす。が、すぐに気をとり直した。
「そうだ、髪紐も買ったんです。結んでいいですか」
買い物途中に雑貨屋で購入した細目の紐をバッグからごそごそ取り出す。
鮮やかな赤にキラキラと輝く素材が織り込んでおり、トリムの瞳と似ていて可愛いなと即決したものだ。
返事を聞く前にベッドに座り、膝の上にトリムを乗せてそのサラサラな黒髪を梳く。髪紐をあわせ、うんやっぱり似合うとほくそ笑んだ。
「どんな結い方がいいですかね? よく妹たちに強請られてたんで編み込みとかもできますよ」
「俺に、それを聞くのか? リアがしたいんだろう、好きにしろ」
「はぁい」
手遊びの末、否、試行錯誤の末、下の方でひとくくりにするだけに決まった。兜の中で結び目が邪魔にならないようにと配慮をしたのだ。
だがトリムに兜を被らせてみると、毛先が少しだけ飛び出てしまった。ついでにもう一つ気付いた。
「スポッと抜けちゃいそう……」
被れるのだから、脱ぐのも容易い。当然だ。
中身が落ちるのを防ぐには、下と兜自体をそれぞれ押さえておかなければならないが、そうなると両手が塞がってしまう。底に何か加工をしないといけないかなと考えていたら「問題ない」とのお言葉をいただいた。
魔力の集束を感じ待っていたが見えるところに変化はない。その後兜を持ち上げてみると、あら不思議、トリムが落ちてこないではないか。覗き込むと氷のバリアが張られていた。便利な魔術だ。羨ましい。
しばらく一休みして、忘れ物がないかを確認し、街中に繰り出すことにする。
了承を得た紙兜をトリムに被せ、一応存在は認めている鍵をかけてから一階に降りる。
珍しく宿屋のおばちゃんが受付に座っており、リアに気付いて顔を上げた。
「外出?」
「いえ、チェックアウ……えーっと……」
南方のダンジョンに行く方法はこれからの調査である。詳細な位置はまだ不明だが、それでも移動手段は馬車になるはずだ。運良く幌馬車と御者が手配できればいいものの、乗合馬車で妥協しなければならないことも考えられる。そうなると、即日出発は難しいだろうし、何泊かの滞在は必要になる。
昨夜のように、宿屋が一つも空いていない可能性もあるなあと、ごにょごにょと濁しながら悩んでいると、
「何? チェックアウト?」
「そ、いやあどうしよっかなぁ」
本音を言うと、それなりの大金を持っているので防犯面からこの宿屋への連泊は望ましくない。かといって、ここを出て何処にも泊まれなければ防犯云々どころではないのだ。宿屋については買い物にテンションが上がっていたために完全に失念しており、目途もなければ見通しも立ってない。
「何? 今日は泊まるの、泊まらないの」
「うー……」
「明日から祭りだから、どこも空いてないよ」
「ま、まじっすか。だからか! いいですねえ、何のお祭りな」
「泊まるの、泊まらないの」
おばちゃんは相変わらず雑談を許さない。
「と、ま……」
「泊まるの」
「……泊まり、ます」
「三千」
不確実な予定にどうしても一歩が踏み出せなかった。完敗だよ、おばちゃんには。
中途半端な時刻だからか乗合馬車に乗る人はまばらである。
その少ない人であっても、兜だけ持っているリアを必ず一瞥してくる。すぐに視線を逸らす彼らは、内心で一様に変な人だな、と思っているのだろう。そんな被害妄想に耐えながら再び街の中心部へとやって来た。
まずは防具屋に。
体力のないリアは軽鎧が最大限の譲歩だが、それでも軽くて丈夫なものは多くない。重さイコール防御力の式から外れるものは法外な値段設定であり、さらに女性用となるとサイズはなくオーダーメイドで、追加の追加の目が飛び出る値段になっていった。
コートで刃は防いでくれるので、ここはスピード重視で重さは最小限に、胸当てと手甲だけ高品質のものを購入。トリム指示の下、対衝撃に備えることにする。心許ない不安顔が表れてたのか、あとは守るから安心しろと言われた。頼もしい台詞である。
次いで武器屋へと。
さしおり、手頃な短剣を購入。どうせ手入れは必要になるので、そこそこな切れ味の持ちやすいものを選んだ。刃が薄いので軽く扱い易そうである。
さらに遠距離攻撃用に折りたたみクロスボウセット。一般的な矢と、ダンジョンに入る前にも持っていた矢尻が加工されたちょいお高めなものを、収納する筒と合わせて買った。普通の弓矢の方が得意だが、片手が塞がっているので仕方ない。
帯剣ベルトも合うものを選んで、大体一式揃った感じだ。
一連の買い物行程はトリムと相談しながら行ったものである。
人の目を気にしつつこそこそと話しかけてはいたが、目撃者はゼロではなかった。何故なら、はたと気付いた時に視線が合った買い物客の、ヤバい人を見る目がそれを語っていた。
さて、まずは目的地を明確に把握しなければならない。
南方のダンジョン。今更だが漠然とし過ぎている。
あんまりギルドに寄り付きたくはなくて、街の総合案内所に試しに行ってみたが、やはりと言うか、街の外、しかもダンジョンに関することならギルドで聞くのがいいですよと苦い笑顔。
ただ、サライドから出発する定期馬車と明日からの祭りの内容、そしてサライドとこの国の大まかな地図の情報が得られたのは有益であった。
大きな街から街への馬車は基本的に二日に一回出ているらしいが、前払い予約制である。幸い祭りのお陰で出る分には空きがあり、直前でもおそらく乗り込めるはずとのこと。
その祭りとは、ギルドの街とも謳っているためか冒険者の活躍を称えるという何ともぼやっとした主題のもと、三日三晩呑めや歌えやの馬鹿騒ぎになるようだ。半年に一度開催されているらしく、名目を付けて騒ぎたいだけだろうと思う。
地図のおかげで街の全体図を知ることができた。まあるい形をしたサライドは街の全てを外壁で守り、東西南北に門が二つずつある。リアの見たとおり、中心部が利便性と安全性が良く地代が高いので裕福な暮らしができる。ここを拠点にしている冒険者にはサライドに家を建てる夢を持つ者も少なくないんだとか。
案内所の壁に貼られていたこの国の地図に関しては、大雑把過ぎてよく分からなかった。地名や都市名が記載されているだけで、王都とサライドしか知るところはない。ゼスティーヴァっぽい絵はあったが、ディーテ村も載っていない。リアの故郷も探してみたが、まあ、ないよなーと肩を落とした。
ギルドへ向かう途中、魔術具店で足を止めさせられた。勿論兜からの声でだ。
「そこの短剣を買っておけ」
「でもこれ、魔剣ですよ? 私には意味なくないすか?」
「今日見た中でも鞘と柄に魔術が施されているものは珍しい。役に立つ」
「はあ」
安いものではなかったが、司令塔の指示なので素直に従っておくに限る。あの短剣があれば! なんていずれ来るかもしれない未来に責められたくはないからだ。魔剣である必要性は不明だが、後で二人きりになった時にでも聞こう。
なんだかんだ時間を費やし、避けては通れないギルドの扉を押し開けた。
昨日よりは人数は多いものの、館内よりは街をぶらつく冒険者の方が勝っている。
依頼掲示板コーナーの側に冒険者基礎知識的な資料置き場がある。そこで地図集を持ち出しページを捲っていくが、見方に馴れないせいでまずサライドを探し出すのに苦労する。
南の方、南の方とトリムに微修正されながら指を滑らせていくと、ひとつのダンジョンのマークに辿り着く。
名を、ミリオリア。砂漠地帯に鎮座する白い宮殿として描かれている。
目的地は分かった。後は行く方法だが、周辺情報も含めて、そこはプロに尋ねるのが間違いもないはずと地図集を閉じる。慣れない街で、自力で探るのは時間を食うからね。
地図集を戻して受付へと。セリーナを探してみたが姿はない。残念である。
少し待って、空いたカウンターに滑り込んだ。
笑顔を見せない受付の女性は気の強さを感じさせる。ギルドの職員は比較的つんとした印象の人が多い。冒険者に舐められないためなのだろうか。
「ご用件は何ですか」
「ミリオリアに行きたいんですが、どうしたらいいですか?」
そのままの希望を言うと女性職員は考える素振りを見せた。
うん、あまりにも雑な聞き方だったと自分でも思う。言葉を続けようとしたリアの前に、女性職員はファイリングされた資料の束を開き、砂漠地帯の近くの街を指した。
「まずはトゥレーリオに向かうのがいいでしょうね。馬車で約三日ほどかかります。ギルドもありますから、そちらで受注してもらっても結構です。街からは歩きでも可能ではありますが、砂漠に囲まれてますのでラクダを借りたほうが体力は温存できます。それからラクダの足だと半日でミリオリアには着きます」
おぅ、さすがです。最適ルートがすらすらと!
「サライドからの定期馬車も出ていますよ。最低は片道五万ですが、乗客が少ないと追加料金がかかるのでご注意を。祭りの後でしたら、トゥレーリオに向かう行商人等が護衛依頼を出すことがあるのでそれを狙ってみても良いかもしれませんね。トゥレーリオは食と宿は充実してますが武器屋は少ないので、装備面はサライドで揃えられた方が無難です」
冒険者にありがたい知識を提供してくれる!
リアの簡素な一言で十分な情報を得られた。ギルド長のせいでちょっと行きたくないなと思っていたギルドだが、職員は非常に優秀なのである。来て良かったと現金なリアであった。
「ありがとうございます。馬車等少し検討してみます。慣れた感じですけど、ミリオリアに行く冒険者は多いんですか?」
「そうですね。多少遠方ではありますが、比較的新しいものですし、情け深い宮殿と言われるほどですから、腕試しにもちょうどいいダンジョンなのでしょうね」
「情け深い宮殿?」
「ご存知ありませんか? ゼスティーヴァと違ってほとんどの挑戦者が生還するんですよ。なので、情け深い、と」
リアは首を傾げた。
生きて帰れるほどのダンジョンということは、モンスターの強さはそれほどでもないのだろう。腕試しと言われる程度の挑戦者の数であり、モンスターの数であり、難易度のはずであるのに。
何故、攻略者がいないのだ?
リアの無言の疑問を読み取った女性職員が補足する。
「攻略者がいないのは、ボスの間に入れないのが理由です。目前まではそう難しくないと聞いていますが、その扉には強力な結界が張られていて、何人もの魔術師が解除を試みている、と」
それ……ボスの間にトリムさんの心臓あったらどうしよう……。
ミリオリアには今まで多くの挑戦者がいたはずだ。なのにトリムの心臓が未だそこにあるということは、ボスの間にある可能性が非常に高い。というか多分そうだろう。
何人もの魔術師さんが現在進行形で試してみても開かずの間のまま。だがグロイムの扉の結界を破ったのだから、トリムなら解除できるかもしれない。そうでないと困る。後で要相談である。
新しいダンジョンです。あと何話で辿り着けるかな。




